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Neptune~蒼海の守護者~  作者: SYSTEM-R
開戦前夜
8/23

開戦前夜(前篇)

こんにちは、SYSTEM-Rです。今回から第三章に突入、物語が大きく動き出すことになります。それではどうぞ。

 午前8時、海軍風に言い表すなら0800に時計が差し掛かる少し前。蒼はいつものように、沢渡と連れ立ってふそうの後部ヘリ甲板で行われる朝礼、および警備艦旗(海軍で言うところの軍艦旗)掲揚作業へと向かっていた。

 「今日で3日目、いい加減見つけたいですね」

 沢渡がふと呟く。

 「見つけてもいきなり砲撃するんじゃないわよ。目的は、該船乗員の身柄確保と取り調べなんだからね」

 「分かってますって。F-4ファントムを乗り回すどこかの空軍中佐みたいな、トリガーハッピーと一緒にしないでくださいよ」

 蒼の軽口に、沢渡は口を尖らせた。

 (人手不足もあるとはいえ、30歳なんていう通常じゃあり得ない若さで今年から一佐に昇進、3代目のふそう艦長にまで抜擢されて。ここまでよく皆をまとめている点は年下ながらリスペクトしてるけど、相変わらずこういう笑えない冗談を口にするのは何とかしてほしいわねぇ)

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、蒼は笑いながら弁明の言葉を口にした。

 「ごめんなさい、もちろん副長がそんな人間じゃないことぐらい分かってるわよ。とはいえ、まだターゲットを見つけられてない以上下の子たちもピリピリし始めてるからね。一応釘は全体にさしておかないと」


 蒼と河内の会見から3日、ふそうのクルーたちは湾外に出ての交通整理及び沿岸巡視任務にあたり続けていた。河内が語った、「東シナ海方面から日本に向けて暗号電波を発信した不審船」は、この間まだ沿岸警備隊も海軍も見つけられてはいない。この船に関する情報は、2人の士官が接触した翌日にはNSCを通じて、正式に沿岸警備隊サイドにも伝えられた。それを知った海軍サイドは、情報を独占できなかったことに苦い顔をしたようだが、幸い河内が事前に情報をこちらに流したことまでは発覚せずに済んだようだ。

 一方、この任務では少々気がかりなことがあった。それは、NSCからは「本件については、沿岸警備隊はあくまでも警察力を以て対応してほしい」という指示があったことだ。もしこの船が河内の予測通りいわゆる「工作船」の類であったとすれば、何らかの行動を起こすことが国内に潜伏している工作員にも指示された可能性がある。

 だが、電文の具体的な送信先や内容は今なお分からずじまいだ。その指示が具体的にどんな内容で誰に対してなされ、それによってどのような脅威が日本にもたらされ得るのか。アクションが実行される前に命令を伝えた者を拘束して取り調べ、予見される事態の発生を何としても阻止しなければならない。NSCから下った指示は、その意味では極めて論理的で筋が通っていた。

 とはいえ、最初にこの電波を傍受して捜索に動いたのは海軍だ。国防海軍にも、前身の海上自衛隊時代から続く「特別警備隊」という特殊部隊が存在し、その任務は沿岸警備隊の立入検査隊とほぼ同様となっている。しかし、海軍軍人には特別司法警察職員たる沿岸警備隊員とは違って、捜査権も令状を用いての通常逮捕権も認められていない。彼らが持つのはあくまでも純然たる軍事力なのだ。

 本来ならば相互に協力すべき関係にある海軍と沿岸警備隊の間では、オリオン事件をきっかけに弱いながらも隙間風が吹き始めている。もし両者の間で「獲物の奪い合い」が始まり、そのドサクサで該船を撃沈なんてされたら全てが水の泡となってしまう。それだけは何としても避けなければならない。頼みの綱は、海軍と沿岸警備隊双方の最高司令官たる内閣総理大臣・和泉傑による統制だろう。流石に日本国の軍人たる者、首相の指示には背くわけにはいかない。その過ちを犯せばテロリストと同類だ。

 なんにせよ、ターゲットとなる船舶は何としても一刻も早く捕らえなければならない。それは、翻って日本の安全保障や国益にも適うものとなる。相手の船の姿についての手掛かりが、現時点で何もないのは少々気がかりではあるが、この手の不審船事件では何も今に始まったことではない。とはいえ今なお獲物を見つけられていないことで、ふそうクルーの面々も蒼の言葉通りピリピリし始めている。早くこの一件を片付けねば、というのは幹部たち全員に共通した思いだった。

