沿岸警備隊vs海軍(中篇)
どうも、SYSTEM-Rです。今回の話には、今までは焦点が当たってこなかった海曹や海士という階級に属するキャラクターたちが、複数登場してきます。幹部勢はもちろん、それ以外の面々にも今後注目していただければ嬉しいです。また、終盤では何やら不穏な出来事も…。それではどうぞ。
「あー、疲れた…。もう流石に限界だわ…」
蒼はそう吐き出すや否や、勢いよく椅子の背もたれにもたれかかった。ここは、ふそうの艦橋構造物内の一角にある艦長室。この船を取り仕切る立場にある蒼にとっての仕事場の1つであり、また課業収めの後は一息つくためのプライベートスペースでもある。
オリオン乗員救出と長征2901の撃沈から一週間。この間の蒼にはまさに一息つく暇さえ与えられなかったと言っていい。霞が関の沿岸警備隊中央司令部や、その上位にあたる所轄庁たる国土交通省、外務省、内閣官房、NSCなどありとあらゆる官庁から、本件についての聞き取り調査を受けていたのだ。
それと並行して、オリオン乗員への見舞いや船を運航していた帝国汽船が被った損害に対する補償についての話し合い、オリオンと同じ航路を採用する他の海運企業に対する説明会などもこなさねばならず、まさに目が回るほどの忙しさだった。そのうえオリオン事件がブレイキングニュースとして国内で報じられるや、情報をかぎつけたマスコミに追い掛け回される羽目にもなっている。いずれも大事な仕事なのは重々承知の上だが、こんなに振り回されるならいっそ撃沈しなければよかったかもしれないという、少々罰当たりなことも考えたくなってしまうのは人のサガだろうか。
幸い、明日はようやく久しぶりのオフがもらえる。あまりにもあちこちから引っ張りだこにされていたがために、「流石になんとかしてくれ」と播磨に泣きついた結果、お許しが出ることになったのだ。普段は冷静な部下が珍しく吐いた弱音に、司令も流石に対応せずにはいられなかったのだろう。明日はもう半日くらいぶっ倒れたまま寝ていようかしら。そんなことを蒼が内心呟いた時だった。
「失礼します」
閉じておいたドアの外から声がする。慌てて姿勢を正してから「どうぞ」と応じると、1人の部下がドアを開けて入ってきた。主計長の白金三佐だった。よく見ると、蒼の好物であるバニラアイスが盛られた皿を、トレーに乗せて運んできているではないか。ご丁寧にミントの葉まで飾ってある。
「遅くまでお疲れ様です、艦長」
「あら、ありがとう。わざわざ差し入れ?私の好物を持ってきてくれるなんて、流石に気が利くじゃない。だけど、私にだけこんなもの持ってきて大丈夫なの?」
「フフッ、そこは主計長権限で…と言いたいところですけど、他の乗員は今日の夕食で皆頂き済ですから。あと残ってるのは艦長の分だけですよ。なのでどうぞご遠慮なく」
白金はこともなげに穏やかな笑みを浮かべる。
「このところ、ずっと忙しそうでしたからねぇ。休める時はしっかり休んでいただかないと、お体に障りますよ」
その言葉に蒼は「ありがとう」と礼を言いつつスプーンを手に取ろうとするも、ふとその手を止めて大きなため息をついた。
「…、もう、弥生?いくら乗艦中だからって、2人きりでいる時くらい敬語は外しなさいよ。中高の同級生でしょ。お互い何年の付き合いだと思ってるのよ」
「今年で17年目です。あいにく今は上司と部下の間柄ですけどね」
そう言いながらもニコニコしている白金に向かって、蒼はぼやいた。
「30歳なんて若さで一佐に昇進しちゃったせいで、この船の佐官はあなた以外ほぼ全員年上。年上の部下から敬語使われるのって、こっちからしてみれば案外気を遣うのよ?だからと言って、お互い年相応の言葉づかいで大っぴらにやりあうのは、それはそれで指揮統率にかかわるからあまりやりたくもないし」
