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Neptune~蒼海の守護者~  作者: SYSTEM-R
戦闘用意
17/23

戦闘用意(後篇)

どうも、SYSTEM-Rです。今回は最初から最後まで戦闘回となります。今までと比べてもかなり長くなりますが、最後までお付き合いください。それではどうぞ。

 沿岸警備隊艦船付立入検査隊。“Visit, board, search and seizure”の頭文字をとってVBSSと通称されることも多いこの部隊の通常業務は、取り締まり対象の船に乗り込んで臨検を行い、法令違反があれば乗員の身柄を拘束することだ。

 彼らは海上における法執行機関として、沿岸警備隊自身が特に重要視している部門でもある。普段はそれぞれ個別の受け持ち区画につかせ、部署発動と同時に呼集をかける非常設部隊である海軍とは違い、砲雷科や機関科などと同じ分隊レベルの常設部署として設置されていることも、その証拠の1つといえるだろう。

 そして決して忘れてはならないのは、日本国沿岸警備隊は交戦権を有するれっきとした軍隊であるということだ。相手が民間人ではなく軍人となれば、立入検査隊自身の「対処レベル」も当然上がる。そして今まさに、沿岸警備艦ふそうの立入検査隊員たちは、軍事組織として想定している最高レベルの作戦行動、すなわち「敵乗員の生死を問わないターゲット制圧」に乗り出したのだった。

 「Go, go, go!!」

 黒川の指示に合わせて、隊員たちが次々と9mm拳銃を手に天津号へと乗り込んでいく。蒼の見立て通り、後部ヘリ甲板とぴったり同じ高さに設けられた通路は、たちまち戦場と化した。

 「てぇっ!!」

 予想もしていなかった強硬接舷に怯んだ敵乗員たちが、立て続けにこちらの正確無比な射撃により被弾して倒れていく。中には物陰に隠れてこちらに反撃しようと試みる者たちもいるが、その努力もむなしく彼らも最後には眉間や腹に銃弾を受け、海上で散っていった。

 「别动!!再动我就开枪了!!(動くな!!動けば撃つぞ!!)」

 最後に船内に乗り込んだ黒川の背後で、突然中国語の大声が聞こえた。振り向く間もなく、一瞬にして首元を筋肉質な左腕で締められる。身動きが取れない。右のこめかみに、防弾ヘルメット越しに感触を得る。それが突き付けられた銃口だと気づくのに、時間はかからなかった。

 「每个人都当场扔掉枪。白早!!(全員その場に銃を捨てるんだ。早くしろ!!)」

 男が大声で叫ぶ。その声に、黒川以外の隊員たちが思わず振り向き、その手を止めた。瞬時に状況を理解した彼女たちの顔に、悔しそうな表情が浮かぶ。

 だが、そこは百戦錬磨の警備長だ。この場面で人質に取られたからといって、簡単に諦めるようなたちではない。屈強な軍人に身動きを封じられながらも、抵抗しようとするふりをして相手の足の位置を探る。そして男の右足の場所を探り当てるや否や、靴底に鉛を仕込んだ彼女の右踵が相手の足の甲を力一杯踏み抜いた。

 「グァッ!?」

 足を踏み抜かれた痛みに、男が思わず大声を上げる。ほんの一瞬だけ、その弾みで左腕の力が緩んだ。すかさず、今度は黒川の右肘が男の肋骨を、拘束が解かれた瞬間に裏拳が首筋を直撃する。電光石火の早業に流石に耐えきれず、倒れ込んだ男に黒川は二、三発の銃撃を見舞った。この間僅か10秒足らず。あっという間に1人の男の人生が散った。

