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辛酸な過去を変えるため皆は電子書籍を更新する  作者: 彦音梟
4章救済の暴力
22/25

空虚


つっ君と別れてから真っ直ぐ寮の方へ向かって行くと二学年の保体担当の一二三ひふみ先生が教室棟と寮を繋ぐ通路で立っているのに気づく。

私は二学年の先生全員と良くお話をし仲良くしているためある程度の性格は掴めている。


一二三先生ぶきっちょであまり体を動かすことに関しては向いていない人だけど良く口は動く人。話していて面白い先生なので今回も声を掛けることにした。


『ひ〜ふ〜み〜せんせ〜!こんな所でどうしたの?見回りでもしてるの?』


一二三先生は軽く笑みを浮かべコクコクと小さく頷いて肯定する。


『またまたつっ君のお家に行ってね、ご飯を作りに行ったんだけどそしたら越矢子綾音ちゃんがいてね、凄くびっくりしたんだよ!』


再び軽い笑みでコクコクと頷く。その後も話を続けても頷くばかりだった。


『先生どうしたの?いつも良く喋るのにさっきから一言も喋ってないよ?』


先生に対し違和感を覚えジト目になって先生を見た。


『こらこら、あまり先生をいじめないであげて。』


疑いの目を向けていると後方から声を掛けられ、そこには二学年の数学担当の四五よいつ先生の姿があった。この先生は真面目で口数は少ないほうだけどしっかり話を聞いてくれる先生だ。


『あっ!四五先生って...あれ?先生そのメガネどうした?』


『これ?これはちょっとしたイメチェンよ。たまには違うメガネもいいかと思って。』


『そのメガネの度は合ってるの?』


『えっ?どういう事?』


『だってそのメガネただのガラスでしょ?先生近視だから普通は私が見る角度だといつもなら頬のラインが凹む筈だもん。』


『そ、そうなのよ。よく分かったわね。実はコンタクトを付けた上で伊達メガネを...』


『ええっ!それこそ嘘だよ!先生は先端恐怖症って言ってたからコンタクトするとき指を目に近づけるの怖すぎて無理って言ってたもん!』


四五先生は苛立ちを見せ舌打ちし、私は空気の変化を感じて距離をとった。


『二人は私の知ってる先生じゃないね。まさか先生を偽った不審者とか?だったら通報してあげるから警察のお世話になった方が良いと思うよ。』


『あぁ...バレるの早っ!特殊メイクも役を演じるのも得意なんだけどな。ここまで先公と仲良しだったとは予想外だ。』


『あたしなんて喋ってもないのに...』


『とりあえず警察に来てもらうからちょっと待っててよ。』


携帯を出して番号を押していると急に非通知になってしまう。顔を上げるとE- bookを取り出しスペースを展開させる四五先生の姿が確認できた。


『もう警察が介入できる次元じゃない。こっちは君に会うために変装をしてきたんだ。』


『ステージは都市です。1分後にはステージの生成が完了し戦闘開始しますので準備を整えてください。』


フィールドの構築が始まり背の高い建物がいくつも構築されたり道路や適当な木々が植えられていて本格的な都内のような風景が構築される。


2人は特殊メイクのマスクを剥がし招待を表す。片方はバッチリメイクをした小柄の女性ともう片方は細身だか体つきがしっかりした女性であった。


『ふぅ、普段は身辺調査はしてから化けるんだが急な予定だったから今回はしてないんだよな。普通先公なんかと生徒は仲良くしないって思考概念が油断に繋がった。』


『あたしなんてバレないように喋らなかったのに疑われてたよ。あの子洞察力があるかもしれないね。』


『わざわざ変装までして私を倒しに来るなんて変な人達だね。』


『相手の知る人物になってALTERで共闘を申し込めばあっさり信用してくれるからな。それでスペース内で隙を付き倒す。』


『卑怯な作戦だね。私はそういうの好きじゃない。』


『あたしはこの方が一番傷つけあったりしないからいいと思ってる。この間似た作戦をちょっと太めの女子高生に仕掛けたし。』


『そうそう、仲間らしきイケメンに変装して接触したら最近知り合った関係って言うな。でもそのデブが友達少なくてコミュ症だったからそこはかとない会話でやりきれたから騙しきれたよ。』


