開戦前夜(中篇)
どうも、SYSTEM-Rです。今回は、ふそうと第六十二円竜丸との追跡劇の序盤戦を描く形となります。それではどうぞ。
「立入検査部署発動。音声送信始め!!」
いよいよ始まった「対第六十二円竜丸作戦」。その最初の攻防は、蒼の一言で火ぶたが切って落とされた。
「第六十二円竜丸へ。こちらは日本国沿岸警備隊です。漁業法第74条3項の規定に基づき、これより貴船に対する立入検査を実施します。その場で停船し我が船の指示に従ってください。繰り返します。こちらは日本国沿岸警備隊です―」
少しずつ近づきながら、いつものように検査への協力を呼びかける音声を流し始めるふそう。漁業法第141条2項の規定により、沿岸警備隊や水産庁漁業取締船による立入検査に応じない場合は、「立入検査忌避」の現行犯で該船乗員を拘束する必要性が生じる。この罪を犯すのは、いわば警察官の見ている目の前で強盗に入るようなもので、成立してしまえば言い逃れは不可能だ。常識的には、特に後ろめたいこともなければ素直に応じるのが漁船としての務めではあるのだが…。
「艦橋、CIC。該船、機関始動した模様。逃走を図るものと思われます」
ソナーに耳を傾けていた安河内が声を上げる。長征2901との交戦時にも大活躍した彼女だが、そもそも対潜水艦作戦はあくまでも有事対応であって、沿岸警備隊の任務においてはサブ的な位置づけとなっている。どちらかというと、平時にはこうして立入検査からの逃走を図らんとする該船の行動をいち早く見抜き、それを上位の指揮官に伝えるのが彼女の仕事となっていた。
「該船、動きます。逃走する模様!!」
艦橋にて、第六十二円竜丸の動きから目を離さずにいた桜井が叫ぶ。その言葉通り、該船は停止状態から少しずつ向こう側へと動き始めた。だが、これくらいは当然織り込み済だ。こちらとて、建前はともかく本音の部分では「あれは、本当は漁船などではない」と判断して事に当たっているのだから。
「逃さないわよ。とーりかーじ、340度ヨーソロー!!」
「とーりかーじ!!ヨーソロー340度」
蒼の命令を復唱した黒木が、舵輪を左方向に回す。それを横目で確認しつつ、蒼は沢渡に顔を向けた。
「TAO、二種配置」
「総員第二種戦闘配置、総員起こし!!」
「ソッソソッソシッソソッソ、レッソソッシソー、シッシシッシレッシレッシ、ソーシレッレソー♪」
大音量で総員起こしのメロディを流しながら、第六十二円竜丸を追跡し始めるふそう。その姿は人によっては、下手くそなラッパで周囲を煽りながら公道を爆走する、暴走族の姿を連想させるかもしれない。だが、迷惑極まりないばかりかれっきとした犯罪でもある暴走行為と、不審船舶の取り締まりは全くの別物だ。これは日本国の法令や沿岸警備隊の規則に基づく正当な行為であって、暴走族の不法行為とは同列に語るわけにはいかない。
「ネプチューン、シーガル。本船、これより立入検査に合流します」
やがて、ふそうと同じ白と青にカラーリングされた1隻の船舶が、後方から近づいてきた。コールサイン「シーガル」こと、つしま型ヘリコプター2機搭載巡視船1番船「つしま(PLH-36)」が、他の巡視船艇に先んじて合流してきたのだ。ふそうをはじめとする沿岸警備艦が、海軍籍でこそないにせよどちらかといえば「戦闘艦」として位置づけられるのに対し、つしまのような巡視船は旧海保時代と同様、密輸船などの取り締まりを筆頭に平時任務に重点を置いた船。今回のような不審船事案では決まって派遣され、活躍が見込まれている堂々たる主力である。ちなみに、立入検査訓練で該船の船長役を務めた山村三尉が、航海士を務めているのもこの船だ。
既述の通り、「ふそう」「やましろ」「ながと」「むつ」とこれまで4隻が建造されている沿岸警備艦は、東から順に横浜・舞鶴・呉・佐世保の各警備局に1隻ずつが配備されているのみ。その数が圧倒的に多いのは、つしまを含む巡視船艇の方だ。その大半が、基準排水量5000トン以下のサイズであるこれらの船を仕切る者たちは、蒼のように「艦長」を名乗ることこそないものの彼女たちと同等の権能を有する。「船長」「艇長」の肩書を持ち自らの船を指揮統率する彼らの存在こそ、沿岸警備隊が海上保安庁の後継組織である何よりの証と言えるだろう。
