リベンジ(後篇)
どうも、SYSTEM-Rです。今回は戦闘に入れるかなと思ったのですが、残念ながらそこまではいきませんでした。その代わり、前回予告したサプライズ要素はきっちりと入れてあります。どうぞお楽しみに。それではどうぞ。
※11/5追記
元々本投稿分は「第六章:リベンジ(中編その1)」というタイトルでアップロードしていましたが、章立ての都合により「リベンジ(後篇)」に変更させていただきます。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
長崎市のマリタイム・デベロップメント株式会社修理ドック。先日の戦闘で被弾し、入渠を余儀なくされた艦艇の状況視察に訪れた肥後の表情は、明らかに曇っていた。
天津号に仕掛けられたECMの破壊を端緒とする戦闘をきっかけに、日東両国間では散発的な戦闘が続いていた。どちらかと言えば、それによってより痛手を被ったのは日本側だろう。その損害は、空母しょうかくを旗艦とする第2護衛隊群の臨時再編を余儀なくされるほど、甚大なものとなっている。早い話が、艦隊を編成するための艦艇の数が足りなくなってしまったのだ。
海上自衛隊時代から変わらず、国防海軍の艦隊編成は基本的に8艦8機体制を採っている。第2護衛隊群の場合、構成艦はしょうかくを中心に対空戦担当としてはるなとはつづき、対水上戦担当としてやはぎ型駆逐艦1番艦「やはぎ(DD-159)」及びむつき型駆逐艦2番艦「きさらぎ(DD-126)」、対潜戦及び機雷戦担当としてかげろう型駆逐艦3番艦「のわき(DD-165)」、ふぶき、しらゆきの8隻。加えて、ここにひりゅうを筆頭とする潜水艦隊が合流し、対空・対潜・対水上・対地の全フェーズに対応する体制が完成することとなる。
ところが今、この第2護衛隊群は水上部隊の数が揃わない状態に陥ってしまった。特に深刻なのはやはぎときさらぎの損傷だ。度重なる出撃と、現場に急行するたびに「最大戦速」や「前進一杯」が下令される無理な操艦によって、両艦の機関は著しい金属疲労を起こしていた。きさらぎはある戦闘で機関が破断し、急遽人力で海域を離脱するさなかにヘリ格納庫にも被弾。航空運用能力まで喪失する羽目になった。
もちろんふぶきも沈められている現状、8艦のうち3艦が既に欠けた状況というまさに非常事態。おまけに運の悪いことに、昨晩には中国地方で集中豪雨が発生。この影響で瀬戸内海にも大量の土砂が流れ込み、佐世保から最も距離的に近い呉からの救援も事実上受けられなくなってしまったのである。
穴埋めの選択肢が全くないわけではない。偶然にも、呉の所属艦の中では唯一母港を離れていたイージス艦ひえいは、西方の急を知らされるや直ちに佐世保に入港し、やはぎの代役として艦隊に加入。きさらぎの代役には、かしま型練習艦2番艦「かしい(TV-3520)」を練習艦籍のまま、きさらぎの乗員をそのまま乗り込ませることで無理やりあてがった。だがこれを以てしてもあと1隻、ふぶきに代わる対潜戦担当及び正規の駆逐艦勢に比べて攻撃力の低いかしいのバックアップ役を兼任するための艦が、どうしても足りないのだ。
ここで、肥後の頭の中にあったのは2つの選択肢だった。1つは、舞鶴から対潜戦に長けた駆逐艦もしくはフリゲートを、ひえいと同じように臨時で佐世保に送り込ませること。もう1つは、7隻のまま出撃させてどれかの艦に2つの戦闘局面を掛け持ちさせることだ。どちらにも一長一短はあった。前者であれば艦の数は足りるが、その分出撃できるまでに時間はかかる。後者の場合は号令1つですぐにでも出撃可能だが、物理的に数が足りない以上局面のどこかで相手に対してスキが生まれることになる。果たしてどちらを取るべきか。主機を損傷したやはぎの修理に立ち会いながら、肥後はずっとそんなことを考えていたのだった。
