2.公爵令嬢シャーロット様のお茶会にお呼ばれしたぞ。
2.公爵令嬢シャーロット様のお茶会にお呼ばれしたぞ。
さて、今日は公爵家主催のティーパーティの日である。
5歳までのパブロの社交活動の中で知古を得たのが公爵令嬢のシャーロット様で、どういう訳だかいたく気に入っていただき、今でもたまにお茶会にお呼ばれされるのである。
そして、こういったものに参加しているおかげでパブロが実家で無下に扱われづらくなる為、これは出席せねば命にかかわる。
シャーロット様とのお茶会は、パブロの生存戦略にかかわる重要な生命維持活動なのだ。
ところでシャーロット様に誘われるのは毎回パブロだけである。
ワング家には現在長男パブロを筆頭に、次男マルコ、長女アンナマリー、末娘のブリギットがいるが、公爵令嬢シャーロット様にとってこの中でお茶を共にしたいと考えているのはパブロ一人のようなのだ。
これには事情があり、パブロとしても手放しで喜べるほどありがたいものでもないのだが、どういう訳だか妹がうるさい。
妹のアンナマリーは、パブロがお呼ばれするたんびにわざわざパブロのところまでやってきて山一杯の嫌味をくれる。
「ズルいですわ! ズルいですわ!」などと羨ましがるアンナマリーに対し、ふと思いついたパブロは、一度だけこの妹をパブロに変装させて公爵家に送り出してみたことがある。
あの時帰ってきたアンナマリーの変な顔は最高に面白かった!
どうやらお茶会でシャーロット様にフルボッコにされたらしく、その後しばらくは「シャーロット様」と囁くだけで、アンナマリーはそそくさと逃げ出すようになり、虫よけならぬ妹よけに良い塩梅であった。
パブロとしては、なんでも欲しがる妹に色々と奪われる鉄板ネタがやってみたかっただけなのだが、その後代われとは言われなくなってしまったのは残念な限り。
ただ文句ばかりを言うだけで、「羨ましいなら代わろうか?」などと声を掛けてやると、キーっと金切り声を上げつつ退散するのである。
今日もお茶会に向けて侍従どもが無理やり見てくれを整える変身作業中のパブロのもとにやってきて、
「お兄様は我が家の恥ですわ。」だとか、
「お兄様が公爵家の皆様に迷惑をかけるせいで、わたくしが他家のお茶会にお呼ばれするときに苦労するのですわ。」などとずいぶん色々と言ってくる。
アンナマリーはまだ9つなのに色々言葉を知っているなぁとパブロが感心していると、
「お兄様のようなものをお誘いするなど、公爵家の品位が疑われますわ。」などと言い出したので、これはさすがにまずいとパブロは慌ててしまう。
「つまりアンナマリーは、公爵令嬢たるシャーロット様には品位がないと、そう不敬な事を考えているんだね? 僕はその事をシャーロット様に報告せねばならないが、自分の発言に責任は持てるね?」とくぎを刺すと、びくりとなったアンナマリーは顔を真っ青にし後ずさった。
「ふふん。」と一つパブロが鼻を鳴らすと「パブロなんて死んじゃえーっ!」と9歳相応の遠吠えをかましつつ、ダッシュで逃げ去るアンナマリー。
なんとも可愛らしいガキんちょだなあとパブロが微笑ましくもその後ろ姿を見送っていると、
「公爵令嬢様への告げ口をお考えになるとは感心いたしませんな。」などと執事のピーターが偉そうなことを言ってきた。
