39 ガーシュという青年
「随分身なりのいいベッピンさんがた、どこに行くんだ?」
「俺らとそこの酒場で飲んでから帰ってもいいんじゃねぇか? 今日帰れるかはわからねぇけどよ」
「違いねぇ! ギャハハ!」
グェンナとメリッサは荷物を私に預けてならず者たちに向き合った。
暗器は持ってきているだろうが、15人ほどがいる。全員が善人の街も、完全に治安のいい街も、この世界のどこにもない。
とはいえ、王都の平民街にもこんな輩がいる事には驚いた。
政治を学ぶ上で裏社会についても知った気でいたが、末端はこんなものなのかもしれない。
グェンナとメリッサは暗器を取り出すかは迷っていた。向こうは武器を構えていない。下手に武器を出したら余計に危ない目に遭う可能性がある。特に、完全にお荷物の私が。
体術だけで倒すにしても、多勢に無勢というものがある。城の中なら私一人をこんな大人数で囲むことはまずあり得ない。険しい顔をして睨みつけるしかできないが、そこに意外な声がした。
「あれ? クレア様じゃん。街に出てくるなんてめずらしいね。おぉ、おぉ、リュートまである。それ俺の?」
と、のんきに声を掛けながら木立の上から飛び降りて、男たちに背を向け私に笑いかけてきたのはガーシュだった。
メリッサとグェンナが私をさらに隠すように動いたが、大丈夫よ、と告げるとガーシュの後ろの男たちに集中した。今は、隙を見せるべきではない。
「なんだぁ? このヒョロッちいの。おい、邪魔だどけ。今は俺たちが嬢ちゃんたちを口説いてんだよ」
「そのリュート、手に入れてくれたんだな。ってことは長老のお墨付きだ。クレア様、よかったな」
「え?」
「クレア様は認められたってコト。というわけで、ここは俺に任せて貰おうかな、実力も見てもらいたいし、ちょうどいい」
私は何が何だか分からないし、ガーシュは楽しそうに目を輝かせている。
グェンナとメリッサに、ガーシュはクレア様をよろしくな、と告げると、まるでいつか見た曲芸師のように軽々と地面を蹴って男たちの後ろに回り込んだ。
その後、何が起こったのかは私の理解の範疇に無かった。
ガーシュが飛んで、男たちの後ろを取った後、何かを縛るように両手を交差させた瞬間、15人もの男達が一斉に尻餅をついてガーシュの足元に引き寄せられた。
ガーシュは平然とそれをやってのけ、男たちも目を白黒させている。メリッサとグェンナにも分からないらしい。警戒を解いていないのは、ガーシュも新たな危機である可能性が捨てきれないからだ。
男たちは立ち上がれない。強い力……ガーシュの力によって、身動きが取れず、足をジタバタとさせている。
「なんだぁこの野郎?! 一体何しやがった?!」
「なぁ、お前らさ、クレア様たちに手を出さずに済んで良かったと思うよ? 俺は恩人だと思うんだけどな。クレア様たちの家、知ってる?」
ガーシュはあまりに軽い口調で、それでいて底冷えのするような圧を込めて、しゃがみ込んで男たちに語りかけている。男たちは相変わらず、手も足も出ない。
「城だよ、城。手を出してたら軽くて打首、悪かったら拷問からの公開処刑で晒し首。な? 助かったろ?」
だからいい子でおうちに帰りな、と言ったガーシュの声の冷たさは忘れられない。男たちは青くなって、いつの間にか自由になった身体で跳ねるように逃げていった。
「クレア様、リュートくれるんだろ?」
「えぇ。でも、今日のお礼もしなくちゃいけないわ。何がいいかしら?」
「リュートをくれて、そうだな、今夜アグリア王太子と話す機会をくれたら、悪く無い話ができると思う」
私はガーシュに何者? とも、何が目的? とも聞かなかった。
差し出される手に、リュートを渡す。面白そうにガーシュは目を細めた。
「いいかい、クレア様。俺たちは、俺たちの為に些細なことを厭わない奴が好きなんだ。クレア様は認められた。今夜を楽しみにしていてくれ」
そう言ってリュートを受け取ったガーシュは、また木立の中に消えていった。
私はやっと緊張が追いついて、早鐘を打つ心臓を押さえて尻餅をつく。
「クレア様、大丈夫ですか?」
「さっきの男は一体……?」
「あの子が私の秘密の友達……メリッサ、グェンナ、ありがとう。今夜はあなた達も同席して」
私はガーシュが言った言葉を頭の中でぐるぐると回していた。彼の正体は不明だが、不思議な技を使い、俺たち、長老、と言った。
今夜、彼について、きっといろんな事が分かる。アグリア殿下にも、帰ったらきちんと話さなければいけない。