だがこの時、彼の目の前には「第3の選択肢」をわざわざ投げかけに来た男がいた。艦艇乗りとして、本来ならここではなく佐世保にいるのだと思っていた人間が、それを自分に伝えたいがために長崎まで出張ってきたのである。猪突猛進タイプと聞いてはいたが、いくら何でもここまでとは肥後とて予想していない。自分にかみついてきた姉と言い、この姉弟が持つ型破りさやクソ度胸は一体どこから生まれてくるのだ。
「ふぶきん代役が必要なら、舞鶴からわざわざ借ってこんでんよかでしょう、群司令」
津軽や日向からの上陸許可を得てまで、佐世保から遥々追いかけてきたという司の言葉に、肥後も付き添いの但馬も怪訝そうな表情を浮かべた。
「こんなところまで押しかけてきたと思ったら、何を言っているんだ真行寺。ひえいを除く呉の所属艦は、例の集中豪雨の影響で佐世保には派遣できないと決まっただろう。それを受けての次善の策としての舞鶴だぞ。それ以外に、一体どこの護衛隊群や地方隊から支援を頼むんだ。お前のいた横須賀から借りてくるとでも言うつもりか?」
但馬の言葉に、司は首を横に振った。
「違いますよ、主席幕僚。1隻既におるやなかですか、こん佐世保に。我がはるなやひえいと同等規模んサイズと、実戦で東亜ん潜水艦ば1隻ブチ殺した実績ば持つ、れっきとした戦闘艦が」
一瞬、肥後と但馬はその言葉の意味が分からず、お互いの顔を見合わせた。だが、司が言う戦闘艦がどの船のことを指しているのかを理解した瞬間、但馬がたまらず大声を上げた。
「真行寺!!お前、自分が一体何を言ってるのか理解してるのか!?」
「もちろん分かっとります。おいだって、何もトチ狂うてこがんことしよーわけじゃなかばい。うちん艦長も副長も、これば具申することば認めてくださったけんこそおいはここにおるばい」
司は真顔で頷いた。
「少佐ん分際で、おいが群司令にこがん形で意見具申するのが無礼千万なんは承知しとります。ばってん、こうなった以上我々国防海軍だけで何とかするんは難しかとも事実でしょう。沿岸警備隊が我が海軍ん特別部局であるなら、そして彼らが我々にも負けん力ば持つ戦闘艦ば保有しよーなら、今こそそん力ば借るべきやなかですか」
そこで突然、司は意を決したように頭を勢い良く下げた。
「幸い、偶然にもあん船ん艦長はおいん実ん姉ばい。動かそうと思えばいくらでも話は通せるけん、おいに彼らと話ばさせてくれん!!お願いします!!」
しばしの沈黙の後、口を開いたのは肥後だった。
「頭を上げたまえ、真行寺少佐」
言葉通り顔を上げた司の目に、肥後の顔が飛び込んでくる。その口元には、何故かほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
「貴官のこの度のやり方は主席幕僚の言う通り、日本国防海軍の軍人としては決して褒められたものではない。いくら艦長や副長から上陸許可を得てのこととはいえ、規律違反とのそしりは免れんだろう。とはいえこの緊急事態、今の我が軍に何が不足していて、それを解決するために自分なりに何ができるかを考え、そのアイデアを俺に対して身を挺して伝えに来た姿勢自体は評価も出来よう。その行動力と心意気は言い値で買ってやる」
思わぬ上官の言葉に目を見開いた司に対して、「だがな」と肥後はすかさず釘を刺した。
「たとえお前をその言葉通り交渉役にあてがい、お前の姉が2つ返事で出撃を了承したとしても、沿岸警備隊の船はそれだけで我々が勝手に動かせるものではない。天津号の時は、あくまでも外部協力者という位置づけだったからその必要はなかったが、同じ海軍艦隊に組み込むならばまず沿岸警備隊そのものを総理の命令で、海軍の指揮下に置く手順を踏まねばならん。指揮系統が異なるがために、散々彼らとの間で今までもめたことを、まさか当事者のお前が忘れたとは言わせんぞ」
「そりゃ、確かにおっしゃる通りばってん…」
