現代へ ー3ー
扉が閉まり、太陽の光が遮断されて室内灯だけの明かりになると、堪介は武人の顔色をうかがいながら、
『武人殿、この明かりを消すように言ってもらえまいか?拙者はどうも…』
『いい加減にしてくれ!俺はお前達と違って、暗闇は嫌いなんだよ!』
武人はそう言うと、荷台前部の壁に背中をつけ、あぐらをかいた。
まぁ、おとなしく乗ってくれたからいいか。
武人はそう思って堪介達を見渡したのだが、そのおとなしいのも、ここまでだった。
トラックのエンジンがかかると、またぞろ騒ぎだしたのだ。
『や…、こ…これは…』
『武人殿。魔物が吠えておりますぞ。』
エンジンがかかっただけで、この騒ぎである。
武人はもう諦めた様子で、壁にもたれかかると目を閉じた。
その途端、トラックは『ガクン!』と凄い勢いで発車した。
急発進、急ハンドル、急ブレーキ。
荷台の中で、武人達の体は前後左右に大きく揺れる。
どうやら田中は、面白がってわざとそういう運転をしているらしいのだが、堪介達の慌てようといったら、なかった。
『や、やはり、魔物だった!』
『武人殿。な…なんとか魔物を静めてくださらんか?』
中には素直に恐怖を表して
『助けてくれ~!』
『母上~!』
と叫ぶ者もいた。
いくら忍者とはいえ、何百年も未来に来てしまったのだから、堂々としていろというのは、無理な注文なのである。
武人は、パニック状態の中で、一人座ったまま、
『タナケンめ…』
と呟いた。
公園から武人のアパートまでは、車で10分足らずなのだが、武人はその10分間をえらく長く感じていた。
もっとも、堪介達には、何時間にも感じられたに違いない。
なにしろ、公園を出てからというもの、ずっと騒ぎっぱなしだったのだ。
その間に、何回『武人殿』と呼ばれたか分からない。
『武人殿、なんとかしてくださらんか。』
なんとかしろと言われても、ただトラックが走ってるだけなのだから、なんとかしようもない。
もっとも、田中の運転に問題があるのも事実だから、
後で文句を言ってやろうと思っているのだが、今はどうしようもない。
『武人殿、…な…なんとかこの魔物を退治出来ないのですか。』
トラックを退治したなんて話は聞いた事もない。
『た、武人殿…。こ、こやつは、こんなに暴れまわって、疲れないのでしょうか?』
こんな事で車が疲れるなら、都内の車はみんな、ガソリンに栄養ドリンクでも混ぜなければならない。
『武人殿、…武人殿は、平気なのですか?』
平気も何も…。
堪介達が騒がなければ、平気なのに。
『武人殿、何か武器を持っておらんのですか?』
『武人殿、この者達が、気分が悪いと…』
武人殿…、武人殿…、武人殿…
いいかげんにしてくれ!
俺の名前は合言葉じゃないんだぞ!
武人がうんざりしていると、やっと目的地に着いたらしく、エンジンが止まった。
今まで騒いでいた堪介達は、お互いに顔を見合わせると、
『どうやら、静まったようだな…』
と、辺りをうかがっている。
運転席のドアが開き、『バタン』と閉まる音がすると、堪介達はビクッとして、
『あれは…?』
と顔を見合わせた。
そして後ろの扉がガタガタいいだすと、みんな一斉に前のほうへ飛びのいた。
武人が、あきれた様子でそれを見ていると、扉が細く開いて田中が顔を覗かせた。
『着いたぞ。』
そう言ってニヤニヤしている田中を見ると、武人は『お前な…』とため息混じりに口を開いた。
『楽しかっただろ?』
荷台での騒ぎを知らない田中が、そう言いながら細く開いた扉を一杯に開けようとした時…
荷台の一番前で固まっていた堪介達は、一斉に表へ飛び出した。
さすがに本物の忍者だけあって、それは武人の目の前を、一陣の風が吹き抜けていったかのような、一瞬の出来事だった。
気がつくと、外から堪介が、
『さぁ、武人殿も早く…』
と手招きしていた。
武人が苦笑しながら降りようとすると、外で田中が大の字に伸びていた。
どうやらさっき、堪介達に弾き飛ばされて伸びてしまったらしい。
『自業自得だな。』
武人はそう言って笑った。
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