『その時あたしはスペースの外で見てただけなんだけどね。あの子はどんなスキル持ちだっけ?』


『倒した奴の事なんていちいち思い出せねぇよ。でもそこそこ有名な作品だった気がするな。』


『あっ!確かこぶとり爺さんだよ。思い出した。』


『えっ?』


それって確か...里三ちゃん!?嘘だ...里三ちゃんは強かったし負けるはずがない。


『あぁ、それだ。あいつの最後は惨めでそこそこ面白かったな。隙を付いたらパートナーと融合する前にE-book落としてな。私が拾って壊すって脅したら涙流して説得してたな。』


『.........』


『あたしは会話までは聞くことができなかったけど女の子土下座してたよね。』


『私が土下座で懇願しろって言ったからな。まあ、あまりにも醜かったもんでその直後にぶっ壊してやったよ。あの絶望を体現した表情は今でも思い出し笑いできるわ。』


『黙って...』


『はぁ?』


『その子は私の友達。一時期疎遠になったけどまた仲良くなった大切な友達だから悪くいうのは止めて。』


『どう言おうと私の勝手だろ。』


『確かに貴方が里三ちゃんの事をどう言うかは勝手かもしれないよ。でも里三ちゃんの友達だった私がやめるよう言っているんだから止めてよ。』


『あのデブはもうあの時のことを気にしてないと思うぜ。記憶がないんだから。まぁ、私が消してやったんだけどな。』


『里三ちゃんがリタイアしちゃったのはとても悲しいよ。今にも泣きたいくらいに悔しい。でもそれ以上に貴方に対して怒りの感情の方が勝った。私は貴方を許さない。』


『へぇ、やる気満々じゃないか。』


私はどんどん腹立たしい気分になり直ぐにでも相手に飛びかかりたくなった。


『でこちゃん。確かにさっきの言い方はちょっと良くないと思うよ?』


突如もう1人の女性からの抑制の声が掛かる。


『茅野うるさい!今はそういうこと言ってる時じゃねえだろ。』


『ん〜でもあの小さい子が怒ちゃったのも仕方ないと思うな。今のでこちゃんは性格悪い人にしか感じないし、でこちゃんと仲良しのあたし的には周りの人に嫌われるような事はしてほしくないんだよね。』


『いや、これも相手の精神面への攻撃の一つで...』


私は少しばかり感情的になったが2人で会話を始め放置されている間に気を落ち着かせることができた。相手が隙を作ってくれたことによりその場から逃走した。


『だから相手を怒らせる事は戦闘前の攻撃...ってあれ?あの小娘は?』


『ん?そういえば姿が見えないね。』


『あぁぁ!茅野の相手してたらいなくなったじゃないか!どうにかしろよ!』


『え〜!でこちゃんが相手を怒らせる作戦を教えてくれなかったから私だけのせいじゃないでしょ...』


気づくとフィールドの生成も完了しカウントが開始される。2人はパートナーと一つになると試合開始の合図が鳴らされた。


『まぁ、とりあえず探すけど...』


市野剛は近くにあるビルに近寄り両手で触れて大きく深呼吸をした。



〈奏〉


『はぁ、はぁ、これくらい距離をおけば大丈夫かな。』


逃走に成功しメイジーと一つになるとまずやるべきE- bookの確認から行う。


『え〜と、相手のE- bookは【化けくらべ】を持つ幣辛夷装飾しでこぶしでこと【金太郎】を持つ市野剛茅乃(いちのごうちの) 。金太郎は力強そうなイメージ湧くけど化けくらべは知らないお話だな。化けるって言葉的に変身能力とかかな?あの人メイクが得意そうな事言って先生に変装していたくらいだし。』


敵の持つE- bookの確認をして考察を終えたら次は罠を仕掛ける。


里三ちゃんと戦った時のように足元から糸が出て捕縛するタイプや綾音ちゃんから糸に触れると待ち針が飛んでくる罠を教わった。私の持ち味である糸を出す能力は罠を張って敵を迎え撃つ事が最善の手だと綾音ちゃんが教えてくれた。


『今回の私は一味違うんだ!』


前回の里三ちゃんとの戦闘では敗北したら大事な人の存在も忘れてしまうという事を把握していなくてALTER戦での気構えが足りていなかった。でも今は違う。ALTERのルールをしっかり把握したし、今回においてはデコと呼ばれてた女性は里三ちゃんを弄んでからリタイアさせた。私の友達を馬鹿にするような人は絶対に許せない。