「それにな、よしんば国交省や沿岸警備隊中央司令部がそれを了承したとしても、ふそうは我々海軍の船と完全に同等には戦えん」
お前もはるなの乗員として認識しているはずだ、ふそうにはミサイルを用いての攻撃能力がないと。あの船には、VLSもキャニスターもアスロックランチャーもない。ミサイル運用能力がなかったがために、先の戦闘でも自身に対する攻撃を主砲で迎撃するのが精いっぱいだったと報告が上がっている。お前もそれは現場で見ているだろう。
「身内が乗っている船である以上、お前がそう提案する気持ちも分かる。だが実際のところ、能力的にも効率的にもあの船をふぶきの穴埋めとしてあてがうのは非現実的なのだ。せっかくわざわざ追いかけてきた結果、こういう回答しか与えてやれんのは残念だがな」
肥後の非情な通告に、司が思わず肩を落としたその時。
「ふそうなら、ミサイル戦やらせようと思えば出来ますけど?」
突然、思わぬところから声がした。何事かとあたりを見回した肥後の目に、但馬でも司でもない1人の男の姿が映る。思わずため息が漏れた。
「近江さん。いくらお世話になっている取引先の方とはいえ、民間人が軍の作戦計画を盗み聞きとは流石にいただけませんな」
「盗み聞きとは人聞きの悪い。そんな大声で喋っていたら、そんな気がなくても嫌でも聞こえますよ。そもそも、こんなところで作戦計画についてあれこれ云々している皆さんの方が問題なのでは?まぁ、弊社にはちゃんと顧客に対して守秘義務がありますし、ましてや海軍の内部情報なんて絶対に漏らしやしないですけどね。私らも愛国者なもんで」
そう言って、悪びれもせずに肩をすくめる近江の姿に、肥後も但馬も苦い顔を浮かべるしかなかった。一瞬、司の方に恨めしそうな視線が向く。全く、こいつが本来の業務をぶっちぎって追いかけてきさえしなければ…。
「…、まぁいいでしょう。で、出来るとは一体どういうことです?」
苦虫をかみつぶしたような顔で肥後が尋ねると、近江は得意そうな笑みを口元に浮かべる。その顔には、エンジニアとしてのプライドが垣間見えた。
「海軍さんも沿岸警備隊さんも、弊社にとってはどちらも大事なお客様です。そして、ふそうは8年前に自分がチーフとして建造に携わった船。あれも軍艦として建造した手前、もしもの時のために工夫は凝らしておいたんですよ。《《こんなこともあろうかと》》、ってね」
「まさか、あのスペースがこんな形で使われることになるなんてね…。びっくりだわ」
蒼は、岸壁からふそうを見上げながら思わずそう呟いた。その視線の先には、艦橋構造物と煙突の間に置かれた見慣れない兵装が姿を見せている。近江の発案により追加搭載された90式艦対艦誘導弾、通称SSM-1Bのキャニスターだ。
沿岸警備艦に対艦ミサイルを搭載するというアイデアは、あるアメリカの船から着想を得たものだ。ふそう型の建造に当たって設計思想の範となった、アメリカ沿岸警備隊のバーソルフ級カッター。その1世代前に当たるハミルトン級には、全艦に対してハープーン艦対艦ミサイルの運用能力が与えられた。1990年1月16日には、3番艦「メロン(WHEC-717)」による実射試験も行われている。
その後12隻中5隻が実際にミサイルを搭載するも、2001年までには全て撤去されることとなったハープーン。だがこれをヒントに、マリタイム・デベロップメントはひそかにミサイル運用能力をふそう型にも盛り込んでいた。増設したキャニスターを、通常は使用しないCICの発射管制装置と接続さえすれば、少なくとも対水上戦闘は海軍と全く同じようにできるようになる。もちろんVLSまでは増設できないから対空戦闘は無理だが、これだけでもふそうにとっては大幅な武装強化と言えるだろう。
