妹への復讐と私の幸せ
お姉様、お姉様と私の後をちょこちょことついてきて振り向くと満面の笑顔を浮かべた妹。幼き頃は本当に可愛かった。
それなのに…。
「お姉様、その見苦しい肢体をわたくしの前に曝さないで」
「…悲しいことを言わないで…
エミリア」
妹─エミリアが私を心底軽蔑しているといった眼で見ている。嫌悪の感情を隠しもせず、私に会う度何か言わずにはいられないらしい。
成長した妹とは元から仲のいい姉妹とは言えなかったが、一層酷くなったのがいつからなのか分かってはいる。
─父である公爵が私の婚約者を告げた時からだ。
お相手はアッテンボロー家の三男レイノルド様。同じ公爵の家の生まれで、小さい頃からの幼馴染みだ。我が家への婿入りが決まっている。エミリアは昔から彼のことが好きだったようで私のことを胸だけ大きい豚と罵り彼に相応しくないと言う。
彼と結婚したいのだろうが、婚約は私の一存でどうにかできるものではない。いつものように貸してと言われて貸せるものでもない。
私は、ドレスや宝石、小物類をちょっと借りるわねと言って持っていく妹に文句を言ったことはない。
たとえ戻ってこなかったとしても、元から私の物ではなかったのだと自身に言い聞かせればいいだけだ。
妹はお姉様にはもったいないが口癖で私の物を奪っていく。親は私の意志が弱いからだと取り合わない。
いつの日だったか取り返しに行ったこともあった。泥棒、品性が卑しい、わたくしはこんな姉をもって恥ずかしい…など散々騒ぎ立てた挙げ句親にまで伝わり私は部屋での謹慎を言いつけられた。それ以来勝手に取っていけばいいと思っている。
またエミリアの仕業かは分からないが、何度か毒殺されかけてもいる。おかげで毒の耐性ができてしまったようだ。普通の毒ならば少し寝込むだけで回復する。
だから油断していたのだろう…。
その日は高熱がなかなか下がらず、おかしいなとは思った。そして数日生死の境をさ迷って生き長らえた私に医者が言った。
「申し上げにくいのですが、お嬢様はもう
子供をつくれないかと…。」
悲しかった。誰かからの悪意もそうだが、何より子を育めないという現実が…。そうして私の身体のことはアッテンボロー公爵の耳にも届くことになり婚約は解消された。
本来ならばそれは極秘事項。いずれは伝えなければならなかっただろうが、あまりにも早すぎる。加えて他貴族の間にも噂が広まっており…。 私はその時から穀潰しとなった。
貴族にとって結婚とは、家同士の結び付きを強めることもそうだが、それ以上に次世代へと高貴な血を繋げるためのもの。
誰が好き好んで傷物の令嬢を娶るというのか?
父も私の扱いに困ったのか、郊外にある別邸での療養を命じた。療養とは名ばかりの監禁だ。噂が沈静化するまで隠れていろということだろう。
落ち込む私に妹は言った。
「心配なさらないでお姉様。レイノルド様のことは任せて。」
幼き一時いくら可愛かったとは言え、こんな妹に私は何を遠慮していたのだろう?