蒼は学生時代、佐世保市内にある中高一貫校で6年間を過ごした。そして中学1年生の時に、親の仕事の事情で千葉から佐世保に引っ越してきた白金は、くしくもその6年間ずっと彼女のクラスメイトであり、そしてかけがえのない友人の1人だ(蒼が現在流暢に標準語を使いこなせるのも、ある面では白金のおかげと言えるかもしれない)。12年前に高校を卒業後、蒼を沿岸警備隊士官学校の前身たる海上保安大学校に誘ったのも彼女だ。
一等海佐にまで昇進した蒼にこそ及ばないものの、同じく30歳の若さで三等海佐の階級を手にすることになった彼女もまた、沿岸警備隊員としては非常に優れた能力の持ち主だ。だが、彼女の本領は戦闘や取り締まりといった派手な大立ち回りにおいてではなく、むしろ裏方としての仕事場で発揮される。蒼もほれ込んだ温厚で心優しい性格から、白金が取り仕切る第4分隊こと主計科では、階級にかかわらず大いに慕われる存在だ。
外洋での長期航海時の食事作りや、乗員の勤務シフト及び給与管理、その他各種書類作成などを任務とする主計科。その中で、とりわけ白金が存在感を発揮するのは食事作りだ。元々料理好きの彼女は現場を取り仕切るだけではなく、自ら曹士とともに献立を作ることも多い。たとえ失敗しても決して頭ごなしに怒鳴ったりはせず、面倒見よくフォローアップを怠ることもない。女性としての思いやりにあふれた「いい意味で」軍人らしからぬマネジメント手法や、もともと曹士の面々とは年齢的にも近いこともあって、上官というよりはむしろ「優しいお姉さん」として部下たちからは懐かれていたのだった。
「まぁ、ともかく私だってたまにはこの船の仲間と、お互いにフラットな関係で話がしたいの。そういうわけだから付き合いなさい。艦長命令よ」
蒼が冗談めかした口調でそう命じると、白金は苦笑いしつつ肩をすくめながら「まぁ、艦長のご意向とあれば」と呟いた。それに頷いた蒼も、仕切り直しとばかりにアイスを食べ始める。
「で、どうだったの?お役人さんたちとの折衝は」
「正直相手するの疲れるわよ、堅苦しい雰囲気の人たちだらけだし。大体、あの人たちいつも別々に時間取って聞き取りするくせに、揃いも揃って毎回同じようなことばかり聞いてくるのよ?いい加減勘弁してよって思ったわ」
「アハハハ。どうせなら、記者会見みたいに全部まとめてやれればいいのにね。まぁ裏でどう思ってるかはともかく、表面的にはちゃんと律儀にそれに対応するあたりは、流石蒼だと思うけど」
それまでとは一転して、「友人モード」にギアをシフトチェンジした白金は、声をあげて笑った。
「仕方ないでしょう、それが仕事なんだから。ただでさえセンシティブな案件なんだし、私の振る舞い如何ではこの船の乗員全員に、妙なイメージがつきかねない。やっぱりそれは避けたいのよ」
「ちゃんと私たちのことも考えてくれてるんだね、ありがとう。やっぱり蒼って昔から変わらないよね、そういうとこ」
「どういたしまして。人の性分なんて、そう簡単には変わるもんじゃないわよ」
学生時代の蒼は、中等部でも高等部でも生徒会長に選ばれていた。生徒会としての多くの仕事を、時には裏でその苦労をぼやきつつも表ではそれを決して見せることなく、与えられた責務を行動力と責任感を以て果たしていく。そんな彼女を親友としてそばで見守りつつ、時には愚痴の聞き役にもなってあげるのが、当時からの白金の役割だった。時が経ち、戦う場所が変わってもこの2人は確かに変わらないのかもしれない。そして、そんな役回りを嫌な顔一つせずに引き受けてくれる彼女のことを、蒼の側もまたかけがえのない存在として大切に感じていたのだった。
「それにしても、今回は日本の縦割り行政の弊害って奴を肌で感じたわ。もちろん、そんなもの今に始まった話じゃないんだろうけど」
