いい考え
ぼくと陽平くんは、畑で作っているきゅうりとトマトをごちそうになった。
水でさっと洗っただけで、ひょいと渡された時はすこしビックリした。
けれど、陽平くんといっしょに大きく口を開けてガブリと食べてみたらとてもおいしかった。
それからトマトときゅうりをおみやげにもらい、おじいさんとさよならした。
「じいちゃんは、もの忘れがひどいからな。全部覚えているわけじゃないんだ。おれが小さかった頃はもっと覚えていて、たくさんの話を聞かせてくれたんだぜ」
砂利道を歩きながら陽平くんがキサラギジャックの活躍を語ってくれた。
川でおぼれている男の子を植物で作った網ですくったこと。
ヘビ山で迷子になったという女の子の手を引いて助けたこと。
クマやイノシシが町へおりてこないように説得してくれていること。
正義のヒーローというわりには、ちょっと地味だなぁと思った
テレビに出てくるヒーローのように、悪役をたおすことはないのかな。
「田畑を荒らすたぬきやキツネをこらしめる話は、よく聞いたな」
ぼくは肩を落としてうなだれる。
「この町で事故や事件があんまりおこらないのは、きっとキサラギジャックが見守ってくれてるからなんだ。みんな、わるいことをしちゃいけないって思うんだよ」
ガッカリしているぼくを見かねて、陽平くんがそう付けくわえた。
たしかにそうだ。
わるいことはしちゃいけないし、わるいことはおこらないほうがいい。
「ぜんぶ、ヤクシのじいちゃんから教えてもらったんだ」
「ヤクシ? さっき会った、陽平くんのおじいさんのこと?」
「ヤクシのじいちゃんは、おれのじいちゃんじゃないぜ」
「そうなの?」
「昔は、おれや黒田が通っていた保育園のバスの運転手をやってたんだ。おれたちは、行き帰りのバスの中でいろいろなことを教えてもらったんだよ」
そうか。だから終業式の日、黒田くんだけは、キサラギジャックを知ってたんだ。
「あの頃は、あいつもキサラギジャックのことを信じていたし、いっしょにじいちゃんの家に遊びに行ったこともあるんだ」
陽平くんと黒田くんは、昔からケンカばかりで仲がわるいと思っていた。
今は勝負という形に変わったけれど、おたがいにきらい合っているのは変わっていないと思っていた。
でもふたりの関係は、ぼくが思っているよりもずっとふかい関係なのかもしれない。
「陽平くんは、黒田くんのことがきらいだから勝負をするわけじゃないんだね。黒田くんにキサラギジャックのことを思い出してほしいから勝負を……」
「いや、黒田のことはきらいだぞ」
「え?」
「むかしから態度がでかくて、わがままで、いじわるで、ナマイキな奴なんだよ。ヒーローごっこをする時も、キサラギジャックの役をおれにゆずろうとしないからな」
それは、陽平くんもわがままなんじゃないかな。
おたがいにやりたい役があるなら、ゆずり合った方がいいと思う。
けれど、口には出さない。
「キサラギジャックさがしは、また明日な」
気がつけば陽平くんの家の前まで来ていた。
「うん。またね」
ぼくは自転車のカゴにのせていた袋を見る。
中には、ヤクシのおじいさんからもらったきゅうりやトマトがたくさん入っている。
家に帰ったらお母さんはどんな顔をするだろう。
考えただけでワクワクする。
「でも、だれも見たことのないヒーローをどうやって調べたらいいんだろう」
キサラギジャックについてわかっていることはすくない。
陽平くんにはわるいけれど、ヤクシのおじいさんの話が本当かどうかもわからない。
キサラギジャックはいると信じたい。
けれど、どこにいるのか、どんな姿をしているのか。
それがわからなければさがしようがない。
ただひとつわかっているのは、この町のことをいつも見守ってくれているということだけ。
「だいじょうぶ。おれにいい考えがある」
陽平くんはニカッと笑う。