◇
どうやって復讐してやろうか…。
私は考え込むが妹にされたことをやり返すだけでは芸がない。思いもつかぬこと…妹には決してできないことは何か。
そして思い付いた。
私は信頼できる侍女に自身の代わりを頼んだ。影武者として部屋に籠ってもらうために。
父が監視としてつけた使用人の目を掻い潜り裏オークションに参加する。
闇の中に生きるものが集う場所。ここでは法は機能しない。私は父である公爵から勉強と称して何度か連れてきてもらっていた。
次期当主となるレイノルドを支える者として役に立つこともあるだろうと…。
今役に立っているわと笑い、私は参加者としてではなく商品として自身を売り込みに行った。公爵の名を出し、半ばオークション主催側の人間を脅すようにしてほの暗い舞台上に立った。
ぷるりとした胸が溢れそうな衣装に身を包み、顔には蝶の仮面。観客に向かって優雅に一礼する。
慌てて説明が入った。
「…こちらはとある高貴な血筋のご令嬢。
変わり種でご自身自ら売り込みに来られました。瑞々しいお身体をまだ誰にも触れさせたことがないとのこと。性奴隷として一から育てるのも一興かと。では500万€から。」
酔狂な者たちが値段をつり上げていく。
もう後には引けない。いざとなったら逃げるつもりだが、そうはならないと予感している。
「5000万€が出ました。他はいらっしゃいませんか?」
「…1億€」
低い声で仮面の男が言った。他は黙りこんだ。どうやらこの男に買われるようだと私は理解した。
私の身体には魔法がかけられている。
妹に復讐すると決めたときからずっと、強く歪な魔法が私の内側に存在している。
─目的を果たすまで誰も私の身体には触れられない。
それを隠して目の前の男に買わせたのは悪かったと思うが、同情はしない。あの場所に足を踏み入れているだけでも後ろ暗いことに手を染めている証だ。
私は目を布か何かで隠され男の家へと連れていかれる。すぐにベッドに連れていかれるのかと思っていたら
「ここでゆっくり休むといい」
男はそう言って去っていった。
◇
男は人相は悪いもののよくよく見ると整った顔立ちをしていた。
「よく眠れたか?」
その言葉に軽く頷き気になっていたことを聞く。
「奴隷として扱わないの?」
「……女には困っていない」
困った。予想外の相手だ。これでは取引できるかどうか…。そんな心配を噯にも出さず私は言った。
「私と取引しない?」
何を考えているか分からない男と少しずつ交流を深め、私は知った。
─どうやら彼は眠れていないようだ
目の下にはいつでも隈が存在し、うつらうつらとしている所を見るのも少なくはない。
「眠った方がいいわよ」
「…眠れないんだ…」
お節介にもそう言った私に彼は言った。
取引のためにも彼には元気でいてもらわなければ…。
「私が側で見ていてあげる」
「…添い寝でもしてくれるっていうのか?
笑わせる」
「添い寝ぐらいならいくらでも」
「…取引はどうした?」
「触れなければ大丈夫…だと思うわ。
あなたには元気でいてもらわなくちゃいけないの」
彼は怒ったように私を見たが考えを改めたのか怖い笑顔で、では頼むと言ってきた。
「そんなに身体を縮こまらせて…さっきの威勢はどうした?」
「べ、別に普通よ。」
男が笑う。息を吹きかけられて身体がびくりとする。
「へんたいっ」
「…お前それわざとか?」
男が苦々しい顔で私を見る。何のことか分からず私は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「知らないわ。」
「…この悪女め」
しばらく言い争っていたが、疲れたのか男がすーっと寝息を立て始める。
(黙ってればかわいいのに…。)
私はそんな男を見つめて髪をそろりと撫でてみたりした。
私が男の元で意外にも穏やかな生活を送っていた頃、妹エミリアはというと…。
「レイノルド様は何でわたくしの元に来てくださらないの?」
思い通りにならない現実に苛々と爪を噛んでいた。彼女は知る由もなかったが、公爵家の内情は火の車だった。アッテンボロー家のレイノルドと結婚することで援助をしてもらう約束だったのだが、エミリアには興味が無いのか新たな婚約という話には至っていない。
エミリアの父である公爵もこの状況に焦りを募らせていた。そして苦肉の策として、二十は年の離れた富豪の侯爵にエミリアを嫁がせることにした。彼女は未だ知らない。
「レイノルド様…レイ様」
否、知っていたとしても熱に浮かされた彼女には聞こえない。
◇
男は考えていた。レイノルドから言われている期限まで後僅か。それまで自分に何ができるというのか…。