「僕としてはアンナマリーの淑女教育におかしなところがないかが心配なのだが、よもやお前達、公爵家に対する悪口などをあの子に吹き込んでいないだろうな?」
ぎろりと睨み返してやると、ピーターはだんまりとなった。
おいピーター。僕は知っているのだぞ? お前が「パブロばかりを誘う公爵家は人を見る目がない」などとアンナマリーに語り聞かせていることを。
屋根裏スパイ活動で全部お見通しだからな。
どうも家の使用人どもは内向きの仕事や人間関係に囚われ過ぎて、公爵家というものが王国内でどれほどの地位があり、少しでもたてつくとどれほど酷い報復に遭うかのイメージが湧かないものらしい。
ワング家の使用人どもはみな伯爵家領地から出てきたものばかりで、実家に戻れば代官の息子であったり村長の娘であったり、地元ではそれなりの権力者の血縁者たちで構成されているのだが、いかんせん伯爵領の田舎政治の延長線上で屋敷を切り盛りしようとするので、王国全体の中での他家との関係性などといった事にはついつい無頓着になりがちなようなのだ。
そこで本来ならば、パパン、ママンがきちっとこのものどもを引き締めて教育せねばならぬのだが、いかんせんパパンたちは使用人どもに舐められている。
そういったねじれ構造が屋敷内のパワーバランスに微妙に影を落とし、結果としてアンナマリーの淑女教育が危ぶまれている現状がある。
お貴族様も色々大変だよねぇ。
所詮他人事のパブロとしては、野次馬半分で彼らの人間模様を観察しているのだが、おつむの弱い弟マルコなどがいつか王家などに不敬を働き、余波でパブロまで累が及ぶ未来がとても怖い。
そこでパブロとしては、ゴマすり半分で今日もシャーロット様のご機嫌伺いにお茶会に向かうのである。
そういえばパブロがアンナマリーを変装させて送り込んだ一件、あれが一番の不敬だったな。
一応「おませな妹が替わりたいって言ってるから試しに替わってみたわ。よろしく!」みたいな手紙を持たせたから、公爵令嬢シャーロット様もそれなりにうまくやってくれたみたいだけれど、なんかシャーロット様はこんなパブロと会うことを楽しみにしてくれているらしく、後でさんざん文句を言われました。
「たまには気分転換の話題提供になるかと思ったのですが」などと適当な言い訳に矛を収めてくれたので良かったのだが、考えてみれば格上の公爵家相手に身代わりを送り込むなど、不敬の極みでありました。
いやはやシャーロット様がシャレの分かる人で良かった!
次やったら領地ごとワング家潰すって言われた時の目は笑っていなかったですけどね。
貴族社会の力関係を一番わかっていないのは僕かもしれない。しゃーないやんか、こちとらもともと、ただの日本人だし。
ところでそのシャーロット様だが、本日は最初から大変不機嫌なご様子であった。
いやいや僕は何もしていませんよ! 今回は不敬は働かず、ちゃんと真面目に大人しくご相伴にあずかっておりますよ。
そうではなくて、シャーロット様のお隣にお座りになっているやんごとなきお方が問題なのだ。
誰あろう、公爵家ご当主様である。
あれれー? 今日って平日ですよねぇ? 公爵様は宰相などという大変な要職にお付きであったかと認識しておりましたが、なんでこんな場末のお茶会にいらっしゃるのですかねぇ。
理由はパブロには分かっている。
公爵様はパブロの事が大好きなのである。
それは何故か?
