第百九話 選ぶ覚悟
女子部活のコーチを男子高生が務めるというのは中々難しい。
例えば、今みたいな時。
俺はベンチに座ってボソッと独り言を漏らす。
「暇だな」
反省会の後、控室で座っていると部員たちに気まずそうな顔を向けられた。
意味が分からずに視線を返したが、そんな俺に苦笑いを浮かべながら凛子先輩が言った。
『着替えたいんだけど……』
言われてハッとする。
男子なら適当に外で着替えてろと言えるし、異性が居ようが大して問題はない。
だがしかし、女子となると話が変わってくるだろう。
何より、いつも揶揄ってくる凛子先輩が言ったという点が大きい。
汗とかを見られるのが嫌みたいだったが、なにはともあれ俺の配慮が足りなかった。
というわけで、姫希に部屋から追い出されて今に至る。
暇だ。
体育館から離れ、ぼーっと辺りを散策。
行き着いたベンチに何となく座って呆けている。
こんな時、他校に知り合いがいればまだいいんだが、生憎俺のコミュニティーは狭い。
飯を食う気にもならないし、どうしたものか。
なんて考えながら座っていると、二人の男子が見えた。
片方はタオルで汗を拭いながら歩いてくる。
もう一人は、まるで試合なんて出ていませんでしたと言わんばかりに汗もなく、のんきに弁当を持っている。
彼らは俺に気付くと、話しかけてきた。
「お、浅間高の女バスのコーチだよな?」
「あぁ」
「オレ佐原。よろしく!」
「……お、おう」
何をよろしくするのかは知らないが、手を出されたので反射的に握り返す。
ごつい、男の手だった。
と、そこで気づいた。
もう一人の男子はさっき美人のマネージャーと一緒に居た奴だ。
「笹山さんの彼氏だったか?」
「……なんで知ってるんだよ」
聞くと、若干恥ずかしそうに言われた。
良く言えば優しそう、悪く言えば男らしくないこの男が、やはり例の美人マネージャーの彼氏だったらしい。
と、俺の肩に腕を回してくる佐原。
馴れ馴れしい奴だ。
汗が付いて最悪。
「今絶賛大荒れ中だからそっとしといてやってくれよ。なぁ甘えん坊の涼太?」
「おい、他校の人にまで言うな!」
高校生の恋愛だ。
色々あるらしい。
雰囲気についていけないまま二人を眺めていると、佐原と名乗ったムキムキの方が俺に聞いてくる。
「名前なんて言うんだっけ?」
「千沙山柊喜」
「おっけ千沙山。お前さ、女子部活の中で男子一人なんだろ?」
「まぁそうだな」
「あの中の誰かと付き合ったりしてんの?」
「……」
タイムリーな話題を急に差し込まれて、俺は言葉を失った。
「あれ、すまん。地雷だったか?」
「いや、いいよ。別に誰とも付き合ってないし。そもそも部内で恋愛なんて上手くいくもんなのか?」
動揺を隠そうとするあまり、質問に質問を返してしまった。
しかし、佐原はニヤニヤ笑いながらもう一人の男子を見る。
確か涼太とか呼ばれていた。
「上手くいってはない。……だけど、後悔もしてないな」
後悔していない。
そう言った彼は、先程とは見違えるほど凛々しく見えた。
ちょっとカッコいい。
と、そんな俺に佐原は聞いてくる。
「千沙山はあの中に本命の子がいんのか?」
「……」
「いるんなら、付き合っちまうのも手だと思うぜ。さっき見てたけど、全員お前の事好きだろ、あれ」
「全員ではない」
「おっと。一人以上いることは認めたな?」
「……」
鬱陶しいノリだ。
だがしかし、男と恋愛相談なんてしたことがなかったし、少し心が弾んでいるのも確か。
上手い誘導に俺の口も乗せられていく。
「みんな大事なんだ。誰か一人と付き合って、傷つく顔は見たくない」
「だから全員選ばねーって? それは違うだろ」
「……そもそも、今は試合を控えてる。うちの女バスが五人しかいないのは知ってるだろ? 痴情の縺れで人数が減るのは困るんだよ」
「難しい問題だな。部内恋愛の先輩君は何かアドバイスないのかよ?」
「お、俺? 実際全校生徒から睨まれてるし、上手くいってないからな……」
青い顔をする涼太を見ていると、ふと少し前の自分を思い出した。
未来にフラれて、クラスメイトから嘲笑されていた頃だ。
思えば、俺が恋愛を避け始めたのもあれがきっかけだったかもしれない。
少しずつ過去のこととして消化はできてきているが、だからと言って簡単に忘れられるような事でもないのだ。
と、そんな事を考える俺に涼太は言った。
「でもさ、好きっていう感情はそう簡単に抑えられるようなものでもないだろ。一緒に居たいって思ったら、勝手に近づいてしまうんだよ。だから、その時に千沙山はどうする気なんだ?」
いつか、俺が部活の中の誰かに対して特別な感情を抱いたとして。
果たして自分がどうなるのか。
告白するのか? それとも感情を押し殺すのか?
どっちみち、ロクな事になる気はしない。
「まぁ、どうせ荒れるんなら欲に忠実に従った方がいいもんだぜ。だって我慢したらよ、お前も選ばれるはずだった女の子も、どっちも不幸なままだからさ」
その通りだと思う。
全くもってこいつの言う通りだ。
汗だくで絡んでくることさえなければ最高の言葉だっただろう。
佐原の腕を解き、俺は唸る。
「連絡先交換しようぜ」
「おう」
こうしてひょんなことから男子友達ができたのだった。
二人が去っていった後も、俺は一人でベンチで考えていた。
本命な子はいるのかと聞かれ、俺は答えなかった。
何故なら、自分でも答えが出なかったからだ。
凛子先輩とすず。
俺の中で二人に優劣はない。
どっちも超大切だし、超好きだ。
二人の真剣な想いを知ってからは、一緒に居るとドキドキしっ放しだし、結構つらい。
だけど、何度も言うが二人に優劣はない。
凛子先輩は初恋の人かもしれないが、例えそうでも過去のこと。
選ぶことなんてできない。
もし二人に決断を迫られたとき、俺は逃げの選択ではなく、普通に断るだろう。
そこで、最後に涼太が言っていた言葉を思い出す。
いつか俺の中で、彼女二人に限らず、特別な女性が生まれたとして。
その時に俺はどうするんだ。
部活内の雰囲気を乱さないようにと言って、我慢するのか?
わからない。
「うわー、マジで女子部活のコーチを男子高生が務めるって大変なんだな……」
まさかこんなにモテるとは思わなかった。
あきらの言っていた、部活で彼女できるかもという言葉が現実になるとは。
全く、この世界はよくわからない。
と、そこでふと思う。
あきらは、あの中で特別だ。
そもそも俺を部活に引き込んで、こうしてバスケと向き合う機会や、仲間と楽しい時間を送るきっかけをくれたのもあいつだ。
恩は感じている。
でも、それと恋愛感情は全くの別物だ。
どうしてもあいつには、そういう気分にならない。
お互いにそうだし、それでいいのだ。
だからこそ、純粋にバスケの上達を目指して部活を頑張っている彼女には報いたい。
俺の全身全霊をかけて強くさせたい。
それが恩返しだと思うから。
「俺達の絆は並じゃない」
いつぞやの幼馴染の言葉をパクって言ってみたが、途端に恥ずかしくなって羞恥に悶えた。
あいつ、なんであんな事を面と向かって言えるんだよ。
本当に訳の分からない奴だ。




