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74 旅行前夜

「クレア、いよいよ明日が出発なわけだけど……」


「えぇ、楽しみですね、アグリア様」


 私は夕方泣いてすぐ、目元を氷嚢で冷やして化粧し直し、晩餐の席からずっと笑顔を絶やさなかった。


「何が楽しみなんだい? そんなに不安そうにしているのに、行くのをやめようか?」


 ぎく、っと私の身体が強張る。何故バレたのだろう。それに、いつでも微笑みを絶やさないアグリア様が険しい顔をしている。


 これ以上の誤魔化しはよくないだろう。私は諦めて眉尻を下げると、困ったように視線を落とした。


「クレア、言いにくいことでも何でもいい。いつでも笑っていられる強さを私は身に付けたから、君と結婚したんだ。私に隠し事は無しだよ、特に大事なことならばね」


「アグリア様……」


「君の前では、私は笑うだけじゃない。心配もするし、悲しむし、怒りもするだろう。でも、全部、君に笑顔で居て欲しいからだよ。……だから、抱えているものを、私にも教えてくれ」


 私の頬をアグリア様の大きくて熱い手が撫でる。顔に掛かる髪をそっと指先で除け、困ってしまって眉間に寄った皺を優しく伸ばされる。


 くすぐったさに目を閉じて、再び開いた時には目の前に微笑んだ顔のアグリア様がいた。


 私は口が下手だ。喋るのだとしたら、全部喋ることになるだろう。この重荷をアグリア様に一緒に背負わせてしまっていいのかとまだ迷って視線をさまよわせているうちに、執務机に目がいった。


 リュートを買いに行ったときのお土産がまだ引き出しに入っている。私は立ちあがって引き出しを開け、2つの小さな小箱を持ってきた。


「これは、ずっと渡しそびれていた城下町で買ったお土産です。……お揃いの、チャームの違うペンダントを買いました。私とアグリア様の瞳と似た色をしているので、お互いの色を交換するつもりで……」


「うん」


「……一緒に背負ってくれますか? この国での夫婦というのがどういうものなのか、私はまだよく分かっていないようです」


 フェイトナム帝国のお父様とお母様の関係は、事務的であり、夫婦だというのに会話は政治的な内容ばかりで、私の目から見たときには上司と部下のようでもあった。


 だが、アグリア様と私はバラトニア王国で夫婦になった。お義父様とお義母様の関係は、見ていて心が和むような仲の良さだ。もちろん、互いに言わないことはあるだろうと思う。それでも、一緒にこの国を治めていこう、というような仲の良さがあった。


「もちろんだよ。私たちは夫婦だ。それに、君が決めただろう? 結婚契約書の内容」


「支え助け合うことと、信じあうこと……」


「そうだよ。だからクレアが私を信じてくれなければお話にならないし、支えようも助けようもない。そういう意味でも、私のことを信じて、助けたり支えさせたりしてくれないかな」


 子供ではないのだ。助けて欲しいときに、助けてと言わなければいけない。信じなければ、それも言えない。


 私が決めたというのに、私は信じたり助けて欲しいと言っていない。アグリア様だって手の出しようがない。


「全てお話しします。私がアグリア様を誰よりも信じなければいけないのに、私ときたら」


「いいよ、思い出してくれたなら。それに、旅行のお守りにするには素敵なペンダントだ。これを見ながらゆっくり聞こうか」


 並んで開いた箱に収まったペンダントは、小さな真珠とルビーが並んでいる。燭台の灯りを受けて火を反射して光る宝石を並んで見詰めながら、私はウェグレイン派のことと、リーナ教のことについて、アグリア様に全てを話した。

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