最終決戦(前篇)
ご無沙汰しています、SYSTEM-Rです。今回より、本作のクライマックスとなる戦闘のシーンを描いていきます。なお、今回は戦闘シーンとは直接関係なく、序盤で一部R-15程度のお色気描写がありますので予めご承知おきください。それではどうぞ。
※11/5追記
元々本投稿分は「リベンジ(中編その2)」というタイトルでアップロードしていましたが、章立ての都合により「最終決戦(前篇)」に変更させていただきます。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
時計の針を少し巻き戻して、河内たち海軍からの派遣士官3名がふそうに乗り込んだその日の夜のこと。艦内通路を連れ立って歩いていた紺野と桜井を、後ろから呼び止めた者がいた。
「失礼、紺野士長と桜井士長だよね」
「…、長門中尉!?お疲れ様です」
2人の視線の先に立っていたのは、追悼式で儀じょう隊の隊長を務めていた長門だった。既に課業終了後とあって、今は日中着ていた制服は脱いで、ラフなスウェット姿だ。士官学校上がりの27歳、その姿からは1人の今どきの若者という雰囲気が漂っている。
「その節はどうもお世話になりました。まさかここでまたお会いすることになるなんて」
「こちらこそ。俺も、まさか君らの船に乗ることになるとは思ってなかったよ」
長門はそう答えると、一度大きく息を吐きだした。
「この間の追悼式の時、正直言って君たちには驚かされた。何せいきなり俺らの儀じょう隊に呼ばれたのに、一連の流れを何から何まで完コピしてきたんだから。まさか、あそこまですんなり合わせてくるとは思わなかった」
「まぁ、ウチにも儀じょう隊はありますし、礼式は沿岸警備隊も海軍も基本的に一緒なので。制服のデザインまでは流石に統一できないですけどね」
桜井が笑うと、長門もその口元に一瞬笑みを浮かべた。だが、その表情は瞬時に真剣なものに変わる。
「俺たちふぶきの元乗員は、艦長だった河内少佐も含めて元々君たちふそう乗員に対してそこまで反感は持ってなかった。少佐が君らの艦長に情報を流してたと知った時は、流石に驚いたけどな。そして、縁あって俺たちは君らに命を救われた。だからこそ、俺たちには君たちとともに全力を尽くす義務があるんだ。お互いの所属を超えてね」
「長門中尉…」
驚いて目を見張る2人の前で、長門はなおも言葉を続ける。
「俺は君たちよりも年齢も階級も上だけど、この船では君たちの方が先輩だ。砲雷科配属になったから部署も分隊も違うが、君らからもこの船のことは色々教えてもらえると助かる。…、お互い精一杯頑張ろうな」
その言葉に、紺野と桜井はお互いに顔を見合わせる。だがそれは、長門の言葉に対する疑念などからくるものではなく、喜びに満ち溢れたものだった。もちろん、海軍と沿岸警備隊の間に存在した亀裂やわだかまりが、半ば強制的にとはいえ過去のものになっていることは2人とて知っている。だが現場の人間同士が、自分自身の言葉でこうして思いのたけを語る機会は、今までそれほど多くはなかったのだ。「雪解け」を真の意味で実感できたこと、それが2人にとっては何よりも嬉しかった。
「はいっ、こちらこそ!!」
喜色満面で頷くと、長門はそれにまた笑顔で頷いてから、ふと2人に対して尋ねた。
「ところで、第一士官浴室があるのはこの区画でよかったんだっけ?《《ちょうど今は空けているから入って来い》》、と副長に言われて来たんだけど」
「えぇ、浴室ならそこの角を曲がってすぐですよ」
紺野が、自分の背後にある曲がり角を指さしながら答える。
「サンキュー、助かった。それじゃな」