 「女だからと甘くみるんじゃないよ、バーカ」

 黒川がそう吐き捨てたその時。天津号の船橋では不穏な動きが起きていた。


 「ターゲット船橋に人影。ライフルを構えてます。立入検査隊を狙ってる模様!」

 艦橋で双眼鏡を構えていた桜井が、一足早くその異変に気がつく。彼女の視線の先には、船橋脇の出入口辺りでライフルを構えている敵乗員の姿があった。恐らく、甲板通路に潜んでいた面々だけでは太刀打ちできないと知り、援護射撃しに来たのだろう。だが、黒川を始めとする立入検査隊の面々がそれに気づいている様子はない。蒼は急いで、CICに指示を送った。

 「CIC、艦橋。1番砲、ターゲット船橋に照準」

 「了解、1番砲を船橋へ!!」

 沢渡の声で、127mm砲が勢いよく旋回した。普段通りのシークエンスでは間に合わない。沢渡は砲の指向を確認するや否や、急ぎ艦長から直接発砲指示を受けるべく要請を送った。そのリコメンドに蒼もしっかり応える。

 「主砲目標よし、砲口監視員砲口よし、射撃用意よし、艦長!!」

 「撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 ズドン、という音を立てて1番砲の砲身が唸った。接舷した状態で、いわゆるゼロ距離射撃で放たれた主砲弾は、回避の余地さえも与えずに天津号の船橋に襲いかかる。ド派手な爆発と衝撃で、乗員がいた辺りの一角は見るも無残に破壊された。黒川らが驚いてその方向を見つめる中、ひしゃげた船橋から構造物の一部が崩れ落ちる。

 「Target kill!!敵乗員の撃破を確認。船橋周辺に脅威なし」

 桜井が再び声をあげた。蒼は頷くと、天津号甲板上の黒川たちに呼びかけた。

 「VBSS、ネプチューン。船橋に潜んでいたスナイパーを撃破した。甲板上の状況を報告せよ」

 「ネプチューン、VBSS。了解」

 黒川はそう答えると、即座に部下たちに呼びかけた。

 「報告!!」

 「クリア!!」

 「クリア!!」

 「クリア、甲板通路オールグリーン!!」

 甲板上に敵の生存者がいないことを確認した部下たちから報告が上がる。黒川はそれを受けて、蒼に再び回線を繋いだ。

 「ネプチューン、VBSS。甲板通路オールグリーン。これより内部に潜入する」

 「VBSS、ネプチューン。了解、無事を祈る」

 その交信を聞き終えるや否や、立入検査隊の面々は即座に船内へと消えていったのだった。


 「遅いな…。ふそうからの交信はまだ来ないのかよ」

 ふそうと天津号の現場からはやや離れた近海。恐らく周辺に潜んでいるのであろう東亜海軍艦隊の反撃に備えて、スタンバイしていたふぶきのミサイル長、長門尊中尉はCICで思わずそう呟いた。居合わせた河内がすかさず彼の方を向く。

 「件の装置が船内のどこに仕掛けられているかもわからないんだ、時間がある程度かかるのは仕方ないだろう。お互いを信頼しろという総理の言葉を忘れたかい?」

 「しかし…」

 「まぁ、気持ちは分かるがそうぼやくな。無駄な焦りはいざという時にマイナスに働く。今は平静を保つ努力を怠ってはならないよ、ミサイル長」

 「…、失礼しました。申し訳ありません、艦長」

 長門が頭を下げたその時。突然、掌船務士の岩代雅也准尉が声を上げた。

 「沿岸警備隊ふそうより入電!!」

 「全艦放送へ」

 「ハッ」

 河内の指示で岩代がスイッチを切り替えると、間を置かずにふぶきの艦内全域に葛城の声が響き渡った。

 「ネプチューンよりネイビー。ECM kill。周辺海域の対空、対潜、対水上見張りを厳とされたし。繰り返す、ECM kill。周辺海域の対空、対潜、対水上見張りを厳とされたし」

 その声と相前後して、ふぶきのレーダーからも妨害電波の波長が消える。だが、それは決して朗報ではなかった。レーダーが復旧するや否や、そこには新たな脅威目標が映し出されたからだ。

