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6,トルーナン王国


 タケルとアリサは母国に帰る支度をしていた。

 アリサ姫の警護隊隊長のアルベールが警備兵を指揮して、数台の荷馬車に荷物を積み込んでいた。


 アリサは昼前の陽光に照らされた木造二階建ての屋敷を眺める。

 それは士官学校からあてがわれた住まいで、養成課程の3年間を過ごした場所。

 古いが頑丈なつくりをした家を見て、長くもあり短くもあり、厳しくもあり楽しくもあった学校生活を振り返り、懐かしさと寂しさを感じていた。


 シュバーセン校長やアレクサンドル、それにビアンカには別れの挨拶を済ませてある。

 彼らとは長い間、会うことはないだろう。これからトルーナン王国に帰還して、第三王女としての国務を果たさなければならない。そう自分を戒めてアリサは馬車に乗り込んだ。


  *


 トルーナン王国は大陸の西の奥に位置しており、一般的に辺境国家と呼ばれていた。

 王国の中央に長さが2キロほどの城塞都市があり、その中にトルーナン城が建っている。


 一週間以上かけて、ようやくアリサの一行は王国にたどり着く。そして、到着して休む暇もなく、アリサは国王に報告する式に出席した。


 広く豪華な謁見の間。

 床は大理石で部屋は彫刻や絵画などで装飾されている。

 その広間の後ろには第二王女のメリッサ、国の守備を任せているピエール将軍など、国の重要人物たちが控えていた。


 アリサはシルクのドレスの裾をつまんで進み出て、王様の前に片膝をつく。

「長期間の勉学、ご苦労であった」

 大きくてきらびやかなイスに座ったクリストファー王が低い声でゆっくという。王は60歳を超え、白髪頭だったが厳格な表情をしている。

「はい、士官学校において学んだ教養や武技は栄光あるトルーナン王国において役立てて、これからも王国の発展に尽くしたいと思います」

 そう言って父親である国王を見てニコリと笑う。

「うむ、頼もしいことじゃ」

 王の後ろに控えていた第一王女のクリステルが巻物を両手で差し出す。それを広げて王は朗々と読み上げた。

「なんじ、アリサ・ド・ルシュクエールをトルーナン王国の将軍に任命し、国軍の半数を麾下きかに置くものとする」

 王はアリサに任命書を渡す。

「謹んで拝命いたします」

 アリサは両手でうやうやしく受け取り、下がっていった。


 広間には大きな拍手が渦巻く。

 そして、それが冷めた後、ざわめきが波のように伝わり、立っていたピエール将軍があからさまに口をゆがめていた。今まで指揮下にあった全軍の半分を持っていかれてしまうからだ。

 また、その隣では、そばかす顔のメリッサが冷たい目で見ている。

 将軍任命の件は事前に通達されていたとはいえ、普通ではない抜てき人事である。後ろに並ぶ臣下たちは動揺を隠せない。


 それは明らかに自分の娘に対するひいきの登用であった。戦争経験もない小娘に将軍職が勤まるはずがない。しかし、士官学校においてエクスカリバーという聖剣を得た人間を将軍にすることは自国の宣伝になるのだ。


 また、トルーナン王国は数十年も戦争を経験していない。10年前の大戦のときも、辺境という地理的優位によって参戦していなかった。つまり、これからも戦争に巻き込まれる可能性がないのでアリサ姫でも務まるだろう、それならば今のうちに将軍にして箔をつけておこうという王の考えだった。