軽く手を挙げながらそう礼を言うと、言われた通りの方角に歩いていく長門。その姿を確認した2人は、その場に立ち止まったまま静かに含み笑いを漏らす。残念ながら彼は知る由もないが、「ちょうど今は空けているから風呂に入って来い」は、この船においてはフラグ発言なのだ。それから約20秒後のこと。
「うわあああああああ!!!!!?????なんで、なんでここに測量長と柳田二尉が!?」
向こうから聞こえてきたのは、つい今まで冷静そのものだったとは思えないほどの長門の素っ頓狂な叫び声と、腰を抜かし転倒したはずみで脱衣所内の備品が床に落ちる音。そして、MOSADの関係で男性海軍士官を乗せた際には通過儀礼として必ず行われる、ふそう幹部による恒例の「全裸ドッキリ」の仕掛け人として事前に立候補し、揃って脱衣所で彼を一糸まとわぬ姿で待ち伏せしていた灰原と柳田の大爆笑だった。
今や事実上の女性隊員専用艦となり、男性隊員専用の浴室を持たないふそう。それでも任務の必要上男性士官を乗せる際は、当然女性士官とは時間を区切って入れ替え制で入浴させることになる。しかし男女比が圧倒的に女性優位なことから、貴重な隙間時間を有効活用するために間を置かず入れ替えを行う都合上、臨機応変に入浴時間が変わることによる指示の行き違いが原因で、脱衣所に入ってきた男性士官が風呂上り直後の女性士官と「エンカウント」してしまう事態も、この船では実は結構な頻度で起きることだ。
当初こそ、「艦内風紀にかかわる重大事案」として発覚次第取り締まっていたふそうの幹部たちも、何度対策を講じても一向に撲滅の気配すらないのでそのうちとうとう開き直ってしまい、「どうせ防げないなら、いかにお互いその場を穏便に済ませるかに注力しよう」と、事実上その手の事案発生を容認する方向に舵を切った。そうした状況下での対応方法を初日のうちに臨時乗員に教えこむと同時に、まだこの船では右も左も分からない彼らをからかいつつも、その同乗を歓迎するために始めたのがこのドッキリだ。
イベント自体は艦長の蒼から、紺野や桜井ら末端の海士に至るまで全員がグルだが、そもそも男性士官とは浴室を共用しない海曹士は、ドッキリの存在を隠しておくところまでが役目。実際に待ち伏せする仕掛け人は、ここでの乗務にも慣れた二尉以上の幹部の仕事である。何の前触れもなく、いきなり目の前に美人でスタイル抜群の上官が素っ裸で現れ、どう反応していいか分からずにうろたえる若い男性士官を正規メンバー全員で笑いものにするのが、合流初日の夜におけるふそうの風物詩だった。
元々、この船では女性隊員の方が優位な分メンタル的にも余裕があるし、過去に散々事故を起こされているだけあって場数だけは踏んでいるので、こうした悪戯に対する精神的なハードルは案外高くない。自分の女性としての魅力をそれなりに自覚している幹部も多く、エリート気質揃いの海軍士官をちょっとばかり困らせてやるためなら、自ら肌を晒す行為もむしろ「度胸試しを兼ねた洋上の娯楽」として面白がれるのが彼女たちだ。
悪戯好きの灰原と柳田もそんな一人であり、今回も目のやり場に困る長門を散々いじり倒すなど終始ノリノリだった。毎回効果てきめんのこのドッキリがこの2人は特にお気に入りで、「普段どんなにすましたエリートでも、必ず素に戻って本気で腰を抜かすのが楽しい」と、今のところ止める気は毛頭ないらしい。
なんだかんだ2人とも結構な美形でスタイルもいいので、ターゲットにされた長門からしてもある意味夢のような話だが、何せ刺激が強すぎて彼は消灯後もすぐには寝つけないかもしれない。そんな他愛のない悪戯が成功裏に終わったのを見届けてから、紺野と桜井は笑いをかみ殺しながらその場を去ったのだった。