「シーガル、ネプチューン。ご協力感謝します」
「真行寺。今はまだ明るいからいいが、あまりのんびりしていると日が沈んで視界が悪くなる。その前に何とか片付けよう」
船舶無線の向こうにいる、つしま船長・宮路洋介一佐がそう呼びかける。沿岸警備隊がまだ海上保安庁だった時代から、長年にわたって巡視船に乗り続けてきた、この道20年のベテラン隊員だ。
「もちろんそのつもりです。本艦はこれより、該船の左舷側から停船を試みます。貴船は右舷側より、挟み込むようにお願いします」
「了解」
宮路がそう応じたのを合図とするかのように、ふそうの後方には少しずつ船影が増え始めた。つしま以外の巡視船艇も徐々に合流し始めたのだ。CICのモニターに映されたNTISの画面にも、味方の船であることを示す青色のマークが少しずつ増えていく。
その白色がまぶしい船団の後方に、やがて彼女たちとは明らかに毛並みの異なる2隻の船の姿が見え始めた。特に、そのうちの大きい方。暗い灰色に塗装されたその身体は、満載10000トンを超えるそのサイズも相まってひときわ目立つ。機能的にはもちろん、その外観からもまさしく「艦隊の目」といえるSPY-6レーダーは、その船が(この事案において必要であるか否かはともかく)世界最強クラスの防空能力の持ち主であり、そしてふそうクルー248名にとっては図らずも、オリオン事件を機に因縁の相手となった船であることを雄弁に物語っていた。
「後方195度に艦影視認。艦橋形状より、はるな及びふぶきと思われます」
ラッパの吹鳴を終えて、元通り見張りに立っていた紺野が告げる。それに続いて、船舶無線を通じて壮年の男の声がふそう艦内に響き渡った。
「ネプチューン、オーシャンクイーン。現在、本艦は方位3-4-5、前方10000の位置に貴艦およびその他巡視船艇計8隻を視認している。これより、スノーストームと共に貴船団に対する後方支援任務に就く。現況について報告されたし」
声の主はイージス艦はるな艦長、津軽武範大佐だった。彼が口にした「オーシャンクイーン」とは、海上自衛隊時代にヘリコプター搭載護衛艦として運用された初代「はるな(艦番号DDH -141)」から引き継がれた、同艦のコールサインである。一方スノーストームは、随伴艦であるふぶきのことだ。相手が自身よりもずっと年上で軍人としてのキャリアも長く、おまけに自分とひと騒動あった当事者とあって、蒼の背筋も流石に緊張感でピンと伸びていた。
「オーシャンクイーン、ネプチューン。ご協力感謝します。それと…」
蒼はそこで一旦言葉を切ると、大きく一度息を吐き出してから再び語りかけた。
「先日のオリオンの一件では、海軍さんには多大なご迷惑をおかけしました。改めてお詫びします。申し訳ありません」
一呼吸おいた後、その呼びかけに対して返ってきた津軽の言葉は、意外にも落ち着き払ったものだった。
「真行寺一佐、その件については後でお聞かせ願いたい。今はそれについて云々する暇はお互いになかろう。ひとまず、まずはお互いに眼前の任務に集中することとしませんか」
「…、ハッ。大変失礼しました、お気遣いありがとうございます」
あまり感情のこもっていないその声色から判断すれば、実際にはその言葉は「気遣い」ではないのかもしれない。だが、予想よりは相手の反応が冷静だったことには、救われたのは事実だろう。蒼は内心胸をなで下ろすと、再び威厳のある声色を取り戻した。
「現在、本船団は音声にて警告しつつ該船の追跡を継続中。今のところ、該船がこちらの停船要求に応じる様子はありません。貴艦の艦橋から該船は視認可能ですか」
「NTISの画面上では敵船として表示しているが、ここからはちょうど貴艦の影に隠れて視認出来ていない」
「ネプチューン、スノーストーム。本艦からはターゲットを視認しています。先頭を航行中の、白い小さな漁船らしき船で間違いありませんか」
会話に割り込んできたのは、ふぶきを率いる河内だった。
「えぇ。既に廃船になった船舶の名を名乗っている上、形状にも不審点が多いので間違いなく『漁船』ではないでしょうけれどね。恐らく、太刀洗が受信した暗号電波の発信源である可能性が高いかと」
