落とされた火ぶた(中篇)
どうも、SYSTEM-Rです。今回は沿岸警備隊と海軍による直接対決が実現。ストーリーのプロットの根幹となる部分がついに描かれます。また制服組だけでなく、監督官庁での背広組同士でも不穏な状況に…?それではどうぞ。
「貴官のその物言いは聞き捨てならんな、津軽大佐」
殺気立っていた海軍・沿岸警備隊の両者がいったん引き離された後、播磨は津軽の顔を真正面から睨んだ。その姿からは、普段の紳士的で物静かな彼本来の立ち居振る舞いは微塵も想起できない。
もちろん、沿岸警備隊とは管轄や指揮系統の異なる海軍の施設内において、この場を取り仕切ったのは彼ではない。軍港・佐世保における海軍側のトップである、第2護衛隊群司令・肥後俊也少将。第六十二円竜丸事件の事後処理についての協議のため、播磨がわざわざ出向いてまで会いに来た相手だ。本来はお互いの参謀も交えて、将官同士のトップ会談として顔合わせをする予定だったのが、双方の艦長まで居合わせたとはなんという偶然だろうか。
会議室に残っていた海軍士官たちや、蒼を除くふそうクルーの面々は皆帰された。今この場には、沿岸警備隊と海軍からそれぞれ3名ずつが顔を揃えるのみだ。海軍側からは肥後と津軽、そして肥後の参謀たる主席幕僚・但馬昌晃大佐。沿岸警備隊側からは播磨と蒼、さらには播磨に同行してやってきた主席統括官(海軍における主席幕僚に相当)・若狭忠靖一等海佐の計6名である。
「確かに、本件で幸いにもお互いに殉職者が出ずに済んだこと、そして真行寺がとった策がハイリスクなものであり、かつ結果的には裏目に出てしまったことは事実だろう。だが、貴官はそもそも何故NSCや私が彼女に対し、該船を沈めるなと命じたのかという根本的な部分をまるで理解していない」
播磨の厳しい言葉に、海軍側の3名の眉間にしわが寄ったのを蒼は見逃さなかった。
「第六十二円竜丸は、太刀洗が傍受したとされる暗号電波の発信源であった可能性が極めて高かった船だ。だが、その電文の中身がどんなものであるのかは今なお分からぬまま。暗号化されていて中身も送信先も解析が完了していない以上、それが我が国に対してどのような影響を及ぼし得るのかは、電文を送信した当人たちに吐かせなければならん」
だからこそ、我々はこの3日間血眼になってあの船を探していたのではなかったのか。今回必要だったのは、該船乗員の身柄を拘束したうえで徹底的な取り調べを以て搾り上げ、次に予期される東亜の敵対行動を未然に阻止すること。そのためには、第六十二円竜丸は足止めこそすれ、沈めてはならなかったのだ。
「我々の方では既に警察庁にも根回しを済ませ、彼らの計画が発覚次第すぐに捜査機関を動かせるよう、手はずを整えていた。我が軍と警察との間にある強固なネットワークがあればこそだが、無論そのためには容疑者に対する取り調べが重要になる。にもかかわらず貴官が独断で該船を沈めたことで、結果的に計画がぶち壊しになってしまった。その罪は重いぞ、津軽」
若狭も播磨の言葉に同調する。
「今更それを言われたとて困る。そういう背景事情があるなら何故そう事前に言わなかった。今それを責められたところで、どのみちあの船の乗員たちはもうこの世のものではない。後出しじゃんけんもいいところだ」
「後出しじゃんけんやなか。『目的は撃沈に非ず』やとはっきり言ったはずばい。まさか忘れたとは言わせんばい」
自身の言葉に即座に蒼が言い返したことか、それとも言葉遣いがぞんざいな長崎弁だったことか。原因がいずれにせよ彼女の返答がよほど癪に障ったのか、津軽は思わず小さく舌打ちをした。そんな彼に対して視線が集中するのを防ごうとするかのように、今度は但馬が反撃に出る。
「播磨海将補。お言葉を返すようですが、東亜の次の一手が知りたいのなら我が軍の方でデータを早期に解析し、それによって内容を特定すれば済む話ではありませんか。何も、容疑者が生存していなければ絶対に成り立たない話というわけではないし、そもそも拘束できたとしても取り調べで黙秘されれば同じことのはず。今の言葉は、貴官が我が軍の情報解析能力を信頼されておられないという風にも取れますが、そう解釈してもよろしいのですか?」
