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Neptune~蒼海の守護者~  作者: SYSTEM-R
戦闘用意
15/23

戦闘用意(前篇)

どうも、SYSTEM-Rです。今回から第5章に入ります。今回は沿岸警備隊と海軍に加え、新たに別の国家機関からもキャラクターが登場します。終盤には大きな展開も用意していますので、どうぞお楽しみに。それではどうぞ。

 「東亜製の軍事用電波受信器に乱数表、時限爆弾の材料や設計図に六本木駅構内の案内図か…。まさに数え役満だな」

 都内某所。現場となったアパートの一室で、一通り室内の様子に目を配った警視庁公安部外事第二課の丹波警部は、額に流れる汗を拭きながら1人呟いた。

 地下鉄六本木駅爆破及び首都ミサイル攻撃未遂事件から数日。このうち爆破事件については、事件発生後即座に警視庁にて特別捜査本部が立てられた。執念深い綿密な捜査の結果、駅周辺の防犯カメラの映像に不審な男の姿が映っていることが判明。男の住居がここであることを割り出し、抵抗こそ許したもののその身柄の拘束に成功したところだった。

 薄暗い室内には、捜査員によって開け放たれた窓から日の光が差し込んでいる。それに照らされた室内の証拠物件の数々は、明らかにこの部屋がただの住宅ではなく、外国の工作員の拠点であることを如実に物語っていた。

 「丹波さん」

 突然、若い男が彼に向けて声をかける。振り向くと、そこに立っていたのは自らの部下である捜査員・能登だった。

 「おう、どうした?」

 「たった今、佐世保沿岸警備局より連絡があった旨、本庁から電話がありました。先日長崎沖で海軍に撃沈された、第六十二円竜丸の引き揚げ作業が完了したそうです」

 「あぁ、沿岸警備隊と海軍が追いかけてた船だったな。派手に大砲の弾をぶち込んでたと聞いたが、原形とどめてたのか」

 「えぇ、幸いにも。船内からは暗号通信のために使用すると思われる通信機器や携帯電話、個人携行用の武器などが見つかったそうです。やはり事前の見立て通り、不審な電波通信を行っていたのがこの船だったのは、ほぼ間違いないと」

 能登の報告に、丹波が思わず顔をしかめる。

 「ってことはあの船が発信源で送信先はこの部屋、六本木駅を爆破しろという命令は6月15日時点で既にここに来てたってわけかい」

 「恐らくそういうことになりますね…」

 「なんでそんな大事な船を沈めちまったんだよ、海軍の馬鹿どもは!!おかげで何人の尊い命が失われたと思ってんだ。沈めずにとっ捕まえておけば、あんな事件は起きなくて済んだはずだってのによ」

 いかにもイラついた風の大声に、一瞬鑑識の面々が思わずその手を止める。

 「まぁまぁ、沿岸警備隊も思ってることは同じだそうですから。あそこは我々と同じく警察機関としての顔も持ってますし、軍と言っても海軍とは考えが違うんでしょう」

 能登は必死に上司をなだめると、ふと話題を変えた。

 「実際その考え方の違いが原因で、佐世保じゃ今大問題になってるらしいですよ。どうも海軍の方は、撃沈は状況的にやむを得なかったと思ってるらしくて、沿岸警備隊との間で今や冷戦状態に陥ってるとか」

 「全く悪びれもせずによ…。やっぱり警察の人間には、軍人の考えることはイマイチ理解できねぇな」

 丹波はあきれた様子で吐き捨てた。

 「でもよ、佐世保がこの時分にそんなことやってて大丈夫なのか?今回の一連の事件の首謀者が東亜なら、あいつらは最前線でそこに対峙しなきゃならねぇんだぜ?身内の足の引っ張り合いで、肝心の仕事が疎かになったらそれこそ笑えねぇわ」