蒼がそう応じた時だった。突然、安河内の声がその通話を遮る。
「艦橋、CIC。該船、機関音のトーンが上がった。増速する模様!!」
「該船、速度上がります!!」
艦橋で監視を続けていた桜井が叫んだ。その声の通り、第六十二円竜丸は勢いよく速度を増し始めた。少しずつ、ふそうを先頭とする船団が引き離され始める。慌てたのはつしまを率いる宮路だ。
「おいおい、あんな小さなサイズなのにどんな出力の主機を積んでやがるんだ。航海士、最大戦速。該船の独走を許すな!!」
「了解、最大戦速!!」
命令を復唱した山村が、急いで変速機の設定速度を最大戦速にまで引き上げる。だが、巡航で航行することを前提として燃費優先で設計されている巡視船の推進方式は、ディーゼル機関を組み合わせたCODAD(COmbined Diesel And Diesel)だ。いくら巡航用と高速用2つのエンジンを同時に回したからと言って、本来低速向きの機関であるディーゼル推進では出せる速力にも限界がある。必死の抵抗もむなしく、つしまはみるみるうちに離されてしまった。
一方ガスタービンエンジンを搭載している、ふそう・はるな・ふぶき艦内でも増速しての追撃の準備が整えられ始めた。ふそうとふぶきは、いずれもディーゼルとガスタービンを併用するCODAG。一方、ディーゼルエンジンの代わりにガスタービン主機2機を搭載するはるなはCOGLAG(COmbined Gas turbine eLectric And Gas turbine)方式である。この状況においては、戦闘に供することを念頭に通常の巡視船よりも機動力を重視した設計の彼女たちの方が、性能を考えても遥かに有利だ。
「機関室、艦橋。該船が増速する。加速機起動用意」
「艦橋、機関室。各部要員配置よし、機関暖機よし。加速機起動用意よし!!」
蒼の命令に、この状況を予め見通していたかのように準備を整えていた茶谷から、即座に返答が来る。流石はふそうクルー最年長、これまた20年にもわたるキャリアを誇る宮路と同期生に当たるベテランだ。
「了解。加速機起動始め」
蒼がそう応じるのを耳にするや否や、茶谷はガスタービンエンジンの起動装置に手をかけていた機関員の方に振り向いた。
「加速機起動始め。用意、てぇっ!!」
その命令が発せられると同時に、起動装置のレバーが勢いよく降ろされる。ガスタービンエンジン特有の甲高い爆音が、少しずつそのトーンを上げながら艦内に響き渡り始めた。モニターに表示されたエンジンの回転数も、機関が異常なく動いている事を示している。
「艦橋、機関室。加速機起動完了、機関オールグリーン。高速航行用意よし!!」
「機関室、艦橋。了解」
茶谷の報告に頷いた蒼は、一度前方を行く第六十二円竜丸の姿を確認した。恐らく、どんなに好意的に見積もっても300tもないであろう小さな船体。その船に、10000t近い巨艦であるふそうが振り回されている。この仕事をしていればよくある光景だ。だが、この追いかけっこはいつまでも延々と続けるわけにはいかない。沿岸警備隊が普段から取り締まり対象としている密漁船、それ以上に大きな被害を日本にもたらす船である可能性が、眼前を行く該船については高いのだから。
「航海長操艦。第3戦速、赤黒なし。0度ヨーソロー!!」
「了解、お疲れ黒木。航海長頂きます。第3戦速、赤黒なし。0度ヨーソロー!!」
舵輪を握り続ける黒木のすぐ脇で待機していた佐野倉が、その働きを労うように右肩を一度ポンと叩いてから操艦を交代する。後に続くはるなとふぶき共々、速度を上げたふそうは勢いよく該船を追い続けるのだった。
「まさか、またお前の姉の尻拭いをさせられる羽目になるとはな。なぁ、砲雷長」
艦橋からCICに降りた津軽はふと、脇にいた司に向かって語りかけた。
「あの艦長、現職に就いたのはこの春からだというじゃないか。彼女は、お前から見て信頼に値する人物なのか?身内を疑うようでお前には悪いがな」
「トップとしてん経験ん浅かところはあるばってん、あいつは少なかばってん無能でも人として筋ん通らんこつばするような奴でもなかとです。指揮官としてん能力ん足りん人間ば一佐に据えよるほど、沿岸警備隊とて愚かじゃなかはずですたい」
