7,方針決定会議
トルーナン城の会議室。その部屋は奥まったところにあるので窓はなく、少なからぬ閉塞感が漂っていた。
長いテーブルの上座にはトルーナン王国の国王が座り、両側に武官や文官が座っていた。
王の近くの席にアリサが座り、その後ろではタケルが立って控えていた。
「困ったものじゃ……」
国王のクリストファーは顔を曇らす。
それを見てピエール将軍が発言した。
「恐れながら、我がトルーナン王国とガルガントでは、武力に差がありすぎます。トルーナンがガルガント大帝国に立ち向かうのは不可能と存じます。まずは、動かずに様子をうかがうのがよろしいかと」
ピエールは昔からトルーナン王国の軍隊をまとめてきた古参の軍人だ。その意見には重みがある。
「しかし、これからもガルガントの横暴を許してよいものか……」
王には気にかかることがあった。
「シルバニアのシュバーセン校長だけでも救い出してきたらいかがでしょうか」
王の隣に座っているクリステル第一王女が静かに言う。
彼女は王の本心を知っていたのだ。旧友である校長を助けたい。しかしそれは公私混同というもの。立場上、王が言いたくても言い出せないことを王女が代弁してあげたのだ。
「でも、お姉さま。それじゃあ、ガルガントを怒らせることになるんじゃありませんの?」
口をとがらして反対したのは、第二王女のメリッサ。
「今から占領しようとする国に、ズカズカと侵入してシルバニアの要人である校長をさらっていったのでは、ガルガントが黙っておりませんでしょう」
メリッサは、そばかす顔を引きつらせて大声を出す。
彼女はクリステルに対してコンプレックスを持っており、何かにつけて反発していた。
「アリサ姫の意見はいかがですか?」
不意にピエール将軍が振った。
「は、はい……」
軍事のことなど分からないアリサは言葉を濁す。皆が新任の将軍に注目する。
それはピエールによるテスト、または嫌がらせというものだった。
「シルバニアは士官学校において私を教育し、エクスカリバーという聖剣を与えてくれました。また、校長は親しく接してくれて、何かと私たちの面倒を見てくれました。そういった人間を救い出すのは義にかなっていると思います……」
話の最後はトーンが落ちた。
「個人的な意見ですな」
ピエールがアリサに対してピシャリと言い放つ。
アリサは口を結んで困ったように振り返った。
「相談役のタケルは……どう思いますか」
タケルは背筋を伸ばして発言する。
「はっ、まずこの会議はガルガントと対立するかどうかの重要なものと了解しております」
タケルがビシッと要点を指摘したので、皆がキョロキョロと視線を絡ませた。
「その上で言わせていただきます。シュバーセン校長は救出すべきでしょう」
結論を先出ししたタケルを皆が注視する。
「ガルガントがシルバニア中央国家に武力侵攻したとなれば、各国も黙っておらず、これからの大陸全土は戦乱に巻き込まれるでしょう。その嵐に、我がトルーナン王国も参戦する可能性があり、他国と同盟を結んだり対立したりすると思います」
タケルは一度、話を止めて様子を見た。皆が真剣に聞いていることを確認して口を開く。
「ここで、もし静観して一歩も動かなかったら、我が王国は他国に過小評価されてしまいます。シュバーセン校長は我が国となじみが深い。それは他国も知っており、その重要人物を救わないとしたらトルーナン王国は弱腰だと決めつけられるでしょう。そうなったら、戦争において他国と同盟しようと思っても相手にされず、敵国からはバカにされて戦闘に負けたらひどい扱いを受けることは必定」
皆は静聴していた。誰も声を出さない。
「ゆえに、座して黙するのは将来的にメリットが少ない。ガルガントが完全に占領する前に一刻も早くシルバニアに行ってシュバーセン校長をお救いするべきです。それが我が国の権威と覚悟を大陸に示す最良の策に違いない」
タケルの毅然とした言い方に皆がうなずく。
「ちょっと待て、タケル君」
ピエール将軍が片手をあげた。
「君はガルガントと我が国が対立するかどうかの分水嶺と言ったはずだが、実際問題はガルガントと戦って勝てるかどうかということだろう。いくら観念論を言っても戦争に負けてしまったら意味がないのだよ」
その反論の口調には、一片の好意も感じられない。
「ピエール将軍のお言葉はもっともですが、負けることはないと思います。まあ……勝つことは難しいでしょうが……戦力差がありすぎるので」
重要な会議に出席するのは初めてなのだが、常に冷静なタケルだった。
「長い間、戦争がなかったので皆さんはお忘れかもしれませんが、このトルーナン王国は大陸の奥に位置しており、天然の要害に囲まれています。攻めるに難しく守りに易い。ガルガントが攻めてくるとすれば補給線は細長くなって、兵隊に食料を供給することも困難になるでしょう。ただ我々はジッと防御していれば済むのです」
「もっともだ……」
王が力強くうなずいた。
「では、クリストファー王に決議していただいてよろしいでしょうか」
クリステルが結論を促す。会議の流れが救出の方に傾いているので、メリッサの横やりが入らないうちに決めてしまおうという思惑。
「我がトルーナン王国は、恩義あるシュバーセン校長を救出することに決定する! 関係者はすぐに準備を始めよ」
きっぱりと言い放つ。
皆は「御意」と言って頭を下げた。
「まずは救出隊の隊長を選出しなければならないでしょう」
メリッサが乾いた声で言った。
「わたくしはアリサ将軍に行ってもらったらよろしいかと思います」
そう言ってメリッサはニヤリと笑う。
アリサはハッとしてメリッサを見てから、黙りこんでうつむいた。
「いくら名ばかりの将軍と言えども、このようなときに何もせずにティータイムを楽しんでいるわけにもいかないでしょう。兵の士気にも関わりますので、皆を納得させるためにも、これくらいの任務は成功させていただかないと……」
メリッサは「名ばかりの将軍」という言葉を強調して、衆目の中で痛烈な嫌味を放った。
「いや、しかしなあ……」
任務経験のない娘をこのような危険な場所に行かせたくない王がつぶやく。しかし、将軍に任命した手前、反対もできない。
「まあ、私が言ってもよろしいですよ。アリサ姫にはちょっと荷が重すぎるでしょうからな」
そう言ってピエール将軍が皮肉っぽい笑顔を浮かべた。
「いいえ! 私が行ってきます。必ずシュバーセン校長を王様の元に連れてまいりましょう」
プライドを踏みにじられたアリサが強い口調で任務を受けた。バカにされて黙って引っ込んでいられない性分のアリサ姫である。
「分かった……では、アリサ将軍にシュバーセン校長の救出の指揮を任せよう」
力ない声でクリストファー王が決定した。
少数の人間はアリサが失敗することを期待し、他の者は不安感が消えない。だが、その中でタケルだけが救出作戦の成功を確信していた。
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