沿岸警備隊vs海軍(後篇)
どうも、SYSTEM-Rです。第二章は全部で4話構成にする予定だったのですが、文字数や話の展開上今回で締めとしたいと思います。今回は、前話の最終盤で海軍が出動していった経緯が明らかになります。それではどうぞ。
「いいんですか、仮にもオフの日に公用車を乗り回すような真似して。ガソリン代の財源だって、国民の血税でしょ」
河内は、横に座る蒼の姿を横目で見ながらぼやいた。ふぶきとしらゆきの出港から一夜明け、乗員とともに佐世保港に戻ってきた彼は任務から解放された。夜勤明けの状態で自宅に帰ろうとしていたその途上、佐世保基地近くの路上で蒼に「せっかくだから、一緒に朝ご飯でもいかが」と声をかけられて、彼女の車に乗り込んでいたのだった。
これは自衛隊時代からそうだが、大佐相当以上の士官には専用の公用車が支給され、自宅から基地に乗り付ける際などは基本的にこの車に乗って「出勤」するのが習わしとなっている。それは所属軍種こそ違っても、かつての海自と同じ「海将」「海将補」「一等海佐」の階級にある沿岸警備隊員も同様だ。もちろん、これは蒼に対しても当てはまる。しかも今は西暦2032年、支給されているのはAIによって操作されるドライバーいらずの自動運転車だ。
「一佐にもなれば、ちょっとそこまで出かけるのにも色々と制限がかかるものですから。そうやすやすと気軽に遊びには行けないのよ。その理由は大体想像がつくと思いますけど。あなたもいずれ大佐に昇任すればこうなるわ。覚えておくことね」
蒼はそう答えると、持っていたコンビニの袋の中からエナジードリンクの缶を取り出し、河内に手渡そうとした。
「流石に任務明けでお疲れでしょ。よかったらどうぞ」
「いえ、結構です。人から頂いたものに手を付けることには、慎重な主義でして」
「いやねぇ、ただの市販品よ。スパイ映画じゃあるまいし、何も変なものは入ってないわ。大体、あなたも私も同じ日本国の軍人同士でしょ。例えば同業者に妙な薬を盛ったりして、それで私に何かメリットがあるとでも?」
そう言いながら口元に笑みを浮かべる蒼の顔を、河内はしばし無言で見つめる。だが数秒後、疲労感にも負けた彼は観念したかのようにその缶を受け取った。
「…、なるほど。確かに何も変なものは入ってませんね。疑ってすみませんでした」
「ほら、見なさい。職業柄疑り深くなるのは分からなくもないけど、あまり他人を信用しないのも考え物ですよ」
蒼はそう言うと、一度窓の外に目をやった。快晴の空と佐世保港が目に入る。
「それに、車内なら他人にも邪魔されず色々とお話もできますからね。あまり他人には聞かれたくない話題も含めて」
「他人には聞かれたくない話題、ですか。ずいぶんとまた意味深な言い方ですね」
「えぇ。例えば、あなたがそれほどお疲れになった原因であろう、昨夜のふぶきとしらゆきの緊急出港のこととかね」
突然ズバッと切り込んできた鋭い指摘に、河内は危うく口に含んでいたエナジードリンクを盛大に吹き出すところだった。
「そのリアクション、やっぱり何かあったのね。単刀直入にお伺いします。昨晩、あんな遅い時間に何のために出港を?」
「あなたもずいぶん趣味が悪いな。昨夜のことなら、そちらの葛城三佐に『通常の夜間訓練の一環だ』とお伝え済ですが」
「えぇ、分かっています。確かに葛城からはそのように聞きました。だけど、それはあくまでも表向きの理由でしょう?」
「表も裏も、我々はあくまでも訓練のために外洋に向かっただけですよ」
「下手な嘘でごまかさないで頂戴。昨日の晩にうちの航海科の当直が、あなたの部下たちが大慌てで出港の準備に取り掛かっている姿を目撃しているのよ。もちろん葛城もね。皆口を揃えて『明らかに通常の訓練などではない、何かただならぬことが起きていると直感した』と報告してくれたわ。私も出港の場面そのものは見なかったけど、2度の出港ラッパは確かに聞いた」
蒼は思わず語気を強めた。
「大体、あんな時間にフリゲートが2隻も沖合に出ていくのが、通常の訓練であるはずがないでしょう?私は生まれてこの方30年間ずっと佐世保港を見つめてきたけれど、戦時でもないのに夜中に海軍艦艇が複数出ていくところなんて、ただの一度も見たことがないわ。見たところ、あなた方海軍の中ではかん口令が敷かれているようだけど、ということはそれ相応の事態が起きていたという事じゃないの」