だが、単にキャニスターを載せて接続しただけでは実戦レベルでの運用は難しい。なぜなら、再三述べている通り通常ミサイル戦闘をやらない沿岸警備隊には、そのような訓練を積んだ隊員は存在しないためだ。実際にこれを取り扱うためには、臨時に海軍からミサイル要員を運用担当として乗艦させる必要があった。
その「裏技」を可能にしたのがMOSADである。モサドと言っても、イスラエルの情報機関のことではない。Maritime Officers Studies And Development、日本語に直せば「海軍・沿岸警備隊士官留学育成制度」の頭文字をとったもの。早い話が、「海の守り」を司る国防海軍と沿岸警備隊の間で定期的に行われる、相互交流と人材育成、情報共有などを目的とした人材派遣制度のことだ。
この制度によって派遣された士官は、相手先でも派遣元の階級を名乗り俸給制度も元の所属に基づくものの、派遣期間中は一時的に派遣先の士官名簿に名前が記載され、任務に参加する際は派遣先の指揮下に入ることとなる。先のいざこざの余波で、佐世保に関しては一時的にこの制度の運用が中止される可能性もあったのだが、実際に運用が停止に追い込まれるには至らなかった。
結果的には、その判断は大いに功を奏することとなる。このMOSADを利用して、沈没したふぶきから河内、長門、岩代の3名がふそうに臨時で乗艦し、ミサイル要員及び通信員として乗務することが決まったからだ。ここまでスムーズに事が運んだのは、これを提案した近江が身内の人脈を生かして、町田に直接両軍の統合運用を提案したこともプラスに働いたそうだ。
「昔、海賊対処任務のために海自護衛艦に海上保安官を乗り込ませて乗務させていたという話は聞いたことがあったけど、まさかこんな逆パターンが存在したとはね」
蒼の言葉に河内が同調する。彼の背後には、既に長門と岩代も待機していた。
「まぁ、人類の発想力って奴にはつくづく驚かされるけど、こんな飛び道具を使うのはできれば最初で最後にしてもらいたいね。今回はやむを得ない措置とはいえ、これが普通になったらお互いの計画がまるっきり無意味になってしまう」
「当たり前や。こがんもん、裏技に裏技ば重ねたウルトラC以外ん何物でもなか。今回は仕方なかとして、こがんやり方がしょっちゅう発動しとってたまるか」
頭の後ろで手を組みながら艦上を見上げる司が、河内の言葉にすかさずツッコミを入れる。だが、直後にそれにやり返したのは蒼だ。
「あんたが言えた口やなかやろ。そもそも、海軍と一緒に出撃してくれと頼み込んできたんはあんたやなかと」
「出撃してくれとは頼んだばってん、まさか対艦ミサイルば搭載する方法があるとまでは知らんかったぞ」
突然始まった姉弟での漫才に、ふぶきからやってきた3人は苦笑いするしかなかった。
「まぁでも、確かに沿岸警備隊としてもこれがしょっちゅう起きるべきではないというのは全く同意ね。今回はこうすると決まった以上、全力を尽くすのみだけど」
蒼はそう口にすると、左手首にした腕時計に一瞬目をやった。そろそろ乗艦して準備を始めるべき頃だ。
「司、それじゃそろそろ彼らば艦内に案内するけん。見送りありがとうね」
「おう」
「いざとかう時はそっちんイージスシステムにも頼らせてもらうけん。バックアップ頼んだばい」
「任せとけ」
司はそう答えると、敬礼した後自分を待つはるなの方へと去っていった。それを見送った後、蒼も河内以下2名を伴ってふそうのラッタルを上り始める。
「そう言えば、弟さんとの間で話す時は方言なんですね、艦長」
自分のすぐ後ろを上りながら、河内がふと蒼に声をかける。敬語調のその言葉遣いもさることながら、臨時ミサイル長としてふそうに派遣された今、自分のことを「真行寺一佐」ではなく「艦長」と彼が呼んでいるのが、蒼はどこかこそばゆかった。
「二卵性双生児だからそこまで顔は似てなくても、血を分けた双子の弟だからね。身内相手じゃ、標準語で話すのは逆に慣れなくて」