 「水上レーダー目標探知。距離40000の位置に目標数8!!」

 「おいでなすったか…」

 河内は呟いた。ふぶきが探知した水上目標は、ちょうど天津号とふそうを挟んだ反対側に位置している。主砲射程外のこの距離ではお互いの砲撃は届かないし、ECMが起動していれば敵方のミサイルも妨害されてこちらには到達できないだろう。だが、ふそうによって装置が無効化された今、ミサイルの撃ち合いであれば水上戦闘は可能だ。当然、こちら側の他の艦艇もそれは承知しているだろう。

 「対水上戦闘用意!!ワンビー(SSM-1B)及びESSM、発射用意急げ!!」


 一方、最前線にいるふそうの方でも敵艦隊の展開を確認した。海軍との交信を終えたその流れで、葛城が蒼に対し報告を上げる。

 「艦橋、CIC。水上レーダーに感。距離20000、目標数8。東亜海軍艦隊と思われます!!」

 「CIC、艦橋。了解。1番砲及び2番砲、対空迎撃用意。方位角90度、仰角45度に備え」

 「1番砲及び2番砲、90の45に備えた。調定よし」

 その報告通り、2つの主砲が揃って空中へと顔を向ける。蒼は返す刀で、今度は依然天津号の船内にいる黒川たちに呼び掛けた。

 「VBSS、ネプチューン。敵艦隊の接近を確認、攻撃の恐れあり。至急撤退せよ」

 「ネプチューン、VBSS。了解、これより撤退を開始する」

 黒川のその返答が届くや否や、沢渡が叫んだ。

 「Vampire, vampire, vampire!!前方の水上艦艇より小型目標分離、高速接近!!」

 艦橋にいる蒼たちの目にも、彼方から上がるミサイル発射時の爆炎が映った。状況的に、放たれたのは恐らくYJ-83、NATOコードネームでは「サッケード」と呼ばれる艦対艦ミサイルだろう。万が一停船中の自艦や天津号が被弾すれば、相応の被害は免れない。

 だが、戦闘艦とはいえ沿岸警備隊の船である以上、ミサイル戦闘を任務として想定していないふそうは、VLS(垂直発射装置)も装備していなければ対艦ミサイルのキャニスターも積んでいないのだ。僅か1分強で到達する目標を、主砲とCIWSが万が一外せば一大事である。蒼は急ぎCICに発砲を命じた。

 「対空迎撃、近づく目標。1番及び2番砲、攻撃始め!!」

 「撃ちー方始めー!!」

 「てぇっ!!」

 サイズと射程の異なる2つの砲が、同時に唸った。普段の任務ではほとんどやることのない一斉打方である。漆黒の夜空に向けて放たれた主砲弾が、サッケードを迎撃すべく舞い上がった。時を同じくして、海軍側でも攻撃の口火が切られる。真っ先に対処するのは、やはりイージス艦はるなである。

 「ESSM発射用意よし、Recommend fire!!」

 司が叫ぶ。すかさず日向が攻撃命令を下した。

 「対空戦闘、CIC指示の目標。ESSM、攻撃始め!!」

 「ESSM発射始め!!Salvo!!」

 その命令とともに、はるなのMk.48 VLSから2発の発展型シースパローが飛び出した。同様に、随伴艦を務めていたふぶきやしらゆき、さらにはあきづき型防空駆逐艦5番艦「はつづき(DD-121)」などからも、同様にESSMが次々に発射される。撃ち出された8発の弾頭はやがて、依然として対空迎撃のため砲撃を続けるふそうの上空にさしかかった。

