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Neptune~蒼海の守護者~  作者: SYSTEM-R
沿岸警備隊vs海軍
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沿岸警備隊vs海軍(前篇)

こんにちは、SYSTEM-Rです。今回から第二章に入り、新たに本作のもう1つの舞台である日本国防海軍所属の軍人を含む、新キャラクターたちが登場してきます。特に2名の軍人は今後のストーリー上のカギになる存在とする予定ですので、ご注目ください。また、今回は政治家と外交官のやりあいもありますのでお楽しみに。それではどうぞ。

 「以上が、長征2901撃沈に至る経緯となります」

 上海沖から佐世保に帰還後、再び局長室を訪れた蒼は播磨に対し出港時からのあらましを洗いざらい報告していた。腕を組みながら、じっと彼女の話に耳を傾けていた司令官は、一度大きく息を吐きだした。

 「敵艦を、短魚雷3発を以て攻撃し全弾ヒットさせるも、相手はそこでは怯まずに浮上。なおも交戦の意思を見せたために127mm砲で砲撃を加え、敵艦がたまらず再び潜航したところにSH-60Kから対潜爆弾を投下させて撃沈、か。まさに情け容赦なしだな。敵艦の乗員からすれば悪夢もいいところだろう」

 「潜水艦はその構造上、水上艦艇と違って入口も内部通路も大変狭いため、6分隊を突入させて拿捕することには危険も伴い事実上不可能です。敵対してきた場合は無条件で撃沈するしかない。あくまでも沿岸警備隊としてのポリシーに従ったまでですよ」

 蒼は表情を変えることなく、努めて冷静な口調で応じた。

 「なんにせよ、救出を求めてきたオリオン乗員は負傷者こそ3名いたが全員無事、ふそうの側も無線は壊されたが人的損害は出さず、か。最低限の部分は何とかクリアだな」

 播磨はそう言うと、何やら悩ましそうな表情を浮かべて椅子の背もたれに寄り掛かった。

 「だが、状況的にやむを得ずとはいえ課題は山積みだ。長征2901に加えてオリオンも爆発の後に沈没したとなれば、流出した原油の掃海活動がこれから必要になる。加えて、今回オリオンに対して通商破壊が行われた以上、同様の航路を採る他の商船に対する心理的影響も避けられまい」

 「えぇ、これから色々な意味で対応に忙しくなりますね」

 「うむ。だが、それ以上に心配なのは海軍がこの一件に対してどう反応するか、という点だ。こちらの要請に応じて出動したはいいが、お前たちが独力で長征2901を撃沈した結果、結局空振りで終わってしまったんだからな」

 播磨は率直な胸中を吐露した。実は蒼が通商破壊の可能性を最初に指摘した後、沿岸警備隊からの出動要請に従って、国防海軍のはるな型イージスミサイル駆逐艦1番艦「はるな(DDG-171)」と、ふぶき型多目的フリゲート1番艦「ふぶき(FFM-830)」の2隻がふそうの援護のため、佐世保港から急遽出動していた。ところが、2隻が現場海域に到着する直前にふそうが長征2901への追撃を敢行したため、彼女たちの乗員は何も戦果を挙げられず帰投する羽目になった。しかも、対艦ミサイルを迎撃した時に飛び散った破片により、無線を壊されていたふそうからは事前に攻撃を予告することもできず、結果的に海軍側から見れば沿岸警備隊が独断で、勝手に攻撃し始めた形になってしまっていたのだ。