「誰がそのように言った。情報本部での解析も当然続けるべきだし、そうしなければならない。だが、情報を割り出すための選択肢が多いに越したことはないし、どちらのオプションも同時並行で進めるべきだっただろう。少なくとも現時点でそちらの解析が完了していない以上、何かしらプランBは用意せねばならん。それをわざわざ自分から潰すような馬鹿げた真似をするな、と言いたいだけだ」
「あの船の乗員たちは、我が方に帰順する意思など全く見せなかった。よしんば身柄を拘束したところで、素直に取り調べに応じるような手合いだったとは思えませんがね」
「そのような仮定の話をしてなんになる」
「実際の現場を見ていないあなたが何を言おうと、あの海で起きたことは変わらん」
「やめんか、津軽」
会話に横入りして播磨とにらみ合いになったのを見て、見かねた肥後が津軽のその不遜な言動を窘める。何が信頼だ、と蒼は内心毒づいた。海軍がその2文字を口にする資格などないだろう。我々の能力に信頼を置いていないのは、彼らの方なのだ。彼らがかん口令を敷いてまで、ふぶきとしらゆきをこっそり不審船捜索に出させたりしていなければ、もう少し我々が海軍を見る目だって違っていたかもしれないのに。まだ内心煮えたぎったままの怒りの感情のせいか、そんな彼女の思いは自然と口をついていた。
「あんた方海軍に『信頼』ん2文字ば口にする資格はなか。不信感ば抱いとったんはこっちん方ばい」
その言葉に、思わず他の5人が同時に振り返る。
「NSCが正式にうちに命令ば下す前に、こそこそフリゲートば2隻も動かしてうちん了解ものう、勝手に不審船ん捜索なんかやらせてたんはどこん誰と。我々ん仕事ば横取りしといて、かん口令まで敷いて情報遮断したんはどこん誰と。我々現場はおろか、司令にさえ通達しとらんかってんどがんことばい。そがん対応ばされれば、我々が不信感ば持つんは当たり前やなかと」
「真行寺…」
「それでいざ該船ば見つけてみれば、こっちん段取りは平気でぶち壊すわ幹部には怪我負わせるわ、指揮系統が違うんばよかことにやりたか放題やられて。それでいて悪びれもせずそがん不遜な態度とは…。一体何様のつもりよ。あんたたちよりも若い女ばかりが乗ってる船だからって、馬鹿にするのもたいがいにしなさいよ」
いつの間にか、蒼の言葉は再び標準語に戻っていた。まだ怒りの冷めやらぬ目で、完全に黙り込んでしまった海軍側の3名の士官を睨みつける。
「あなた方海軍は、オリオン事件で我々が出動要請したにもかかわらず、連絡の行き違いで空振りに終わった挙句演習スケジュールまで白紙化を余儀なくされた、ということにご不満だとお伺いしました。そこに全く我々の落ち度がなかったとは申しません。ですが、オリオン事件でのいきさつが不可抗力で起きたものであるのに対し、今回のあなた方の一連の行動は明らかに恣意的だ。この点はオリオン事件と同列には語れませんし、我が軍としては断じて看過するわけにはいきません」
若狭が援護射撃とばかりにそう口にする。播磨は、自分の正面に座っている肥後の顔を真っすぐ見据えた。海軍と沿岸警備隊、双方の佐世保における最高責任者同士の目が合う。
「肥後少将。ご承知のこととは思うが、我々は本来貴官らを糾弾するためだけにここに来たわけではない。東亜が日本にとっての現実的な脅威となりつつある今、最前線にいる我々が仲違いするのは得策ではありえんからだ。あの時現場で何が起きていたのかを精査し、お互いに不手際があったなら謝罪をし、今後に向けて両軍がどのように共同で対処していくべきかを話し合い手打ちとする。我々がこの会見で求めていたことはそれだけだ」
播磨の声だけが、広々とした会議室の中に響き渡った。
「だが、誠に遺憾なことにその目的は果たすことができなそうだ。今の真行寺の言葉が全て本当であるとすれば、それも極めて残念なことだな。いや、遺憾や残念という言葉では済まされん。なんにせよ、こちらには津軽大佐の指示による砲撃に巻き込まれたことによって、目を負傷した柳田という被害者が生まれているのだ。少なくともその点については詫びの一言でも聞きたかったところだが、その考えはないとの判断でよろしいか」
肥後は、黙ったまましばしその言葉をじっと聞いていた。やがて、息を大きく吐き出すと覚悟を固めたように口を開く。