 「その点は、自分も全く異論はないですね」

 能登も頷く。

 「そういや近々、総理が佐世保まで直々に激励に行くとかいう話を聞いたな。流石に、最高指揮官殿の眼前で下手なことはできねぇだろうが…」

 丹波のボヤキは、宙に浮かんでやがて消えた。

 「頼むぜ、国防海軍さんよ。あんたたちと沿岸警備隊が最前線で海を守ってくれなきゃ、この国はくたばっちまうんだ」


 「河内少佐。一つ聞きたいのだけれど、何故あなたはそこまでして私たちに対してコミットしようとするのかしら?あなたは最初に私とこうして会った時、かん口令が敷かれていることを理由に情報を流すことを初めは拒んでいたわよね」

 河内は、ただ黙って蒼の問いかけに耳を傾けていた。2人は今、先日と同じように蒼の公用車の中で会っている。だが、今回は河内の方から「会えないか」と声がかかった。播磨が「表立って隊員を海軍と接触させることは控える」と宣言した今、その場に居合わせた蒼が堂々と彼と顔を合わせるのは立場的に困難だ。2度目の接触もやはり、経緯は違えど「密会」には違いなかった。

 「もちろん、あの時あなたに緊急出港の経緯を話せと迫ったのは私よ。それを明かしてくれたことにも当然感謝してる。でも、今はあの時以上にこうして会うのはお互いにとってリスキーな状況のはず。それを押してまであなたの方からこうして接触しようとする、そこに何か深い意図でもあるの?」

 「自分が与えられた仕事を、少しでもやりやすい状況を作るため。しいて言えばそれくらいのものさ。他に何か理由でも必要かな?」

 河内はこともなげに笑った。

 「僕らは軍人であり、国民からこの国の海を守る役割を託された防人だ。お互いに細かい部分で職責は違っていても、その根本的な使命は同じ。それを果たすためには、常に自分たちが最高のパフォーマンスを発揮できる状況を作っておく必要がある。僕らに関して言えば、海軍と沿岸警備隊が協力体制を維持することだって、自らの練度を高める努力と同じくらい重要なことじゃない?」

 「それは分かるけど、だからってこの状況で…」

 「一佐や灰原一尉が僕ら海軍に対して、感情的になる理由はもちろんよく分かる。現実問題として部下が作戦で傷つけられた以上、それは上官としては正しい反応だよ。僕だってフリゲートとはいえ、艦長職を拝命してる人間だ。あなたの立場なら同じように怒り狂ったと思うよ」

 だけど、いつまでもこの状況を放置しておくわけにはいかない。本来なら、こうしてこそこそ車の中で会ってることだって、はっきり言って不健全な状態のはず。それでも、完全にお互いの関係が断絶するよりは遥かにマシだ。実際本音の部分では情報共有が必要だと感じているからこそ、あなたもこうして僕と会ってくれているわけでしょう。

 「言っておくけど、私たちは単に部下が怪我させられただけってわけじゃないわ。自分たちの仕事に対するプライドを傷つけられたのよ。真摯に自らの過ちに向き合わない、あなたの上官たちのせいでね。関係修復について云々するなら、再発防止の確約と一連の出来事について筋を通すことをしてもらわなきゃ、こちらとしては納得できないわ」

 蒼の口調は、病室で彼を問いただした時のような厳しいものに変わっていた。もちろんこれは、かつて白金が口にしたように元を正せばボタンのかけ違いなのかもしれない。だが残念ながら、今や海軍との関係は簡単には修復出来なさそうなほどに拗れてしまっているのだ。海軍が好き放題やった結果、自分の仕事を台無しにされたという思いが強い蒼からすれば、簡単に分かりあうことなど出来ないのも当然のことだろう。しかし。

 「真行寺一佐、何度でも繰り返すがあなたのお怒りはもっともだ。だけど、お願いだからどうかここは堪えてくれ」

 「どうしてこちらが道理を引っ込めなければならないの。そう私に伝えて来いと津軽にでも言われて来たわけ?」

 「そうじゃない、状況が変わったんだ。僕らはこれ以上喧嘩してる場合じゃなくなった」

 河内は真顔で首を振ると、「政府が東亜の外交官に対して、ペルソナ・ノン・グラータを通告した」と口にした。

 「ペルソナ・ノン・グラータ?」

 「外交官の国外退去処分。例の李慶民大使以下、駐日東亜連邦大使館の大使館員23名全員にね。48時間以内に日本から出国せよ、さもなければ大使に対する外患誘致罪の適用もありうると」