司は表情を変えずに答えた。
「海上自衛隊ん後継である我々国防海軍ん人間なら、一等海佐がどんだけ責任ん重か階級か理解出来るとでしょう。あいつはおいと同じ年でそん地位ば認められて、あんたと同じ椅子に座っとー。そんだけんポテンシャルば秘めた人材いうこつですたい」
「おい真行寺、貴様艦長に対してその言い草は無礼だぞ。わきまえんか」
「構わんよ副長、別に俺を批判するつもりでの発言じゃあるまい。言わせてやれ」
話を聞いていた副長兼船務長の日向達郎中佐が、すかさず怒声を発して司の言を咎めたが、当の津軽はそれを意味深な笑みを浮かべながらなだめる。庇われた格好の司は、一呼吸おいてから「ばってん…」と言葉を続けた。
「その艦長としてん経験ん少なさは、やむばえんところもあるばってん如何ともしがたか。実戦でん経験値では、10年前んあん戦争ば体験しとー艦長には、あいつは恐らく到底かなわんとですよ」
「なるほどな。30歳の若さで艦長に抜擢されて、わずか数ヶ月でこんな重大事案に巻き込まれるとは、お前の姉も随分ツキに見放されたもんだ」
津軽はそう呟くと、ふと「だが…」と言いながらこちらに顔を向けた。
「沿岸警備隊の出動案件に付き合わされた挙げ句、何も手出し出来ないまま帰投。貴重な労力も燃料も無駄に浪費させられた。…、同じ事を二度は繰り返したくないものだな」
その意味深な言葉に思わず表情を変えた司を尻目に、津軽は再び視線をモニターに戻す。彼の見つめる先では、相変わらず続く追跡劇の様子がありありと映し出されていた。
「長征2901は、本来なら我々国防海軍が仕留めるべき獲物だった。今回のあのターゲットも、元はと言えば太刀洗が捕捉し我が軍が探していた船。よその官庁でありながら二度も我々の仕事に首を突っ込み、かき回すだけかき回されてはかなわん。今回は状況次第では、我々は手ぶらでは帰投せんぞ」
「該船、音声での命令にも旗りゅう信号にも全く応じませんね…」
焦りの隠せない表情で、沢渡が呟く。彼女の言葉通り、第六十二円竜丸は再三の停船命令にも一切応じる気配を見せず、相変わらず西へと逃走を続けていた。既に、太陽は水平線の向こうにほとんど落ちている。彼女が募らせていた焦りは、艦内の多くの人間が自然と共有していたものだった。
もちろん、それは艦長たる蒼とて同じことである。このまま夜になれば、視界が悪くなり取り締まりのハードルは一段上がる。もちろん、ふそうとて優秀な対水上捜索レーダーを装備してはいるが、やはり最後に頼りになるのは人間の目なのだ。それまでには、何とかして該船を足止めしたい。だが一方で、安易な武器使用も出来れば蒼としては避けたいのが本音だった。
何せ、あの船はふそうが攻撃するにはかなり小さい。漁船としてみれば大きな部類には入るといえるが、それでも自艦と比べればせいぜい30分の1程度のサイズしかないのだ。127mmサイズの1番砲、76mmサイズの2番砲はいずれも対軍艦を想定した速射砲であり、目前の船に向けて撃つには過剰火力であることは明白だった。だが、今回の任務の目的は該船の撃沈ではない。あの船の乗員の身柄を拘束して取り調べること、そこから全てが始まるのだ。
大体、状況からしてこちら側も工作船と決めてかかっている部分もあるが、そもそも論としてあの船が件の暗号電波の発信源ではなく、全く無関係の単なる密輸船・密漁船である可能性だってゼロとは言えない。もちろん、それはそれで我々沿岸警備隊にとっては最重要の取り締まり対象ではあるが、それならばなおさら不用意に撃沈することは避けるべきなのだ。
「こうなれば、実力行使しかないかしらね…。安易に砲撃して、該船を沈めてしまう事態は避けたいのだけれど」
「もし攻撃するなら、確かに1番砲と2番砲はオーバーキルの可能性が高いかと。威嚇射撃ならともかく、船体射撃に使うならば右舷側の機銃とCIWSでしょう。本艦のCIWSは対水上射撃能力もありますし」
沢渡の言った機銃とは、左右両舷に1門ずつ設置されたものを指す。12.7mmサイズと口径は1番砲のちょうど10分の1で、しかも通常は銃手を配置することなくCICからFCSで遠隔操作可能という優れモノだ(もちろん、緊急時には人力でも発砲できる)。間違えて該船乗員を銃殺してしまうことさえなければ、確かにこの状況では有用な一手となりうる。
