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3.公爵令嬢シャーロット様が伯爵家にやってきた。

 3.公爵令嬢シャーロット様が伯爵家にやってきた。



シャーロット様が我が家にやっていきましたよ!

パブロ12年の異世界生の中で初めての事で、ちょっとドキドキしてしまいます。


なんでも前回のお茶会で公爵様が一人で無双されてしまい、パブロとしては聞き役に徹してそれなりに楽しかったんだが、シャーロット様は色々ご不満だった模様。


それで、シャーロット様自身が我が伯爵家に遊びに来れば公爵様の邪魔も入らないだろうと、そのような理由で本日はお越しいただく運びとなりました。

公爵様、嫌われてるなぁ。シャーロット様はちょっと前までパパ大好きっ子だったのになぁ。反抗期かな?

まあそのあたりの公爵家の親子事情は知ったことではないのでそこらへんの電柱の陰に捨て置く。


そんでまあ、今からシャーロット様のお出迎えです。


玄関ホールの左右にずらりと並ぶ我が家の使用人どもと、奥に鎮座するパパンとママン。

両親の両脇に次男マルコ、長女アンナマリー、末娘のブリギットと並んで、本日の主役のはずのパブロは端っこの方におまけみたいに押しやられています。


あ、ちなみに今日も平日です。法衣貴族の皆様などがせっせこ王宮などでお仕事をされておりますが、パパンは領地持ちで不労所得だけで暮らしているような男ですから、毎日が日曜日です。ママンも以下同文です。


格上の公爵家ご令嬢をお迎えするに、臨戦態勢で臨む我がワング家一同。この日ばかりは使用人どもも当主と一丸となって準備に当たったようです。

いや知らんけど。


だってパブロは蚊帳の外だったからね。

おかしいなぁ。シャーロット様はパブロに会いに来るはずなんだけどなぁ。


さて、そんな疎外感溢れるお出迎えフォーメーションで10分少々待ちぼうけていると、いよいよやってまいりました公爵家の豪勢な馬車3台。


開けっぱなしの玄関ホールドアの向こうで横づけにされたひときわ見事な1台に対し、公爵家専属の使用人たちがきびきびした動作でステップとなる台を置き、ドアを開け、お付きのものの手を取り降り立つは可憐なる花の妖精、シャーロットお嬢様。


こういう時、彼女の手を取る役目はそれこそホストたるパブロの役割ではないかと思わなくもないが、そもそも領地持ち貴族と王族ゆかりの公爵家は派閥が対立しており、あまり仲がよろしくない。

ワング家に公爵令嬢様がお遊びにいらっしゃること自体が異例中の異例。

そんな中で格下かつ敵対派閥の伯爵家長子であるパブロがエスコートするなどあっては社交界における醜聞なのである。


シャーロット様はその辺気にしない方だし、パブロもどうでもいいと思うのだが、公爵家の皆様方としては大変気を遣うところらしく、エスコート役は公爵家のものが務める運びとなった。

このエスコート役の人物がまたカッコいいのである。

男装をびしっと決めたかっこいい女性騎士が、シャーロット様の手を取りホールの中ほどまでカツカツと歩み進んでくる。

この騎士がパブロの好みドンピシャであった。きりりとした凛々しい表情の美しいかんばせと、見事なプロポーション。男装といっても女性らしさが全面に出た意匠の仕立てであり、豊かな胸元を強調するように盛り上がっているところなどはゴクリ。


パブロが鼻の下を伸ばしつつぽけっと凝視していると、いつの間にかシャーロット様が目の前をふさいでいた。

心なしかむすっとしたご様子。


やべやべ可愛いシャーロット様を差し置いて違う女性に目移りしてしまっていた。

これは怒られても仕方がない事案。


正直はっきり言ってしまおう。

公爵令嬢シャーロット様はこのパブロに淡い恋心などを抱いてくださっている奇特な女性なのだ。


パブロはにぶちんではないのでそれくらいの事は察せるし、シャーロット様も隠すつもりはないので無邪気に恋心をぶつけてくださる。


そんなわけでたった今も可愛らしい嫉妬心を見せつけるかのごとき、ぷんすかな表情でじっとりとパブロをねめつけてくださるのである。Mっ気のあるパブロにはこれも眼福か。


気が付くとあたりがシンッと静まり返っていた。

さっきまでパパンが何やら歓迎の口上などをペラペラと宣わっていたような気がするのだが、終わったという事でいいんですかね? まあ僕もシャーロット様も興味ないんで聞き流してましたが。


シャーロット様がすっと自らの左手を差し出す。おやこれは人目のない室内はこの僕にエスコートせよとのご命令ですね。

良いでしょう。喜んでご同伴いたしましょう!