ここで公爵様の身の上について説明せねばなるまい。
そもそもこの公爵様、若いみぎりに薫陶を受けた家庭教師が日本からの転生者だったのだ。
今はもうこの世にはないその女性が公爵様の人間性に与えた影響はすさまじかったらしく、「自分の心は日本人だから」などと親しいものの前では公言してはばからないほどなのだ。
それでパブロの事も、一目見ただけで「こいつ日本からの転生者じゃないか」と一発で見抜かれ、同郷のよしみという事で公爵様にはずいぶんと良くしていただき今に至るのだ。
なおシャーロット様も大の日本びいきである。
もともと公爵家は娘ばかりが4人も生まれ、上3人は奥方様の教育方針で貴族らしい人格を獲得され、変人の公爵様とは距離を取りつつ立派に成長されたのだが、末娘のシャーロット様はなぜか父に懐き、日本大好きの変人に育ってしまったようなのだ。
シャーロット様に関しては、同年代にパブロがいたのも大きかったのかもしれない。
公爵様が一人で「日本!」「日本!」などと喚いても奥方様始め屋敷の皆は冷ややかなものであったが、ここにパブロが現れ二人して意気投合している様子などを目にしてしまうと、幼いシャーロット様としては「日本は本当にあったんだ!」などとラピュタ的な謎の感動を覚えてしまい、それですっかり日本好きとなってしまわれたのだった。
屋敷の支配者たる奥方様は、上3人の娘が立派に育ち、長女の入り婿が家を継ぐ算段も立ったとのことで、末娘のシャーロットについては好きにさせるかという教育方針を取られたようである。
それでもパブロが公爵家にお邪魔に上がると、奥方様からはいっつも遠目に睨みつけられるので、なんか肩身が狭いのであった。
そんなこんなでシャーロット様は定期的にパブロをお茶の席にお誘い下さり、その対価として日本のあれこれなどをお話差し上げるのだが、公爵様に言わせると「シャーロットばかりパブロくんとお喋りしてズルい!」ってなことのようであった。
それで今日はわざわざ公務を休んでまでアポなしで二人きりのお茶会に乗り込んできたのである。
「ズルい、ズルい!」などと涙目になってシャーロット様に文句を垂れる公爵様。
なんか公爵様、今朝方絡んできたうちの馬鹿妹とまったく同じ動きと発言なんですけど……。
「えええええっ……。」と、パブロとシャーロット様は二人してげんなりとした声を上げてしまうのだが、屋敷の中では奥方様に尻を敷かれた家庭内弱者である公爵様も、社会に出れば国内ナンバーツーの宰相様である。
パブロとしてはこれは無下には出来ないと、「お父様は勝手ですわ!」などとぷりぷり怒るシャーロット様を宥めつつ、ともかく相手をするしかないのである。
今日のパブロは胃が痛い。
そんな本日の話題は、公爵様を変人に育て上げた件の家庭教師のネタであった。
「転生前はミヤケ カズコという名前だったそうだが知っているかね?」
パブロはおぼろげになりつつある前世の記憶の引き出しを片っ端から開けてみるも、全く心当たりがない。
そこでパブロが首を横に振ると、
「サイタマのギョウダというところに住んでいたそうなのだが、心当たりはないかね?」と、なおも食い入るように聞いてくる公爵様。
なんでしょう、見目麗しいナイスミドルな公爵様の口から微妙な訛りの『埼玉』とのお言葉いただきました。
すごい妙な気分です。そこはかとない罪悪感があります。
「すみません、公爵様。僕は町田の方に住んでいたので、埼玉の事はあまり分かりません。微妙に文化圏が違うので……。」
「そうかね。」がっくりと肩を落とす公爵様。
「いえ……。といいますか、そもそも日本は東京近郊だけでも数千万人近く人がおりますから、知り合いではない可能性の方がよほど高いです。」
「はあ。」公爵様はため息を一つ吐かれる。「全く恐ろしい世界だよ、異世界というところは。」
すっかりしょげ返ってしまわれる公爵様に、慌ててしまうパブロ。
「何故です? 公爵様。確かに地球は文明的には進んでおりますが、魔法という便利機能を持たない地球人より、この世界の皆さんの方がよっぽど個体としては優れていますよ!」
「まさにその点が問題なのだよ、パブロくん。」
そう言ってぽつぽつとこの世界の事を語り出す公爵様の話は、パブロにとっては驚くべきものであった。
この世界の人類は確かに強い。強大な魔力、強力な魔法、優れたスキルに人間離れしたステータス。
だが結果として、強くなった人類はどうだ? 安易に人を殺せるようになった人々は、常日頃から互いに争い合い、奪い合いの血みどろの闘争劇を繰り広げている。
結果として人口が増えないそうなのだ。
「この王都に何人ほどの人間が住まわっているか、君は知っているかね? あるいは想像でもいい、何人くらいのものが生活していると思うかね?」
ふうむとパブロは考えてみる。
江戸時代の江戸が100万人くらい、同時代のロンドンがそれよりちょっと少ないくらいだったか。文化水準からおんなじくらいはあるんじゃないだろうか。
「100万人くらいでしょうか?」
「いやいや!」公爵様は首を横に振る。「50万人にも届かないくらいだ。せいぜい30万いるかどうかといったところだね。」
「ははあ。」パブロとしてはその数字が多いのか少ないのか、さっぱり想像がつかない。
パブロがぽかんとした表情で頷いてみせると、
「ちなみにスギナミの人口が2020年で60万人程度だったそうだから、その半分といったところだな。」と、公爵様が補足のご説明をくださいました。
この人、なんちゃって東京都民だった僕よりよっぽど東京に詳しいんですけど!