 「おはようございます」

 後部甲板に姿を現した2人に向かって、制服姿の隊員たちが口々に挨拶する。諸外国同様に士官・下士官・兵で制服のデザインが大きく異なる海軍とは違い、沿岸警備隊では階級を問わず統一されたものを用いる。デザインそのものは旧海自由来でも、組織全体を見ればむしろ旧海保の制服文化が踏襲されているのは、沿岸警備隊が「海自・海保双方の流れを汲みつつも、基本的にはあくまでも海上保安庁の直系である」ということをよく示していると言えるだろう。揃いのサマードレスは、キラキラと輝く水面にはよく映える。

 「おはよう」

 そう答えながら沢渡ともども部下たちに答礼を返すと、蒼は艦尾に設置されている旗竿へと視線を向けた。既に、その目の前では掲揚に備えて海曹と海士が1人ずつスタンバイしている。彼女たちが抱えている青と黄色の旭日旗が艦尾にはためく時、ここでは海軍と全く同じメロディのラッパ君が代が吹奏される。自分が日本国の軍人であることを再認識させてくれる、大切な儀式だ。

 「警備艦旗掲揚、10秒前」

 「ケーッ!!」

 「ソッレレソッシッレー♪」

 艦内マイクによるアナウンスに引き続いて、当直士官である葛城が声を張り上げた。本来の号令は「気をつけ」なのだが、言いやすくかつ威厳のあるイントネーションを模索しているうちに最後の一音以外が綺麗さっぱり抜け落ちてしまっている。海軍や沿岸警備隊では、この手の短縮はよくあることだ。

 「時間」

 「ゲーッ(揚げ)!!」

 再び声を張り上げた葛城の号令に合わせ、その場に居合わせた隊員たちが一斉に敬礼する。それと同時に、紺野と桜井を含むラッパ手4名による「君が代」の明るくありつつも気品あるメロディが、朝の佐世保港に響き始めた。


 「ソー、レー、ソーソーシー、ソー、レー、ソーソーシー、シッシッレー、シッシッレー、シッソシレッレーシッソソソー…♪」


 今から100年以上も昔、あの大日本帝国陸海軍が誕生した時に制定されたラッパ譜の数々。これはそのレパートリーの最初に記録されている、由緒正しき一曲だ。軍隊ラッパの特性上、「ド・ソ・ド・ミ・ソ」の五音のみで構成されるそのメロディは、普段我々が聴き慣れているそれとは全く異なる。だが、どこまでも厳粛な雰囲気の「通常版」よりも、どこか自分の気持ちをも高めてくれるこちらの「軍隊版」の方が、蒼自身は好きだった。

 「かかれ」

 「レーッ(かかれ)!!」

 「レッソソソッレッソー♪」

 警備艦旗掲揚作業の締めくくり、そして引き続き行われる朝礼の開始を知らせるラッパが後部甲板に響き渡る。快晴の空の下、今日も佐世保港からふそうクルーの一日が始まった。


 沿岸巡視任務開始から約6時間。そろそろ夕方が近づいてきたその時、ターゲットと思しき船は何の前触れもなく見つかった。

 「艦長。右20度、距離10000の位置に漁船らしき船がいます」

 他の海士たちとともに見張りに立っていた紺野が、双眼鏡を手にこちらを振り向いた。

 「漁船?まだ暗いうちから漁に出て行って、朝方には近海から撤収するはずの船が、こんな時間に?珍しいわね。投網漁の仕込みでもしに来たのかしら?」

 そう応じながら、蒼も自分の双眼鏡を覗き込んだ。確かに、紺野が報告した通りの方角に1隻だけ、ポツンと漁船らしき船が左舷をこちらに向けた状態で漂っている。だがその細部に目を凝らすうちに、彼女の表情はどんどん厳しさを増し始めた。

 (漁船にしてはやけにアンテナが多いし、船上に漁具らしきものが全く見えない。「第六十二円竜丸」の文字も手書きっぽいし、佐世保沖にいるにもかかわらず番号が山口県を示す「YG」から始まってるのも解せない。…、なんだか怪しいわね)

 蒼は双眼鏡を再び首元にぶら下げると、ヘッドセットを通じて艦内に指示を送った。

 「達する。艦長の真行寺です。右20度、距離10000の位置に『第六十二円竜丸』を名乗る不審な船舶を発見。各部、対水上見張りを厳とし動向に注意せよ」

 その命令によってピンと張りつめた艦内の空気を肌で感じながら、蒼は引き続き船舶無線の周波数を調整し始めた。通話先は、佐世保港内にある佐世保漁業協同組合。本来なら船務長である葛城あたりに任せるべき仕事だが、あいにく当の本人は当直明けのため自室で爆睡中だ。もちろん緊急事態となれば、総員起こしをかけて叩き起こすのも1つの選択肢ではあるものの、今はまだそこまでする必要性のある状況ではないだろう。