 「無線が使えないなら、せめて発光信号を送れなかったのか?他に通信手段もなかろう?」

 「もちろんその準備はさせていましたが、その前に相手が浮上して攻撃態勢に入ったため、やむを得ず省略する羽目になりました。申し訳ありません」

 「やれやれ。私はまぁいいが、海軍がこれをどう捉えるかは分からんな。あちらから怒鳴り込んでくるような者が出ないと信じたいが」

 そうぼやいた播磨に対して、蒼は顔を上げると再び口を開いた。

 「司令。私が言える立場ではないかもしれませんが、誠に遺憾ながらその覚悟はしておかれた方がよろしいかと」

 「なんだ、心当たりがあるのか?」

 「はるなが本件で出動したのであれば、今すぐにでも押しかけてきそうな海軍士官を私は1人知っております。あの船には、少々手が出るのが早い者が乗っていますので」

 蒼がそう答えたまさにその瞬間だった。廊下からこちらに向かってくる足音が聞こえてきたかと思うと、突然局長室のドアが力任せに開かれる。そこに立っていたのは、2人と同じくやはり白い制服に身を包んだ30そこそこの男だった。その長身から放たれるオーラは、明らかに平穏とは対極と言えるものだ。その目はタカのように鋭く、頭からは湯気が立っている。そしてその荒い呼吸は、どうやら航海からくる疲労によるものではなかったようだ。男は目ざとく蒼の姿を目にとめるや否や、つかつかと大股で歩み寄るとその筋肉質な右腕で彼女の胸倉を掴みながら怒鳴りつけた。

 「こん馬鹿姉貴、てめぇあまら(ふざけ)んじゃねぇぞ!!援護んためにおいたち海軍ば呼び出しときながら、海難対処任務ば放り出した挙句こっちに連絡ん1つもよこさず、勝手に対潜戦闘ば始めるとはどがん神経してやがる!!」

 「おい、いきなり入ってきたと思ったらその所業とは、女性相手に一体どういうつもりだ少佐殿!!大体軍種は違えど、今貴官が胸倉を掴んでいる相手は君よりも上官だぞ!!」

 突然目の前で起きた狼藉に、思わず播磨が大声をあげながら立ち上がる。だが、当の蒼は意外なほど冷静だった。一瞬、上官に対して苦笑いを浮かべた顔さえ向けてみせる。

 「大丈夫です、司令。たった今申し上げたでしょう。それに、こいつの扱いを私はよく分かっています。《《何せ血を分けた私の弟ですから》》」

 そう言うと蒼はその海軍士官、イージスミサイル駆逐艦「はるな」砲雷長であり、自らの双子の弟である真行寺司少佐の顔を一転して睨みつけた。その右手が、司の右手首を掴む。次いで口から飛び出したのは、今までよりもずっときつい口調の長崎弁だった。

 「覚悟はしとったばってん、まさか本当に乗り込んでくるとはね。砲雷長ともあろう人が、そん瞬間湯沸かし器っぷりばたいがいなんとかせんね」

 「あぁ!?」

 「言うとくばってん、うち相手やけんまだ大目に見るばってん、こん狼藉っぷりばうちん他ん幹部相手にやらかしたらただじゃすまんばいよ、司。国土交通省と防衛省、うちとおたくん所轄官庁が違うんはあんたも分かっとーやろう?」

 なおも怒りが収まらない司に、蒼は真っ向から対峙する道を選んだ。その目が、一直線に弟の顔を捉える。

 「オリオンの件で、海軍がうちに対して言いたかことがあるんは分かっとーわ。ふそう艦長たるうちに説明責任があることもね。ばってん、こがん状態でお互い冷静に話がでけるわけなかやろう?あんたが知りたかことには全て答えるけん、とりあえず今すぐこん手ば放さんね」

 その言葉にもなおも胸倉を掴み続けた司だったが、数秒後にようやく力任せに右手を放した。その弾みで、彼の右手首を掴んでいた蒼の手が強引に振りほどかれる。無理やり気持ちを落ち着かせるかのように数回深呼吸した後、司は蒼を睨みつけながら先ほどよりは落ち着いた、しかしドスのきいた低い声で問いただした。

 「なんで海難対処任務ば途中でほっぽり出した?わい(お前)らそんために出動しとったんじゃねぇんかよ?」

 「別にほっぽり出したわけやなかばい。オリオンの乗員は全員無事に救出したもん。そん途中でうちん船が潜水艦からミサイルで攻撃されたけん、オリオンとふそう双方ん乗員ん命ば守るために、やむば得ず交戦しただけ。あくまでも自衛んためばい」

 「どちらにせよ、状況が変わったならおいたちにも一報入るるのが筋じゃねぇんか。お互いに連携して動きよーんやけん、そうするのが当然じゃねぇんかよ。事情も知らせんで勝手に動きやがって」