「…、なるほど。それを聞き出すためにわざわざ僕を白昼堂々拉致したと。いくら乗っているのがフリゲートとはいえ、艦長クラスの海軍士官をこういう形で連れ出すとは、ずいぶんとまた横紙破りなことをされますね。発覚すれば大問題になりますよ」
「人聞きの悪いことを仰るわね。別にあなたの身柄をむやみに拘束する気はないし、食事ならちゃんとこれから連れて行くわよ」
尤も、到着までには色々と「お話したいこと」があるけれどね、と蒼は付け加えた。その言葉に困惑の表情を浮かべる河内。そんな彼に向かって、蒼はなおも攻勢を強めた。
「河内少佐。勝手ながら、あなたのことは少々調べさせてもらいました。あなた、うちの弟と士官学校で同期だと仰っていたけれど、単に入隊同期というだけでなく彼とは同い年、それも偶然にも生年月日が完全に同一という間柄だそうね。ということは、あなたは司の双子の姉である私とも、その点では同じ関係ということになる」
蒼の鋭い視線が、河内の顔を捉えた。交差点で止まっていた車が、再び青信号に変わったのを機に動き出す。
「いい?これは私の単なる個人的興味で聞いてる話じゃない。ましてや、防衛省や国交省というそれぞれの省庁の枠組みに留めておくべき話でもない。ことによっては、日本の国益にかかわる話にだってなり得るはずよ。そして、我々には組織人としての責務よりも重い、お互いの立場を越えて果たすべき軍人としての責務がある」
あなたは海軍と沿岸警備隊の帯びる使命の違いを理解しつつ、それでも同じ日本の海を守る者として敬意を払ってくれている。そんなあなたとだからこそ、1人の同世代の人間として話すべきことがあるの。だから話して頂戴。その蒼の言葉に河内はしばし黙りこくっていたが、やがて大きくため息をつくと口を開いた。
「やれやれ…。沿岸警備隊きっての美人艦長と評判の真行寺の姉、それも30歳の一佐というからどんな人物かと興味を持って声をかけてみたが、どうやら弟にも負けず劣らず想像以上に型破りなお方らしい。だけど、仕事に対するそういう熱い責任感を持ってるところは、正直嫌いじゃないな」
その口調は、以前挨拶してきた時のような丁寧なそれとは違って、1人の30歳の若者らしいフランクなものに変わっていた。どうやら、彼なりに決心がついたようだ。
「分かった、そこまで言うなら話すよ。その代わり、僕の口から流れたということがバレないよう、情報源の秘匿は確実にやってくれないと困るよ。お察しの通りこの件にはかん口令が敷かれてるし、上官に睨まれると厄介なんでね」
「えぇ、もちろんそのつもりよ」
河内のこの口調は、おそらく情報を流す相手として自分を認めたという証拠だろう。個人的に思い立ったこの「ミッション」の目的をようやく果たせる目途が立ち、蒼はその言葉に白い歯を見せて満足そうに笑った。
「国防軍傘下の情報本部が運用している通信所、一佐もご存じでしょ」
目的地のレストランが入居している商業施設の地下駐車場に車を止めると、河内は周囲を一通り確認してから話し始めた。情報本部とは、日本国防軍の前身たる陸海空自衛隊時代から三軍混成で運用されている、約2400名の人員を誇る日本最大の情報機関だ。海外の軍事情報を収集・分析し、作戦展開のために活用するのが仕事である。
「えぇ。このあたりで一番近いのは、筑前町の太刀洗通信所だったわね」
蒼の言葉に、河内は頷いた。
「そう。その太刀洗通信所が昨夜の2117に、東シナ海方面から日本に向けて発信された不審な通信電波を傍受した」
「電文の内容は?」
「残念ながら暗号文で解読はできず、送信先も巧みにマスキングされていて特定はできなかった。ただ、送信元が海上からだったことは解析できたんだ。それであの時、近海を哨戒せよという命令が急遽ふぶきとしらゆきに下って、不審船の捜索のために出て行ったというわけ。残念ながら、一晩かけて探してもそれらしき船は見つからなかったけどね」
河内はそう言うと肩をすくめた。
「東シナ海方面からということは、発信源はやはり東亜かしら?」
「先入観を持つことはよくないけど、直近の情勢を考えてもほぼ間違いなく東亜だろうね。もちろん、そう断定するだけの根拠もある」
河内はそう答えると、「東亜連邦大使の李慶民という男を知っているか」と尋ねた。