 それに何より、ここに連絡するなら蒼が自らやる方がいろいろスムーズだという事情もある。佐世保漁協には、彼女をよく知る人物がいるのだから…。

 「佐世保漁協、こちら沿岸警備隊ふそう。お疲れ様です」

 「おお、そん声は蒼か。最近やけに忙しか様子やな。ニュースじゃ毎日んごとわいん顔ば見とるばってん、本人は全然顔ば見せに来んけん、心配しとったぞ。で、どがんしたと?」

 「…、じっちゃん。覚悟はしとったばってん、うち今仕事中やけん。いくら自分ん孫が相手とはいえ、ええ加減それにふさわしか言葉遣いばしてくれんね?」

 あきれ顔でそう応じる蒼の姿と、そのどこか微笑ましさも感じさせるやり取りに、艦橋のあちこちから含み笑いが聞こえた。それに気が付いた蒼も後ろを振り向くと、敢えて咎めることもせず苦笑しながら肩をすくめる。一応軍の一部門として位置づけられる沿岸警備隊ではあるが、少なくともふそうの中では蒼の性格もあってか、比較的こうした場面では対応はおおらかだ。海自の後継たる海軍とは異なり、元々軍事組織ではない海保を前身とすることも関係しているかもしれない。

 蒼が通話しているその相手は、この近海で操業する漁船を束ねる佐世保漁協組合長で、彼女の祖父でもある真行寺巌だった。蒼にも一部その素養が引き継がれたその豪快かつ寛大な性格で、地元の漁師たち誰からも慕われる存在となっている。代々港町・佐世保で暮らしてきた真行寺家の人々は、大人になると自然と海にかかわりのある仕事に就くことが多い。蒼や司が軍人となることを選んだのも、「地元の海とそこで暮らす人々を守りたい」という思いが原動力になってのことだった。

 「ハッハッハ、そげん寂しかこついうもんじゃなか。自分ん孫相手にそれと気づかんばかしこまりよるほど、おいはまだ老いぼれてはおらんばい」

 「全くもう…。まぁ、よか。ちょっと気になっとー船ばあるけん、調べてくれんね?」

 「おお、よかよ。船名は?」

 「第六十二円竜丸」

 「第六十二円竜丸な。ちょっと待っとれや…」

 巌はそう言うと、漁協のPC端末で全国の所属漁船とその所有者・船長の名前などの情報が登録された、データベースを開いて船名を検索し始めた。西暦2032年のこの時代、今や地方のこうした漁協にもこの手のデジタル技術は浸透している。もう70を優に超えながらもそれを難なく使いこなせる巌もなるほど、確かにその年齢にしてはまだ老け込んではいない。

 そんな彼の手が、ふと止まった。その目を怪訝そうに細めながら、画面をしばしじっと見つめる。

 「蒼。そん第六十二円竜丸って船ん名前、どこで聞いたと?」

 「データベースには載っとらんばね?」

 「載ってはおるばってん、現役ではなか。こん名前ん船は5年前に廃船になっとー。しかも、佐世保じゃなく秋田で操業しとったらしか。そげん船んことば、何でわいが知りたがると?」

 「!?」

 ふそう艦内でその返答を耳にした全員が、思わず身の毛がよだつような感覚に襲われる。最前線でその声を聴いていた蒼も、心臓が脈を打つのがどんどん早くなり始めるのを感じていた。寒気に襲われたか、ぶるぶると震える拳を深呼吸で必死に鎮めると、ヘッドセットに向かって語り掛けた。

 「じっちゃん、落ち着いて聞いてくれんね」

 「お、おう。どがんしたと?」

 一転シリアスになったその孫娘の口調に、思わず巌の背筋がピンと伸びる。

 「そん第六十二円竜丸って名前ん船ね…、今まさにうちん船ん目ん前におるとばい」

 「…、はぁっ!?」

 驚いた巌が素っ頓狂な叫び声を上げた。

 「ちょっと待て、どがんこつばい!?目ん前におるって、まさか海に出とるとか!?」

 「うん、海におる。ちょうど沿岸巡視中にうちん部下が見つけたと」

 蒼は頷いた。

 「数日前に不審船ん情報ば入って、海軍と沿岸警備隊がずっと捜索しとった。佐世保沖におるとに番号が『YG』から始まっとったし、漁具も見当たらんけん明らかに怪しか思うて調べてもろうたと。おかげで確信できた、ほぼ間違いのうこん船が該船ばい。漁協ん船は全部港に戻っとー?」