 「そんミサイルば迎撃した時に船舶無線が壊れて、状況ば伝えとうても伝えられんかったと。全てん回線が使用不能になったんやけん。あん時はまだあんたたちは発光信号が届く距離にもおらんかったし、どうしようもなかやなか」

 蒼はその後、オリオンの一件について自分の弟に対して全てを説明した。ちょうど播磨に対してそうしたのと全く同じように。

 「今回ん件では、不可抗力とはいえ結果的にあんたたち海軍とうもう意思疎通が図れんかった。そこについては責任ば感じとーし、申し訳のう思うとーわ。呼び出しといてこがんことになってしもうて、ごめんなさい」

 蒼はそう言って、司に向かって頭を下げる。再び顔を上げたその時、その表情はいつものような冷静さをたたえたそれに戻っていた。

 「ばってん、うちゃそれでもこん事案へん対処では全力ば尽くしたつもりばい。あん状況ではああするしかなかった、他に手はなかったと。そんことについてはどうか理解してほしか」

 「姉ちゃん、そん言い方はちょっと違うぞ」

 少しは疑いが晴れたからか、司の物言いも先ほどより多少は丸くなっていた。だが、その刃は完全にさやに納まったとは言い難いことに変わりはない。

 「海ん上では、常に全力ば尽くすなんて当たり前やろうが。まぁおいだって一介ん船乗りだ、時には機械が故障してうもう状況に対応でけんごとなったり、窮地に陥ったりすることがあるんは分かるぜ」

 波の音と海鳥の鳴き声だけが聞こえてくる部屋の中、真行寺姉弟は播磨の眼前で依然正面から対峙し続けている。多少物言いや口調は柔らかくなっても、依然としてにじみ出てくる緊張感は全く同質のままだ。

 「ばってん覚えとけ。おいたち海軍が怒っとーんは、別にお互いんコミュニケーションの問題だけじゃねぇんだ。たとえおいが許したとしてん、他にもはらわたが煮えくり返りよー人間はまだ少なからずいる。わいらのせいで、こっちん直近んスケジュールはまるっきりパーになっちまったんやけんな」

 「えっ…!?」

 思わず蒼が目を見開いたところに、司はとどめを刺すかのごとく言い放った。

 「とりあえず、今聞いた話はうちん上層部にも報告しとく。ばってん、こっちん怒りが簡単に静まるとは思わねぇ方がよかぞ。おいんごと表に出さんだけで、腹に一物抱えとー人間は1人や2人じゃねぇんやけんな」

 そう言い残すと、司は播磨に向かって一度「お邪魔しました」と敬礼した後、再び大股歩きで局長室を出て行った。

 「真行寺司少佐、か。苗字が同じとはいえ、まさかあれがお前の弟だったとはな」

 嵐のような出来事にあっけにとられていた播磨が、我に返って呟く。

 「司令がご存じないのも無理はありません。お会いになるのは初めてのはずですから。司は元々横須賀基地の配属で、少尉の頃からずっと砲雷科一筋でやっていたんですが、能力はあるもののあの性格が災いして、とうとう今年佐世保に配置換えさせられたばかりだったんです」

 蒼は軽く胸元を手で払いながら、再び標準語に言葉を戻した。

 「身内贔屓で言うわけではないですが、決して悪い男ではないんですよ。裏表はないし、一海軍軍人としても有能か無能かで言えば間違いなく有能な部類です。ただ、あの直情的な性格だけにいったん火が付くとどこまでも猪突猛進するタイプでして」

 姉の私に免じて、このことはどうか大目に見てやってください、と今度は播磨に向かって頭を下げる蒼。これには、播磨も苦笑いしながら肩をすくめるしかなかった。

 「たとえ多少は問題を抱えていても弟は弟、やはり姉としてはある程度かばわざるを得ないか。それにしても初めてまともに聞いたお前の長崎弁、なかなか新鮮だった。想像していたよりもかなりきつい物言いだったがな。正直少し驚いたぞ」