「直接会ったことはないけれど…。この間のオリオンの一件で、首相官邸に呼び出されて抗議を受けていたそうね。町田外相に自分の主張をことごとく論破されて、コテンパンにされていたと事情聴取に来た外務省の担当者が教えてくれたわ」
「そう。その李慶民、あくまでも表向きは日本語も含めて4つの言語を流暢に操る一外交官だけど、実は結構後ろ暗い噂が絶えなくてね」
「後ろ暗い噂?どういうことかしら」
その言葉に、蒼のレーダーが鋭く反応する。
「日本国内に潜伏してる東亜の工作員。その元締めとして彼が裏で動いている疑いがあって、公安に睨まれてるんだ。外交官には色々と特権があるからね、そういう疑いをもたれるのは別に不思議じゃない。あいにく、まだ決定的な証拠が挙がってないから彼らも手出しはできてないみたいだけど」
「だけど、日本と東亜が国交を樹立してまだたったの3年よ?そこまで強固なネットワークが構築されているとは思えないけど」
「彼が仕切ってるのは、『東亜連邦共和国』の建国宣言以降に入ってきた人間たちだけじゃない。それ以前、戦前の中華人民共和国時代から残っている者も含まれてるって話だ。開戦と国交断絶を機に多くの中国人が国外追放になったけど、残念ながらその当時はスパイ防止法もまだ制定前で、拠点は完全には潰しきれてなかった。それを李が再び繋ぎなおしたということらしい」
「なるほど…。それにしても少佐、ずいぶんそこら辺の事情に詳しいじゃない。一介の船乗りが握れる情報量ではないわよね」
不思議そうに自分の顔を見た蒼に、河内は「実は船乗りになる前の入隊間もない頃に、一瞬だけ情報本部にいたことがあってね。その筋の人ともちょっとばかり顔見知りなんだ」と意味深な笑みを見せた。
「太古の昔から、中華民族はメンツを重んじる人たちだ。そして、大使は外国におけるその国の代表者でもある。たとえ客観的に見て自国に非があるとしても、大使が完膚なきままに叩きのめされれば、それは自分の国がプライドを傷つけられたのと同じ。彼らの思考回路ならそう取り得るだろう。まして、東亜から見た日本は10年前に自らを破りアジアの覇権を奪っていった、まさに仇敵なんだからね」
「つまり、オリオン事件の事後処理で傷つけられたそのメンツやプライドを回復する目的で、東亜が今後何か日本に対して仕掛けてくる可能性がある、と?」
「そういうこと。おそらく、太刀洗が傍受した電文は工作員、ないしはその元締めである李に何らかの行動を起こさせるための命令だったんじゃないか、と僕は睨んでる」
「なるほどね…。話は大体分かったわ」
蒼はそう言うと、一度大きく息を吐きだした。目の前を、空いている駐車スペースを探して車が1台走り去っていく。今ここにいる人々は、まさかこの車内でこんな重大な会話が交わされているとは夢にも思っていないだろう。
「だけど、そんな重大な話ならなぜ海軍はこっちに情報を流さないの?そもそも、不審船への対処は私たち沿岸警備隊の職掌のはずよ。それを勝手に肩代わりした挙句、かん口令を敷いてまで黙っているなんて、正直言ってあり得ない対応だと思うけど」
「それについては、海軍の一員として僕からは申し訳ないとしか言いようがないな」
河内はそう答えると、ひときわ大きなため息をついた。
「だけど、どうやらうちの上層部はこの間のオリオンの件で、僕も想像していた以上に沿岸警備隊に不信感を抱いてるらしくてね。特に、あなた方ふそうの乗員に対しては」
「どうして?不可抗力とはいえ、意思疎通に不備があったことについては、こちらは全面的に認めてる。抗議に来た司に対しても私から直接謝罪しているのよ」
「いや、それはそれとして原因はもっと他の所にあったんだ」
蒼の訴えに、河内は首を振った。
「あのオリオン事件の現場周辺が、うちの演習海域として設定されていることは一佐も知ってるよね」
「えぇ、外洋に出る時はいつも邪魔にならないように、最大限配慮はしているわ」
「そうしてくれていつも助かってるよ。ただ、今回はその沈没した位置とターゲットがうちにとって大きな問題になった」
河内はそう言うと、じっと前方を見つめた。
「実はあのオリオン事件の翌日、はるなとしらゆきはオリオンが沈没した海域のあたりで、ターゲット役としてそうりゅう型潜水艦『ひりゅう(SS-512)』を加えての、対潜戦闘訓練の実施を予定してた。それも奇しくも、想定されてたシチュエーションもオリオン事件とほとんど同じ形でね」