 「ミサイル視認!!国防海軍の対空ミサイルと思われます。左90度、上空通過コース!!」

 桜井が蒼に向けて叫んだ。だが、その声は耳をつんざくような砲撃の二重奏でかき消される。それから数秒後、CICから葛城の交信が入った。

 「艦橋、CIC。ミサイル計16発、左右両方向より本艦上空を通過!!」

 「CIC、艦橋。了解、撃ち方やめ!!」

 直ちに砲撃をやめさせる蒼。だが、その表情は徐々に怪訝そうなものに変わる。

 「ちょっと待って、16発…?どっちからいくつ飛んできたの?」

 「左右から各8発ずつです!!全目標サーヴァイブ、いずれも主砲射程圏外です」

 「そんな…、嘘でしょ!?」

 蒼の顔が一瞬で青ざめた。その目はすぐに自艦から見て左手の方角、国防海軍第2護衛隊群が展開しているのであろう方角に向けられる。

 「まさか…!?」


 「CIWS、コントロールオープン!!」

 「チャフ発射始め!!」

 電子戦、対空ミサイル、主砲いずれを以てしても敵ミサイルを落としきれなかったふぶき。なおも足掻くかのように、妨害電波を必死にミサイルに向け続ける彼らにとっての頼みの綱は、今や最後の砦たるCIWSとチャフのみとなっていた。

 艦長たる河内は、その対空目標が少しずつ近づいてくるレーダーの映像を目にしながら、どこか不思議な感覚に囚われていた。慌ただしいはずの艦内にもかかわらず、自分の周囲だけはゆっくりと時間が流れているような。これから自身に起こることが命にかかわると分かっているのに、何故か頭のどこかには気持ち悪いほど冷静な自分がいる。

 戦争とは、人間の最期とは時にこんなに呆気ないものなのか。8年目を迎える自分の海軍軍人としてのキャリアの中で、初めて訪れた実戦の機会。今まで自分は何回も訓練を積み重ねてきたし、そのいずれにおいても実戦さながらの緊張感を絶えず忘れずに取り組んできた。だがそれでも、心のどこかでは戦闘に臨む姿を「演じる」自分に対して、やや冷めた視線を送るもう1人の自分もいたのだ。

 そのせいだろうか。30年の人生が終わろうかという今この時、自分の身体にはまるでそのもう1人の自分が憑依しているかのようだった。人の世の儚さを悟った、驚くほどに平静でどこか諦めの感情すらも抱える自分。あくせくしてみたところで無駄だ、どうせ人間死ぬときは死ぬのだから、と…。

 「敵弾、来る!!」

 突然、彼の思考を大きな怒鳴り声が遮った。声の主は長門だ。思わず、河内は顔を上げた。その瞬間、ゆっくりに見えていた時間が再び急速に動き始める。無意識のうちに自分の肉体が拒絶していた緊張感が、一気に頭の中へとなだれ込んできた。同時に、それまではあまり意識していなかった生々しい感情が、心の中で首をもたげる。

 (何で早々と諦めようとするんだ、こんなところで死んでたまるか)

 河内は次の瞬間、まるで何かに衝き動かされたかのように、今までに参加したどの訓練でも出したことのないほどの大声で叫んでいた。

 「衝撃に備え!!」


 「報告します、ふぶきが被弾。繰り返します、ふぶきが被弾!!」

 紺野からの報告を、蒼は火柱が上がる左手側の海を見つめたまま、虚無感に囚われたような表情で聞いていた。

 目の前で今まさに起きていることが、蒼には全く信じられなかった。ふそうには元々、海軍艦艇のような対空戦闘能力はない。せいぜい、出来たとしても主砲とCIWSを用いた迎撃による個艦防御くらいのものだ。沿岸警備隊にとってのターゲットはあくまでも水上か海中であって、空中にはいないのだから。

 だが、それでも積んでいる主砲はどちらも海軍と同一仕様のものだ。CIWSだって同じだ。対空ミサイルが打てなくたって、それらのフェーズでは海軍と同じことができたはずだった。だからこそ、自分は砲撃を命じた。仮にミサイル攻撃が自身に向けられたものでなかったとしても、せめて1発でも撃ち落として少しでも脅威を減じたかったのだ。