時間軸は元に戻って、出撃当日。
「右舷前方にしょうかく視認!!」
艦橋で見張りに立っていた紺野が声を上げる。その声に促されてそちらの方角に目をやった蒼は、思わず呟いた。
「いつ見ても流石の存在感ね…。まさに黒鉄の城だわ」
日本国防海軍第2護衛隊群旗艦・しょうかく。同名の空母としては3代目、進水にまで至った日本の正規空母としては、大日本帝国海軍の雲龍型航空母艦3番艦「葛城(2代目)」以来という同艦は、日本の軍事史における1つの転換点を作った船だ。基準排水量2万8000トン、満載排水量3万2000トンというその巨大な艦体は、いつでも見る者の視線を釘付けにする。9度の傾斜が付いたアングルド・デッキ型の飛行甲板には、エレベーターで運び上げられたF-35Cステルス戦闘機が、既に何機か姿を見せていた。
「艦橋、CIC。しょうかくより入電」
葛城の報告が上がる。
「繋いで頂戴」
「ハッ」
その返答があってからまもなく、聞こえてきたのは群司令としてしょうかくに自ら乗艦した、肥後の声だった。
「こちらマイティクレーンCDC(戦闘管制室)、Welcome ネプチューン。武運を祈る」
「マイティクレーン、ネプチューン。お出迎え感謝します」
その言葉に口元に笑みを浮かべた蒼の方も、コールサインを使って返答する。だが、呼びかけてきたのはしょうかくだけではなかった。
「ネプチューン、オーシャンクイーン。前回のように対空目標には構わなくて結構。本艦隊に対するミサイル攻撃への対処は、原則として我々イージス組が引き受ける。貴艦は対潜戦闘及びシーファントム(かしい)のバックアップに注力されたし」
はるな副長の日向が釘をさす。確かに今回は、はるな・ひえいと最新イージス艦であるはるな型の2隻が図らずも顔を揃え、彼らの個艦防御役として防空駆逐艦はつづきもいる。もちろん、しょうかくにも国防空軍の第85航空団が合流済だ。この状況で、ふそうがわざわざ不得手な対空戦にでしゃばる必要性はないだろう。
「ネプチューン、シーファントム。本艦も武装強化は施してきましたが、なにぶん突貫工事であるのは否めません。貴艦の主砲とワンビーを頼りにしています、背後をよろしく」
かしいの臨時艦長として、急遽きさらぎから移乗することとなった土佐恵吾中佐も交信を入れてきた。かしいには本来の艦長を筆頭とする正規の乗員に代わって、きさらぎクルーを乗せているという事情もある。やむを得ない措置とはいえ、「他人の船」をおいそれとは沈めたくないという思いは当然あるだろう。
「ネプチューン、了解。ご期待に応えられるよう最善を尽くします」
蒼がそう応じてからしばらく。改まった口調で、肥後が第2護衛隊群全艦に対して呼び掛ける声が聞こえてきた。
「群司令より全艦に達する。これより、オペレーション・イーグルを発動する。全艦、航空機即時待機。対潜・対空・対水上見張りを厳となせ」
オペレーション・イーグル(鷲作戦)。しょうかくから飛び立ったF-35Cによる、過去に六本木に向けて攻撃を仕掛けてきた敵拠点である、東亜ロケット軍上海ミサイル基地の空爆と破壊がその目的だ。ここを叩くことができれば、当分東亜からの日本に対する更なる攻撃の脅威は除去できる。天津号を葬り去ったのも、この作戦の実行こそが目的だった。
だが、当然東亜側も日本側の意図は見透かしているだろう。10年前に一度苦杯をなめたとはいえ、これ以上周辺諸国に舐められまいと死ぬ気で妨害を仕掛けてくるはずだ。我々の役目は、艦隊決戦で敵方の攻撃を封じ込めることにより、尖兵である味方航空機を守り抜くことである。