「まぁまぁ、かく言う私たち沿岸警備隊と海軍だって、わざわざ別々の組織として作られてるんだし。そういうものなんじゃない?」
「まぁ、それは確かに…、うん。…、海軍か…」
蒼は一度大きく息を吐きだしながら呟いた。その脳裏には一週間前、播磨への報告中に司が局長室に怒鳴り込んできた時の姿がまだ残ったままだ。それと、河内少佐のことも。同じ少佐ながら、それぞれが伝えてくれた海軍の「内部事情」はまるで正反対だが、果たしてどっちが正しいのやら。
「ん?海軍がどうかした?」
「あぁ、ほら。この間、司が局長室に怒鳴り込んできたって話、皆にもしたでしょう?あの時のあいつの姿が、どうにもまだ脳裏にちらついてるのよね」
「あぁ、あの話か。フフッ、司くんも相変わらずだよね」
白金は微笑むと、艦長室の一角にあった椅子を自分で引っ張り出してきて、それに腰掛けた。その顔が、指揮官の方を向く。
「まぁ、私は司くんの言い分も分からなくはないけどね。結果として、私たちが自己解決しちゃったがために徒労に終わらせちゃったのは事実なわけだし」
「そうは言っても、戦闘の結果お互いに意思疎通が利かなくなるのは、望ましくはないけどあり得ることではあるじゃない?」
「もちろん、それは海軍の方も本当はきっと分かってるはずだよ。だから、今回のことはたぶん単純なボタンの掛け違いなんだと思う。お互いに言い分はあるだろうけど、日本の海を守る者同士分かり合える時はきっとくるでしょ。気にしすぎることないよ」
そう言って、白金はまた穏やかに微笑んだ。その表情に思わず蒼も相好を崩す。
「やっぱり、弥生も昔から変わらないわよね、そういうところ。あなたみたいないい子は、きっと早々と素敵なパートナー見つけて幸せな引退するんだろうなんて勝手に思ってたのに、まさかこの年まで独身のまま沿岸警備隊員やってるとはね。世間の男どもはいったい何を見てるのかしら」
「いやいや、それはお互い様でしょ。この仕事は好きだから別に不満はないし。蒼こそ、早めに寝ないとお肌に悪いし、せっかくの美人が台無しだよ。私たち、なんだかんだ女としてはもう若くはないんだからさ」
「それはどうも。うーん、そうねぇ。そろそろお風呂でも入らないとかしら。せっかくだから、曹士の子たちにも色々話は聞いてみたかったんだけど…」
蒼は名残惜しそうに後ろを振り向いた。艦長室の窓の外に、夜の闇に包まれた漆黒の佐世保港が広がっているのが見える。
今回のオリオンの一件について、蒼自身はこれまで船の外部にいる人々とやり取りする機会は数えきれないほどあったが、一方で同じ船の乗員たちとはあまり意見交換ができていなかった。もちろん、そんな余裕がないほど目まぐるしい一週間であった為なのだが。特に、作戦中は常に最前線で手足となって動いてくれていたはずの海曹や海士たちが、一体どのようにこの事件を捉えていたのかには蒼は興味があった。
年齢的にも近いだけに、あまり心理的な距離が遠くならないようにとは日頃意識をしていても、やはり自分たち幹部と彼女たちの間にはどこか見えない壁がある。たまにはそれを取っ払って、同じ船の仲間同士という立場で話をしてみたかったのだ。
「うん、ごちそうさま。おいしかったわ。よし、じゃあ行きますか」
蒼はアイスを食べ終えると、何かを決意したように立ち上がった。
「あ、お風呂入るの?じゃあ、私もそろそろ外すね」
「ええ。もういい時間だしね。来てくれてありがとうね、だいぶ気が晴れたわ」
蒼は礼を言うと、艦長室の奥にある寝室から着替えや入浴セット一式を取って戻る。てっきり、艦長室に併設されている個室風呂に入るものだと思っていた白金は、指揮官の予想外の行動に驚いた。
「えっ、ちょっ…。蒼、どこ行くの!?そっちは曹士の子たちのお風呂だよ!?」
