統合された世界で私は勇者と旅をする
ある日自分の生きた世界が誰かの作ったものでその誰かがいくつもの世界を作ることに飽きてしまったと言われたらどう考えるだろう。
飽きた上で「総てを維持するの疲れるから一つにする」と言われて目が覚めたら知らない場所に一人で放り出されたらどう思うだろうか。
ある日人々の脳に創世神と名乗る男が現れた。
そいつはただ一言「飽きた」と言って世界を一つにしたのだ。
私達が生きていた世界、爬虫類や獣みたいな姿をした獣人達が生きていた世界、そしてまるでゲームの中のような魔物が生きる世界。
私がわかるだけでも以上3つの世界が統合されている。
もしかしたらもっと細かい世界の統合もあるかもしれないがそんな詳細を完全に理解しているのはあの一言で言い放った創世神とやらくらいだろう。
いや、その創世神すらわかっているかどうか怪しい。
なんと言っても飽きたの一言で世界を統合させた男だから忘れ去っている可能性もあるだろう。
まあそんなこんなで総ての世界が統合されてから今は二年ほどたった天気のいい日だ。
私はそんな中で、勇者と呼ばれる人間と旅をしていた。
「……疲れた」
「あと半分だ」
「アイルの半分はあと3日12時間歩けば次の村に到着しますって意味かなコラおい」
「こっちの一日は28時間だからお前達の時計で計算するならピッタリ3日だ」
「ゔぁぁあああああ!!!むっかつくぅうううううう!!!!こちとら二年前まで普通の女子高生だったんだぞこら!!
いくら二年間旅しっぱなしって言っても限度ってものがございませんか!!」
「…本当にうるさい女だな、ユウリ」
元女子高生橘悠里、現在元気に旅をしております。
この世界、エルドラは地球風に言えば「剣と魔法のRPG」的な世界だ。
と言っても魔物や魔王が人類を狙っているとかそういうのは無い。
むしろ人々と魔族は共存しうる存在であり隣人である。
町とか村とかいけば普通に魔物がいるし普通に生きている。
では「勇者」とは何か。それは希望であると王は宣った。
二年前に突然創世神が幾多もの世界を統合させて今世界はとんでもない広がりを見せている。
ベースはエルドラに、そこに私達地球人や獣人が現れて土地の一部が広がったり突然見知らぬ村や建物が現れたり世界は多いに混乱した。
そんな世界をまとめるためにエルドラの勇者として選ばれて旅をしているのだ。
具体的に言えば統合されてしまったこの世界で未だに現実を受け止められずに荒れ果ててしまってなんやかんやな人をおさめて説明させて認めさせるのが彼のお仕事だ。
そう、統合された世界の住民の中にはこの今起きていることを未だに夢だと思っている人物が一定数存在する。
……今まさに、人の首筋にナイフを突きつけている牛のような獣人のように。
「ゔぁはっはっは!!人族の女を捕まえるなんて運がいいなぁ!!
人族の女はいいぞ!肉は柔らかくて溶けるようで内臓は噛みごたえがある!
煮ても焼いても炙っても美味い!!」
食レポ風に山賊に捕まってます。今日の野宿の薪を集めていただけなのに突然盗賊に捕まりました。
こういうのって普通村に付いたら「盗賊たちが!」ってフラグたってからじゃない?