「もしくは、イチかバチか体当たりで停船させるかよね。航海長、どう思う?」
「確かに、主砲や機銃を使用する場合と比べれば、少なくとも該船乗員を殺傷してしまうリスクは低いとは思います。本艦は、不審船対策の一環として海軍艦艇と比べれば装甲は厚くなっていますし、側面であれば衝突でこちらが受ける被害も軽微で済むでしょう」
舵輪を握りしめたまま佐野倉が応じた。
「ですが、相手はあれだけ小さな船。それだけ本艦と比べて小回りが利くということです。他の巡視船艇を引き離した際の加速を見れば、恐らく相手の主機は通常の漁船が積んでいるものとは全く違う、高性能なもののはず。だとすれば、躱される可能性も少なからずあるのではないかと。確実に仕留めることを狙うならば、個人的にはあまり妙手とは思えません」
「なるほどね…」
蒼がそう呟いたその時だった。突然、総員起こしを受けてCICに舞い戻っていた葛城の声がその会話を遮る。
「艦橋、CIC。レーダーに感。該船の進行方向距離10000の地点に、未確認の船影多数!!大船団です!!」
「何っ!?」
その報告に、思わず艦橋にいた全員の目の色が変わる。
「CIC、艦橋。その船影は東亜海軍の艦艇と思われるか?」
「いえ、光点の大きさからはそのようには考えられません。恐らく、民間船舶の可能性が高いかと」
沢渡の問いかけに、葛城がその言を明確に否定する。それからほとんど間を置かず。
「たった今、つしま搭載機より入電。当該アンノウン目標は漁船団。繰り返す、当該アンノウン目標は漁船団!!」
該船に振り切られた格好のつしまは、その後もめげることなく搭載ヘリコプターでの追跡に切り替え、引き続き上空から該船を追いかけていた。その追跡のさなか、上空から約10km先に巨大な漁船団を発見したのだという。
「あの中に紛れ込むつもりね…!!」
「カモフラージュのために東亜当局が出させた船か、それとも無関係の他国の民間船か…。いずれにせよ、この時間帯であそこに逃げ込まれては流石に厄介なことになりますよ」
沢渡がそう言いながら、窓越しに該船を睨みつけた。
「既に該船はEEZ(排他的経済水域)の日東中間線を越えました。立入検査忌避は成立しています。ここで足止めしなければ、当初の目的である乗員の身柄確保もおぼつかなくなる可能性は高いかと」
そう言うと、彼女は蒼の方に向き直った。曇りなき眼で、真っすぐにこちらを見つめる。緊迫しつつも落ち着いたその声は、2人のやり取りを見つめる全員の思いを乗せていた。
「艦長。隊法第20条2項に基づく武器使用を具申します」
「そうしましょう」
それに応じるのに、蒼には余計な時間など必要なかった。返す刀で、蒼はヘッドセットに向かって呼びかける。
「電信室、艦橋。沿岸警備局およびはるな・ふぶきに打電。これより、該船に対する武器使用を解禁する旨伝達せよ」
「艦橋、電信室。了解!!」
その返事を確認してから、蒼は再び眼前にいる部下の顔に視線を戻した。「これから起こることへの覚悟はできています」。沢渡の顔には、そうはっきりと書かれていた。
「TAO、総員一種配置を命じます。直ちにCICへ向かい配置につけ」
「Aye, ma’am!!」
沢渡は叫びにも似た、今までで最も張りつめた声で答えた。ここからが、準軍事組織たる沿岸警備隊にとっての、本当の腕の見せ所である。
「総員第一種戦闘配置。対水上戦闘用意。目標、第六十二円竜丸!!」
今回は、海軍側からも2名の新キャラが登場しました。特にはるな艦長の津軽は、今後の物語上海軍側における重要人物の1人となる予定です。この会話からして、明らかに次回以降に向けたフラグが立ちまくりですが…。果たしてどうなるかは次回書いていくことにしましょう。
次回は第三章が締めくくりとなる予定です。ふそうクルーと海軍との関係は、そして逃走する第六十二円竜丸はどうなるのか…。色々と種明かしをする回になると思いますので、どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。