自由研究対決
「おまえら、おぼえてろよ! 2学期の勝負はぜったいに負けないからな!」
「へっへーん。おれと拓也ならどんな勝負だって受けてやるぜ」
ライバルだと言う陽平くんも黒田くんも、通知表対決を終えた今はたのしそう。
「これで黒田から2学期の給食で好きなおかずをもらえるぞ。なにがいいかなぁ」
これは通知表対決におけるただ一つのルール。
通知表の『3』が一番多かった人が一番すくなかった人から、給食の好きなおかずを一品だけもらうことができるのだ。
ぜったいにやぶってはいけないし、ぜったいに守らなければいけないルールだ。
「あげパン、トンカツ、オムレツ、デザートのプリンもいいよなあ」
陽平くんは、うれしそうに口を手でぬぐった。
「いいか、1個だけだからな。ぜったいだぞ! 忘れるなよ!」
黒田くんは、くやしそうにくちびるをかんでいる。
「ねぇねぇ。つぎは自由研究対決なんてどう?」
クラスメイトのひとりが対決のあらたな方法を提案する。
「そろそろ、べつのやり方で勝敗を決めるのもよくない?」
提案した女の子がほかの人に同意をもとめる。
「通知表対決も3年目。転校生の灰塚拓也という挑戦者が加わったわけだし、そろそろあたらしい勝負が見たいよな」
いっしょに見ていた男の子が大きくうなずいている。
そのふたりの意見を聞いて、まわりの人たちも声をあげはじめる。
その声はだんだん大きくなり、もう次の対決が決まったみたいな空気になっている。
「自由研究か……」
陽平くんは、うでを組んでなやんでいる。
「なんだ陽平。どんな勝負でも受けてやるっていうのはウソだったのかよ。それとも、自由研究でやることが思いつかないから降参するのか?」
「なんだと黒田! だれもそんなこと言ってないだろ。そういうおまえはどうなんだよ。自由研究で勝てる自信があるのかよ」
「もちろんあるさ! おまえらを打ち負かして、ぎゃふんと言わせてやるぜ!」
「ねぇ黒田くん。自由研究はどんなことをやろうと思ってるの?」
クラスメイトのひとりがたずねる。
それはぼくも気になっていた。きっと陽平くんも同じ気持ちだと思う。
「この夏、おれは海外旅行に行く。写真をとりまくり、うまいもんを食べまくり、すごいことをたくさんしまくるんだ。それを日記にまとめるぞ!」
「おおー! すっげー!」
「どこ行くの? ねぇどこ行くの?」
「いいなー! おみやげ買ってきてよー!」
まわりの人たちがいっせいに黒田くんのもとへあつまる。
みんな外国に興味津々といった様子だ。
自分が知らないものを知りたいという気持ちはよくわかる。
ぼくも海外旅行をしたことがないから気になる。
黒田くんがどこに行くのか、どんな日記を書くのか、ワクワクしている。
しかし、そうなると陽平くんはどうするのだろう。
外国旅行の日記よりもみんなの関心をひく自由研究をしなければいけない。
それができなければ黒田くんが勝ち、陽平くんの負けになってしまう。
それは、なんとなくイヤだなぁ、と思った。
「どうだ陽平。おれよりもすごい自由研究ができるか?」
どうやら黒田くんもぼくと同じことを考えていたらしい。
そのせいか、陽平くんに負けてほしくないという気持ちが強まった。
ぼくは勝負することが苦手だけど、陽平くんにはいつも勝ってほしいと思う。
それが、わがままなことだということはわかっている。
けれど陽平くんは、ぼくにとってかけがえのない友だちだから。
「へっ。おまえの考える自由研究はそんなもんかよ」
ずっとだまっていた陽平くんが口を開いた。
「だったらおれの勝ちだな」
陽平くんは、堂々とした態度で言ってみせた。
「それならおまえは、なにをやるんだよ。そんなに自信があるなら言ってみろよ」
黒田くんはすこしふるえる声で聞いた。
陽平くんはニカッと笑う。
そして大きな声で宣言する。
「おれは、キサラギジャックを見つける!」
「あはは! おまえ、バッカじゃねーの! まだそんなの信じてたのかよ!」
最初に反応したのは黒田くんだ。
なんとかジャックのことを知っているらしい。
「キサラギジャックをバカにするな! キサラギジャックは町のヒーローなんだぞ!」
今度は聞き逃さなかった。
キサラギジャック。
たしかに陽平くんはそう言った。まちがいない。
「そんなのウソつきじいさんの作り話だろ。まだ信じてたのかよ」
「じいちゃんはウソなんてつかない! おれがぜったいに見つけてやる!」
陽平くんと黒田くんが視線をぶつけ合う。
目をこらして見れば火花が散ってそうだ。
じょじょに距離をちぢめ、たがいの顔と顔がぶつかりそうになる。
「キサラギジャックは、いない!」
「キサラギジャックは、いる!」
「いない!」
「いる!」
「ぜったい! いない!」
「ぜったい! いる!」
ふたりの言い争いはつづく。
今にも取っ組み合いのケンカをしそうだ。
ぼくは口をはさむことができず、だまって見守ることしかできない。
「キサラギジャックなんて知らなーい」
「だれそれ? ていうか、なにそれ?」
ふたりよりもキサラギジャックのことを気にする子もいる。
ぼくもそれが気になっていた。
キサラギジャックなんて……見たことも聞いたこともない。
いったい、なんだろう。
「キサラギジャック……この町のヒーロー……」
気づけば言葉が口からもれていた。
それをきっかけにふたりの言い争いがピタリと止んだ。
「なんだよ灰塚。おまえもキサラギジャックがいると思ってるのかよ」
「拓也はどう思うんだ?」
黒田くんと陽平くんがいっしょになって聞いてくる。
「ぼくは……わからないよ……」
緊張のあまり声がうわずってしまった。
その直後、黒田くんが教卓をたたいてバァーンと大きな音をたてる。
「ハッキリしろよ! いると思うのか、いないと思うのか、どっちなんだよ!」
「ご、ごめん……」
そういえば黒田くんに初めて会った時も、こんな風にするどい目つきでにらまれた。
きっと、ぼくのどっちつかずの態度が気に入らないのだ。
もしかしたら、黒田くんだけではなく、みんなもそう思っているかもしれない。
そう考えたら急に不安になってきた。
どうしよう。どうすればいいだろう。
ごめんなさい、とあやまってこの場からいなくなろうか。
けれど、そんなことをしたら黒田くんはもっとおこるかもしれない。
その時、名前を呼ばれた。
「灰塚拓也」
顔を上げた先には、ぼくにとってのヒーローがいつものように笑っていた。
それを見て答えが決まった。
ぼくは、大きな声ではっきりと言葉にする。
「キサラギジャックはいる。この町にヒーローはいる。ぜったいにいるよ!」
黒田くんとみんなの視線が一気にそそがれる。
けれど、もうこわくない。
ぼくには、いつだってヒーローがついているのだから。
「それなら、キサラギジャックがいることを証明してみせろよ」
黒田くんが指をさして
「へっへっ。いいぜ。ヒーローを見つけてやる。なあ、拓也」
「うん!」
こうしてぼくらのあらたな勝負が決まった。