 「そげんこつか。とりあえず船は全部こっちにおるとばい。心配いらん」

 「分かった、ありがとう。多分これから、うちらでこん船ば取り調べすることになるばい。正式には多分後で警備局から通知ん行くばってん、念んため漁協んみんなには情報共有しといんしゃい」

 そう応じた蒼に、無線の向こうにいる巌は声をかけた。

 「蒼、くれぐれも気ばつけんね。わいや司が海軍と沿岸警備隊に入りよった時から覚悟はできとーばってん、自分ん孫たちが殉職した知らせだけは聞きとうなかよ」

 「大丈夫ばい、じっちゃん。そげん心配せんでよかよ。うちが艦長でいる間は、ふそうん乗員は誰一人死なせやせんけん。もちろん、うち自身もね」

 そう、最後には女性らしい優しくも力強い声で語りかけた蒼は、無線を切るとしばし目を閉じた。一度自身を落ち着かせるように大きく深呼吸をした後、その美しい瞳が再び開かれる。眼前の景色を捉えるその曇りなき眼は、一気に戦闘モードに変わっていた。

 「現在時刻1642、『第六十二円竜丸』を該船と認定する。合戦準備」

 発せられたその通りの良い声が、ヘッドセットを通じて艦内全域に響き渡った。

 「電信室、艦橋。司令部に打電。該船発見を報告し指示を仰げ。発見地点は北緯32度38分30秒、東経129度15分15秒」

 「艦橋、電信室。了解」

 「それが終わったら知らせなさい。ふぶきへの電文内容も別途指示するわ」

 蒼はそう言うと、今度は脇にいた紺野に呼び掛けた。

 「紺野」

 「はっ、はいっ!!」

 突然の呼びかけに、何事かと慌てた紺野が振り向く。だが彼女を待っていたのは、思いがけない称賛の言葉だった。

 「よくやったわ、お手柄よ。この仕事が終わったら、奢りで好きな店に連れてってあげるわ。母港に戻ってからでいいから、どこか候補地を考えときなさい」

 「ハッ、ありがとうございます!!」

 予想もしなかった提案に、思わず紺野の顔が一瞬綻ぶ。だが次の瞬間、その表情は沢渡の一言で再び緊張感のあるものに戻った。

 「紺野。私からも褒めてあげたいところだけど、まずは仕事が最優先よ。総員起こしに備えてラッパを用意しておくように」

 「Aye, ma’am!!」

 紺野がそう応じたのを確認してから、沢渡は蒼の方に向き直った。

 「艦長。立入検査部署発動後、該船逃走の際は総員二種配置、総員起こしとします」

 「よろしい」

 蒼は頷いた。「総員起こし」は単なる起床の合図ではない。艦に乗り込んでいる全員を戦闘態勢へと導く、正式にはそれを目的としたラッパである。少なくとも、眼前のターゲットが該船だとほぼ確定した今はそのメロディを吹鳴しない、という選択肢はないはずだ。

 恐らくこの後、ほぼ間違いなく播磨からは出動命令が下されるだろう。そうなれば立入検査部署が発動され、漁業法に定められた検査を名目に目の前の船に乗り込むことになる。あの船の乗員が素直に応じてくれるならそれに越したことはないが、もしも「第六十二円竜丸」が本当に工作船の類であったとすれば、その展開は望めない可能性が高い。総員二種戦闘配置、すなわち万が一に備えての警戒態勢の確立は、自分たちの身を守る意味でも不可欠なものだった。


 「CIC、電信室。艦長、沿岸警備隊『ふそう』より入電です」

 「電信室、CIC。電文は?」

 電信室からの通信に、近海を哨戒していたふぶきのCICにいた河内はそう尋ねた。

 「『我、ネズミを発見せり。捕獲のため援護されたし。発見地点は北緯32度38分30秒、東経129度15分15秒』。以上です」

 「内容には間違いないか?」

 「2回繰り返しました。確かです」

 「了解、ご苦労」

 部下からの返信にそう答えると、河内はふと口元に笑みを浮かべた。

 「艦長、ネズミとはいったい何のことです?」

 CICにいた、蒼とのやり取りについて何も知らない部下の1人が彼に問いかける。

 「我々の今回のターゲットのことさ。まさかあれから3日で見つけてくるとは、なるほど彼女たちは確かに優秀らしい。やはり餅は餅屋だな」

 「あれから3日でって…。艦長、まさか…!?」

 「よその官庁だからと何を遠慮する必要がある?同じ日本国の軍人同士、優秀な能力は存分に活用するべきだ。おかげで無駄な労力を割く手間が省けた。元はと言えば、これはふそう艦長である真行寺一佐直々の申し出だ。我々に協力できて彼女たちも本望だろうさ」