 「外患誘致罪って、刑罰が死刑しか設定されていなくて今までに一度も適用されたことのない、日本で最も重い罪状でしょう。その適用を一国の外交官に対して示唆したということは、今回の一件に彼らが関与しているという事実の裏がとれたの?」

 思わず、蒼の口調がほんの少し緩む。

 「あぁ。六本木駅爆破事件の実行犯が先日拘束されて、本国からの指令を受け取った李が書記官を通じて実行を命じたことを、ついに吐いたそうだ。工作員にそこまで言わせるなんて、この国の公安警察は流石だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 河内はほんの一瞬、その口元に意味深な笑みを浮かべるとすぐに真顔に戻った。

 「あなたはとても優秀な軍人だ。この情勢下で日本がそれを通告することが何を意味するか、あなたにも理解出来るでしょう。これは事実上、日本が東亜に対して自衛権を行使すると宣言したのと同義ってことだ。もちろん、先に攻撃を許した以上我が国にはその権利がある。宣戦布告は国際法違反だけど、武力攻撃に対する自衛は正当なものだからね。これから間違いなく、僕らは有事の局面に立たされることになる。その最前線となるのは疑いようもなくこの佐世保だ」

 僕はあなた方に、道理を引っ込めてくれなんて言うつもりはない。我々国防海軍には国防海軍の立場があるのと同じように、あなた方沿岸警備隊にも当然あなた方の立場があるはずだ。お互いがキチンと納得するためにも、議論はむしろ存分に戦わせるべきだと思うけど、残念ながら今はその時じゃない。この局面で最前線にいる僕らが仲違いし続ければ、それは東亜を利するだけ。この国を守るという使命を果たすためにも、今はお互いがひとまず矛を収めるべきだ。

 「あなたの言いたいことは分かったわ。…、しばらく一人にしてくれない?冷静に考える時間が欲しいの」

 蒼の口調は、河内の言葉を受けて一転静かになっていた。もちろん、心の奥底ではまだ完全に割り切れていない自分がいることも事実だ。だが河内の言が本当なら、確かに今のこの情勢下で自分たちが喧嘩している場合ではないことも、また事実と言える。あくまでも自分たちの立場を貫き、海軍に筋を通させることを優先するか。それとも内心もやもやしたものを残しつつも、ひとまず急場をしのぐことを優先するか。どちらの結論を出すにせよ、頭の中はクリアにしておかねばならない。

 「帰る前に、1つ重要なことを伝えておくよ」

 河内はドアに手をかけながら、蒼にとって予想外の言葉を口にした。

 「津軽大佐は自分の過ちを認めたよ。弟さんからそう聞いた」

 「嘘…!?それ、いつの話?」

 「ミサイル攻撃があった日だ。攻撃の前に六本木駅が爆破されたという知らせを真行寺から聞いて、流石のあの人も目の色が変わったらしい」

 さらに続いた河内の言葉に、蒼はただ黙って目を見開くのみだった。

 「一佐も身を以て体感しただろうけど、うちの上層部がプライドの高い連中で占められてるのは確かに事実だ。彼らの態度にあなた方がカチンとくることも、僕は正直責められない。だけどそれでも忘れちゃいけないのは、僕ら海軍はあなた方沿岸警備隊の敵などではないということさ。我々が戦うべき敵は他にいるということ、そして何らかの決断を下すまでにあまり時間的猶予はないということ、覚えておいてくれよ」


 「早速だが、件の船舶への対処についてあなた方の考えを聞かせていただこうか」

 国防海軍佐世保地方総監部の一角にある会議室に自ら参集させた、肥後と播磨を筆頭とする海軍と沿岸警備隊双方の関係者を前に、町田は単刀直入に言葉を発した。今、彼がここにいるのは外務大臣としてではない。第101代日本国内閣総理大臣としてだ。