「それから、タケル・テンドウ。前に来なさい」

 ついでのように王が手招きすると、アリサの後ろに立っていたタケルは進み出て片膝をついた。

「アリサのお守りは大変じゃったろう」

 そう言って王がフフフと笑う。

「あ、いえ、それほどでも」

 タケルは燕尾服のような礼服を着ていて、それは童顔のタケルには似合っていない。

「そちは士官学校において成績優秀で、例外的にギフトを得たそうじゃのう」

「はっ、シュバーセン校長のご好意よって、もったいなくもソロモンの指輪を頂きました」

「ああ、彼は私の旧友じゃ。しばらく会っていないので、懐かしいのお」

 王は空中に視線を泳がせて、若き日を思い出す。しばらくして、タケルの方を向いた。

「タケルよ、なんじをアリサ姫の相談役に任命する」

 任命書もなく、ただポンと言いつけた。

「ははっ、喜んで拝命いたします」

 そう言って下がっていくタケル。場内からはパチパチと気のない拍手が散見された。


 タケルは今まで姫の従者だった。それが相談役になったからといって何が変わったのか。居並ぶ臣下たちにとっては何の関心もないことである。


  *


 報告の儀式の後、アリサたちは控室に集まった。

 メイド服を着たマリアが、キャスター付きのテーブルで紅茶を運んできた。


 彼女は19歳で、マリア・テンドウという。タケルと名字が同じだが、血のつながりはない。同じ戦災孤児でマリアという名前と生年月日しか覚えていなかったので、テンドウという名字にしてタケルと一緒に王宮で面倒を見ていたのだ。

 ふくよかな胸をしているが、引き締まった体で体術の心得がある。目は青くて端正な表情は美しい。給仕などアリサ姫の面倒を見るのがマリアの仕事だった。


「3年間の間、お疲れさまでしたね」

 クリステルは紅茶にミルクを入れ、スプーンでかき混ぜた。

 彼女は、数年前に亡くなった正室の娘で、病気がちの王に代わって執務などをこなしている。勉強が好きで思慮深く物知り。アリサが敬愛する一人だった。

 全体的におっとりとした感じを受ける。目が大きく優しい表情は、その性格を表していた。


「いえ、お姉さまもお変わりなく」

 アリサは紅茶のカップに砂糖をドバドバと入れてグイっと飲む。

「マリアは、また胸が大きくなったかな」

 タケルがニヤニヤ笑いながらカップを手にする。

「クリステル様の前で失礼でしょ。タケル」

 碧眼を細めてタケルをにらむ。

 タケルとは幼いころから本当の姉弟のように育ってきたので、二人とも遠慮がない。


「でも、聖剣エクスカリバーを頂くなんて、なんて名誉なことかしら」

 そう言って首をかしげるクリステルのしぐさは包容力を感じる。

「いえ、何かの間違いじゃないかと思っているんですよ。それにエクスカリバーといっても他の聖剣のように特殊能力がないですし」

 アリサの言うとおり、ただ壊れることも傷つくこともない大剣というだけ。


 不意にノックの音が響く。

 マリアがドアを開けると、小太りの中年が入ってきた。

「クリステル様、お久しぶりでございます。あ、アリサ姫もご卒業おめでとうございます」

 深々とおじぎをする男。黒髪で頭のてっぺんがはげていた。

「グレゴリー領主殿、ごきげんよう」

 クリステルが軽く頭を下げる。

「それでは王様に挨拶に参りますので……」

 自治領の領主はそそくさと部屋を出て行った。


 トルーナン王国の西側の奥にはストラスタという小さな国がある。

 その地方は自治を認められていて、グレゴリーが領主を務めていた。


 アリサは、ため息をついて紅茶を飲み干す。

 空になったカップにマリアが紅茶を注いでくれた。

 昼下がりの小部屋。のんびりと時間が過ぎていく。

 ぼんやりと窓を外を眺めて、アリサは時間がゆっくり流れているのを感じた。トルーナン王国のような辺境では大きな出来事もなく、ゆったりと生活できる。このまま何も考えずに面倒なこともなく大人になっていくのも良いかなあ、とアリサは思った。


 だがしかし、アリサとタケルの怠惰を神は許さない。

 一か月後、ガルガント大帝国がシルバニア中央国家に武力侵攻したという報告が届いたのだ。


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