(作者注:町田はちゃんとりっぱに東京です!)
「我が国は、いやこの世界は人の数を増やせぬのだよ。むろん、地球に習って医療・福祉政策を少し充実させるだけで簡単に数を増やせることはすでに調べて分かっている。だが、増やしたところでとても維持できぬのだ。文化レベルがどうしても高くならず、人の数が増えれば増えた分だけ、争いごとの種が増すばかりなのだ。
だから王都で30万、王国全体で500万がいいところだ。これ以上は増えぬように統制をかけているのだ。
帝国や聖国も似たようなものだ。この世界の人口は、全部合わせても数億にも満たない。
ずっとその程度の人口で何千年もこの世界を生き永らえてきているのだ。」
そしてその主たる原因が、この世界の人々が持つ『魔法』の力のせいなのだと、公爵様は悲しそうなお顔になりながらもそうそっと呟かれた。
これはもともと、社会学者であったミヤケ カズコさんがこの世界の歴史や社会制度を研究した仮説によるものなのだそうだ。
地球における人類の文明の発展の陰には、人という種が絶妙に貧弱であったところが大きいのではないか、とはカズコさんの弁である。
適度に弱っちいから集団化するしかなく、集団を維持するために文化を発展させるしかなく。
つまり、人類は脆弱な存在だからこそ、知性を磨き文明を発展させ、あれほどまでの高度社会を築くことが出来たのだとカズコさんは言う。
翻って見て、この異世界はどうだろう? 魔法がある。スキルもある。超能力みたいなものもある。一説にはギフトのようなものもあるらしい。
そんな世界で、人類は個体としてのスペックが強制的に高くなり、無理に知恵を絞ってあれこれ高度文明を発展させる必要がなくなってしまったのではないか?
これがカズコさんの出した結論である。
強すぎる人類が無理に文明を高度化する必要は全くなく、おかげで中世封建社会の出来損ないのようないい加減な文明がもう何百年も続いているのではないかと、カズコさんはそう考えたようだ。
例えばこんな話がある。
この世界には定期的に異世界から(ていうか地球から)転生者がやってくるから、そのたんびにそれなりに文明の傷跡が残る。
カズコさんが地方の文献などを漁って調べたこの500年の間だけでも、リバーシという遊びが4回くらい流行ったそうだ。
だがこの単純で奥深い遊びは、この世界に根付かなかった。
理由は簡単だ。負けた方が腹いせに勝った方を殺すのである。
ええ、殺すのである。
だからリバーシにハマると殺されるという、なぜか悲惨な事実がセットになってついてまわり、局所的に流行っても数十年程度でまた廃れていくのである。
ノーフォーク農業、飛び杼、てっぽう、蒸気機関、活版印刷etc……。
なんでもいい、だいたいどれも1000年くらいのスパンで歴史をたどると1度、2度とこの世界に持ち込まれている形跡が伺えるのだが、だいたい100年もしないうちに跡形もなく消え去るようである。
脳筋な人達が奪うことしかしないものだから、いつの間にか歴史の表舞台からひっそりと消えてゆくのである。
そんで忘れた頃に別の転生者がやってきて、昔流行った新技術を誇らしげに再び広めて行くのだそうだ。どうせすぐに廃れるとも知らず。
なんというピエロ!
