67 シンフェ国の四神教
明日いよいよ1巻が発売します!
さくらもち先生の素敵な表紙を後書きにてご紹介しております!
私は、基本的に裏付けのないものは物語としてしか楽しめない。
宗教……というのは、祖国のフェイトナム帝国にもあったが、その腐敗をさんざん見てきた私にとって、神はおとぎ話の中の存在であり、信じるものではなく、また、祖国の国教を信じていたわけでもなかったし。
バラトニア王国に嫁ぐ際、私は祖国の国教を棄教している。胸が軽くなったような気持ちでもあったし、バラトニア王国に宗教がないと知ったときには驚きながらも、それを歓迎している自分がいた。
もし、神というものがいるのだとしても、私にとっては良い治世をする王を神としてあがめるバラトニアの体制がとても、性に合っている。王は、私からしてみれば不確かな神よりも、はるかに国民に実益を与え、血肉の通った政治は国民が信奉するのも理解できるし、信奉されていればこそ、王は民を裏切れない。
だが、神の代弁者は簡単に二枚の舌を使っていた。政治的に貢献するわけでもないのに、人心を惑わし、聖典……いえ、経典の内容はいつ、どのタイミングで変わったのかすらよくわからない。時代によって、矛盾している。神の教えとは、伝える人間の都合によってよく捻じ曲げられる。
昔から国教の経典が更新される度に嫌になったものだ。
そんな私が、シンフェ国の宗教……かの国の言葉で『四神教』と呼ばれるものは、素直に受け入れていた。
不思議な祝詞をイーリャンは唱えていたのを思い出すような内容で、なんだか、私たちが今暮らしている文明レベルより、ずっと先をいく内容がそこには書かれている。
最初は私の理解が足らなくて絵本のようだなと思ったが、そこには納得のいく解説があり、全てを読むと見方が変わっていた。
まず、『天体』というものの理解度と解像度が私が考えていたよりずっと高い。これは学術書にもなりえる説が書かれていると思った。が、これは聖典の写しだ。信じない人にとっては、眉唾物と呼ばれる話なのだろう。
簡単にまとめると、重力というものがあり、引力と斥力というものがあり、天体はそれらによって一定の距離にあるこの大地と似たような『星』というものを全体的に捉えたものらしい。あの夜空で光っている星は、私たちの目に届くのに幾星霜の時を経た姿だという。
四神教の教えでは、天体は常に動いていて、その動きの配列によって『良き日』『悪しき日』があったり、その天体の動きは常に観測されていて、それを神のお告げとしているらしい。
さらには、神殿にはその天体の模型があるという。常に一定の距離を保ちながら動き続ける模型。それを『聖遺物』と呼ぶらしい。今の技術では再現不可能なものなのだとか。
その天体の動きにこの大陸の位置関係、昔からあった遺跡、貴石の採掘箇所、採掘量、採掘できる種類を重ね合わせ、各地の伝承をまとめたところ、中心に『祈る人』がいて、東西南北の四方にそれぞれ、『青竜』『玄武』『白虎』『朱雀』という神がいるのだそう。
祈る人の位置をこの私たちがいる星として、青龍は龍という一文字で木星を意味しているらしい。木星は太陽と相性が非常に良いらしく、疑似太陽とも呼ばれるそうで……ドラグネイト王国の宗教については知らないが、青龍の神社の司祭だということで、ランディ様は四神教の中でも青龍の司祭であるイーリャンに大事な『貴石』を預けることにしたのだろう。
これは、天体もそうだけれど、相性が反発しあうものもあるらしい。イーリャンが青龍の司祭たる資格がなければ、セルジュは石に触れさせはしなかったかもしれない。
この『天体』を基にした『四神』の関係を、ガーシュに一度見せてもらったこの大陸の詳細な地図と頭の中で重ね合わせると、確かに地上にはかつてその天体の力を模した遺跡や、それを当てはめたくなる貴石の採掘場があったりする。
「すごいわ……」
「……私は、貴女のほうが凄いと思いますが」
「ここに書いてある祝詞は、つまり……司祭になる際に受ける『洗礼』によって、『聖遺物』の一つである『聖なる欠片』というのを額に埋め込むのね? それによって、無機物……特に力のある貴石や、そういった力の集まる場所、自然物の言語が理解できる……いえ、理解できるというか、なんでしょう、何かこう適切な言葉が出てこないわ」
イーリャンは今日ももうすぐ日が沈みそうな窓を背に、行っていた仕事の手を止めて溜息を吐いた。
「その理解にたどり着くのに、司祭候補は5年は修行するのですが……」
「私は司祭候補ではないもの。四神教を否定もしないけれど、入信するつもりもない。ただ、そこにそうあることに納得できて、素直にすごいと思ったのよ。だってとても納得できることばかりだもの」
イーリャンの眉間に皺が刻まれる。彼は私に対して理解は求めず許容だけを求めた。私も、理解も許容もできても、だからと言って盲目的にこの宗教を、神を信じます、というつもりはない。
ただ、納得できただけ。つまり、私は許容できただけだ。否定や疑問を口にせずに済んだのは、聖典の内容が私の思考する言語と似た言葉で書いてあったからにすぎない。
額によくわからないものを埋め込むのなんてごめんだし、祝詞はそう、何というか……私の想像する神への語り掛けではなくて、何かへの語り掛けのようで……そういった奇跡、相性、天体の位置と生まれた日から割り出される『人間の属性』だとか、その辺をまるきり私に当てはめようという気になれない。
四神教の人たちはつまり、このすべての事象を丸ごと神の奇跡という扱いにしていて、その理論付けが聖典の内容であり、司祭は奇跡の一端として何か不思議なものを身体の中に入れることで、人間の言葉を発さないものと意思疎通ができる……ということらしい。それが、きっと、四神教の神の言葉なのだろう。
という事をイーリャンにまくしたてるように話すと、彼はじっと黙ったまま聞いていて、なぜか諦めたような溜息を吐いて「そういうことです……」と、苦々しく告げた。




