影の居所
≪武人のアパート≫ ー1ー
『おい。いいかげん、テレビの前から離れたらどうだ?』
武人は、さっきからアリのように群がってテレビに見入っている堪介達を見ながら、もう何回もこのセリフを口にしていた。
『武人殿、この者達は、一体いつになったら、ここから出てくるのですか?』
『だから、その中には誰も入ってないって言っただろ。何回言えば分かるんだ。』
『あ、…いや、そうでした。しかし、これは一体?』
『だから、それはテレビっていう機械なんだよ』
『きかい?…』
武人と堪介の会話を聞いていた田中は、ニヤニヤしながら、
『おいタケやん、そいつらには、カラクリって言わなきゃ通じないぞ?』
と言った。
『からくり?』
堪介と一緒になって一番前でテレビに見入っていた平太は、それを聞いてテレビの前から離れると、武人の方へ来た。
『武人殿。私にも一つ、あれを作ってもらえまいか?』
『俺が作れる訳ないだろ!』
武人は、早くも堪介達を家へ連れてきた事を後悔し始めていた。
『タケやん。なんとかしてやろうか?』
田中がそう言うと、武人は
『出来るのか!』
と目を輝かせた。
一瞬、田中が救世主に思えた。
田中は、
『簡単だよ。』
と言うと、リモコンを手にして、テレビを消した。
『あ…』
武人は、一瞬でも田中を救世主だと思った事が悔しかった。
と同時に、自分の思考能力が働いていなかった事に気付いた。
田中は勝ち誇ったように笑うと、リモコンを武人に放り投げ、
『じゃ、会社戻ってトラック置いたらまた来るわ。』
と言うと、ドアを開けて出ていった。
その態度事態は、気に入らなかったものの、また来てくれると思うと嬉しかった。
いくら、格闘技の世界では、一目置かれている武人でも、やはりこんな状況だと不安になるのだ。
田中がテレビを消した時は、何ごとが起きたのかと騒いでいた堪介達だったが、
その後おとなしくなったのもつかの間、
『そういえば、ここが何処だか教えて頂ける約束ですぞ。』
と、詰め寄ってきた。
そうなると、武人は、テレビに夢中になってくれてた方が、まだマシだったと気付いて、
『タナケンめ…』
と呟いた。
田中がいなくなってから、武人はなんとか説明しようと奮闘したが、全く伝わらなかった。
『…だから、ここは東京で、お前達がいた時代の江戸と同じなんだよ。』
『いや、拙者は江戸にも行った事はあるが、こんな訳の分からない所ではなかった。』
『だから、時代が違うんだってば。お前達はタイムスリップしてしてきてだな…』
『武人殿の言う事は、さっぱり意味が分からん』
武人自身、タイムスリップなんてものが現実に起こるとは思ってなかったのだから、それを堪介達に説明しようとする事自体、無理があるのだ。
武人がどうしたものかと考えていると、口笛を吹きながら、リズミカルに階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
そして、その足音は、武人の部屋の前で止まると、イキナリ扉が開いた。
ドアが開いた瞬間、武人に詰め寄っていた忍者達は、あっという間に姿を隠した。
『ハロー!エブリバディ!』
そう言いながら、片手を上げて元気よく入ってきたのは、武人の父、康人だった。
『武人ちゃーん。例の件考えてくれた?』
ニコニコしながら、そう言う康人を見ながら、武人は冷や汗をかいていた。
というのも…
玄関に立つ康人の真上、玄関の天井にべばりつくようにして、一人の忍者が身を隠しているからだ。
気配を消しているので、康人は気付いていないが、武人からは丸見えなのである。
康人がドアを開けた刹那、
柱の陰や、家具の陰、押し入れの中、そして天井と、
ありとあらゆる場所に一瞬で身を隠したのは、見事としかいいようがない。
さすが本物の忍者である。
そのうちの一人、力自慢の源太は、この中でも一番体格がいいのだが、忍者としての身軽さも兼ね備えている。
だからこそ、あの一瞬で玄関上の空間に身を隠す事が出来たのだ。
彼の忍術には、一点の曇りもない。
ただ、現代のアパートの天井と梁は、忍者が身を隠すには弱すぎたのである。
『ミシッ』
不穏な物音に、康人が天井を見上げた瞬間、
源太は天井の板と共に、康人の上に降り注いだ。