「戦闘演習予定日の前日に、同じ海に本物が現れたってわけね」
蒼の言葉に、河内は頷いた。
「沿岸警備隊ではどうか知らないけど、基本的に海軍の戦闘演習は抜き打ち実施が原則だ。一部の士官連中を除けば、大半の乗員は『その時』にならないとシチュエーションは知らされない。沿岸警備局からの通報は、筋は通っているとはいえよくよく聞けばいわば状況証拠だけだから、何も知らない大多数は潜水艦出現の報を疑ってたし、演習の内容を知ってた士官たちも日付間違いだと思ってた人間が多かった。加えて、急な出動要請だったから現場の指示も錯綜して、結局はるなの随伴艦はしらゆきではなく、ネームシップである僕のふぶきが務めることになった。それで、結果的に出動が若干遅れた」
ところがいざ出動してみたら潜水艦は本物で、それも現場海域到着前に自分たちを呼び出した側であるふそうが、連絡をよこすこともなく撃沈して自己解決。沈没したオリオンから流出した大量の原油のせいで海面が汚染されて、翌日の訓練も中止。挙句、油の回収に使える船艇が足りないという理由で掃海部隊まで駆り出された。海軍側からしたら、オリオンの一件では一方的に沿岸警備隊に振り回された形だったわけですよ。
(司が「こっちのスケジュールがまるっきりパーになっちまった」と言ってたのは、そういうことだったのね…)
蒼の脳内で、司が局長室に怒鳴り込んできた一週間前の場面が再現された。もう、この映像も一体何回思い返しただろう。その背景にあるものが一体何なのか、あの時は全く想像も及ばなかったけれど、河内の証言でようやくパズルのピースが埋まったようだ。
「しかし、その言い分は正直気に入らないわね。長征2901は、私たちが撃沈しない方がよかったとでも言うつもり?あれはあなたも見てくれてたように、あくまでも我々の身を守るためのやむを得ない自衛措置だったのよ」
「もちろん分かってるさ。だけど言わせてもらえれば、対潜戦闘は本来海軍の職掌だ。哨戒任務が、確かに本来はあなた方の仕事であるのと同じようにね。対外的な抑止力として建造された沿岸警備艦が、海軍艦艇バリの対潜戦闘能力を持つことの意味を頭では理解していても、それを面白いとは思っていない海軍士官も少なくはなかった、という事なんだろう。自分たちの仕事に、よその軍から必要以上に干渉されるということだからね」
「だからって、こんな国防上の重大案件をダシに意趣返しするなんて、はっきり言って海軍の良識を疑うわ。そんな子供じみた態度で臨んでいい事案じゃないでしょうに」
「東亜と同じように、海軍上層部も案外プライドが高い連中が多いんですよ。男はえてしてそういう生き物だし、何より伝統ある大日本帝国海軍の正当な末裔、という自負があるからね。まぁ、意趣返し云々については僕も心底同意するけど」
そうぼやいた河内の顔を見ながら、蒼はある決意を固めた。彼とてそんな海軍士官の一員であり、そして言葉は悪いが所詮はたかが少佐でしかない。だがそれでも、自身の所属する組織やこの国の未来を憂いて、かん口令を破ってでもこうして重要な情報を自分に伝えてくれている。変な言い方だが、「国のためにルールを破れる」人物ということなのだろう。そして、それだけのことをこうして自分に伝えようと決意したということは、相当な覚悟を固めたとみることもできる。ならば、その覚悟に自分も応えねばなるまい。
「ねぇ、その電文を送ってきたとみられる不審な船舶、まだあなたたちの方では見つけられていないのよね?」
「あぁ、大変残念ながらね」
「だったら、あなたはいいタイミングでいい相手に話をしてくれたわ」
そう言うと、蒼は何やら自信満々の笑みを浮かべた。
「ちょうど明日から、私の船は交通整理と沿岸巡視任務に就く。その手の船舶への対処は、私たちならお手の物よ。もちろん、海軍に捜索能力がないとは思わないけどね。あなたは他の海軍士官と違って私たちに特に反感は抱いてないようだし、せっかく今回こうして話してくれたんだから目として存分に利用してくれていいわよ」
「そう言ってもらえるなら、こっちとしては大変助かりますよ。餅は餅屋に任せた方が、何かと都合がいいしね」