車輪の再発明が何百回と繰り返される不毛な世界こそがこの異世界なのである。
パブロも知識チートで粋がろっかなーとか邪な事を考えていた時期があるので、慌てて襟元を正すのであった。
このあたりの世情について、もう少し突っ込んで詳しく聞いてみるとより悲惨な仕組みが透けて見えてくる。
例えば強い魔力を持つものはそれだけで圧倒的な武力を持つから、弱者が逆らえば虫けらのように殺される。
これを止めるにもどのみち武力が必要だから、結果として高い魔力を持つものばかりが残る。
さらには魔力の過少は遺伝するから、魔力の強い男には大勢の女が群がるし、魔力の強い女は好きな男を選び放題である。
そんな中で文化や社会制度は魔力至上主義へと偏重し、学力だの技術だのといった物差しはあっという間に捨て置かれる。
ここでさらに、魔力の大きいものは身体も頑強でけがや病気をしにくい事も世情に大きく影響を及ぼす。
劣悪な環境、醜悪な社会制度であっても、魔力が高ければ死に辛く、死に辛ければ制度を改善する必要がない。
魔力が少なく死ぬのは魔力が弱い事が問題なのであって、社会にはいっさい問題がない。
そんな環境でどうして社会生活の向上、社会福祉の充実なぞが望めようか?
そんな余計な事に知恵をまわす必要があるならば、少しでも強い魔力を持った子供を作る事の方が、よっぽど重要ではないか!
そうしてこの世界には知恵ものより脳筋でも魔力が強いものばかりが残っていくのである。
したがって、瞬間的、局所的には知的な遊びや文明の利器が一部地域で隆興しようとも、だいたい数十年程度でいつの間にか廃れてしまうようである。
それがこの世界のルールなのである。
さらにはもっとひどい話がある。こんな凄惨な魔力至上主義社会において、魔力の次に重要視されるのは動物的欲求に従った物差しである。
すなわち容姿である。
異世界から転生したものが口をそろえて言う事が「異世界は美男美女が多いですねぇ?」といった明け透けな意見である。
パブロも転生直後の一番初めにまったく同じ感想を覚えた。
違う! 醜男醜女は子孫を残せないのだ!
だって、魔力の高い男も女も、相手を選び放題なんだぞ? そしたら自然といい男、いい女ばかりが番に選ばれるに決まっているじゃないか!
魔力強者に対して弱者が出来ることといえば、美しさなどを武器にセックスアピールすることくらいなんだぞ!
というわけでこの世界の絶対的強者たる王侯貴族は男女の別なくみな美人ばかりである。
おかげでパブロも前世では考えられないくらいに美男子に生まれることが出来たので、これはちょっと嬉しい話であった。
だが、そうやって容姿に重きを置いた生命種は、そもそも文明としては成熟を迎え、これ以上の発展は望めないのではないか、とこれまた厳しいカズコさんの意見。
ライオンなどの美しい獣、色鮮やかな羽をもつクジャクなどの鳥、これらはすべて種として完成され、後は美しさをもってでしか個体の優劣を競えなくなった。
この世界の人類もまた、知恵ではなく外見上の美しさという物差しに重きを置き出した時点で種としての限界を迎え、衰退の折り返し地点へ向かっていっているのではないか、カズコさんの意見は大変に辛辣だ。
パブロにはその真偽は分からない。パブロは転生前はしがない「さらりまん」だったし、今は伯爵家にへばりついてみみっちい毎日を送る物乞いのようなものなのだ。
だが公爵様の話は腑に落ちることもたくさんある。
魔力のほとんどないパブロは、伯爵家ではゴミカスのごとき扱いである。
あいつらなんでそんなにパブロを毛嫌いするのか、それなりに頭の良いところを見せつけてやったりもしたのに、全然ありがたがっても貰えないのか、その理由付けにぴったりな話なのだ。
「その理屈で行くと、魔力のほとんどない僕などは虫けら同然の立場であるはずですが、このままですと虫けらの僕が伯爵家を継ぐことになりそうなんです。いいんですかね?」パブロがそう質問を投げてみると、
「よいのではないか?」公爵様はさもどうでもよい事のようにそうおっしゃる。
「しかしこの世界では、力のないものはそれだけで罪であると言えますよ。特に人々の上に立つ貴族ともなれば、魔力の強さこそ権力の象徴と言えましょう。僕ではそのような大役、とても務まるように思えないのです。」
「まあ、理屈を言えば確かにそうだが、別に貴族どもの魔力の多い少ないなどは殆ど誤差のようなものであるからな。
強力な王族が一握りでもおれば、貴族なぞどれほど束になってもすぐに殺せるし、むしろ適度に弱いものが当主になってくれた方が王国としては御しやすいものであるしな。」
はっきり言った―! 一国の宰相様が『貴族を飼い殺しにしてる』宣言したーっ!