 なのに、自分は味方を守れなかった。その1発、たった1発さえふそうは撃ち落とせなかったのだ。遥か上空を飛ぶ敵の対艦ミサイルに対して、我々の砲は無力だった。自ら志願して乗り込んだ戦場で、友軍を守ることができなかったという事実を突きつけられて、蒼の目は虚ろになっていた。

 だが突然、蒼の意識は強制的に現実に引き戻された。その耳に、桜井の声が届いたからだ。彼女は、まだふぶきの乗員たちにわずかながらも希望があることを告げていた。

 「海面に人の姿を多数視認!!ふぶき乗員が飛び込んでいる模様です!!」

 その言葉を単なる音としてではなく、言語として認識した瞬間に蒼の手は自身の双眼鏡に伸びていた。覗き込んだその先で、無残に破壊されたふぶき艦上から次々に海に飛び込んでいく乗員たちの姿が見える。生存している人間は少なからずいるようだ。

 「艦長、今ならまだ間に合います。至急、海難対処部署の発動を!!」

 佐野倉が慌てて意見具申する。

 「そ、そうね。急がないと。海難対処部署発動、海に投げ出されたふぶき乗員の救sh…」

 そこまで思わず口にしてから、ふと蒼の脳内に疑問が生まれた。ふぶき乗員の救出。それが今必要なことであるのは分かる。だがちょっと待て、それを誰がどうやってやるのだ。

 普段、救難艇を駆って現場へと駆け付けるのは、第6分隊の立入検査隊が主に担う役目である。彼女たちにとっては、臨検と取り締まりはもちろん遭難者を救うことも重要な仕事なのだ。だが今この瞬間は、その重責を担う人間たちはまだ天津号の中にいる。ボートはあってもそれを操縦する人員がいない状況では、人手を出そうにも出すことができない。

 第5分隊の航空科はどうか。ヘリでの遭難者救出もまた、重点的に普段から訓練しているケースでもある。だが、ふぶきの乗員は約100名もいる。次は対空ミサイルだって飛んできそうな中で、その全てをヘリコプターだけで救出するのは極めて厳しい。ホバリング中に撃墜されれば、それこそミイラ取りがミイラになってしまう。

 この際立入検査隊の回収をいったん諦め、ふそう自らを再び接舷状態から解除したうえで救出に向かわせるべきか。だが、その間に天津号が狙われれば彼女たちに反撃手段はない。一体どうすればよいというのか。八方塞と思われたその時、予想もしなかった人物の声が艦内全域に響き渡った。


 「艦橋、ウェルドック。艦長、うちが行くばい!!」


 声の主は…、灰原だった。蒼が虚を突かれて返答に詰まる間に、彼女の命令が部下たちへと向けられる。緊迫感あるその声は、有無を言わせぬ迫力をまとっていた。

 「測量長より達する。これよりふぶき乗員の救出に向かう。測量隊及び衛生兵、大至急ウェルドックへ!!ありったけんタオルと毛布ば持ってこんね、急げ!!」


 沿岸警備艦ふそう第6分隊測量隊。その任務は、沿岸警備局内の部署である科学測量部からの命を受け、指定された海域の測量と海底地形の観測を行うことである。ここで集められたデータは科学測量部にて海図へと変換され、国防海軍だけでなく民間の商船会社、さらには海洋系の学部を有する大学などに提供される。沿岸警備隊の中では比較的地味ではあるが、欠かすことのできない非常に重要な任務だ。

 その測量任務を現場にて取り仕切るのが、測量長である灰原の仕事だった。測量実施の際は、彼女たちもまた搭載艇を操って実際に海へと出ていく。一見、お互いにつながりの薄そうな立入検査隊と測量隊が、同じ第6分隊の構成部署であるのは、まさにこれこそが共通点であるためだった。もちろん、本来なら平時任務を司る彼女たちが、戦時に海に出ていくことはないのだが、その力を活用するというところに考えが至らなかったのは、蒼の若さが出た部分だろうか。