「播磨海将補。事情はどうあれ我が軍駆逐艦の砲撃により、沿岸警備隊側に負傷者を生んでしまったことは極めて遺憾に思う。佐世保地方総監部を代表して、柳田二尉に対してはお見舞いを申し上げたい」
予想とは異なる賢明な判断から出た言葉に、沿岸警備隊側が思わず安どのため息を漏らしたのもつかの間だった。
「だがターゲットを砲撃したことについては、我々は非難を受けるいわれはない。貴官らは不審船対処任務がそもそも自分たちの職掌だと言いたいのだろうし、事実その通りだ。だが、第六十二円竜丸らしき船からの電波を最初に傍受したのは我々だ。海上警備行動の発令によって、最終的に事態対処の主導権を握る法的根拠を得ていたのも我々だ。つまり、本件は例外的ではあれどあくまでも我々国防海軍の仕事だった。ならば、海軍としてのやり方で事を進めるのは当然のことだろう」
第2次世界大戦以降、我々の先人たちは自国を守るための優れた力を持ちながら、周辺国を無暗に傷つけまいと自らその手足を縛ってきた。そこに一定の理があったことを認めるにせよ、それによってどれだけ我が国が自身の国益を毀損してきたか、貴官も知らんわけではなかろう。海上自衛隊が国防海軍に再編されたのは何故だ。純粋な警察機関だった海上保安庁が、準軍事組織たる沿岸警備隊として再建されたのは何故だ。
お互いが刀を抜くことなく紛争を収めることができるなら、それが何よりであることに異論はない。だが、残念ながらこの世の中には力に頼らねば解決できない問題も存在する。そして、力というものは使うべきタイミングで正しく使わねば意味がないのだ。警備艇搭乗者が命の危険に晒された以上、はるなの砲撃は最良の選択ではないにせよやむを得なかった。現場がそう判断したからには、それを尊重するしかないというのが私の考えだ。
「あくまでも貴官らは自らの正当性を主張するのみ。この場では落としどころを探ったり、話を前には進めたりする気はないということか」
播磨はそう吐き捨てると、すっと座席から立ち上がった。
「結構、ならばこれ以上この場で顔を突き合わせていても意味はなかろう。話し合いを続けても時間の無駄だ。残念だが、まだ執務が残っているゆえこれにて失礼する。若狭、真行寺。行くぞ」
「ハッ…」
その言葉に促されて、蒼と若狭の2人も席から立ち上がった。ドアのところまで向かいかけたところでふと、播磨が再び振り返る。
「それと柳田が退院して以降の話だが、当分の間我が軍の人間を表立って海軍側と接触させることは、勝手ながら控えさせていただく。本件で貴官らに不信感を抱いている者は、我々の間では何もこの3人やふそう乗員に限ったことではないのでな。今回は幸運にも未遂で済んだが、お互いに血を見るような事態は避けねばならん。では、失礼」
断固たる口調とその思い切った行動に、再反論する余地を失った海軍側の3人の士官は、黙ったままその後姿を見送るしかなかった。播磨以下3名が沿岸警備局へと戻る途中、総監部内の廊下で偶然彼らとすれ違った司は、そのあまりの威圧感に一切の言葉を発することができなかった。彼は後に、黙ったまま自分を一瞥すらせずに通り過ぎた姉のことを、こう評している。「あん時ん蒼ん表情は、まさしゅう夜叉んそれやった」と。
「君たちねぇ、いい年こいたおっさん同士で何てことをやらかしてくれちゃってるのさ。全く見苦しいったらありゃしない」
「申し訳ありません、総理…」
東京・永田町の首相官邸。日本国内閣総理大臣・和泉傑は、首相執務室に呼び出した4人の男たちの前で、苦虫を噛み潰したような顔を崩さなかった。平身低頭する彼らの姿にも、呆れたようなため息が漏れるばかりだ。
この場に召集されていたのは、防衛省から摂津防衛大臣と淡路事務次官。国土交通省から加賀国土交通大臣と越前事務次官という顔ぶれ。要するに、それぞれの省庁における大臣と事務方のトップ同士である。事の発端は、事務次官レベルで行われた第六十二円竜丸事件についての緊急協議だ。現場の制服組だけでなく、海軍と沿岸警備隊双方を管轄する省庁の背広組同士でもトップ会談が設定される格好となった。海軍側の行動により、味方であるはずの沿岸警備隊にも負傷者が出たということが、それだけ永田町や霞が関では重く受け止められたということだ。