 「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、つい素が出てしまいました」

 こちらも思わず苦笑した蒼の言葉にかぶりを振ると、播磨はふと意味ありげな表情を浮かべて呟いた。

 「それにしても…。腹に一物を抱えている人間は海軍には1人や2人ではない、か。彼の言葉が本当だとすれば、これは案外厄介なことになるかもしれんな…」


 播磨への報告を終え、蒼が沿岸警備局の建物を出ようとした時だった。

 「失礼いたします。ふそう艦長の真行寺蒼一佐でいらっしゃいますか?」

 突然声をかけてきたその男の姿に、蒼は思わず目をとめた。自分と同じくらいの年に見えるその人物は、やはり白い夏用の制服姿だ。だが、それが沿岸警備隊のサマードレスではなく、国防海軍の幹部常装第三種夏服であることに蒼はほどなくして気づいた。階級章を見るに、どうやら司と同じ少佐のようだ。綺麗に切り揃えられた黒い短髪と、曇りのないキリッとした目元。どこかアスリートのような爽やかさを感じさせる佇まいは、確かに海軍士官らしい。

 「えぇ、そうですが。あなた…、海軍の方?」

 「はい、初めまして。国防海軍少佐、多目的フリゲート『ふぶき』艦長の河内翔(かわちかける)と申します。弟さんとは士官学校時代の同期でして、おかげさまで色々と世話になっております」

 「あっ、ふぶきの…。河内艦長、この度は急な要請にもかかわらずご協力ありがとうございました。感謝します」

 お互いに敬礼を交わした後、蒼は急に何やら気まずさを覚えた。司の乗るはるなと同様、ふぶきも先ほど自分たちの支援のために出動した当事者だ。つまり、彼女の乗員にも沿岸警備隊に対して不満を抱えている者がいるかもしれない、ということになる。数分前に司が投げかけた言葉が、蒼の脳内を駆け巡った。もしもこの河内少佐もそうした1人であるなら、今のうちに鎮火しておいた方がよさそうだ。

 「ただその…、せっかく出動いただいたのに結果的に徒労に終わらせてしまったこと、お互いにうまくコミュニケーションを図れないまま対処を進めてしまったことについては、申し訳なく思っています。お詫びさせてください」

 そう意を決して口にした蒼だったのだが、返ってきたセリフは予想外のものだった。

 「いえ、そんな必要はありません。お詫びいただくには及びませんよ。あの時の状況から、貴艦がどのようにしてあの潜水艦を撃沈するに至ったかは大体察せましたから」

 「えっ!?」

 想像もしていなかった言葉に、蒼は驚いて思わず目を見開く。その目に映った河内の顔は、穏やかな笑みさえ湛えていた。

 「海軍も沿岸警備隊も、所属艦船は例外なくNTISに加入しているでしょう?あれを見て、戦闘の様子は全部こちらでは把握できていました。あなた方が当初の任務を放り出すことなく、敵潜水艦に4発もの魚雷を打たれてもなお、救難ボートに乗せたオリオン乗員の回収を優先していたことも含めてね」

 「っ…!!」

 蒼はその言葉に息をのんだ。まさか、海軍と沿岸警備隊共通の情報システムがこんなところで生きることになろうとは。

 「正直、驚きました。まさかそんな言葉が聞けるなんて思ってもいませんでしたから」

 しばし間を置いた後、蒼は口を開いた。

 「実はつい今しがた、弟がここに怒鳴り込んできたんです。呼び出しておいて連絡もなしに勝手に戦闘なんか始めるなと。『海軍では、この件ではらわたが煮えくり返っている人間は1人や2人ではない』とも言っていました。てっきり、あなたも今回当事者である以上そのお1人ではないかと」

 「いえいえ、とんでもない。自分はそんなことは微塵も思っていませんよ」

 河内はかぶりを振った。

 「まぁ、確かにそういう意味でカッと来ている人間はいるかもしれないですよ、率直に言えば。真行寺がここに怒鳴り込みに来たのは僕も知っています。ですが、機械的な問題などでお互いに連絡が取れなくなるのは、もちろん望ましくはないですがそれほど不自然な状況じゃありません。まして戦闘中の艦ならね。大方、今怒っている連中がいるとすれば、その大半は国防海軍初の実戦での功を挙げる機会を潰された、とでも思っているんでしょう」