 灰原以下、測量隊の働きは目覚ましかった。4隻の船に分乗して、いつ第2次攻撃があるとも知れない現場に向かった彼女たちは、合計で28名のふぶき乗員の救出に成功。後の者たちの救出をひとまず他の海軍艦艇から来た短艇に任せ、無事に母艦へと戻ってきたのだ。彼女たちが救出した者たちの中には河内や長門、岩代の姿もあった。

 「全員、急いで中へ。早く体を温めて、夏の海と言ってもいつまでも浸かっていたら冷えるわよ」

 艦橋を佐野倉に任せてウェルドックへとやってきた蒼は、救難艇を降りた海軍軍人たちを急いで中へと誘導した。全身ずぶぬれになった男たちが、タオルにくるまりながら礼もそこそこに奥へと消えていく。その中の1人が、蒼の前で足を止めた。河内だった。

 「真行寺一佐…、ありがとう…。本当に助かった…」

 寒さからか、それとも夜の海に投げ出された恐怖感からか、その声は今まで聞いたことがないほど震えている。頬を濡らすしょっぱい水分は、恐らく海水だけではないだろう。今目の前にいる彼は、普段の爽やかさあふれる姿とはまるで別人のようだった。

 「戻ってきてくれて何よりよ、河内少佐。だけど、あなたが礼を言う相手は私じゃないわ。感謝の弁は彼女に述べなさい」

 その言葉に、河内が思わず蒼の指し示した方に顔を向ける。その視線の先にいたのは、第六十二円竜丸事件の後にはとばっちりで河内に罵声を浴びせながら、その彼が命の危険に晒されたとみるや真っ先に海へと飛び出した灰原だった。

 「ありがとう…、灰原一尉。本当に…」

 「不毛な縄張り争いばっかりしとー人間は、日本国防軍ん制服ば着とったらいけんのでしょう、河内少佐。同じ軍人として、当然んことばしたまでですばい」

 その言葉に力なく頷くと、河内は部下たちと同様に艦内へと消えていった。彼の姿を見送った後、蒼は再び灰原の方に振り向く。こちらはびしょ濡れでこそないが、最先任指揮官に向けたその表情は申し訳なさげである。

 「艦長。良かれと思うてんこととはいえ、ご許可もなかじょん勝手に動いてしまいました。本当に申し訳なか」

 そう言って頭を下げる灰原。だが、そんな彼女を蒼は咎めようとはしなかった。灰原の右肩を、蒼の左手が諭すようにポンと叩く。

 「顔を上げなさい、測量長。これだけ多くの命を救った行為を、私が咎めると思う?」

 その言葉通り顔を上げた灰原の目に映ったのは、蒼の穏やかな笑みだった。

 「よく勇気を出して行ってくれたわね、ありがとう。感謝するわ」

 「艦長…」

 灰原はしばし呆気にとられた表情を浮かべていたが、やがて意を決したような表情を浮かべると、小さくもはっきりとした声で「うちも6分隊ですけん」と口にした。蒼が頷いたその時、突然艦内放送で沢渡の声が響いた。

 「ESM探知、敵艦隊より再度小型目標分離!!本艦に向け高速接近中!!」

 再び、敵艦隊は攻撃を仕掛けてきた。しかも、今度はふそう自身も攻撃目標に定められている。回避行動をとらなければ危ない。だが、蒼には一つ気がかりなことがあった。すぐさま、ヘリ格納庫に問い合わせる。