パブロが右ひじを持ち上げるようにして彼女の左手の横に近づけると、シャーロット様ははにかみつつもそっと手を添えられる。


ここでふとパパン、ママンと目が合う。二人ともギョッとした様子。


ああそうか。


パブロはここで得心する。そもそも、パブロとシャーロット様のちょっと変わった関係はワング家の皆は誰も知らなかったのだ。


例えばお茶会に誘われるなどといった話であれば、これは普通は公爵家と懇意にしている大勢の男女が集まるそれなりの規模のものを想像されがちだが、パブロとシャーロット様はだいたいいつもサシ飲みだ。いや、茶ごときにサシとかって考え方があるのかよくわからんが、とにかくそんな感じだ。


そして精神年齢が大人のパブロと、若くしておませさんに育った早熟なシャーロット様ははっきりと男女の仲を意識して二人の時間を楽しんでいる。


広大な公爵家のお庭を二人で散策し、東屋などでお茶を楽しみつつ、詩吟に興じたり市井の恋物語の感想を述べあったり、時にはお互いの未来を語りあったり。

むろんお付きのものが大勢いるので全く二人きりというわけではないのだが、ぶっちゃけデートみたいなものである。


とはいえパブロとシャーロット様の間にはお互いに自制できる範疇での恋心といった程度のものしかない。

そもそもお互いの立場が違い過ぎるのだ。パブロは東部でそれなりの家格がある領地貴族の長子で、この先一時的にでも当主を務めることが定められている。

対するシャーロット様は王位継承権こそ持たないものの王族の一人であり、その血筋は王家によって厳密に管理される立場にある。


だから例えばシャーロット様が伯爵家に降嫁するなどあり得ぬ事だし、逆にパブロが公爵家に入婿に上がることも考えられないのだ。


もっともパブロはパパンの脅迫により、1歳年下のマルコが15になった時点で家督を弟に譲る書面にサインをさせられているのだが。

だからといって、それで仮にお役御免の前伯爵となったとしても、派閥を考えればシャーロット様と結ばれることはあり得ない。

ていうか恐らく、家督を譲った直後にパブロは殺される可能性が極めて高いので、その前に伯爵家から逃げ出す準備をすでに始めている。


そんなわけでシャーロット様とパブロはお互いに縁のない間柄なのである。お互いそれを分かっているからこそ、二人きりの時間にちょっとした恋人ごっこを楽しむのがこの7年の間のゲームであったのだ。


しかし、とパブロはふと思い返す。


そうすると、今日こうしてパパンたちの前でシャーロット様が二人の秘密の暴露に及んだのにはどういった意図があるのであろうか?


パブロはにぶちんではない自負はあるが、年頃のお嬢様のお心のうちを全て見通せるほどに賢くもないので、あまり深くは考えない事にする。


それよりも今はエスコートである。

花のように満面の笑みを浮かべパブロの肘に手を置き、少し後ろを静々と歩く麗しの姫君。


酸欠の金魚のごとく口をぱくぱくさせるパパン、ママンの脇を抜ける。なにこれなんか優越感半端ないんだけど。


この日のために格別に奇麗に整えられた応接室……の脇を抜ける。残念ながらここには用がありません。


お茶の準備にいつでも取りかかれるようにと道具などが並べられた厨房……の脇を抜ける。これらの道具にも用がありません。


勝手口を抜け、見栄えよく刈り込まれた庭園……の裏のごちゃっとした汚い小道を抜け、やってきたは我がぼろっちい納屋の前。


「待て待て待て待て!」大慌てになったパパンが大声で叫びながら追いすがってきました。


「待てパブロ! なぜ公爵令嬢様をこのようなところに連れてくるのだ!」唾をまき散らしながらそうがなり立てるパパン。


おや? パパンが何を言っているのかわからないぞ?