「聞き取り調査よ。複数の用事はまとめて済ますに限るでしょ。善は急げ、思い立ったが吉日よ。たまには部下とも包み隠さず、本音で話し合える場を持たないと」
「包み隠さずってそれ、何も物理的な意味でやることないでしょ!?」
なおも困惑する白金をよそに、蒼は悠然と廊下の向こうへ去っていく。その後ろ姿に、1人残された主計長は「もう、後でケチついても知らないからね」と呆れたように呟くしかなかった。
ふそう艦内の風呂は、艦長用・士官用・その他科員用と3つが存在する。まさか、自分たち科員用の風呂にこの船のトップが殴り込んでくるなどとは、当然ながら夢にも思っていない入浴中の若い隊員たちは、突然の大ボス出現に大パニックになった。
「えっ、ちょっ、まっ、艦長!?なんでわざわざこっちのお風呂に!?」
航海科所属のラッパ手・紺野美咲海士長が、蒼の姿に素っ頓狂な叫び声を上げる。
「皆急いで体洗って、早く上がって!!巻きで!!」
誰からともなく浴室内にそんな声が上がったが、蒼はそれを苦笑交じりに制した。
「やぁねぇ、お互い裸同士で階級なんか気にするもんじゃないわよ。急がなくていいからそのままゆっくり入ってなさい。あなたたちに用があって、一緒に入りたいと思ったからこそこっちに来たんだから」
「えっ…!?」
その声を耳にした全員が、目を見開いたままその場に固まる。
「私はこの船のリーダーとして、あなたたち乗員の声にしっかりと耳を傾け、常にその動向に気を配りながら、少しでもあなたたちが働きやすいように環境を整えていかなければいけない。そういう責任を負っているの。これはあくまでもその一環よ」
艦長を筆頭とする幹部は、何も偉そうに椅子に座ってふんぞり返っているためだけに士官としての座を与えられているわけではない。トップにいる自分は、自身のものも含めて248名分の人生をその両肩に背負っているのだ。その中でも最もケアすべきと蒼が常々考えているのは、艦内でもピラミッドの最下層にいる海士の面々である。
全部で16階級ある沿岸警備隊の階層構造の中で、例えば一等海佐と一等海士は名称こそわずか1文字の違いでも、その間には歴然とした差が存在する。だが、ひとたび海に出れば同じ船の上で運命を共にする以上、幹部にとっては海士の面々とて誰1人取るに足らない存在などではないのだ。仕事上で海士が抱える問題は、それすなわちその船自身が抱える問題といえる。やがては巡り巡って他の乗員、最終的には自分自身がそれに引きずられることのないよう、細心の注意を払っていかねばならない。些細な問題と力ずくで封じ込めるのは簡単だが、それは蒼がよしとするところではないのだ。
「通常なら、先任伍長たる海曹長があなたたちからの意見を吸い上げて、私に色々と伝えてくれるところだけど、いつもそればかりじゃお互い顔が見えないでしょ。ここ最近はずっと船の外で駆けずり回ってばかりだったから、なおさら私からは皆のことは見えてなかったしね」
蒼の言葉に、隊員たちはあっけにとられたまま耳を傾けている。
「というわけだから、この機会に色々と聞かせて頂戴。仕事のこと、プライベートのこと、悩んでることなど何でもいいわ。こういう場だから、もちろん無礼講よ」
「ハッ、ハイッ!!ありがとうございます!!」
ようやく蒼の意図や思いを理解できたのか、それとも「無礼講」というセリフに反応したのかは分からないが、部下たちはその言葉にやっと笑顔を見せたのだった。
「それにしても艦長、初めて見ましたけどめちゃくちゃスタイルいいですよね…」
「本当、超羨ましいです。30歳の身体とは思えない…」
洗い場にいる蒼の姿に見とれる紺野の言葉に、同じ航海科の黒木恵麻二等海曹が同調する。年齢は紺野が22、黒木は26歳だ。年齢的には蒼よりも年下で、女性としてはむしろ彼女たちの方が花盛りともいえる年頃ではあるはずなのだが。