ところがその会談が始まる直前、会場となった国土交通省内の会議室へと向かう途中の廊下で淡路が何気なく発した一言が、越前の逆鱗に触れてしまう。顔をお互いに合わせた時点で最高潮まで張りつめていた緊張の糸は切れ、舌鋒鋭い言葉の投げつけ合いはあっという間に拳での殴り合いへと発展した。しかも、大臣同士も不穏な空気に当てられてかなかなか乱闘を収められず、騒ぎに気付いた警備員が慌ててすっ飛んできたことでようやく収まったという有様だった。
「現場の将官同士の方がまだ理性的に事を収めてるというのに、背広組の君たちがリアル場外乱闘なんておっぱじめてどうするの。ましてや、よりによってマスコミのカメラの前でだよ?これでまた余計な仕事が増えた。ただでさえ、東亜からは今回の件で『貴国海軍が我が国の民間船を沈めた』といちゃもんつけられて、面倒なことになってるっていうのにさ。これ以上僕の手を煩わせるんじゃないよ」
「返す言葉もございません…」
「まぁ、お互いに色々と言いたいことがあるのは分かるけどね。君らは国会議員とキャリア官僚でしょうが。どうせ腕力で勝負なんて柄じゃないんだからさ、せめて喧嘩するなら頭使ってやりなさいよ」
和泉はそうぼやきながら椅子に腰を下ろすと、顔を上げた4人の顔を見回しつつ「で、君らはこの件についての落とし前はどうつけるつもりなの」と問いただした。
「よりによって現役の事務次官同士が、首都圏キー局の生中継が入ってる目の前で流血沙汰をやらかしたんだよ。ただでは済まないことくらい分かってるよね」
「もちろんです。事が事である以上、残念ながら更迭はやむを得ないかと」
「私も同感です。ただ更迭となるとやはり何かと波風が立ちますので、表向きは従来通り勇退という形をとるべきかと考えます。後任の人事については、決まり次第閣議人事検討会議に上げますので」
加賀と摂津が、相次いで今後の処遇について具申する。乱闘の当事者2人は、何も言えずに黙って歯を食いしばったままだ。
「そうね。ちょうどお2人とも任官からそろそろ2年が経つし、慣行上も頃合いでしょう。お2人にとっては不名誉な形での退官になってしまうけど、仕方ないね。傷が浅いうちに片付けなきゃいけないから、早急に頼んだよ」
「承知しました」
4人が執務室を出て行ったのを確認すると、一度大きくため息をついてからデスク上の電話に手をやった。ほどなくして、受話器の向こうから落ち着いた声色のバリトンが聞こえてくる。
「もしもし」
「もしもし町田さん、和泉だけど」
「あぁ総理、お疲れ様です」
電話の相手は、数週間前に東亜連邦大使・李慶民を完膚なきまでに論破してみせた、外務大臣の町田だった。彼もまた、東亜への対応で大忙しのここ数日である。
和泉にとって、自分より3つ年下の町田は国会議員デビュー同期の戦友と言える相手。常に落ち着きがあり、感情に任せず筋道立ててはっきりとモノが言える、という点を彼は気に入っていた。自身が区切りとなる第100代目の内閣総理大臣に就任した際、町田を前政権に引き続き外務大臣として入閣させたのも、当然のことかもしれない。
「聞いたぞ。防衛省と国交省の事務次官が大立ち回りを演じたそうだな。こんな時期に事務方トップがこんなことをやらかすとは、あなたもつくづくついてない。我が国に軍が復活して10年、ようやく我が省にも軍事オプションという貴重な交渉カードが生まれたというのに、その当事者がこんなことをしていては我々も困るんだがな」
「全くだよ。まぁ、前世で何かやらかした報いとでも思っておこうかね」
和泉は思わず苦笑すると、「ところで、東亜の外交部にはどのように対処するつもりなの」と尋ねた。
「実を言うと、今回はちょっとばかり分が悪い。形式上、うちの海軍があっちの民間船に対して武力を行使して撃沈した、ということになっているんでな。要するに、この間のオリオン事件の逆をうちの海軍がやってしまったわけだ」
「第六十二円竜丸に乗っていたのは、東亜海軍の軍人でしょう。廃船になった船の名前を勝手に騙られているわけだし、その線で攻められないの?」
「もちろん我が方としてはそのように伝達しているが、現時点ではまだ引き揚げ作業が完了していない状況だからな。海軍と沿岸警備隊から、なるべく早く現場の映像が届けばこちらとしても楽なんだが、肝心の背広組がその状況だから困ったものだ」
電話口で、町田が大きくため息をついた。