 先代の総理である戦友・和泉の予感は当たった。あの記者会見以降、新聞や週刊誌には両軍や両官庁の間に多大な混乱をもたらした彼の責任を追及する声が、連日のように踊った。ネット上では右派の言論人を中心に擁護の声こそ上がったが、残念ながら大勢を覆すには至らず。町田が「悪手」だと明言した内閣総辞職と衆議院の解散総選挙は実行され、彼自身が事前の根回し通り新たな首相に就任することとなった。この一連の出来事が、六本木駅爆破事件よりも前に全て済んだことは、不幸中の幸いだったかもしれない。

 その町田が言う「件の船舶」とは、国防海軍のしょうかく型航空母艦1番艦「しょうかく(CV-185)」艦載機によって発見された、東シナ海の日東国境線あたりに停泊し続けている10000トンほどの小型タンカーのことだった。操艦は国防海軍、航空管制は国防空軍と、日本初の海空共同運用艦として設計された同艦は、佐世保を母港とする第2護衛隊群の旗艦であり、日本が自衛措置として計画中の「上海郊外のミサイル発射施設の破壊作戦」を手掛ける、まさに本作戦の要ともいえる船だ。

 そのしょうかくから偵察のために飛び立ったE-2D早期警戒機と、F-35Cステルス戦闘機(コールサイン:エスペランサ)がその途上、洋上に停泊し続けるタンカーらしき船を発見する。初めは特に気にすることもなく上空を通過しようとしたところ、突然レーダーや機器類に原因不明のエラーが発生。やがて操縦にも不具合をきたし始めるようになり、急遽作戦を中止して命からがら引き返す羽目になってしまったのだった。

 その後の分析により、件の船舶は表向きこそ民間船を装っているが、内部に強力なECM(電子的妨害装置)を備えており、近づいた航空目標に対し電子戦を仕掛ける目的でどうやら停泊し続けているらしかった。もちろん、その航空目標には航空機だけでなく、基地攻撃に用いるミサイルの類も含まれることになる。この船自体には物理的なダメージを与える力はないが、これを何とか無力化しなければ作戦は覚束ないことになるのだ。敵基地破壊に先立って、まずどのようにこの船に対処するかが日本側の課題だった。

 「臨検の実施が現実的な線であろうかと。もちろん、一番手っ取り早いのはターゲット自体の破壊です。ただその場合、ハープーンや17式艦対艦誘導弾といった対艦ミサイルは使用できないので、潜水艦による雷撃という形になってしまいます」

 「実際に乗っているのが東亜海軍の軍人であることが濃厚だとしても、表向きは民間タンカーだからな…。それをやればオリオン事件の二の舞、国際的に日本の正当性はアピールできなくなる」

 「仰る通りです。ですが幸い、我が軍には特別警備隊があります。この手の作戦には長けた者たちです。潜水艦『ひりゅう』で近海まで運び、船底の一部を爆破して海中から潜入する形にしようかと」

 頷いた町田に対し但馬がそう伝えた時だった。すぐさま播磨が反論する。

 「ちょっと待て、船舶への臨検は我々沿岸警備隊の職掌だぞ。取り締まり経験なら我が軍の方が圧倒的に上だ。臨検をやるなら我々に任せてもらいたい」

 「播磨海将補、仰っていることは分かるが既に今は有事の状況です。戦時における臨検は海軍の仕事、前線には我々が出ます。あなた方には後方で沿岸部の防衛に当たっていただきたい」

 「相手が民間船を装っているなら、どういう形であれ海軍が最初の一手を下すのは国際的に余計なハレーションを起こしかねん。大体我々が範とするアメリカ軍でも、戦時における臨検は沿岸警備隊の仕事であったはずだが?」