「今日も不機嫌そうね」
「…気のせいだろ」
「もう相変わらずね」
苦笑する女に男は言った。
「お前の妹のことだが…」
女が顔を強張らせた。
「金持ちのジジイに嫁がされるようだな」
「…あなたが何かしてくれたの?」
「……大したことはしていない。困っていた公爵にそいつを紹介しただけだ」
女が男を抱き締めた。
「っおい」
「…ありがとう…本当に…ありがとう…!!」
抱きついてきた女を見下ろし手の置き場に困り果てる。お前が抱きついている男はそんないい奴じゃないと思いつつ。
期限の日。男はレイノルドと向き合っていた。
「よくやってくれたな」
「…」
「お前のお陰で彼女を救えた。…まさか闇オークションに出るとは予想外だったが」
「…思いきりがいい方です」
「本当にな。それで彼女は?早く連れてきてくれ」
「…その前に聞かせてください。彼女をどうするつもりですか?」
「…どうするとは?質問の意図が分からないが…。」
「ご結婚されるおつもりですか?」
「ははっまさか!彼女を個人的に気に入っているから側に置きたいだけだ。もう別の女との婚約が決まっているしな…あの肉体を味わわずに手放すのは惜し…」
ドスッ
最後まで言わせずレイノルドは地面へと引き倒された。男の手によって。
物言わぬ瞳がこちらを見つめている。
男はレイノルドから任されていたいつもの仕事と同じように証拠を隠滅し、後始末を部下に任せた。
◇
「結局あなたの望みって何だったの?」
─私の復讐を手伝ってもらう代わりにあなたの望みを一つだけ聞くわ…それまであなたは私に指一本触れられない
「…なんでもいいだろ」
「だめよ…それじゃ不公平だわ」
男が嫌そうにしながら私の耳元で囁いた。一陣の風が通りすぎ私の髪を靡かせた。
「そういうこと言うのはずるいわ」
耳を赤くした女が男を睨む。だから言っただろという風に男は不敵に笑う。
家への道すがら互いの手をしっかりと握り微笑み合う彼らは確かに幸福だった。
─お前は知らなくていい…レイノルドに愛されていたことなど
◇
─私を救い、いい関係を築けていると思う男がいつまで経っても手を出してこない。私に魅力が足りないのだろうか…?確かに大きすぎる胸は男によっては牛のようだと思うかもしれないし、口許にある黒子にぽてっとした唇はだらしがなく見えるかもしれない。
女は落ち込んだ。
出会ったばかりの頃眠れないと言う男の側で添い寝をしてから、それは今も続いていて今夜も女は男の元へ行く。
「…早く寝ろ」
「今夜はお話しないの?」
「……疲れてるんだ」
そう言われたら何も言えない。男は女の方をちらと見もせず、背中を向けている。ふかふかとしたベッドは広くそこに二人だけだというのに、こんなのは寂しい…。
ごろごろと男の側に近づいていく。男の背中に思いきって胸を押し付けてみた。
ぎゅむっ
「…」
男は何も言わない。眠ろうとしているのか規則正しい息遣いを感じる。女は残念に思いながら男の腰に腕を回した。いつの間にか抗いがたい眠気が女を襲いすやすやと寝入っていた。
「……このっばか」
男は無防備な女に苛つきを感じながらも起こさないよう声を押し殺して言った。夜はまだまだ長い。今夜も眠れなさそうだと男は溜め息をつきながら自身の身体が反応しないよう思考を巡らせる。
(お前の妹は…狂人として度々闇オークションに出品されてやがる…あのくそジジイが考えそうなこった。変人共と可愛がってるんだろうよ…)
女の柔らかな息が首に当たる。ぞわりとしながらも男は我慢し夜は更けていくのだった。
翌朝、また手を出されなかったという事実に女はむきになって作戦を立てた。今夜こそは…と決意しながら。
薄いネグリジェ一枚を身に纏い、女はそろそろとベッドに潜り込む。素肌が透けて見える特別仕様だ。
「今夜もお疲れ?」
「…ああ」
男は膠も無く答えた。ここまでは想定済み。女は言った。
「私が疲れをとってあげる」
「…は」
ネグリジェをはらりと脱ぎ捨てた。
男の手を無理やり引っ張り自身の胸へと当てる。胸の音がうるさい。この後はどうすれば…。
女が考えたところで男の全てを吐き出すような深い深い溜め息が聞こえた。
「…いい加減にしろ」
「…」
女は泣きたくなった。
「もう泣いてもすがっても止めてやらねーからな…覚悟しろよ」
「…!」
しかし続いた男の言葉に胸がどくりと鳴った。期待からなのか不安からかは分からない。
ただぎらついた男の瞳に浮かぶ確かな情欲に女の身体は熱くなった。
暗殺を生業とする男の側には美しい女と、
自分と女によく似た可愛らしい子供がいる。二人の笑顔に自然と男の顔も綻んで…。
男は今日もその幸福を神に感謝するのだった。