「そう?ありがとう。まぁ、私もあなたたちと同じように厳しい訓練を潜り抜けてきてるからね。それで鍛え上げられてるから、自然といい感じに筋肉もつくわよ」
「確かに、海軍との共同訓練は死ぬほどきついですもんね。私、一般募集で沿岸警備隊に入隊した時に、まさか海軍の教育隊に放り込まれるなんて思ってなくて。正直これ生きて帰れるのかなって思いましたもん」
紺野は「それでも、なんだかんだ色んな意味で鍛えられましたけど」と笑った。
「まぁでも、艦長はあれですよ。きっと女性として持って生まれたものが違うんです」
黒木が横から口をはさむ。
「そう?あんまり意識したことないけど」
「そうですって。何なら、今からでもヌードモデルにでも挑戦されたらいかがです?きっと艦長のグラビア、高値で飛ぶように売れますよ」
蒼が思わず吹き出したので、他の隊員たちもつられて笑いだした。だが、中にはその顔が引きつっている者もいる。いくら無礼講とはいえ、二等海曹の分際で艦長相手にずいぶんとまたずけずけと物を言ったものだ。事前にその条件設定がなければ、問答無用でシバかれていても文句は言えない。
「馬鹿ねぇ、いくらなんでも現役中にそんなことできるわけないでしょ。大体まだ私はこの仕事を辞める気はないし、退役した頃にはきっと賞味期限切れよ」
ひとしきり大笑いした後、蒼は軽い口ぶりながらも黒木の発言に釘を刺した。まぁ、たまには大目に見よう。そもそも無礼講と言ったのは自分の方なのだ。
「すみません、ちょっと調子乗りすぎました」
黒木が手を合わせて発言を詫びた時だった。ふと、蒼が何かに気づいて耳をそばだてる。今遠くで、何かラッパの音が聞こえたような。
「ねぇ、今何か聞こえなかった?」
「…、出港ラッパですかね?」
「ソシレソー、ソシレソー、ソシレソーシレッレレー♪」
「出港用意!!」
今度ははっきりと、メロディとその後の号令が聞こえた。
「やっぱり、ラッパの音だわ」
「出港ラッパですね。それも、うちじゃなくて海軍の」
紺野が先ほどとは一転して、真面目な顔で頷く。
「こんな夜になってからとは珍しいわね。明日の出港に備えての練習かしら?」
蒼が呟いたのに対し、紺野は真顔で首を横に振った。
「いえ。私たちラッパ手は、練習でああやって音を出したりはしませんよ。この時間帯にやるのは近所迷惑ですし、そうでなくとも実際の出港と勘違いされれば大ごとですから。わざわざああやって鳴らしたということは、本当に出て行ったということです」
「こんな時間帯に2隻も?夜間訓練でもやるのかしら?そんな話、私も聞いてないけど」
「私たち軍人は24時間体制の仕事とはいえ、こんな暗くなってから港を出ていくなんて、海軍もよくやりますよねぇ」
黒木が苦笑交じりに呟いてからしばらく経った頃、ふいに艦内放送がかかった。
「達する。船務長の葛城です。艦長、至急ご報告申し上げたいことがあります。恐れ入りますが艦橋までご足労ください」
予想もしなかった呼び出しに、蒼は他の隊員たちと顔を見合わせたのだった。
「主計長から聞きましたよ。まさか、本当に曹士の面々と一緒に入浴してたとは」
風呂上がりの蒼と合流した葛城は、呆れたような表情で彼女の顔に目をやった。
「たまには、下士官以下の子たちとも腹を割って話す機会を作らなきゃと思ってね。本当は色々と聞き出したいことがあったのだけど、その前に呼び出されちゃったわ」
「…。まぁ、艦長なりのお考えがあってのことならいいですけど。危機管理のやり方としては、私は個人的にあまり感心しませんね」
その言葉に思わず苦笑いを浮かべた後、蒼は話題を変えるように「で、用件というのはさっきの2度の出港ラッパについてかしら?」と尋ねた。
「やはり艦長もお聞きになってましたか」
「えぇ、1回目はともかく2回目はハッキリと聞き取れたわ。やっぱり、本当に2隻出て行ったのね?」