既に賽は投げられた。蒼はしょうかくからの指示を聞き終えると、すぐに艦内マイクにヘッドセットを切り替える。彼女の指示を受けた沢渡の下令によって、ふそう艦内は慌ただしく動き始めたのだった。
「合戦準備。TAO、二種配置」
「総員第二種戦闘配置。ロクマル即時待機、準備出来次第発艦!!」
しょうかく飛行甲板。国防空軍第85航空団エスペランサ隊編隊長の高橋和己少佐は、発艦準備を終えてコックピット内で一度大きく息を吐いた。
今、自分がここに居られているのはある意味奇跡かもしれない。最初に上海上空の偵察に向かった時、あの天津というタンカーから放たれた妨害電波の攻撃に見舞われた自分の機体は、もう少しで東シナ海に墜落するところだったのだから。すんでのところで立て直しに成功していなければ、今頃とっくに自分は海の底だっただろう。
その電子攻撃を仕掛けたECMを破壊し、自分たちに再攻撃の道を開いたのは空軍でも海軍でもなく、戦闘機乗りの自分には普段はあまり縁のない沿岸警備隊の船だと聞いた。今回、そのふそうもこのしょうかくを中心とする第2護衛隊群に参加しているというのは、元々は予定外だったそうだから不思議なものだ。だが、一度ケツを拭いてもらった以上は今回こそは決めなければならない。海軍や沿岸警備隊にとってはもちろん、我々空軍にとってもこの戦いはリベンジマッチなのだ。
「エアー、エスペランサ1。左右フラップ、チャフ・フレア・機銃及びミサイル、全て異常なし。周辺状況クリア、発艦用意よし」
アメリカ空軍をモデルに、第二次世界大戦後に設立された航空自衛隊を前身とする国防空軍は、日本国防軍四軍の中で最もアメリカナイズされた組織だ。地上の空港における管制塔に相当する航空管制室に対して呼びかけると、ほどなくしてそこに控える航空団司令からも返答が返ってきた。
「エスペランサ1、エアー。南から北の風、風速5m。方位角334度。周辺状況クリアを確認、発艦始め」
“Roger that! (了解)”
操縦桿を握る手に力がこもった。キャノピーのガラス越しに、甲板作業員が右手を進行方向に伸ばして「発艦」のサインを送る。エンジンの爆音が耳を支配して間もなく、窓の外の景色が勢いよく後方へと流れ、高橋の搭乗機は一気に約200mのランウェイを駆け抜けて空へと舞い上がったのだった。
人の心とはつくづく不思議なものね、と蒼は心の中で呟いた。艦橋からCICに降りてきた彼女の目は、周辺状況をありありと映し出すモニターに向けられている。
思えば、沿岸警備隊と国防海軍の間に起きた今回の一連のいざこざは、自分たちが海軍の力を借りずに独力で東亜の潜水艦を撃沈したことがきっかけで起きたものだ。第2次世界大戦で商船護衛を軽視した結果、アメリカ海軍の潜水艦にことごとく民間の輸送船を沈められ、国内経済を瀕死に追いやる原因を作ってしまった大日本帝国海軍。その反省から、戦後に言わば彼らの生まれ変わりとして誕生した海上自衛隊は、最早病的ともいえるほど対潜水艦作戦に力を入れてきた。
もちろん、その海自を直接的に引き継いだ日本国防海軍も、その点については全く変わっていない。そんな彼らからすれば、沿岸警備隊が自分たちよりも先に対潜戦闘で功を上げたことがいかにショッキングなことか、今の蒼ならすんなり理解できる。そんな海軍が今、あれだけ目の敵にしてきた自分たちに「東亜の潜水艦狩り」を任せていて、自分たちもそれを受け入れている。全く、人生というものはどう転ぶかまるで分らない。
だが、そんな感慨に浸っていられるのも一瞬だった。ふいにCIC内から声が上がる。
「水上レーダー目標探知。距離30000、目標数6。敵味方識別装置に応答ありません」