ラッタルを上り切った3人を幹部会議室に通すと、そこには既にふそうの幹部たち全員が勢揃いしていた。河内、長門、岩代が整列したのを見計らって、全員がその場で敬礼を交わす。
「国防海軍少佐、河内翔他2名。本日よりふそうにてお世話になります。フリゲート・ふぶきを代表して共に乗務できること、光栄に存じます。何卒宜しくお願い致します」
「改めまして。沿岸警備隊一等海佐、真行寺蒼。ようこそ我が沿岸警備艦ふそうへ。本艦乗員を代表し、貴官らの乗艦を心から歓迎します」
蒼は河内に向き直ってそう言うと、部下たちを背にしながら断固とした口調で告げた。
「艦長として、最初にはっきりとお伝えしておきます。今回、あなた方には人材交流のためではなく、戦闘要員として乗艦してもらいます。従って、MOSADに基づいて受け入れるからといって、我々はあなた方をゲストとして扱うつもりはありません。あくまでも正規の乗員と同様に接するので、そちらもそのつもりでいるように」
3人が頷いたのに引き続いて、沢渡が彼らに対して着席を促した後、ふそうでの職務についてのレクチャーを始めた。CICでの配置や乗艦中の職務内容、艦内生活において心得ておくべきことなど。それらの説明が一通り終わった頃、蒼が「それと…、ここからはあまり堅くないけど、非常に大事な話をしましょうか」と再び口を開く。その口元には、何やら悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「先日あなた方を救助した際は、そこまで気を回す余裕はなかっただろうけど、見ての通りうちの乗員は腕も確かだけど、女としてもなかなかの綺麗どころ揃いよ。それも、我々のような上級幹部から二等海士に至るまでね」
突然一体何を言い出すのか、と思わず怪訝そうな表情を浮かべた幹部たちの目前で、なおも蒼は言葉を続ける。
「今は女性隊員しか乗っていないこの船も、去年までは男性隊員も普通に乗せていた。だから、あなたたちが思っている以上に私たちは男性軍人の扱いには慣れているわ。彼らがいた頃は、お目当ての美人についつい目が行ってた海曹士は珍しくなかった。それと気づかずに間違えて女湯の脱衣所に入ってしまう、なんてミスをしでかす子もいたわね。かくいう私も『被害者』になったことがあったけど」
その言葉の真意をようやく理解した一部の幹部たちが含み笑いを漏らし、元ふぶき乗員たちが思わず苦笑いを浮かべるのを見ながら、蒼はニヤリと笑った。
「ここは女ばかり248人が働く船、あなたたちもひょっとしたら同じようなことをしてしまうかもしれない。当然そういう事案が起こらないに越したことはないけど、万が一の場合も仕事に影響のないよう解決してくれれば、こちらとしてもその手のミスを多少は大目に見る程度の度量はあるわ。その代わり、綺麗な女の子に見とれてて任務どころではないなんて状況になったら…、その時は容赦なく魚の餌にするからね」
そのセリフに思わず吹き出した者がいた。河内だった。ひとしきり大声で笑った後、何事かと幹部たちが見つめる前でその口を開く。
「なるほど、これから命がけの作戦に向かおうという艦内で、まだそういうセリフを吐けるだけの精神的余裕が艦長にはおありと。確かに、そういう人がトップであるなら背後は安心して預けられそうだ」
そう言うと、河内は自信ありげな笑みを浮かべた。
「ご安心を、我々はあなた方にご迷惑などおかけしませんよ。我々はあなた方に命を救われた恩を返しに来たのです。この船に救出された28名の乗員の代表としてね」
実は、この3人の派遣が決まるまでの間には、ちょっとしたエピソードがある。「ふそうが第2護衛隊群へ臨時加入するにあたって、追加の乗員を求めている」という知らせが入るや否や、測量隊に命を救われた28名全員がこぞって乗艦を志願したのだ。