 それに、出動要請を受けた当初は本当にこれが通商破壊であるのかどうか確信が持てなかった者も海軍側には多く、そのせいで初動が少し遅れた面もありました。航路上でそれが事実だと我々も気づきましたが、結果的にその遅れが原因で戦闘に参加するには至らなかった。だから、本来は海軍もあなた方に文句をつける筋合いなんかないんですよ。

 「あなた方沿岸警備隊は『海上における法の執行権を持つもう1つの海軍』を自認され、準軍事組織として戦闘と人命救助・治安維持の両方を一手に担っておられます。その点において、純然たる軍隊である我々海軍とあなた方は格好こそ似ていても、厳密には毛並みが異なる。その違いを十分に理解しきれないがために、時には不平不満を言う者も国防海軍には残念ながらおりますが、必ずしもそういう軍人ばかりではないということを、あなたには是非お伝えしたかったんです」

 河内は最後に「では、船に戻らなければなりませんのでこれで失礼します。今後も引き続きよろしくお願いします、真行寺一佐」と付け加えると、一礼した後国防海軍の基地がある方向へと去っていった。

 「国防海軍少佐、河内翔、か…」

 その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、蒼は1人その名を呟いたのだった。


 「この度の貴国は、またずいぶんと派手にやらかしてくれましたな。我が国に対する落とし前、一体どうつけられるおつもりです?」

 外務大臣の町田友孝は、首相官邸の一室に急遽呼び出した駐日東亜連邦大使・李慶民を強い語気で問いただした。オリオンの一件は既に佐世保沿岸警備局から霞が関の中央司令部へ、さらに首相官邸やNSC(国家安全保障会議)にまで伝わっている。アジア海洋戦争終結から10年、そして日東両国が国交を回復してからはわずか3年のことだ。ようやく関係修復の道筋が見えてきた矢先の出来事に、日本側は失望を隠していなかった。

 「やらかし?何を仰るのか。我が国の海軍がとった行動はあくまでも正当防衛だ。件のタンカーは、我が東亜連邦の軍事警戒線を侵害するように航行していたのですぞ。陸上で軍事基地に侵入すれば、即座に射殺されても文句は言えない。それはいかなる軍隊においても万国共通でしょう。今回の一件は、それと同じ意味合いのこととしか申せませんな」

 李は流暢な日本語で反論してみせた。旧中国東北部の街・瀋陽出身の彼は、いわゆる中国朝鮮族の出だ。幼い頃から外交官を夢見ていた彼は、中国語・朝鮮語・日本語・英語に堪能なことに北京から目をつけられて、20年前に見事その目標を叶えた。元々の肩書は「駐日中国大使」だったが、日中開戦をきっかけに国外追放に。再び現在のポジションで日本に戻ってきたのは、東亜連邦大使館が開かれたのと同じ3年前のことだ。

 「その軍事警戒線とやら、貴国が主張されていることは本省も耳にはしています。だが、それは国際的な承認を正式に得たわけでもなく、あくまでもあなた方が一方的に主張しているものに過ぎない。少なくとも、我が国はそんなものを承認した覚えはありませんが?」

 「軍事警戒線は、我が国の『領海法』を根拠に定めているものだ。我が軍はあくまでも法に則って行動しているだけ。それは尊重していただかなければ困る。もしそうしないというなら、それは内政干渉と呼ばれても文句は言えぬのでは?」

 「領海法、ねぇ。かつての南シナ海における『九段線』と同じ論理ですか。どちらにしても、我が国が承認していない法律の規定を他国に押し付けようというのは、成熟した国家の在り方とは到底思えませんな」

 町田はわざと、大げさにため息をついてみせた。

 「大体、あなた方は自分たちがしたことの重大性を理解しておられるのか。東亜連邦は、あくまでも正当な業務のためにあの海域を無害通航していた民間タンカーを、戦時下でもないのに雷撃し沈没させたのだ。我が国の経済活動を武力によって寸断しようと言わんばかりの行為は、断じて許容するわけにはいきません。一般論として、百歩譲ってやむを得ず実力行使に至るとしても、事前に然るべき方法で警告をよこすのが筋でしょう。