「むろんシャーロット様を我が家にご招待しようとしているのです。だって僕の家はここですから!」にっこりとパパンに向かって笑いかけてやる。


シャーロット様もコロコロと嬉しそうに笑いながら

「以前からパブロ様の『おふぐりっどろぐきゃびん』なご自宅を拝見したかったのです。感激ですわ!」などとお言葉を下さる。


「違うのです! 公爵令嬢様! これは違うのです! パブロめの家はここではなく……」パパンが慌ててギャーギャーと何か喚きはじめる。

ママンはその後ろでくらりと何やら気を失いかけ、その場でサッと女中頭に支えられる。


やべえこれ、なんだかすげぇ状況になってきたぞ。面白れぇ!

そこでうるさいパパンは無視して、シャーロット様にお願いの耳打ちをする。


にっこり頷いてくださるシャーロット様。それからずずいっ! とパパンの前に一歩出ると、

「うるさいですよワング伯爵。黙りなさい。」とよく通る声で一言おっしゃってくださる。


途端に黙りこくるパパン。さすがに格上の公爵令嬢様の言葉を無視できるほど愚かではないらしい。


静かになった辺りを見渡し満足げなお顔になったシャーロット様が、パブロへと会話のバトンを渡してくださる。


パブロはおほんと咳払いしてから、こう皆に宣言してやる。


「お父様。よろしいでしょうか? 実は僕、5歳の時に『お前の家は今日からこの納屋だ』などと無理やり押し込められたのです。


……そこのピーターに。」


びしぃっ! とピーターを指差してやるパブロ。「な、な、な……。」突然の振りに、真っ青な顔になってまともな言葉も発せなくなる執事のピーター。


せっかくですからこのパブロ、ここは追撃の手を緩めません。

「おいピーター。お前あの時自信満々にそう言うから、てっきり僕はお父様の命令だと勘違いしてこのボロ小屋が自分の家だと思い込んでしまったぞ。

まさかお前、この時期当主である僕に嘘をついたのではあるまいな? 貴様、自分の立場を分かっておろうな?

貴様が僕をたばかったのであれば、一族郎党厳罰をもって処することになるぞ!

どうなのだ? おい!」


パブロがこう声を荒げてやると、「ぴ、ぴ、ぴ、ピーター貴様ぁっ!」パパンがパブロの言葉尻に乗っかり、顔を真っ赤にしてピーターに詰め寄る。


……ふふふ。……ははは。……あーっはっは!


ピーターの嘘? んなわけあるか! 魔力が全然ないと分かった瞬間に納屋行きを決めたのはパパンだし、ママンもそれに追従していた。ピーターは言われたとおりにやっただけだ。


だがしかし、事ここに至っては言い訳するためのスケープゴートが必要なのだ!

パパンが自分を正当化するための都合の良い悪者が必要なのだ!


そしてピーター! てめぇは色々やりすぎた! 領地経営の代官一族の出先機関の長として屋敷を取り仕切り、パパン、ママン始めとする伯爵家の皆を下に見すぎた!


てめぇはそろそろ退場だ。今まで利ザヤを抜きまくってさぞかしいい思いをしてきただろうが、そいつは今日までだ。

今までご苦労だったな? 明日からはサヨナラだ。せいぜいこの僕を恨みつつも王都の路地裏で野垂れ辞ぬがいいさ、ニヤリ。


「貴様がっ! 貴様がっ!」明らかに冤罪のはずのピーターに対して顔を真っ赤にして怒鳴り散らすパパン(主犯者)の横顔を眺めつつ、パブロはシャーロットお嬢様の手を取り納屋の中へと招待するのであった。