 播磨の言葉に、思わず肥後や但馬が反論に窮すると、すかさず彼に援護射撃せんと手を挙げた者がいた。播磨らとともに列席していた蒼だった。

 「私も沿岸警備隊の一員として、海軍の提案には賛同しかねます。臨検の経験値もさることながら、船底を爆破しての潜入というやり方はあまりにリスクが高すぎる。穴を開けた時点で相手にはこちらの出方がバレますし、よしんば爆破できたところでそこが確実に潜入できるポイントになるとは限らない。どうせなら、正面から堂々と臨むべきです」

 「馬鹿なことを言うな、先日のように海上から小舟で近づくというのか?結果的にそれで部下を危険に晒したのは貴官の方ではないか。同じ愚をまた繰り返すつもりか」

 「いいえ、他にも手はあります。私からは、本艦から直接立入検査隊を乗り込ませることを提案します。…、強硬接舷です」

 ようやく口を開いた肥後に対して、蒼は真顔で驚くべき言葉を口にした。思わず、話を聞いていた町田が興味深そうに身を乗り出す。蒼の指先は、各デスクの上に置かれたタブレットに表示された、ターゲットとなる船の画像を指し示していた。

 「この船の甲板通路の高さは、海面から約11mとあります。本艦の後部ヘリ甲板とちょうど同じ高さです。そして我がふそうをはじめ、沿岸警備隊所属艦船は不審船からの体当たりに備えて重装甲となっている。機動力維持のために装甲を排した設計の海軍艦艇では無理ですが、我が船なら体当たりして接舷したうえで、直接後部甲板から隊員を乗り込ませることができるんですよ。それともう1つ。この船自体は我々をおびき出すためのデコイの可能性があります」

 蒼はそこまで言うと顔を上げる。その表情は思案と熟慮の末、彼女なりに現状を吹っ切ったという事実を如実に示していた。

 「ECMを備えるとはいえ、非武装の船に軍人を載せているのであれば、当然その周辺には護衛の戦闘艦が潜んでいると考えるのが自然です。だとすれば、このタンカーへの臨検は我々に任せておいて、あなた方海軍はそちらへの対処に集中するのが合理的なはず。貴重な潜水艦を、臨検のためだけに向かわせるのは愚策ではないかと」

 肥後や但馬をはじめ、海軍側の将校たちはいずれも言葉に窮した。蒼の言うことにはもちろん説得力と一定の理がある。だが、経験豊富な彼らの目から見れば、30歳の彼女と言えどもまだまだ若手である。ましてや、彼女は二度にわたって自分たちとの間に軋轢の種を生んできたのだ。そんな相手に自分たちの具申した策を「愚策」と言われるのは、海軍側からすればすんなりとは受け入れがたかった。

 「真行寺一佐、愚策とはずいぶんな物言いだな。言葉を慎みたまえ」

 口を開いたのは肥後だった。

 「件のタンカーがデコイであろうという可能性は、我々とて把握している。当然ながら、本作戦は潜水艦一隻のみで行うつもりもない。敵護衛部隊への対処も含めて、前線での仕事は全て我が軍で引き受けると言っているのだ。その理由は貴官とて想像が付くだろう」

 彼の声は、いつになく厳しい響きを伴っていた。

 「過去2回、オリオンと第六十二円竜丸の事件に対して、我々国防海軍はあなた方に先陣を担っていただいた。それが、我が国が伝統的に続けてきた『海の守り方』だからだ。だがその結果どうなった?それぞれの指揮系統の違いから現場は混乱し、お互いの信頼関係が崩れた挙句このような事態を招くこととなってしまったのだ。これ以上、我が国は西方の海の守りに混乱をきたすべきではない。東亜をこれ以上利することを防ぐためにも、ここは国防海軍が一元的に作戦を管理するべき時なのだ」

 「要するに、今のこの状況を招いたのは全て我々の責任だと…?」

 思わず、蒼のこめかみに青筋が立った。

 「現場の人間として、その言は聞き捨てなりませんね。オリオン事件はともかく、第六十二円竜丸事件での混乱や六本木駅爆破事件を招いたことについては、あなた方海軍にもれっきとした責任があります。それは先日も我が上官の播磨が指摘したはずですが。第2護衛隊群司令として、それを自覚してはおられないのですか」