その報告に合わせるかのように、NTISの情報画面上に敵目標を示す赤いマークが、6つ映し出された。しかも運の悪いことに、会敵したのは水上だけではない。
「ネプチューン、ホークアイ。ディッピングソナー探知。目標数2、距離28000、深度320。敵味方識別装置に応答なし、東亜海軍艦と思われます」
ふそうから発艦し、周辺の警戒にあたっていたSH-60Kからも報告が入る。敵は水上からも水中からも、こちらの動きを封じんと向かってきた。もちろん、今優先すべきターゲットがどちらかは我々とて分かっている。
「こちらマイティクレーン、群司令より達する。全艦、対潜・対水上戦闘用意!!」
無線を通じて肥後の声が届いた。すぐに沢渡に顔を向ける。
「TAO、一種配置。対潜戦闘用意」
「Aye, ma’am!!」
沢渡はそう応じるや否や、いつも通りの調子で艦内に戦闘準備を命じた。
「総員第一種戦闘配置。対潜戦闘用意!!」
「対潜戦闘用意!!」
これまたいつも通りの復唱の中に、普段とは違う男の声が混じった。潜水艦が相手となれば、ひとまず海軍から派遣された3人には出番はないが、それでも河内・長門・岩代も揃って戦闘モードに入っている。
「ホークアイ、ネプチューン。音紋照合を行う。ソナーの探知情報を送れ」
「ネプチューン、ホークアイ。了解」
一足早くシートベルト着用を済ませた葛城が、SH-60Kに呼び掛ける。データ解析作業は素早く進められた。
「音紋照合終わり、データベースと一致。東亜連邦共和国海軍、梁級潜水艦『遠征82』及び『遠征83』!!」
安河内が声を上げる。梁級は、2006年から運用されていた元級以来となる、東亜にとっての最新型の潜水艦だ。ただし、長征2901とは違って原子力潜水艦ではないため、戦い方は当時とは変わってくる。
あの時は原潜特有の低い静粛性にも助けられて、容易に探知や追尾が可能だったが、今回は必ずしもそうではない。一方、敵側は燃料の関係で水中速力は最大でも20数ノット程度しか出せないし、そのスピードを出せる時間も限られる。いかに素早く正確な相手の潜航位置をつかむか、それがこの戦いでの大きなカギとなるだろう。
「本目標を攻撃ターゲットに設定する。測敵始め!!」
「水上部隊に加えて、梁級をそれも2隻も当ててきたか…。東亜側もなりふり構わずだな」
しょうかくのCDCで、敵艦隊の情報が映し出されたモニターに目をやりながら、肥後は呟いた。
「群司令、対潜と対水上の両方を同時に相手することには危険が伴います。エスペランサ隊を援護しようにも、その前に長魚雷を撃たれれば我々水上部隊は詰みです。東亜潜の交戦距離は9000。目標までまだ距離はありますが、相手が手出しできないうちにそちらから片付けるべきかと」
しょうかく艦長の伊賀政宗大佐が進言する。第2護衛隊群の中核たるしょうかくのトップとして、群司令の肥後とは他艦の艦長以上になじみが深い存在だ。
「よかろう、長魚雷による被弾リスクを後に残しておくことはないな。艦長、指示を」
肥後が頷くと、伊賀はヘッドセットに向けて命令を下した。
「まずは水中に潜んでいる東亜潜から叩く。全艦、駆逐艦のわきを先頭に単縦陣。艦幅1000にとれ」
その時だった。CDC内に早速リコメンドが寄せられる。
「お待ちください、伊賀大佐。先陣は是非本艦に」
声の主は蒼だった。怪訝そうな表情で伊賀が言い返す。
「真行寺一佐、あいにく本艦隊ではのわきが対潜戦闘の主軸と決まっております。貴艦にはあくまでふぶきの代役として加入いただいている。その役割に徹していただきたい」
その言葉にも、蒼はなおも意見具申をやめなかった。