「そ、そうですか……。今の話は僕は聞かなかったことにしますね。」はははと笑ってお茶を濁すパブロ。
何か別の話題に切り替えねば。
「それでは公爵様は、魔法などといった力のあるこの世界の人類より、地球に住まわう弱っちい人類の方が優れていると、そうお考えですか?
魔法などない方がよかったとお考えですか?」
「それは……。」公爵様が思わず、といった様子で口を閉ざされる。
「……どうであろうな。確かに私は大の異世界びいき、日本びいきではあるものの、彼の世界の人類が我らより圧倒的に優れているかというと、どうもとてもそうは思えぬのだ。」
公爵様はこうおっしゃる。「確かに我が世界に比べ、地球の人類は賢さの上では圧倒的に上だろう。文化れべる、教育れべる、軍事れべる、どれもとーたるで見れば我が世界のものではとても太刀打ちできぬ。
けれどもどうであろうな? それでも人類の種としての限界は、地球にも訪れつつあったのではないかな?
あまりに大きくなり過ぎた国家はその統制が取れずに市民の暴走を許す始末。
本来国を治める当主たる王に類する職務のものは、大衆から馬鹿にされ見下されることが一番の役目と成り果てる。
人々が増えすぎて、人が人を管理するには限界が来ていたのではないか、カズコはそう申しておったぞ。
人類の生物学的すぺっくを鑑みるに、70億もの人間を管理するだけの知性を同じ人類に求めることがなんせんすだとな。
遠からず人類は自らを統治する役割を『えーあい』なるものに譲り渡すのではないのかとカズコは述懐しておったが、そのあたりはどうなのだ?」
えー何の話でしょうか。僕にはさっぱりわかりません。
ていうかカズコさん、しれっと自分の趣味ネタを公爵様に植え付けてませんかね。
なんですかそのAIが人類を管理する世紀末社会は。
「どうでしょうね。僕がいた会社でもデジタルトランスフォーメーションなどという耳障りなカタカナ英語がやってきて、一生懸命業務の機械化やってましたけど、お世辞にもうまくいっているようには見えませんでしたよ。
地球人類がそんなにうまく社会機能や制度をAIに譲り渡せるとも思いませんが。」
「ふうむ。異世界とやらも色々面倒が多いものよの。」
公爵様は一人得心されておりました。
何をそんなに感心しているのか、ちょっとパブロにはよくわからないのだが。
さて、ここから話はさらに飛び、「DXってなんだよ?」との公爵様のご質問に「そんなん僕も知りません。突如上からヤレと命令が来て右往左往してるあたりで僕死にまして。」などとパブロが返し「なにそれ?」と突っ込まれ「いやなんでも業務の自動化とか言い出してRPAとかうんたらかんたら……」などと話していると、「こんぴうた!」と公爵様が声を大きくされました。
なんでもこの公爵様、宰相として国政に携わる傍ら、最近のもっぱらの趣味は「こんぴうた」をこの異世界にて再現する事らしく、休みの日は精力的に研究を重ねているらしい。
もともとは魔法の力を用いてNAND回路を構築できないか? という異世界転生者の研究を引き継いで始まったそうなのだが、これについては公爵様のお師匠様であるカズコさんが最終的に「実現不可能」と結論を出してしまったそうである。
なんでも魔法という存在そのものが人の意志の力の影響を受けやすく、観測者の意志が現象そのものを捻じ曲げてしまうため、魔法的に処理される論理回路はいつでも容易く干渉を受けてしまうらしい。
それで瞬間的、局所的に論理回路を組み上げることが出来たとしても、その結果は全く信用がならないらしい。
では電子的に回路を構築できないかというと、これまた魔法による干渉があり、電気の流れはいともたやすく歪んでしまうらしい。
真空管を使った簡単な電気回路ですら、魔法使いが少し干渉するだけで簡単に暴走し、結果が安定しなかったらしい。
それで公爵様が変わって目を付けたのが、チャールズ・バベッジの解析機関という奴らしい。
解析機関なら歯車やらピンやらの組み合わせだけで計算機を作り上げることが出来るそうで、魔力などといった超常の力や電力などといった微小の力と違い、個体の物理動作で動く歯車式の解析機関は魔法による干渉を極めて受けづらいようだ。
空間魔法を使って亜空間に構造体を押し込めばどれだけ大きくなっても場所は取らないので、装置の微小化にこだわる必要もなく、これならこの世界でも「こんぴうた」が作れる! と公爵様は有志を募って絶賛研究中なんだそうだ。
鼻息の荒い公爵様に「君も一緒にやらんかね!?」などと誘われてしまった。
いやいや待ってほしい、公爵様。
そもそもパブロはその解析機関というものの事を知りません。
なんですって? 19世紀のイギリスに、ガチで歯車だけで計算機を作ろうとしたヘンタイ親父がいるんですって?