「フフッ、そうね。それと、今後のお互いのためにもこのホットラインは維持しましょう。もちろん、本来はもっとオープンに情報交換できるのが理想だけど」
蒼はそう話を締めくくると、「話してくれてありがとう、とりあえず朝食は奢らせて」と言いながら車を降りようとする。だが、同じく車から降りた河内はそれに笑って首を振った。話す時の口調も、初めて会った時と同じ敬語調に戻っている。
「いいえ。それには及びませんよ、真行寺一佐。流石に朝食代を出すのに難儀するほど金には困ってませんので」
「あら、単なる情報料ってだけじゃないわ。1人の女としても評価してくれたことに対するお礼でもあるんだけど?」
「あなたに対してなら、誰だってあの程度の誉め言葉は言うでしょ。お気持ちだけ受け取っておきますよ、僕とて1人の男ですから。いくら相手が自分より上官でも、女性に奢らせるほど落ちぶれてはいません。さっき言ったでしょ」
「男はえてして、プライドの高い生き物?」
黙って笑顔で頷いた河内に、蒼は一瞬苦笑してから言葉を継いだ。
「まぁいいわ。あなたに対する見返りとしては、それだけじゃ不足しているのはこちらも承知の上だもの。とりあえず、ネズミ狩りは任せておきなさい」
「我々もずいぶんと舐められたものですね。まさか、海軍にそんな風に思われていたとは。正直心外です」
河内との食事を終え、船に戻った蒼から事の顛末を聞かされた沢渡は、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。一緒に話を聞いていた葛城や佐野倉、我那覇、灰原といった面々も同様だ。
「現に襲ってきてる潜水艦を、うちが撃沈したのが気に食わない、と…?我々はなすべき仕事をなしただけでしょう。それにケチをつけるなんて…、ふざけてますね」
「こげん大事な情報ばうちらに黙っとったなんて、あり得らんばい艦長!!今すぐ海軍に抗議しに行かな」
「ダメよ、測量長。気持ちはよく分かるけど。これはいわば内部告発。そんな真似をしたら、勇気を出して情報を明かしてくれた河内少佐の安全が保障できないわ。情報源の秘匿は彼との絶対の約束よ。それは守らないと」
憤慨する我那覇や灰原を、蒼は強い口調で制した。
「ですが、どうするんです?どのみち、こっちがその不審船を見つけた時点で、我々に情報が流れたことが海軍にもバレる可能性は高いでしょう。もちろん、この『真行寺-河内ライン』を当面維持すべきというのには同意しますけど」
葛城が腕組みをしながら、厳しい表情で尋ねる。
「沿岸巡視中にたまたま見つけたとか、うまくぼかす方法ならあるでしょう。正直、お互いに情報戦のようなことをやるのは趣味じゃないけど…」
蒼はため息をつきながら答えた。その重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、他の面々も一様に難しそうな顔をする。
「なんにせよ、それだけの重大事案が発生したのなら看過するわけにはいきませんね。我々もこの国の海を守る者として、できる限りのことはしなければ」
佐野倉が意を決したように口を開く。航海長である彼女は、沿岸巡視任務においてはとりわけ重要なポジションを担う1人だ。自身がこれから果たすべき役割の重みを、十二分に感じ取ったらしい。
「えぇ、もちろんそのとおりよ」
蒼は頷くと、改まった口調で部下たちに告げた。
「とにかく、明日からの巡視では各々が自分の最善を尽くすこと。たとえどういう意図であれ、日本に仇なす国の船がもしも近海を跋扈しているなら、それを確実に確保するのが我々沿岸警備隊の仕事よ。それと、もしも当該船舶と思われる船を発見したら、その情報はうちの本部だけでなく河内少佐率いるふぶきにも流すように」
「Aye, ma’am!!」
艦長室に、覚悟を決めた部下たちの張りつめた返答が響き渡った。この後、佐世保の地に大嵐が吹き荒れることになろうとは、この時のふそう乗員は誰1人思っていなかった…。
河内が海軍側で重要な位置づけを占めると書いた理由、これでお分かりになったでしょうか?今後も葛城が言うところの「真行寺-河内ライン」はちょくちょく出てくる予定です。蒼のセリフにもありますが、ちょっとスパイ映画っぽい感じの描写で書いてて面白かったですね。次回からは第三章に入る予定です。今後もお楽しみに。それではまたお会いしましょう。