「本艦には海軍艦艇とは違って、アスロックというオプションがありません。潜水艦相手の攻撃には短魚雷か、SH-60Kに搭載した魚雷または対潜爆弾を使うしかない。物理的に敵目標との距離を詰めなければ、遠くにいる目標を狙うのは不可能です」
それと…、と蒼は付け加えた。
「本丸が対水上戦なのであれば、海中に潜んでいる両艦は早急に叩いて片付けなければなりません。そのために、私に一つ考えがあります」
「考え?」
「先頭に立った本艦が、左右両舷からの短魚雷同時撃ちで潜水艦2隻をまとめて叩きます。同時に、後方からのアスロックによる追撃で、海軍の皆さんにとどめを刺していただきたい」
「両舷同時撃ちだと!?」
その交信を耳にしていた全ての海軍関係者が、思わずどよめく。かつて、大日本帝国海軍で構想された重雷装巡洋艦「大井」「北上」の両艦は、四連装魚雷5基をまとめて斉射し、同時に20発の魚雷を敵艦に撃ち込むことが可能な船だった。しかし彼女たちにしても、あくまで左右どちらか片方から撃つのが前提だ。
確かに、今の海軍艦艇や沿岸警備艦が搭載する対潜情報処理システムの能力を以てすれば、その気になれば両舷からの斉射も出来なくはない芸当ではある。だが、少なくともそれは国防海軍では通常の運用方法ではないし、そんなやり方は基本的に想定などしていない。セオリー無視も甚だしい意見具申に、海軍側が正気を疑うのも無理からぬ話だった。
「じ、陣形変更やめ」
伊賀は慌てて指示を一旦取り消すと、再度蒼に向けて語気を強めて問いかけた。
「真行寺一佐。確かに理論的にはそれも不可能ではないが、少なくとも我が軍ではそんな運用は演習でさえやっとらん。貴官ら沿岸警備隊でも恐らく同様でしょう。トレーニングでも経験がないような戦法を、命がけの実戦でぶっつけ本番でやると仰るのか」
「どういう経緯であれ、東亜がこの海域に2隻も自軍の潜水艦を差し向けているのは事実です。片方ずつ相手していたのではその間にもう1隻に逃げられますし、向こうの水上部隊からも邪魔が入るでしょう。そうなれば対潜・対水上の二正面を強いられて航空団の支援どころではなくなり、相手の思うツボです。こちらが雷撃されるリスクをゼロにするためには、両方の潜水艦を敵射程内に入る前に同時に仕留めるしかありません」
伊賀の反論にも、蒼の言葉は冷静だった。
「東亜は潜水艦の同士討ちも覚悟で定石を破ってきた。無理が通れば道理がひっこむのがこの世界です。敵が常識の通用しない手を使う相手なら、こちらは思考の柔軟性でそのさらに上を行くまでかと」
そんな返答に、思わず笑い声をあげた者がいた。肥後だった。その挙動に目を疑う部下たちを尻目に、自ら蒼に問いかける。
「よかろう、だが定石破りにも相応の根拠は必要だ。ところで、貴艦の搭載する短魚雷はどの弾種だったかな」
「海軍の一般的な艦艇と同じ12式になりますが」
蒼が答える。
「ならば、多少距離を詰めたところで短魚雷では射程ギリギリだろう。同時に撃っても当たらねば無意味だ、やるなら攻撃役にはロクマルも最低2機加えたまえ。それが条件だ」
「ハッ、ありがとうございます」
「群司令!?」
明らかに狼狽した伊賀の顔には、「マジで言ってんのかこのオッサン」とはっきり書かれていた。そんな彼に向かって、肥後はほんの一瞬ニヤリと笑みを浮かべる。
「ここは命がけの実戦の場だと言ったな、艦長。俺に対して内心どんな考えを持とうが貴官の勝手だが、上官の命令に背くことは許さんぞ」
「いっ、いやっ…!!滅相もございません!!命令に背くなんてそんなことは…、ですが!!」
「ですが?条件付きの信頼なんぞ俺は求めとらん。そんなもんは魚にでも食わせとけ」