 「貴官が何を言おうと、今更この状況は元には戻らん。どのみち我が軍の案が総理や防衛大臣に認められれば、貴官ら沿岸警備隊の隊員諸君は海軍の特別部局として、我が軍の指揮下で統制されることになるのだぞ。立場をわきまえろ」

 「…、何がわきまえれや。何とか自分なりに踏ん切りばつけて向き合おうと思うてきとーんに、こん分からず屋…」

 思わず蒼が立ち上がった、まさにその時だった。


 「いい加減にせんか馬鹿者!!」


 室内に突如響いた怒鳴り声に、その場にいた全員が思わず固まった。そちらの方向に振り向いた時、誰もがその意外な声の主に唖然とする。声をあげたのは、町田だった。

 「東京で殴り合いの大喧嘩を演じた事務次官連中に比べれば、現場の制服組はまだ理性的にやっているものかと思ったが、いざ視察と激励に来てみればこのザマか。一国の将官や佐官ともあろういい大人が、いつまでも恥ずかしくないのか、情けない!!」

 「も、申し訳ございません!!」

 最高指揮官の思わぬ激高に、慌てて両軍の面々が一斉に頭を下げる。だが、それでも町田の怒りは簡単には収まらなかった。

 「私は諸君らの子供の喧嘩を見物するために、わざわざ佐世保まで時間を割いてやってきたわけではない。最前線を張る諸君がきちんと己の職務に向き合う姿を確認し、我が日本国防軍への信頼を新たにするためにここにいるのだ。にもかかわらずこれは一体なんだ。こんな状況で、我が国国民の生命と財産の安全を守るという、軍人の使命を全うできるとでも本気で考えているのか!?」

 静寂の中、町田の声だけが室内に響き渡り続ける。

 「全員今一度胸に手を当てて考えろ。諸君らは今本当に日本国の軍人としてあるべき姿なのか。目先の国難に目を向けず、不毛で下らない縄張り争いに明け暮れるだけの人間など、我が軍には不要だ。そういう者が日本国防軍の制服を着ることを、私は決して許さん。この際はっきりと言っておくが、これは私1人の怒りではない。私は選挙を以て選ばれた国会議員の中から任命され、国民の代表たる内閣総理大臣としての職務を与えられた人間だ。私の言葉は、我が国1億1600万人の国民の総意と思いたまえ!!」

 「ハッ!!」

 誰1人として、その言葉に反論できる者などいなかった。事情はどうあれ、軍の最高指揮官にそこまで言わせてしまった己の未熟さ。彼を目の前にして不毛な争いを繰り広げてしまった視野の狭さ。この場に居合わせていた全ての軍人たちの心に芽生えたのは、彼らが久しく感じることを忘れていた後悔や羞恥心という感情だった。

 「本件については、従来通り海軍と沿岸警備隊両軍にて対応してもらう。実際の分担については真行寺一佐の提案通りでよかろう。速やかに作戦計画をまとめ、各官庁経由で私に上申するように」

 そう言い残して、町田は怒りをかみ殺すようにして会議室から立ち去った。後に残された者たちは、ただ黙って呆気にとられたままその姿を見つめるのみだった。

町田外相改め町田総理、流石にこの状況には我慢がならなかったのでしょうね。最前線でともに日本を守らなければならない両軍が、一体何をいつまでもごちゃごちゃ争っているのかと。河内という自浄作用が、海軍側で働いているのがせめてもの救いかもですね。


揃って最高指揮官から雷を落とされることとなった沿岸警備隊と海軍、ここからは否応なしに矛を収めて協力体制を再構築することとなります。そうでなくとも、ちゃんと協働してくれないと国防上まずい事態なんですけどね。次回からは3度目の戦闘描写に入ることになりそうです。前回危うく犠牲者が出るところだった6分隊が活躍する予定です。乞うご期待。それではまたお会いしましょう。

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