反逆の魔女と元サラリーマン
その日、少女は『反逆の魔女』となった。
村は焼け崩れ、逃げ惑う人々を蔓延る魔物が喰らっていく。
離れた丘の上まで響く、悲痛な叫びと怪物たちの咆哮。
そこから見下ろす少女の瞳には、村を飲み込む炎の灯りが揺らめいていた。
「随分派手にやりましたね、ご主人。仮にも生まれ育った村だってのに」
「…………違う」
隣に座る使い魔の言葉に、少女は目を伏せた。
「こんな場所、故郷じゃない。人を人として見ない故郷なんて、偽物よ……!」
服の裾をぎゅっと握り、震えながら少女は声を絞り出す。
使い魔は慰めたりしなかった。
ただ嘆息して、心底うんざりしたようにごちる。
「あー、まあ分からなくもないっすね。俺も元サラリーマンの身ですし。……ホントあいつら、自分の利益と保身しか考えてねぇんすから」
「……さらりー、まん?」
「誰かに雇われて非人道的にこき使われる人間を、俺が元いた国ではそう呼ぶんす。まあ、奴隷みたいなもんすね」
ハン、と使い魔は鼻で嗤う。
世界が変わっても、所詮人間の本質なんて大差ないと言わんばかりに。
「じゃあ、私と一緒ね」
少女は自嘲気味に呟いた。
「あなたとは仲良くなれそう」
「……ホントにいいんすか俺で? 自分で言うのもなんですが、結構性格悪いですよ、俺」
「大丈夫。私よりマシだから」
と、少女は丘の端まで歩き、自らが滅ぼした故郷を一望した。
そしてすぅっと息を吸い、自分の悪辣さを示すように、叫ぶ。
「見たか村のアホバカ共が! これが私を『魔女の子』と嘲笑ってきた報いだッ! 私がどれほど虐待を受けたか、お父さんとお母さんがどんな思いで殺されたか、身をもって知れ! あッはハはははは! ハハ……はは……」
少女の乾いた哄笑は、徐々に徐々に掠れていって。
最後は膝から崩れ落ちた。
笑いが嗚咽に変わり――ぽたり、ぽたり、と草の上に涙が落ちる。
「……正直、あなたの保護者代わりにはなれないっすけど」
使い魔は少女に寄り添うと、そっと背中に手を置いた。
自分より遥かに過酷な運命を背負う娘を、優しく支える父親のように。
「俺でよければ、どこまでもついていきますよ」
「……いいの? こんな私でも」
「もちろん。喚び出された使い魔に拒否権はないですから」
「それは、そう、だけど……」
「なんて冗談です。言ったでしょう、俺は性格が悪いって」
「あなただけじゃありませんよ」おどけたように使い魔は肩を竦める。
たった一人残された理解者の言葉は、今の少女には何よりも温かかった。
第2回小説家になろうラジオ大賞 参加作品
文字数:1000文字
使用キーワード:サラリーマン(文中に「偽物」も使用)