「えぇ。航海科の当直が全員目撃してました。報告は彼女たちから詳しくさせようかと」
葛城がそう答えたちょうどその時、2人は艦橋に到着した。紺野や黒木から当直を引き継ぎ、見張りに立っていた航海科の面々が一斉にこちらに向けて敬礼する。
「桜井、お待たせ。艦長をお呼びしたから、さっきの話について詳しく報告してくれる?」
彼女たちに向かって葛城が声をかけると、1人の若い隊員がこちらに歩み寄ってきた。桜井詩音海士長。紺野と同期で、ちょうど先ほどの引継ぎの際に役割を交代したのが彼女だ。蒼の真正面まで来ると、彼女は緊張感のある表情を崩さないまま再び敬礼した。
「報告します。先ほど、2142から2147にかけて国防海軍のフリゲートが2隻、相次いで佐世保港を出港していきました」
「出港していった艦は特定できた?」
「はい。どちらも艦番号はここから視認できました。『FFM-830 ふぶき』、『FFM-831 しらゆき』の2隻です。ここにいる人間は全員確認しています、間違いありません」
(ふぶき…。河内艦長の船ね)
一瞬、脳裏にあの好青年の姿を思い浮かべた後、蒼は桜井に尋ねた。
「この時間に海軍が出ていくなんて、ずいぶん珍しいわよね。2隻が出港していった理由は確認できたかしら?」
「それについてなのですが…」
その問いかけに、桜井はふと困惑したような表情を浮かべた。
「出港時の様子をこちらから伺っていたんですが、どうもやけに切羽詰まった雰囲気というか、何か急を要する事態に備えている様子だったんです。普段よりもかなり慌ただしい感じで。それで、これは何かただならぬことが起きていると思って、船務長にご報告の上で確認のご連絡をしていただいたんですけど、なぜか答えてくれないんですよ」
「答えてくれない?一体どういうこと?」
「何を聞いても、『通常の夜間訓練の一環だ』の一点張りで。ふぶきもしらゆきもまるで梨のつぶてでした。こっちの司令にも一応聞いてみたんですが、海将補も海軍からは何も聞かされてないとのことです。海軍の夜間訓練とか、長期航海中に外洋でやるならまだしも、夜中にフリゲートが2隻も出ていくなんてめったにあることじゃないのに」
葛城がため息をつきながら、それに代わって答えた。
「この間の一件への意趣返しのつもりなんでしょうか。情報共有の在り方としてはずいぶんといただけないやり口だと思いますが…」
「いずれにせよ、実際には夜間訓練などではない『何か』があったのは間違いないという事ね?」
「えぇ」
頷いた桜井に対して「分かったわ、ありがとう」と礼を言うと、蒼は近くにあった窓から海軍基地の方向に目をやる。その一角、夜間照明で煌々と照らされているターミナルには、つい先ほどまでは艦艇が停泊していたと思われるものの、今は暗い水面がゆらゆらと揺れているだけだ。
(河内艦長…。一体何があったというの…?)
夜の佐世保港は、その問いには答えてくれなかった。
白金三佐は完全に「いい子」キャラ路線でキャラ設定してます。こういう友達って、一緒にいるとすごく癒される存在だろうなと思いますね。男女関係だったら、単なる女友達では済まなくなる人も少なからず出そうですが。
ちなみに30歳という年齢に引っかかったそこのあなた、これでもフィクションレートで年齢相当割引いてますからね!リアル軍隊だったら、佐官クラスは35歳オーバーとかザラだと思いますよ。海自ではどう転んでも、30歳の三佐は誕生しえないでしょうね。ましてや蒼の抜擢された一佐なんて…。まぁフィクションだからできることですね。
最終盤では海軍が謎の(というか何やら不穏な)行動をとりますが、これについては次話で種明かしする予定です。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。