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この夏、ヒーローを見つける  作者: 川住河住
9/25

勇気

 ぼくはひとりで歩き始める。

 さっきは気づかなかったけれど、かすかに本の匂いがする。

 もしかしたら陽平くんは、このにおいに酔ったのかな。

 これからどうしよう。見知らぬ人に話しかけるなんてできるかな。

 いや、やるんだ。なやんでいるわけにはいかない。

 陽平くんと約束したのだから。ヒーローにたのまれたのだから。

 キサラギジャックを知っていそうな人ってどんな人だろう。

 ヤクシのおじいさんが知っていたからお年寄りがいいのかな。

 白髪の人や顔のしわが多い人をさがす。

 すぐに同じくらいの年の人が見つかった。机がある席に座って本を読んでいる。

 話しかけようと思ってやめた。読書のじゃまをしたらいけないと思ったから。

 その後もひとり、ふたりと見つけられた。

 けれど、声をかけることはできなかった。

 本を読んでいたからではない。

 知らない人に声をかける勇気がなかったからだ。

 陽平くんとの約束を守りたいのに、どうしても緊張して声が出なくなってしまう。

 ぼくは、今度こそ話しかけるぞ、と気持ちをきりかえる。



 こちらに向かってゆっくりと歩いてくる人がいた。

 肩までかかる髪をゴムでしばって、しわのない若い女の人だ。

 ぼくは、その人から目をはなすことができなかった。

「あの、すみません」

 気づいたら声が出ていた。

 その声はとても小さかったけれど、相手の耳にはとどいたみたいだ。

「こんにちは」

 白いワイシャツに紺色(こんいろ)のエプロンをしている女の人。首には名札がかかっている。

 それを見て不安になる。さっきの男の人みたいに話を聞いてくれないかもしれない。

「大丈夫? 顔が赤いよ?」

 その人は、しゃがみ込んでぼくと目線を合わせて話してくれる。

 その時、ふわりといいにおいがする。せっけんのにおいみたい。

 それが本のにおいと合わさって鼻をくすぐってくる。

「だ、だいじょうぶです。あの、ここではたらいている人ですか?」

 なんとか言葉が口から出てきてくれた。

「わたし、清里(きよさと)みらい。この図書館で司書(ししょ)をやっているの」

「きよさとさん?」

「みらいでいいよ。それとも、おねえさんの方がよびやすいかな?」

 みらいさんはニコリと笑う。

 不思議だ。陽平くんの笑顔を見ると、ぼくはすごく落ち着く。

 けれども、この人の笑顔を見たら胸がドキドキして落ち着かない。

「わたしになにかご用かな?」

「あの」

「うん。なあに?」

「な、夏休みの宿題で、読書感想文があるんです。それで、本をさがしていて……」

 ああ、やってしまった。陽平くんごめんなさい。

 本当は、キサラギジャックを知ってますかって聞かなきゃいけないのに……。

「きみは、小学生?」

「はい。3年生です」

「じゃあ、あなたのためにオススメの作家さんを紹介(しょうかい)してあげる」

 あなたのために、という言葉を聞いて顔があつくなる。

「よ、よろしくおねがいします」

 まっ赤になった顔をかくすために、ぼくはペコリと頭を下げる。



 みらいさんは、口元に手を当てながら考え込む。

 その真剣な表情を見て、さらに胸がドキドキする。

 不思議と、いつまでも見ていたい気持ちになってくる。

「そうだ。きさらぎあさひさん」

「きさらぎ、あさひ?」

 聞こうと思っていたヒーローの名前とすこし似ている。

「もしかして、読んだことある? 児童書をたくさん書いている人なんだけど」

 みらいさんは、うれしそうにたずねてくる。

「読んだことないです」

 ぼくは首を横にふる。

「自然の多いところを舞台(ぶたい)にした作品が多くてね、子どもたちがのびのびと描かれているところが好きなんだぁ。そうそう、城江津市(じょうえつし)に似た町が出る作品もあるんだよ」

「じゃあ、きさらぎあさひさんは、この町の人ですか?」

「うーん、たしかちがうと思うよ。それに最近は新刊を出していないから、どこでなにをしているかわからないの。でも、また物語を書いてくれないかなぁ」

 やっぱりキサラギジャックとは関係がなさそうだ。

 それでも、聞かないわけにはいかない。



「あの、すみません。もうひとつ、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「もちろん。わたしに答えられることならなんでも聞いて」

 今度こそぼくは、本当に聞きたかったことをたずねる。

 がまんせず、聞きたいことをハッキリと言葉にする。

 それは陽平くんとの約束であり、ぼくが本当に知りたいことだから。

「キサラギジャックを知っていますか?」

 言った。言いきった。ハッキリと言ってみせた。

 やった。やったよ、陽平くん。

 キサラギジャックのことをちゃんと聞けたよ。

 ぼくは心の中で何度もよろこぶ。

 けれど、みらいさんは、どう思うだろう。

「キサラギジャック?」

 みらいさんは、おどろいたのか、こまっているのか、目を丸くしている。 

 そんな名前、ふつうに生活していたら耳にしないから無理もない。

 アニメやマンガのキャラの名前とかんちがいされたかもしれない。

 けれどちがう。キサラギジャックは――。

「この町のヒーローです」

 ぼくは、キサラギジャックについて知っていることをすべて話す。

「だれも姿を見たことがないけれど、たしかにいると言われています。いつも城江津市のことを見守っているんです。ぼくの友だちがずっと(あこが)れている、ヒーローなんです」

 ぼくにとって生まれて初めてのことだ。

 会ったばかりの人とこんなに長く、大きな声で話すなんて。

 自分でもビックリしている。

 けれど、おどろくことはそれだけじゃなかった。

 みらいさんの口から思いもしない言葉が返ってきたから。



「わたしね、キサラギジャックに助けられたことがあるの」



 今度は、ぼくが目を丸くする番だった。


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