あ゛ー、またアイルに嫌味言われるよーあいつネチネチうるさいんだよなぁ…
「お前と同行していた男にも手は打たせてもらっている!次に会うのは食卓の上だなぁ!!」
も~~あの創世神ぶん殴りてぇ~~~~
ふむ、とアイルは考える。
今日の野宿に合わせて獣避けの火を焚くために枝を集めさせたのはいいが同行者が帰ってくる気配は一向に無い。
この程度の森ならば多数の修羅場を越えた彼女ならば特に問題なく戻ってくるはずである。
それならば何かあったのかと考えて……アイルは思考を放棄した。
どうせしばらくしたら戻ってくるだろうと自分が集めた分の枝を組み立て、簡単な呪文を唱えて薪を始める。
そして倒れている獣人が持っていた荷物から簡易食料を取ると苦々しい顔でそれを口にした。
獣人が好むらしい血肉溢れた味にやはり顔は渋い表情を作りとりあえず適当に座る。
そして簡易食料に木の枝を刺してそれを薪にかざして軽く炙っておく。
普通に食べればまずいが炙ればなかなかに美味しい簡易食料が獣人特有の好みだ。
まあ獣人達はそのまま食べるから好みで語り合うことは出来ないだろうな、と考えて溜息を吐く。
獣人がいれば旅ももう少し楽になるだろう。気性の荒い獣人達に対してこちらも獣人というカードを打てればそれは最上だ。
そう考えながら顔を上げれば何名かの足音が聞こえた。
蹄のような音が地面を蹴る音が響くから獣人の集団、さらに言えば倒れている奴等の仲間だろう。
立ち上がり、腰に下げられた剣を抜き構える。
「いたぞ!男の方だ!」
「女の方は親方が捕えている!男は先に捕まえたもんから食っちまえ!!」
その言葉にアイルは彼女がどこでどうしているかすぐに理解した。
そしてもう一度と言わんばかりに大げさな溜息を一つ吐く。
「馬鹿な真似を…」
言うと同時に剣を鞘におさめ、彼は先程までと同じように薪の前に座り、炙っていた簡易食料を手にとってはむ、と口に含んだ。
やはり炙った方が美味しいと舌鼓を打っていると獣人の賊達は一瞬驚いたような顔をしたがすぐにアイルが諦めたのだろうと下衆な笑みを浮かべてそれぞれナイフを構えるとアイルに襲いかかった。
「おい、出番だぞ勇者」
「はいよ、王子様」
次の瞬間に現れたのは直径5mほどの火球だった。
突然森の木々をへし折り、燃える暇も無く炭に変えたそれは迷いなく賊共に辺り、賊共は悲鳴をあげる暇すら無く、良い言い方をすれば辺りにはとてもジューシーなお肉の香りが満ち溢れている。
そうして炭に変えられた可哀想な木々が生い茂っていた方向からは少しばかり煤をかぶった悠里が小さな豹の獣人を連れてこちらへと歩いてきた。
「おっすクソ王子様、私が張った結界うまく起動した?
戦えない王子様の為にわざわざ特訓してたやつだよ?それにしても助けに入るのナイスタイミングだったと思わない?」
「その子供はなんだ、夕食か」
「んなわけ無いでしょうに、賊のアジトで誘拐されてた子の一人だよ
とりあえず全員縛り上げて誘拐された人たちは一番近い隠れ村まで衛兵呼びに行ってこの子はそこまでの案内係」
ポスポスと獣人の少年の頭を撫でながら悠里はニヤニヤとアイルに報告をした。
地形の変動により地図にはない隠れ村が新たに生まれていた事など当然王都には報告は無く、もしもそのまま素通りにしていたらこの子供達は無事ではなかっただろう。
しかしその悠里の表情が気に入らなかったアイルは無言で悠里に近付いてその頭を小突いた。
「それで王子様、こんなにもがんばったあたしに褒め言葉は無し?」
「流石だな、勇者ユウリ・タチバナ
エルドラ王国第一王子として私から貴殿に感謝を述べよう」
創世神は他の創世神達になぜあんなにも良く出来た世界に飽きたのかと尋ねられてばかりでイライラしていた。
たとえよく出来た世界だとしても一つ失敗してしまったことがあればそれはもう全体的に失敗作だ。
エルドラに魔法を使える人間を産み忘れた。
地球に魔法が使える人間を間違えて産んでしまった。
ほぼ同時期に作っていたが故に置きた間違いだったがもうすでに生まれてしまった世界ではどうしようもないミスだった。
創世神は考えて、考えて、考えた。
完璧主義の創世神が2つの世界を融合させたら怪しまれるだろう。
しかし人一人だけを送ってはすぐにバレる。
なら、
ならば、自分が作った世界総てをまとめてしまえばいい。
そうすれば自分が犯してしまったミスはばれないし管理もずっと楽になる。
そうして創世神は今日も自分が作った一つの世界を見つめる。
その世界で、今日も勇者は旅を続けていた。