肥後はそう言って伊賀の言葉を一蹴すると、一転して大真面目な顔で続けた。
「彼女の言うことにも一理ある。案外、部外者の彼女の方が今の状況を正確にとらえているかもしれん。確かに、同一海域に複数の潜水艦をぶつけるような無茶な手を使ってくる相手に、演習でやってきた教科書通りの運用など大して参考にならん。戦場では常に事前ブリーフィング通りに事が運ぶ、なんて考えは持たんことだ。どうせこちらとて通常の艦隊編成ではないんだ、頭を柔軟に使うしかそれを補う道はなかろう」
彼の声と表情は、有無を言わせぬ重みを伴っていた。
「艦長、輪形陣は維持したまま配置換えだ。ふそうを艦隊の最前列に出し、のわきをふそうの現在位置まで下げさせろ。ふそうとのわきのロクマルは短魚雷、全VLS搭載艦艇はVLAをそれぞれ用意だ」
「Aye, sir!!」
最早内心では半分やけくそ気味の伊賀は、その言葉に反抗する術を持たなかった。
「最大戦速、おもーかーじ!!しょうかくの前へ、艦幅1000にとれ」
蒼による具申が受け入れられ、伊賀からの命令が発せられるや否や、ふそう艦内はテンションのボルテージが1段階上がった。艦隊の正面に出るべく、機関室でも主機の回転数が上がる。
「まさか、実戦の場で群司令を言いくるめてその気にさせてしまうとはね。あなたはつくづく末恐ろしいお方だ」
CICで、河内が小さく笑い声をあげた。その言葉にも、蒼は表情を変えない。
「今はお互い同じ艦隊の一員よ。ここでは沿岸警備隊も海軍も空軍も関係ない。勝つために必要なリコメンドを躊躇する理由はないわ」
そこまで蒼が答えるや否や、CICには再び無線を通じて肥後の声が響いた。
「真行寺一佐、条件を1つ追加だ。それぞれの射程とシステム上の処理の手間を考慮し、まずロクマルとVLS搭載艦が先に撃つ。とどめを刺す役目は貴艦がやりたまえ」
「ハッ、最善を尽くします」
蒼はそれに答えると、最初にこのプランを自らにぶつけた張本人である我那覇の方に顔を向けた。自らのアイデアが受け入れられたためか、はた目にも武者震いしているのがよく分かる。
「頼んだわよ、水雷長。あなたの手腕に期待しているわ」
「お任せください。…、具申したからには、両方とも必ずブチ殺してやりますよ」
ほんの一言二言程度の短い会話。しかしそれを交わした当事者たちも、周りで聞いていたCICの面々も、直接耳にはしていないその他各部署の要員も、等しく同じ覚悟を固めていた。「この戦いに絶対に勝つ」という信念。それを体現するかのように、沿岸警備艦ふそうはついに艦隊の最前線に立ったのだった。
前話で蒼が「間違えて女湯の脱衣所に入ってしまった奴がいた」と説明するシーンがありますが、あれも実は偶然の事故ではなく、今回の灰原や柳田と同じく艦長就任前の蒼が仕掛けたドッキリです(なので厳密には「被害者」という言い方は正確ではないですね)。わざわざ艦長自らヒントを出してくれていたにもかかわらず、それに気づいていなかった長門は見事に餌食になりました。きっとご多分に漏れず、他の幹部からも盛大にからかわれたことでしょう。
さて、今回からついにふそう乗員が艦隊の一員として海軍及び空軍と共闘することになります。ふそうにとってはこれが2度目の対潜戦闘になりますが、そもそも作者が対潜戦闘についてはまだまだ知識不足なのもあり、シチュエーションを練り上げるのにだいぶ時間を要してしまったのも投稿の遅れにつながっています。通常想定される戦闘と比べるとお互いにだいぶ変則的なシチュエーションですが、これをどう切り抜けるのか楽しみにしていただけると嬉しいです。
次回はついにドンパチシーンに入ります。それではまたお会いしましょう。