マジですか。いやいや全くの初耳なんですけど。
パブロがしどろもどろになりながらも、何とか丁重に公爵様のお誘いをお断りすると、「そうかね……。」としょぼんとなった公爵様ががっくりと肩を落とされる。
なんでしょうこの謂れのない罪悪感。
だいたい公爵様は異世界転生者と比べて自分達の愚かしさをよく嘆かれますが、こと公爵様ご自身に限っては、殆どの転生者よりその賢さは上だと思いますよ。
ですからどうか気を取り直してください。
あなたは立派なヘンタイです。もとい、立派な科学者です。
そうパブロは懸命に慰めるのだが、どうにもしんみりとなってしまい場が落ち着かない。
それで公爵様が毎度のことながら「一度でいいから日本を見てみたいなぁ」などと呟きだすので、パブロは記憶を頼りに一生懸命、日本のあれこれを口で説明するのである。
そうすると途端に公爵様は目を輝かせ、隣に座るシャーロット様も目を輝かせ、日が暮れるまで3人はおしゃべりに興じるのである。
興に乗った公爵様は夢を語る。
いつか「こんぴうた」を発展させ、この世界に「えーあい」を生み出すのだと。
知性を持った機械を作り上げ、そのものの父になるのだと。
「オートマタでは駄目なんですか?」とパブロが尋ねると、「あれは駄目だ!」と公爵様は吐き捨てるようにそうおっしゃる。
この世界には魔法を使って機械仕掛けの人形に命を吹き込む『オートマタ』というジャンルがあるが、あれは魔法の持つ意志の力が発現した最たるもので、全く論理的でない仕組みで動くつまらないおもちゃなのだそうだ。
同じ歯車で動くにしてもバベッジの解析機関などとは対極にある存在なのだそうだ。
あくまで機械的、論理的に動作しつつ、いっさい魔法の干渉を受けずに意志を持った存在をこの世界に生み出す、それこそが公爵様の果てなき夢なのだ。
「恐らくこの私の研究を引き継いだ何代も後の人間がそこにたどり着くのであろうなぁ。」
公爵様はこんなふうにして、目をキラキラと輝かせながら夢を語るのだ。
こんなおもろいおっさん、日本にもいなかったなぁ、パブロは公爵の顔を眺めつつ、そんな不遜な事を思ってしまうのであった。
そんなこんなで今日もパブロは公爵様と仲良しである。
うーんこのファンタジーの殻をかぶったSF小ネタ。
すんません作者の芸風なんで見逃してください……。
どうでもいいけど「文明が成熟期に到達すると男女が容姿でお互いを選ぶようになる、すると必然的に出生率が低下する、これが現代社会における出生率低下の根本原因である」みたいな語りくちのSF、ちょっと書いてみたいんですけど需要ありますかね?
オレ達がモテないのは人類文明の曲がり角のせいだった! 一周回って美男美女だけが生き残った数百年後の未来では人類の出生率は劇的に回復していた! みたいなー。
やべぇ非モテのオレには辛いネタ過ぎる。
すんませんこの話は作者の心の中で思うだけにしておきます。