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百十話 惚気話

 控室に戻ると、全員顔色が良くなっていた。

 例のマネージャーの笹山さんから差し入れでもらっていた、ゼリー飲料を吸いながら、雑談をして盛り上がっている。


「そしたら柊喜ね、私の手を握って怖くない?って」

「何の話をしてるんだお前は」


 ゆっくり腰を下ろしたときに、丁度あきらの話が耳に入ってきて首を傾げた。

 と、そんな俺に引きつった顔の姫希が答える。


「柊喜クンとの小学校時代の惚気話を聞かされてるわ」

「はぁ? 惚気?」

「べ、べべべ別にそういうのじゃないよっ!」

「そうかしら。ねぇすず」

「ちょっとあきらうざい」

「えぇっ!?」


 むぅとジト目を向けたすずに焦りだすあきら。

 一体何を話していたのやら。

 促すとあきらが口を開く。


「みんなに柊喜の昔のこと聞かれたから、小六の修学旅行のこと話したんだ」

「あぁ、お前が男子にいじめられてたやつな」

「は? いじめられてたのは柊喜じゃん!」

「絶対お前だ」


 小六の最終日、遊園地に行った時だ。

 男女グループで回る予定だったのだが、当日同じ班だった奴らにハメられて二人っきりで回らされたのである。

 幼馴染で当時から距離が近く、俺達はよく関係をいじられていた。

 そのノリで強引にデートさせられたんだっけ。


「まぁ結構楽しかったけどな」

「私もだよっ。また行きたいね」

「そうだな」


 遊園地なんてどのくらい行ってないだろう。

 ぼーっとそんな事を考える。


 しかし、すぐに謎の視線を複数方向から感じて辺りを見渡した。

 そこには、面倒くさそうに俺達を見るすずと姫希がいる。


「……また惚気てる」

「違うわ!」


 どこをどう聞いたらそうなるんだ。

 全く、なんでもかんでも色恋に結び付けやがって。

 さっきの男子二人との会話もあるから、変な事を考えさせないで欲しい。


「でも聞いたわよ。二人お化け屋敷に入って、手を繋いでたんでしょ?」

「そりゃ……こいつがビビりだから」

「違う! 柊喜がビビってたから、それを誤魔化すために私の手を握ってたんでしょ」

「はぁ? あんな作り物でビビるわけねえだろ。お前うちでホラー映画見てちびってたくせに」

「それは言わないって約束したじゃん!」

「そうだったか?」

「さいてー。マジなんなのっ。じゃあ私も言っちゃおっかな。柊喜が夜中に半泣きで泊まりに来た時のこと! あの日は怖い番組を一人で見てたんだっけ?」

「全部言ってんじゃねえかよ!」


 大体あの時俺は小学生だったんだ。

 中学の時に人の家でちびってた奴に言われたくない。


 しかし。


「二人ともそうは言いつつ、笑みが零れてますよ」


 唯葉先輩の仏のような顔から放たれた言葉に、再び部屋の空気が凍る。

 気まずそうに目を逸らすあきら、ムッとするすず、つまらなさそうに髪を弄り始めた姫希。

 そして温かい表情の凛子先輩が口を開く。


「でもよかったねあきら。大好きな人との思い出話で元気出たんじゃない?」

「え、あ……はい」


 思えばあきらもだいぶ元気になっていた。

 午後の試合で活躍してくれるならなんでもいい。


「午後は一発目から試合だし、アップしておくぞ」

「はーい」


 少しぎこちない雰囲気のまま、俺達は再び戦場へ向かった。



 ◇



 午後の試合も戦況は大して変わらなかった。

 先程のチームより相手が若干強いのもあるが、どうしてもうちの得点力が足りない。

 あきらのシュートは相変わらず入らないため、相手との差も埋まらない。

 流石に唯葉ちゃん一人では無理がある。


 どうしたものか。


 あきらのシュートはさっきよりはマシになっていたが、リングに当たるだけで入りはしない。

 前回の試合後の宣言通り、チーム全体があきらのフォローに回っている現状。

 余計に力が入ってしまっているようにも見える。


「タイムアウトください」


 審判に一言俺は声をかけた。

 一度試合を中断し、選手たちをベンチに戻す。

 全員疲れ切った顔をしているし、あきらに至っては俯いて俺の方も見ない。


「下を向くな。そこにゴールはないぞ」

「……ごめん」

「いいんだ。さっきよりマシだから、打ち続けてたら絶対入る。進歩してる」

「うん。頑張る」


 とは言え、点が入らなければ勝てるわけがない。

 現在第一クォーター残り3分。

 得点は6対14。

 午前の試合に比べるとなかなかいい感じだが、俺達が目指す県大会優勝には程遠い。

 一旦作戦を変える必要がある


「今、相手チームの警戒は唯葉ちゃんとあきらにしか向いてません。凛子先輩、出番です」

「お、ついに僕の時代来ちゃったか」

「と言ってもドリブルは下手なので、あくまでパスからのシュートで結構です」

「相変わらずだね。ぶれないとこ好きだよ」

「で、そこでカギとなるのが姫希、お前だ」


 完全に無視したので、視界の端で凛子先輩が拗ねてしまった。

 ごめんなさい。

 でもタイムアウトは一分しかないから、構ってる時間はないんですよ。


「あ、あたし? 何をすればいいのかしら?」

「パスだ。俺と夜の練習でやってた動きがあるだろ? それを俺じゃなくて凛子先輩とやればいい。一回くらいは成功するだろう」


 大した戦術ではないし、初見殺しに過ぎない。

 でも、点が入れば上等だ。


「あとすず、さっきからあきらにパスばっか出してるけど、お前が攻めるのだって大事だ。チャンスがあれば得意のパワープレイでゴリ押せ。体の使い方上手いんだから」

「ん。頑張る」

「頼りにしてるぞ」

「えへへ」


 試合中だというのにだらしない奴だ。

 へらへら笑いやがって。


「夜の練習、攻める、体の使い方……柊喜君の話聞いてたら僕、なんかえっちな気分になってきちゃったよ」

「テンション上がって良かったですね」

「ふふ。頑張ってくるよ」

「……」


 すずも凛子先輩も相変わらずだが、あきらみたいに変に緊張されるよりはマシだ。

 と、そんな指示を出して俺は選手を送り出した。

 後はこいつらに祈るだけである。

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