だが、今回必要なのはあくまでもミサイル要員。ふそうには彼ら全員を受け入れるだけの余裕はなく(実際、救出作戦の後は乗艦人数が定員を大幅に上回ってしまい、色々と苦労を強いられた)、結果的に彼らの思いは汲みつつも泣く泣く乗艦を断ったという経緯があった。それだけ、この3人にしても自らに課せられた使命への思いは強いのだ。
「彼らが今回こぞって乗艦を志願したのは、単にあなた方がお綺麗な方々ばかりだからというわけではありません。それ以上に、命拾いさせてもらった船に何もせずにはいられないという思いが強いんですよ。まぁ、我々も健全な男ですから全くその点を意識しなかったとまでは言いませんがね」
河内はそう珍しく軽口をたたくと、すぐにシリアスな表情を浮かべた。
「せっかくこうして縁あって乗せてもらった以上、我々は手ぶらでは帰りません。必ず、皆さんと共に戦い作戦を成功させてみせる。その一心でやらせていただきます。何卒、よろしくお願いします」
「ソシレソー、ソシレソー、ソシレソーシレッレレー♪」
「出港用意!!」
佐世保港に次々と出港ラッパが鳴り響き、新編成となった第2護衛隊群の所属艦たちが順番に岸壁を立っていく。その光景を、蒼は艦橋からじっと見つめていた。
航海当番の誰もが、いつもとはまた違った質の緊張感を感じつつ己の持ち場についていた。これから自分たちがやるのは、国防海軍艦隊の一員としての戦闘。課せられたのは、上海郊外に設けられたミサイル基地を空爆する、しょうかく艦載機のF-35Cに対する支援任務である。初めて手掛ける内容の任務に、皆が不思議な胸の高まりを感じていた。
「艦長、出港ラッパですがどうします?」
不意に、ラッパを手に構えていた桜井が蒼に尋ねる。その言葉の意味が分からず、思わず聞き返した。
「どうするって、何が?」
「海軍士官の皆さんを乗せて、海軍艦隊の一員として行くんでしょう。艦長のご命令とあれば、海軍バージョンのメロディで吹かせていただきますが」
「あら、あなた海軍のメロディでも出港ラッパ吹けるの?」
「いつも遊びで吹いてますんで。何なら海軍バージョンの方が簡単ですよ」
そう答える桜井の顔は、どこか得意げですらある。その突飛にも聞こえる提案に、蒼は思わず含み笑いを漏らした。
「面白いこと言うわね。そういう柔軟な発想、私は嫌いじゃないわよ。これからも大事にしなさい」
その言葉に、桜井がペコリと頭を下げたのを見て、蒼は改めて首を横に振った。
「でも大丈夫、その必要はないわ。いつもと違う任務であっても、出港はいつも通りやりましょう。私たちはあくまでも、日本国沿岸警備隊の代表として行くのだから」
その言葉に、やりとりを聞いていた他の士官たちが一斉に笑みを浮かべる。桜井も、納得したように表情を引き締めた。そう、それでいいのだ。このセリフが言えるなら、それこそが真行寺蒼という軍人のあるべき姿なのだから。大丈夫、我々の艦長には迷いも恐れも必要ない。
「舫、6番放しました!!」
艦橋に声が響いた。蒼は頷くと、いつものように声を張り上げた。
「これより佐世保港を出港する。ラッパ用意!!」
「ソーソッソシーシッシ、レーレッレソーソレーレ、ソーソッソシーシッシ、レーレッレソッシソー♪」
「出港用意!!」
ふそうへの対艦ミサイルSSM-1Bの搭載は、この作品の構想段階からずっと温めていたアイデアでした。「海軍が運用する艦隊の構成艦が足りなくなり、やむを得ずしばらく喧嘩していた沿岸警備隊の船に武装強化を施して、ともに出撃する」という話を、このNeptuneという作品では書きたかったのです。
今までは仕事上のパートナーとして、その関係を秘匿しつつ協力し合ってきた蒼と河内が、初めて同じ船に乗り込み堂々と協力し合うことになる次回。次が文字通りのクライマックスとなる予定で考えています。完結まで残り少ないですが、最後までお楽しみいただけると嬉しいです。それではまたお会いしましょう。




