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第百二話 バス遠足

 今回の遠征の目的地は山である。

 山の上にある古い高校に他二校が集まって試合をする予定だ。

 というわけで、バス移動も結構時間がかかる。


「しゅうき、これ食べる?」

「お、チョコか。ありがとう」

「おいしい?」

「まだ口に入れてない」


 アーモンドチョコを一つくれたすずに礼を言いながら、口の中に放り込む。

 うん、美味い。

 アーモンドの部分が歯に詰まるのが若干ウザいが、それを加味しても好きなお菓子だ。


 と、すずは俺の荷物をじろじろ見た。


「なんだよ」

「荷物が少ない」

「俺は試合の着替えがいらないしな。それに男と女の差もあるだろ」


 どうしても女子は男子より荷物が増えるだろう。

 特に泊まりとなると、それぞれ準備物がかさむはずだ。


「君のことだから分厚いコーチング本を抱えてくるのかと思ってたわ」

「お前の中で俺はどんなコーチなんだ、姫希」

「クラスでもいつもノート書いてるじゃない」


 俺はコーチングノートを作っている。

 家でも学校でも、思いついた練習や、選手たちの事について細かく記録するようにしているのだ。


「それは持ってきてるけど、コーチング本的なのはそもそも持ってないぞ」


 俺の指導は全部我流だからな。

 小中学校時代の指導を参考にしたり、たまにYouTubeとかで検索をしたりするが、わざわざ金を出したことはない。

 というか、そんな練習が必要なレベルにこいつらの実力が達しているとも思わないし。

 今はもっと基礎的な段階だ。


「へぇ。自己流であんなにきちんと指導できるものなのね」

「さぁ、まだわかんねえよ」

「え?」

「俺の指導が良かったかどうかは、今日ではっきりする」


 あくまで超少人数でできる範囲の練習を教えただけだ。

 実戦となると全く話が別。

 だからこそ、今回の練習試合はものすごく重要なのだ。

 俺のメンタル的にも……。


「頼むぞ、可能性を見せてくれ……」

「勝てって言われないのが凄く嫌ね。でも柊喜クンの言う通りだわ。やば、緊張してきちゃった……」

「しゅうき、すずは負けないから」

「口の端にチョコ付いてるぞ」


 全く安心させてくれない奴らである。


「楽しそうな話してるね」

「凛子先輩も他人事じゃないっすよ。マジで試合頑張ってくださいね」

「あはは。まぁ柊喜君の努力は無駄にしないように頑張るよ」


 前の席に座っている凛子先輩が振り返って笑ってくる。

 その横にはあきらが青い顔をして座っていた。

 こいつは乗り物酔いするんだっけか。


「あきら、大丈夫か?」

「……うん。凛子ちゃんが良い匂いだからなんとか」


 よく見ると半分凛子先輩に抱き着いていた。

 先輩も苦笑である。


「あきらにこんなに甘えられてるの初めてかも。頬っぺたプニプニで可愛い」

「意地悪しないでください……」

「酔い止め飲んでるか?」

「……一応」


 バスに乗ってからまだ三、四十分しか経っていないのか。

 目的地までは確か二時間くらいかかるから、まだ三分の一程度だ。


 と、そんな事を考えているとあきらとはまた違った雰囲気で困った顔をする唯葉先輩が振り返ってきた。


「……皆この辺で休憩しませんか? トイレとか」

「いいですね」

「……おねーちゃん、どこかで一旦トイレ行きたい」

「はいはい」


 慣れた感じで返事をするお姉さんに笑う。

 なるほど、トイレを我慢していたのか。

 それは大事である。




 ◇




「いぇーい」

「すずしゃがんで。唯葉ちゃんの顔が見切れる」

「酷い!」


 トイレから帰ってくると、サービスエリア的な場所で写真を撮るJK三人がいた。

 あきらとすずと唯葉先輩。

 如何にも女子高生ってノリだ。


 少し離れた場所には姫希がぼーっと立っていた。


「お前は撮らなくていいのか?」

「……いいわよ。あたしインスタやってないし」

「女子高生でインスタやってないとか、話についていけなくなるんじゃないか?」

「君、クラスでのあたしの事見てるわよね?」

「……そうだったな」


 こいつ、俺以外の奴と雑談をしているところすら見かけないもんな。

 嫌われているというか、単純に関わり辛いだけ。

 パッと見ツンツンしてるし、というか実際もツンツンしてるし、わからなくもない。


「嫌いなのよ。裏でこそこそやってるの」

「わかるぞ。俺もやってないし」

「君も友達いないものね」


 あの、すみません。

 もう帰っていいですか。

 コーチングとか、意味わかんないっす。

 教え子に心折られました。


「あ、落ち込まないでよ。あたしは君のことちゃんと見てるから」

「はいはい」


 まぁ高校に友達と言える友達はいないし、仕方がない。


「みんな好きでSNSやってるわけじゃないと思うけどな。あきらも面倒くさそうにしてる時あるし。でも、やっぱり仲良くしていくには仕方ないんだよ」

「そうね」

「もうちょっと視野を広げるのもいいんじゃないか? せっかく可愛い顔してるんだし」

「よ、余計なお世話よ」

「そうか」


 余計なお世話、ね。

 仲間になりたそうにあきら達を見ていた奴に言われても説得力がない。

 あいつらと写真が撮りたくないわけではないんだろう。

 ただ、自分から声がかけづらいとか、SNSをやってないから引け目を感じているとか。


 そんな事を考えていると、あきらがこっちに手を振る。


「姫希も撮ろーよっ!」

「ッ!」


 スマホを握り締めて固まる姫希に苦笑が漏れた。


「早く行けよ」

「そ、そうね」


 促すと姫希はあきら達の元に走って行った。

 やはり混ざりたかったらしい。

 素直にそう言えば良いのに。


 あれだけ仲が良くて、ご飯やお泊りもしている仲なのに、何を今さら遠慮しているのか。

 訳の分からない奴だ。


 カメラに向かってピースをしている姫希の笑顔は、いつにも増して輝いて見えた。

 本当に、見た目は可愛いのにな。

 こんな風に笑ってれば、すぐに友達ができるだろう。

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