「いやーっ、醜い人の争いを野次馬気分で横目に見るのは気分がよいですなぁ。」

すっかり楽しい気持ちになったパブロがそうシャーロットお嬢様に話しかけると、

「流血沙汰にならないのが残念ですわ。」と、お嬢様はにっこり微笑まれた。


なにこの子、ちょっと怖いんですけど。


まあそんな話はさておいて、パブロは木箱の上にボロいクッションを乗せ、お嬢様にお座りいただくようエスコートする。


納屋は狭く、中に入ったのはパブロ、シャーロットお嬢様、専属の侍女長様と専属の筆頭女性騎士様の4人のみ。

木箱の上にちょこんと座ったシャーロット様の向かいにパブロも腰を下ろし、残りの二人はシャーロット様の後ろに控えて立つ。

後は小屋の入り口部分を固めるように陣取ってくれ、パパンたちが近寄れぬようガードしてくれる。


「パブロ! パブロ! 出てこいパブロ!」などとパパンの叫び声が聞こえるが、何やら公爵家専属の騎士様達が剣を抜いたらしく、声は次第に遠くへ離れていった。


そんな中、すっかり興味津々のシャーロット様がきょろきょろと納屋の中を見回してくる。


「これが日本名物のウサギ小屋ですの? こんな狭いところで住んでゆけるのですか?」

興奮気味にそうお言葉を口にされるシャーロット様。


いや、日本のワンルームはこの納屋の半分くらいの広さです。

こんな掘っ立て小屋みたいな物置であっても、腐っても伯爵家の建物なんでそれなりに広さはあるのです。

起きて半畳、寝て一畳。

由緒正しきジャパニーズ・ウサギ小屋住まいの長かったパブロにとっては、むしろ広すぎて手に余るほどの家なのです。


そんな事情をかいつまんで説明すると、「まあ。」と真ん丸にした口を両手で抑えつつ、そう感心した声をお上げになる。


「わたくしもこの狭い掘っ立て小屋で、パブロ様と二人で生活できますでしょうか?」


えっ? この子いきなりなに言いだすの?


パブロが思わずシャーロット様を凝視しているうちに、更なる爆弾発言が飛び出す。


「わたくし、パブロ様と既成事実を作りに来ましたの。」


はあっ?


「既成事実……? それはあれですか? 僕の家族に二人の仲を見せつけて何か面白い遊びをしようといった話ですか?」

たぶんそういうことじゃないんだろうなぁとうすうす勘づきつつも、とりあえずパブロは聞いてみる。


「まあ、違いますわ!」ポッと頬を赤らめるシャーロット様。「することしてパブロ様と男女の仲になる事ですわ。」


えーっ……?


「すみませんシャーロット様。おっしゃる意味がよく分かりません。」すっかり困惑するパブロに構うこともなく、頬に両手を当てていやんいやんなどと首を振りつつもシャーロット様のお言葉が続く。

「実はわたくし、先日晴れて月のものが降りてきたのですわ。これでいつでも孕める身体になりましたから、することしちゃえば後戻りできませんわ。

あとは出来ちゃえば勝ち確ですの。いけ好かないお母さまを出し抜いて、晴れてわたくしとパブロ様は一つに結ばれるのですわ!」


えええええっ……。


ちょっとなに言ってるのか分かりませんね。助けてください侍女様。この人のナゾ言語を翻訳してください。


はあっとため息をついた侍女長様が、お嬢様の言葉の続きを紡ぐ。

「シャーロットお嬢様はもともとお子をもうけることが出来ぬお立場なのです。」


ほうほうと声を上げるパブロに、侍女長様は事情を説明して下さる。


なんでもシャーロット様は魔力が大変高く、5歳のみぎりですでに国内五指に入るほどの力の持ち主であったのが、その後もすくすくと成長され、現在は王族を超え王国一番の魔力量を手にするまでに至ったそうだ。


カスみたいな魔力量が5歳から1mmたりとも増えていないパブロから見れば異次元の話である。


そんなシャーロット様は、よほどの相手であっても結婚し子を為すようなことがあると、王家を越える魔力が遺伝して、国を分ける遠因になりかねないのだそうだ。


だったらいっそのこと王族に嫁げばいいじゃねぇかとパブロなんぞは安直に考えてしまうのだが、とてもそうは出来ない切ない裏事情があるらしい。


というのも、魔力量が多すぎるとそれ自体が害悪になるのだそうだ。


あまりに強大すぎる魔力はいともたやすく周囲の時空をゆがめ、滲んだ魔力が人心を狂わせ、あるいは大地に染みこみ生き物の住めぬ不毛の世界を生み出すことすらあるのだそうだ。何その腐海効果。