 「こちら艦長、立入検査隊は全員戻ったの?」

 だが、返ってきたのは悪い知らせだった。

 「艦長、警備長がまだです!!」


 黒川は、肩で息をしながら最上部の甲板通路を必死で目指していた。その足取りは、最初に潜入した経路と比べるとだいぶ遠回りになっている。

 迂闊だった、とその胸には後悔の念があった。蒼からの撤退命令が出た時、彼女は周辺の警戒に当たりながら先に部下たちを撤退させていた。部隊指揮官として、現場を離れるのは常に自分が最後。それが黒川響という軍人が持つ一つの信念だったのだ。

 ところが、いざ自分が撤退を開始しようとした際にイレギュラーが起きた。船内の照明が突然落ちたのだ。恐らく、ふそうがスナイパーを仕留めるために船橋に向けて砲撃した時に、どこか重要な回路まで一緒に吹っ飛ばしたのだろう。まさか、ゼロ距離射撃で5インチ砲をぶっ放すなんて予想もしていなかった。狙撃しようとした乗員を仕留めるなら機銃で十分だったのに。

 おかげですっかり惑わされて、暗視装置を使ったのに本来通るべき通路とよく似た、別の通路に誤って入り込んでしまった。そのせいでしばらく船内を彷徨う羽目になり、自分の脱出が大幅に遅れてしまうとは。初めて乗る船では勘がないから、特に大型船ともなるといったん迷ってしまうとなかなか大変なのは仕方ないが。幸い、乗っていた敵乗員は全員始末したから襲われる心配はないのだが、真っ暗な中を一人駆け回るのはやはりなんだか不気味だ。

 ふと、ようやく甲板通路へとつながる階段にたどり着いた彼女の耳に、耳をつんざくような爆音が届いた。この距離で聞こえるということは、ふそうの砲撃音だ。先ほども迷っている最中に絶え間なく聞こえていたが、やはり甲板が近くなると迫力も段違いだ。

 階段を上がり切って通路に出たその時、黒川の目に2つのものが映った。右手奥の方で、轟音とともに2つの主砲をぶっ放し続けるふそう。そして真っすぐに向けた自分の視線の先で、そのふそうのヘリ甲板の上で必死に自分の名前を呼ぶ、先に母艦へと戻った自分の部下たち。彼女たちの表情と、ふそうにしては珍しくガスタービンエンジンの駆動音が出航時から大きくなっている様子から、黒川は瞬時にあることを察した。

 (まずい、このままじゃ置いてかれる!!)

 銃撃戦の後、駆け回る羽目になって疲労しているはずの彼女の下半身全体に、一気に力がこもった。本能のままに、黒川の身体がヘリ甲板へと向かって駆け出す。ふそうまで後2mほどに迫った時、ついにヘリ甲板と通路との境目がゆっくりと裂け始めた。だがそれにも構わず、黒川は勢いを止めることなくヘリ甲板の部下たちの下へと飛び込む。その瞬間に、彼女の背後で大きな爆発音が轟いた。

 「Target kill!!」

 「警備長復帰。繰り返す、警備長復帰!!急ぎ最大戦速で離脱せよ!!」

 安どの思いと達成感から、甲板上にへたり込んだ黒川の耳に2つの報告が届く。最大の懸案だった黒川の回収と、自艦を狙ったサッケードの迎撃。その両方をほぼ同時に成功させたふそうは、戦闘を海軍に任せて急いで現場海域を離脱したのだった。

今まで度々その肩書を出しながら、具体的な職務内容については触れる機会のなかった灰原の職位「測量長」。ようやく、ここで初めて明かすことができました。彼女が身を挺して河内らふぶき乗員を救助に行ったのは、もちろん灰原という軍人が持つ責任感の表れなのですが、同時に彼女自身の名誉をある種回復する行為であり、同時にこれから展開する物語の一つの転換期ともいえるかもしれません。


なお、次の章が本作のクライマックスとなる予定で考えています。ストーリーは残り少ないですが、最後まで何卒よろしくお願いします。それではまたお会いしましょう。

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