第百七話 悔し涙
私のせいで負けた。
私がシュートを外し過ぎたせいで負けたんだ。
試合後、汗を拭いてからトイレに行き、私は個室で一人落ち込んでいた。
あんなに入らないのは初めてだった。
中学からバスケをやっていたわけで、それなりに経験もあるはずなのに、なんでだろう。
急に肩に力が入ってしまった。
私が決めなきゃいけないのに。
私のシュートにチームがかかっていたのに。
「はぁ……」
水を流そうとすると、数人がトイレに入ってきたのが分かった。
『さっきの試合ヤバかったねー』
『相手五人しかいないんでしょ? ガチ少なすぎてびっくりしたー』
これはもしかして、私たちの事を言われてる?
出るタイミングを失って引きこもっていると、会話がさらに聞こえてくる。
『ってか六番の子全然シュート入ってなかったよね』
『そうそう。完全フリーなのにリングにもあたってなくてウケた』
『あんなに下手なのにずっとシュート打ち続けられたら、チームメイトも迷惑だよね』
『お前が言うなー。この前の練習試合外しまくってたじゃん』
『あそこまで酷くないし!』
まさか当の本人がこの場所にいるとは思わなかったのだろう。
だけど、しっかり聞こえてしまった。
六番のビブスをつけていたのは私で間違いない。
「……あれ」
気付いたら太ももに涙が落ちていた。
情けない。悔しい。
涙を拭っていると、さっきの人達がトイレを出て行ったため、私も流してから個室を出る。
「あきら?」
「姫希……」
「ちょっと、どうしたのよ!?」
姫希の顔を見たら我慢していた涙があふれてきた。
急に泣き出した私に当然困惑する姫希。
優しい彼女は何があったのか聞いてくれる。
だけど、言いたくない。
私が下手くそなのは事実なんだし、情けないから。
そんな時だった。
「……え、なんで泣いてるん?」
「あ」
「……もしかして聞こえてた?」
手洗い場に忘れ物をしていたらしく、それを取りに来た先程の女子と対面してしまった。
試合中もマッチアップしていた子だ。
彼女は申し訳なさそうに、だけど少し笑いながら口を開く。
「聞かれちゃったなら開き直って言うけど、シュート打つのやめた方が良いよ? 多分センスないから」
「っ!」
「ちょっとあんた! なんなのよ!」
堂々と言い放った女の子に姫希が詰め寄った。
しかし彼女は言い返す。
「さっきの試合でうちらに負けたのは、この子のシュートが入らなかったからじゃん。私アドバイスしてあげただけなんだけど」
「余計なお世話よ。うちのコーチは間に合ってるわ。帰ってどうぞ」
「あの高身長の男子? でも実際私達相手に手も足も出てなかったのは事実だし」
「それは……」
「まぁなんでもいいけど、別に傷つけようと思ったわけじゃなかったんだよ? ただ話してたら偶然聞かれちゃっただけだからさ。あはは、ごめんねー」
肩をポンポンと叩いて、女の子は去って行った。
「気にしちゃダメだから」
「……でもあの人、正しい事言ってる」
「正しくなんてないわよ。あいつはあたし達のことを何も知らないじゃない。ずっと人数すら揃わなくて、初めての実戦で上手くいくわけがないのよ」
「うん」
「とにかく、気にしちゃダメよ。それにあたしは知ってるわ。あんたが練習中じゃ凄くシュート確率がいいってことを。柊喜クンもその実力を買ってるからあんたにシュートを打たせてるんでしょ? 自信を持ちなさい。……って、なに上から目線で言ってるのかしら。あたしの方が下手なのに」
姫希は優しい。
さっきまでベンチで自分のせいだって落ち込んでたのに、こんなに優しく話してくれるなんて。
きっと自分だって悔しいはずなのに。
二人でトイレを出て柊喜たちの所へ戻ろうとする。
すると、今度はどこかの高校の男子の話し声が聞こえた。
「さっきの女バスヤバかったよな」
「六番だろ?」
「そうそう。おっぱいデカすぎだろ。ずっと見てたわ」
「八番の子もおっぱいデカかった! 横で一つ結びにしてた子!」
「つーかあの高校の女子可愛すぎだよな。コーチしてる奴羨ましすぎ」
「それな。絶対エロい目で見てんだろ」
無意識に自分の胸を見下ろした。
そして嫌な気分になった。
なりたくてこんな体になったわけじゃないのに。
運動する時もデカいから邪魔だし。
「さいてーね。ちょっと文句言ってくるわ」
「……火に油を注ぐだけだよ」
「それはそうだけど……。あーもう、なんで男子ってあんなにキモいのかしら」
「……」
男子が、じゃない。
少なくとも柊喜はあんな事言わない。
聞いたことがない。
第一お泊りしたときでさえ私達に何も手を出さないような男だ。
あんな人達とは違う。
だけど、辛いな。
慣れてはいるし普段なら聞き流せるけど、落ち込んでいるときにあんな話を聞くと悲しくなってしまう。
「頑張らなきゃ」
「……そうね」
まだ練習試合は始まったばかりだ。
午後に向けて、心を入れ替えよう。