そして、そんな強大な魔力を獲得した存在は『魔王』認定されて、世界から討伐される対象にされてしまうのだそうだ。


ただでさえ強大な魔力を持つシャーロット様が、同じく強力な王族のものと一つになり、万に一つでも魔王クラスの子供を産むようなことがあれば、その先に待ち受けているのは悲劇どころか国際的な害悪なのだ。下手すりゃ世界大戦の火種になりかねん。


だからシャーロット様はこの歳になっても婚約者の一人もおらず、生涯を一人孤独に生きることが義務付けられているのである。


そんな中に現れたのがぽっと出のパブロである。


ゴミカスミジンコみたいな魔力量しかないパブロは、そこらの平民と比べても圧倒的な魔力弱者である。

そんなパブロとシャーロット様がまかり間違ってとんでもない一線を越えるようなことがあっても、生まれてくる子供がシャーロット様の魔力を越えるようなことは万に一つもありえず、王家を脅かす強力な魔力保持者が生まれるとは考えられず、つまりは絶対に大丈夫な究極の安全牌なのである。


だからパブロがいくらお嬢様と仲良くしても、公爵家奥方様は苦々しい顔で睨みつけつつも、決して二人の仲を裂こうとはしなかったのだ。


女の喜びと一生縁がない憐れな末娘に対する母親なりの愛情の一つと言えよう。


だがしかし! そんな母心に頓着しないのが末娘というものであろう。

そういうことならばいっそのこと! おませで賢いシャーロット様がその結論に飛びつくのにそれほどの時間はかからなかった。


一線を越えてもよい……? ならば一線を越えてしまえばよい! ……ゴクリ。

あーはいはい。シャーロット様そういう発想する女の子だよね、付き合い長いからすぐに想像つきます。


それで一計を案じ、今日はすることするためにわざわざ単身パブロの家まで乗り込んできたのである。

なんでも「公爵家では母親が放った影のものがにらみを利かせているため少しでも怪しい雰囲気になったとたんに止められる」のだそうだ。


実際、パブロのあずかり知らぬところで影のものと女騎士様達とでもみ合いになったことも一度や二度ではないそうだ。

えー二人でのんきに茶ぁしばいている裏でそんな血で血を洗う抗争が!?


それでともかく、敵対する伯爵家の宅地内にあるパブロの納屋であれば奴らも早々手は出せまいということでわざわざシャーロット様が我が家まで出向いてこられたのである。


今、外でパパンたちとやりあっている騎士様達も、実は影のものを近づけないための警戒任務が本来の役割とのこと。


えーマジでこんな納屋でヤルおつもりなんですか?


「初めてが馬小屋ラブえっち、むしろ全然オッケーです」ポッと赤くなりながらもそんなふうに潤んだ目でこちらを見つめてくるシャーロット様。

やべぇこの人これガチの目だ。マジ今日ここで処女消失するつもりでいやがる……!


っていうか別にうち、納屋ですけど馬小屋じゃないんですが。まあお嬢様にしてみればどっちも同じか。


でもいいんですかねぇ?

このまま僕がシャーロット様と一線を越えてしまうと、お付きの皆さんのお立場などが大変なのでは?


パブロが侍女長様や女騎士様の様子を見てみると、むしろ固唾を飲むようにシャーロット様の後ろ姿を見守るご様子。


そこで話を聞いてみたところ、ここにいる侍女長様や筆頭女騎士様などはむしろ情にほだされてしまい、ついには協力者に寝返ってしまったそうであった。

なんでも二人の話を整理するに、普段は無口で陰のあるシャーロットお嬢様がパブロと二人の時だけは天真爛漫な年相応の女の子になる姿に、二人してすっかり心を動かされてしまったとの事。