 驚きの色を隠せない部下たちに向かって、河内は堂々と語りかけてみせた。

 「不審船への対処は、彼女たち沿岸警備隊の職掌であり得意とするところだ。事実、我々海軍が発見できなかったターゲットを、彼女たちはこうして見つけてきた。大切なのは、我が国に害をなさんとする勢力の敵対行動を阻止すること。その責務を果たすためなら、下らんプライドになど囚われず使える手は何でも使おうじゃないか。電信室、CIC。電文の『ネズミ』とは我々の獲物のことだ。司令部に打電、ターゲット発見を報告せよ!!」


 首相官邸及びNSCの判断や、沿岸警備隊・海軍双方の司令部による対応は素早かった。該船発見の通報から約20分後の1700、和泉内閣は沿岸警備隊に該船への立入検査の実施を命じる。これを受けて、まず佐世保沿岸警備局の播磨が所属艦船に出動命令を下した。

 「佐世保沿岸警備局所属の全艦船へ。本日1642、北緯32度38分30秒、東経129度15分15秒の地点にて、沿岸警備艦『ふそう』が第六十二円竜丸を名乗る不審船舶を発見した。各艦船はこれを追跡、漁業法第74条3項の規定に基づき該船に対する立入検査を実施せよ。なお、本件への対応にあたっては沿岸警備隊法第20条2項の規定に基づき、各艦船最先任指揮官の各個判断により必要に応じて武器使用を認めるものとする。ただし、本件の目的は該船の撃沈にあらず。該船乗員の身柄確保を最優先に考え、慎重な判断の下対応するように。以上」

 一方海軍側でも、佐世保基地に所属する全艦艇乗員に対して以下のような緊急出動命令が下された。

 「佐世保基地所属全艦艇へ、エマージェンシーコール。本日1642、北緯32度38分30秒、東経129度15分15秒の地点にて、第六十二円竜丸を名乗る不審船舶が発見された。本ターゲットは去る6月15日の2117、太刀洗が傍受した暗号電波の発信源と推定される。本件への対処にあたり、沿岸警備隊に対し当該ターゲットへの立入検査の実施が指示された。海上警備行動の発令に備え、駆逐艦『はるな』及び多機能フリゲート『ふぶき』に対し合戦準備を命ずる。両艦艇は先行する沿岸警備隊艦船とともにターゲットを追跡、同船による敵対行動が行われた場合にあってはこれを阻止せよ。その他艦艇及び航空機は、追加の出動命令に備え即時待機となせ。

 なお、国防軍法第82条の規定に基づき、両艦最先任指揮官の各個判断により随時武器使用を認める。万が一、ターゲットが我が軍および沿岸警備隊艦船に対し、攻撃を仕掛けてきた場合は躊躇するな。最後に総員に厳に告げる。これは演習にあらず。繰り返す、これは演習にあらず!!」

 かくして佐世保の海にはグレーゾーン事態への即応態勢が敷かれ、日本国沿岸警備隊及び日本国防海軍の両者による共同作戦が始まることとなった。だが残念ながら、この時両軍の誰もが気が付いてはいなかった。それぞれの軍への命令における微妙なニュアンスの違いが、後に悲劇の引き金となろうとは…。

冒頭の蒼と沢渡の会話は、アニメ「GATE~自衛隊、かの地にて斯く戦えり~」での炎竜発見シーンのパロディです。ここで出てくる「F-4ファントムを乗り回すどこかの空軍中佐」とは、同作に登場する神子田瑛二佐のことですね。実際の階級は空軍中佐ではなく、航空自衛隊二等空佐ですが…。た作品のパロディネタは、今後も機会があれば出すかもしれません。


不審船事件についてですが、どちらも実際に起きた「能登半島沖不審船事件(1999年)」と「九州南西海域工作船事件(2001年)」を下敷きとして使う予定です(もちろん、細部の描写についてはアレンジを加える予定です)。今後の展開がどうなるか、どうぞご期待ください。それではまたお会いしましょう。

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