9,時間稼ぎ
バウンティは副官のマンフレートとともに、千名の兵を率いて図書館を目指していた。
二人は春の日差しのもと、馬を並べて森の細道を進んでいく。それに騎兵と歩兵が従っていた。
「シルバニアは意外とあっけなかったですね、バウンティ将軍」
マンフレートが馬に揺られながらバウンティに言った。
彼は職業軍人で、訓練された引き締まった体をしている。無駄な肉がない端正な顔立ち。黒い髪はポマードできっちりと固められていた。まだ25歳と若いが、マンフレートの父親は前の大戦で活躍した有名な将軍で、その名声により息子も階級を引き上げられていた。
「ああ、10日で片付くとは思わなかったな」
バウンティがつまらなそうに答える。彼は聖なる鎧の「ネミア」を装着していて、それが鈍く銀色に輝いていた。
シルバニア中央国家は、50万の兵を擁していた。しかし、数十年も戦争を経験しておらず、将軍などは金銭で取得した名誉職である傾向が高い。現役の将帥であっても、それは貴族の飾りである。シルバニア軍は軍隊としてまともに機能していなかった。
また、国民も平和ボケしていて、ガルガントが5万の兵で侵攻すると、まともな反撃もしないで降伏してしまったのだ。
「さっさと図書館も占拠して、校長を捕らえてしまいましょう」
マンフレートは形式的な言い方をする。
内心、彼はバウンティ将軍を認めていない。ほとんど戦歴がないくせに、士官学校を卒業して聖なる鎧「ネミア」を得ただけで将軍に任命された。それは皇帝である父親のひいきであることは明白だったからだ。
「ああ、そうだな。士官学校の恩師であるシュバーセン校長を捉えるのは気が引けるが……ギャンター司令官の命令では仕方がない」
副官が自分に忠誠心を持っていないことは声のトーンで分かる。しかし、それでもバウンティは父親に認めてもらうために何らかの功績を上げなければならなかった。
しばらく進むと、視界が開けて原っぱに出た。
草原の先には森が茂っていて、その手前に二つの人影。
「誰だ! お前たちは」
マンフレートが怒鳴ると、彼は馬を急がせてバウンティの前に出た。
「私はトルーナン王国のアリサ将軍です! バウンティ将軍に一騎打ちを申し込みたい!」
そう告げて、アリサが前に進む。その後ろにタケルが腕組みをして立っていた。
マンフレートは振り返ってバウンティを見た。
「ハハハハハ。アリサ、久しぶりだなあ。そうかあ、将軍になったのか……」
バウンティは笑いながらアリサに近づく。
「お待ちください、バウンティ将軍。危険です」
「構わないよ。同じ士官学校の同級生だ」
副官に反して、バウンティは馬を進めてアリサの前に着く。
「私と決闘して頂戴。そして、私が勝ったらシュバーセン校長をあきらめてほしいの」
エクスカリバーを背負ったアリサは防具を装備した臨戦態勢。
「そうか、そういうことか……」
ニヤニヤ笑いながら馬を降りるバウンティ。
「革の鎧が似合っているぞ、アリサ。後ろのやつは腰巾着のタケルか……」
バウンティはタケルを一人前の男として認めていない。
「学校の模擬戦では五分五分だったわよね。ここで決着をつけましょう」
「そうか、それもいいな……。それで、俺が勝ったらどうするんだ?」
「そのときは……このエクスカリバーを持っていけばいいでしょ」
バウンティは息をのむ。
エクスカリバーは聖剣の中の聖剣だ。それを持つ者は大陸を制覇するという。バウンティにとってエクスカリバーを取得することは、ガルガント大帝国において名声を博することになるのだ。父親である皇帝陛下からも褒められるに違いない。
「いいだろう。決闘を受ける」
バウンティが馬に取り付けてあった大剣を手に取った。
「お待ちください! 将軍ともあろう者が一対一の決闘など正気とは思えません。今は作戦行動の最中なのですよ」
マンフレートが馬から降りてバウンティに駆け寄った。
「トルーナン王国のアリサ姫から正式な決闘を申し込まれたのだ。これを受けなければガルガント大帝国の恥となるであろう」
「しかし、万が一負けたらどうするのですか……」
「お前は俺がアリサに負けると思っているのか。勝てないから逃げろと、お前は言っているのか?」
バウンティが副官をにらむ。
「あ、いえ……そういう訳では……」
「だったら兵を連れて下がっていろ!」
叱りつけるように言うと、バウンティは剣を構えた。渋々とマンフレートが遠くに引き下がる。
「さあ、来いよ。アリサ将軍」
アリサも背中のエクスカリバーを抜いて中段に構える。
「ええ、ぜひ尋常な勝負をお願いするわ、バウンティ将軍」
向かい合う二人の表情が引き締まり、間の空気がピリピリと引きつってきた。
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