えーそれ、腹黒いお嬢様が普段はわざと陰のある女を演じてたりしませんかねぇ……。


パブロはチラリとシャーロット様の様子に目を向けると、そこにはいつものように目をキラキラ輝かせてパブロを見つめる、嬉しそうな笑顔があった。

パブロはこのシャーロット様しか知らないので、涙ながらに切々と事情を語る侍女長様のお話はいまいちぴんと来ない。

無口の陰のあるシャーロットお嬢様、想像つかないからちょっとよく分からない。


しかしまあ、今日のシャーロット様はとガチでヤル気まんまんであることは付き合い長いのでよく分かる。

不退転の覚悟を持ってこの場に挑んでいることは容易に想像がつく。

だって軽い感じで笑い話にしようとしてるけど、さっきっからシャーロット様の手はプルプルと震えている。


だがここは心を鬼にして言わねばならぬことがある。


パブロはからからに乾いた喉を潤すようにゴクリと唾を飲み込んでから、意を決して言葉を返した。



「すんません、自分まだ皮剥けてないんで無理っす……。」



数分後、侍女長様に意味を説明され泣きじゃくるシャーロット様をなだめるのは大変だった。

サーベルに手を掛け「ならばいっそのこと切り落としてくれよう」などと宣う女騎士様をお止めするのは大変だった。

「せめてBくらいまではしてもらわねばシャーロット様の沽券にかかわります」などと一昔前の日本人っぽい言い回しでもってペッティングなどを強要する侍女長様をかわすのは大変だった。


それでともかく、「これは未来に夫婦となるための予行演習ですよー」などと適当な事を言いつつ、カモミールの花を乾燥させた安っぽい自作ハーブティを出してみたり、庭に自生する香草などを二人で摘み取ってみたり、フライパンで料理を作ってシャーロット様に振舞ってみたり、二人で猫どもに残飯を与えてみたりとキャッキャうふふななんちゃってオフグリッドライフを提供したところ、シャーロット様はいたく感激され、「わたくし今日からここで暮らします!」などと声を上げ、次の瞬間に剣を振りかざしパブロを殺めんとする影のものを女騎士様が間一髪で防ぐ場面などがあり、シャーロット様は大喜びであったがパブロは大いに肝を冷やした。あとパパンが遠くでぎゃんぎゃん喚いてた。


こうしてシャーロット様は大変ご機嫌な様子で屋敷を後にし、その後も事あるごとにパブロの住まう伯爵邸……の隣の掘っ立て小屋に足を運ぶようになり、ついには公爵家奥方様も膝をつき公認の仲となり、伯爵家もいよいよ公爵令嬢の降嫁を受け入れる覚悟をし、弟へ家督を譲る話などもうやむやとなり、遅まきながら二人は婚約する運びとなった。

あとピーターがいつの間にかいなくなってた。


今日もパブロは納屋にてシャーロット様を出迎える。この掘っ立て小屋の妙にこじんまりとした雰囲気がことのほかシャーロット様の心にそぐうようで、彼女は大喜びで小屋暮らしに付き合ってくれる。


「好きな方とならどんな場所も楽園です!」などと言われるとパブロとしては申し訳ないと思いつつ、ま、いっかーと軽いノリで彼女を迎え入れる。


「どうせならお屋敷は潰して畑にでもして、みんなで馬小屋に住まわうのが良いと思います!」などと言われるとパブロも「よーし、お父さんやっちゃうぞー」などと意気揚々と母屋の破壊工作に乗り出そうとして、パパンに全力で止められたりした。


しかしアレだね。パブロはてっきりシャーロット様は遊びで自分と付き合っているものかと考えていたけれど、どうやら割と最初からガチで狙われていたみたいだね。


シャーロット様はいかにしてパブロとくっつくかを計算して、以前からあれこれ画策していたようなのだ。

それで最後は力業に出て、こうして伯爵家にまで乗り込んできて見事パブロのハートを射止めたのだ。

この世界の女性は男以上にパワフルだなあ。


でも存外悪くない。


可憐な妖精のごとき美しい若乙女シャーロット様が「皮は、皮はいつ剥けるのです?」などと生々しい質問をしてくるのには少しばかり辟易としつつも、ああ僕はこのお嬢様と今生にて結ばれるのだなあと、パブロは不思議とにんまりと頬が緩み、我知らずいつの間にか嬉しい気分になってくるのであった。


割れ鍋に綴じ蓋などとはよく言ったもので、魔力のないパブロには魔力の塊のシャーロット様がちゃんと宛がわれ、パブロの異世界生活は思いがけず薔薇色の未来を描くこととなった。



そんなわけでパブロはシャーロット様と生涯の契りを果たしたのであった。



この物語、書こうと思えば無限に続けられそうなんですが、作者は現在いろんな毛色の作品を書いてみたいと考えているので本作品のメインエピソードはここでお終いとさせていただきます。


なにとぞ平にご容赦を。

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