 警告ならば事前にした?オリオン上空に海軍の偵察ヘリを飛ばした?それは妙な話ですな。確かにオリオン乗員はそのヘリコプターは視認していたものの、音声では何も通告がなかったために貴国海軍の所属だとは分からず、ましてや軍事攻撃の警告だとは受け取らなかったと証言しておられるが。それで警告したことにしてしまうなら、その行いは正義に背くものと言わざるを得ませんね」

 「正義に背く、だと…?」

 一方的に反論を許した李は、徐々に外交官としての冷静さを失い始めていた。

 「それを言うなら、日本側にも責められるべき点はあるではないか。我が国の方だって言いたいことはあるぞ」

 「責められるべき点?はて、何の話でしょうか」

 「とぼけるんじゃない!!沿岸警備隊の巡視船に偽装した戦闘艦を現場海域に送り込んで、我が国の原潜をだまし討ちさせたではないか!!それこそ卑怯者だ!!」

 顔を真っ赤にして叫んだ李に向かって、町田はなおも一歩も引くことなく口を開いた。

 「大使、あなたは何か勘違いしておられるようだ。確かに我が国が送り込んだのは実質的には戦闘艦扱いされている船だが、あれは偽装艦ではなく正式に沿岸警備隊に籍を置いているのです。我が国の法における分類上は、あれはあくまでも巡視船の一形態なのですよ。如何に軍艦並の重武装を備えていようとね」

 「馬鹿を言うな!!アクティブソナーを打ち、短魚雷を放ち、5インチサイズの速射砲をぶっ放す船が巡視船のはずがないではないか!!そんな巡視船が世界中のどこにある!!」

 「たとえ他国にそんな船がなかろうとも、少なくとも我が国にはある。それだけが事実です。先ほどのあなたの論理に則れば、貴国もそれを規定している我が国の法体系を尊重すべきと考えるが、いかがですかな?」

 口をつぐむしかない李に対し、町田は反撃を許さずとばかりに言葉をつないだ。

 「そもそも、今回出動した沿岸警備隊の巡視船に対しては、我が国は本省や沿岸警備局を管轄する国土交通省、さらには首相官邸に至るまでいかなる組織も『潜水艦を撃沈せよ』などという命令は出しておりません。いくら10年前まで敵国同士だったとはいえ、流石にこのような愚行にあなた方が走ることはないだろうというのが我が方の判断だったのですから。そして当該潜水艦との交戦当時、その船の無線機は直前に潜水艦が仕掛けたミサイル攻撃によって破壊され、外部との通信手段が遮断された状態でした。したがって、今回の対潜戦闘はあくまでも乗員たち自身の判断で、その人命を守るための自衛権行使の一環として行われたにすぎない」

 とどめとばかりに町田の口から放たれた言葉の刃が、李を鋭くえぐった。

 「あなた方は、むしろ幸運と思うべきです。この一件には我が方も海軍を出動させていたが、結果として10年前のような軍事衝突までには至らずに済んだのですからな。とにかく、今回の一件について我が国は断固として貴国に抗議し、生じた物理的・経済的損害に対する適切な賠償を請求する。ご不満ならば、ハーグの国際司法裁判所にてお会いするということで」

 あぁ、それと念のため申し上げるがこれは警告です。今回はこれで済んでも二度はなきものとご承知おきください。そして巡視船の件だが、我が国があのような船を建造し運用することになった理由は、あなた方東亜連邦が作ったということをお忘れなく。

 「グググ…」

 立場上安易に引くわけにもいかず、さりとて町田を論破するうまい方法もついに見つけられなかった李は、己の歯がゆさに歯ぎしりするしかなかった。

町田外相のこの無双っぷりw 現実世界における河野外相もかなりはっきりと言うべきことを主張するタイプの方で、支持者からはかなり人気を集めているようですが(自分も割と好きなタイプです)、この町田大臣はそれすらも凌駕するかも分かりませんね。でも、こういうことが言えるのもやっぱり軍事力の裏付けがある程度しっかりあってこそなんだと思います。外交と武力のシナジー効果大事。


と言いつつも、どうも海軍の側では沿岸警備隊に対し不快感を持っている人間もいるようです。河内少佐は打ち消してはいたようですが、果たして。そこは次回以降のお楽しみにできればと思います。それではまたお会いしましょう。

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