「ところで和泉さん、あなたこの後は記者会見のはずだろう。こんなタイミングで電話なんかかけてきて、油売ってて大丈夫なのか?」
「あぁ、そのことなんだけどね…」
和泉はしばし黙り込むと、執務室の真っ白な天井を見上げた。
「今回の一件、マスコミの書き方次第では責任を取らされるのは、もしかしたらこの僕かもしれない。無論、そうならずに済むことを望むけどね」
「何を言ってるんだ和泉さん。事務次官人事は官房長官の管轄であって、あなたじゃないだろう。当事者への処罰や、所轄大臣の任命責任は問われるかもしれんが、そこまで背負い込む必要はないはずだ」
「いや、それだけの話じゃない。海軍と沿岸警備隊の統制についても含めて、だよ」
和泉は少し寂しそうに笑った。
「今回の不審船事案、海軍と沿岸警備隊の双方を送り込んだ結果現場の統率が混乱して、結果的に沿岸警備隊に重傷者が出る事態にまでなった。そのうえ、NSCからの指示も両軍に対して全てが正確には伝わってなかったという報告もある。それに加えて事務次官による乱闘騒ぎ、現場と背広組の両方に混乱をもたらしたという責任は軽くない。政府批判が生きがいのマスコミに、格好の餌を与える形となってしまったしね」
もちろん、直接的には現場がやったことでも両軍の最高指揮官はこの僕だ。軍に何かがあれば、最高責任者として国民から目を向けられる立場でもある。まして、今回は指揮統率の混乱という政治側のやらかし。今回の落としどころが不本意なものとなったとしても、それは受け入れざるを得ないだろうね。
「たとえそうだとしても、今のこの状況での内閣総辞職は悪手だぞ。現時点で、東亜が次にどう出てくるかを我々とて把握しきれていない。私は軍事の専門家じゃないが、ここで内閣が変わることになれば相手に付け入るスキを与えることになる、ということくらいは分かる。今はお互い政治家としての踏ん張りどころだろう」
「もちろん分かっているさ。だからこそ、『そうならずに済むことを望む』と言ったんだ」
和泉は頷いた。
「だがあなたも承知の通り、全てが思い通り動くとは限らないのが政治の世界だ。我々政治家は、常に何事も最悪の事態を想定しておかなくちゃいけない。現場に立つ軍人がそうであるようにね。リスクマネジメントってやつだよ」
「おい、それってまさか…」
「町田さん。可能な限り総辞職に至ることは避けたいと思うが、もし今後万が一僕が首相の座から降りざるを得なくなったとしたら、その時は頼んだよ」
和泉がそう口にしたのとほぼ時を同じくして、執務室のドアがノックされるのが聞こえた。政務担当秘書官が、記者会見の準備が整ったことを告げる。
「すまない、記者会見の時間が来たみたいだ。また連絡するよ」
そう言うと、和泉は電話を切った。再びふうっと大きく息を吐きだすと、覚悟を決めたようにゆっくりと椅子から立ち上がる。ふと、自嘲的な笑みがこぼれた。
(記念すべき100代目の首相に就任して3年目、せめて1回目の任期は全うしたいところなんだけどねぇ…。まぁ、なるようにしかならないだろうね)
記者会見場へと向かう彼の足取りは、いつもより少しだけ重かった。
場外乱闘(物理)
この「Neptune」という作品において、互いによく似ているが異なる組織である沿岸警備隊と海軍の間での対立は、物語の根幹をなす要素の1つです。お互いが火花をぶつけ合った今回、ついにバトルが本格的に勃発した形となりました。っていうか町田や播磨の言うとおり、本来はこの人たちが対立していては色々とやばい状況なんですけどね。大丈夫かこの世界の日本。
ちなみに海軍も沿岸警備隊も、どちらにも正論の部分とやらかしてる部分があるので、正直どっちもどっちと言われればその通りなんですよね。肥後が播磨に投げかけた「力の使い方」についての言葉は、実は筆者の個人的な信条を一部投影したものでもあります。皆さんはどちらの方により説得力を感じるでしょうか。
沿岸警備隊からは今や敵視されてる感のある国防海軍ですが、ちゃんと日本国の防衛のために彼らがまっとうに仕事する話も用意してあります。海軍の名誉のためにも次回はそのあたりのストーリーを描きたいと思ってますので、どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。