戦闘の気構えを高めつつ足元から糸が出る罠や糸に触れるとビルからマチ針が出るようにする罠を素早く仕掛けていく。


『とりあえず一通りは仕掛け終えたかな。近くの非常口の位置も把握できたし迎え撃つ準備は完了...ん?』


突如大きな地震に苛まれ後方より亀裂音や瓦礫音が聞こえ、それがどんどん近づいてくるのが分かる。


『一体何...って、うぇ!!!』


振り向くと連なって建てられていたビルがドミノ倒しの要領で倒壊していてこちらにまで迫っている光景だった。


『どっ、どやったらこんな...そっ、それより逃げなきゃ!』


手から糸を伸ばし伸縮させて倒壊の範囲外へと移動し倒壊から免れる。


『せっかくの準備が...』


ビルの倒壊によって仕掛けた罠の大半が瓦礫の下敷きとなってしまった。しばらくすると砂埃が消え奥の方より幣辛夷と市野剛の姿が現れる。


『おっ!思ったより遠くへは逃げていなかったみたいだな。』


『良かったね、でこちゃん。これであの”おまけ”も片付くね。』


『じゃあ、さっさと済ませるぞ。』


幣辛夷は市野剛と手を繋ぐと体が流体のように溶け出し再び形作ると市野剛よりもサイズのでかい大鎌に変化した。


『やっぱり変身する力!?』


『じゃあ、いくね。』


大きな大鎌をまるで重さを感じさせないように持ちながら凄い速さでこちらへ突進して来た。こちらも糸を飛ばし応戦するも鎌を軽々扱い糸を切断されていく。


『もう、終わりだね!って...あれ?』


糸の猛威を掻い潜りもう少しで届く距離まで近づくと市野剛が動くのをやめてしまった。


『数が減って焦ってたけど、どうにか罠に掛けることができた。』


市野剛の足は糸が絡み縛られる。


『え〜何これ。でこちゃん糸が絡んで動けないよ。』


『じゃあ引きちぎれはいいじゃん。』


大鎌になった状態で幣辛夷は喋った。


『あっ、そっか!』


市野剛は力強く足を持ち上げ絡まる糸を引きちぎりにかかる。


『引きちぎるなんて無駄だよ。』


つっ君でさえも引っ張っても切れなかった糸なんだから他の人がやっても...


徐々にぶちぶちという音が鳴ったかと思うと片方の足に絡まる糸が一気に引きちぎられた。もう片方もあっさりと引きちぎられる。


『えぇ...結構あっさり...』


『せっかくの策が通じなくて残念だったね。今度こそ...ってあれ?また動けない!』


市野剛が数歩歩くと再び同じ罠が発動し身動きが取れなくなっていた。


『お前は馬鹿か!仕方ない、私がやるから投げろ!』


大鎌だった幣辛夷がまた流動体となり今度は大きい手裏剣へと変化する。


『じゃあ任せる...ね!』


市野剛から放たれる手裏剣は凄い速さで向かってくるが私はあっさり避けそのまま手裏剣はビルへと向かっていった。


『凄い速かったけど私なら余裕で避けれるね。そのまま建物に刺さっちゃえ!』


手裏剣はそのままビルへと突っ込んでいった。しかし市野剛の脅威の力で投げられた手裏剣は建物を貫通させ倒壊させると勢いを殺さずにそのままこちらへ向かって来る。


『ただの手裏剣ではなく私直々に軌道を操っているのだから幾ら避けても無駄だ!』


幣辛夷が叫び再び向かってきて私は回避するがその後も幾度となく私に襲い掛かる。


私は避けつつ次の作戦へ移ることにした。裁縫道具に触れある物を中から取り出し縦に引っ張るとそれは大きくなった。


『助けて熊耳様くまがみさま!』


それは綾音が糸を集めて作った熊のぬいぐるみである。


『そんな糸の集合体なんぞ切り裂いてやるわ!』


私から熊耳様へと軌道が変わり突っ込んでいった。


『やれるならやってみれば!』


熊耳様は白刃どりの要領で手裏剣を止めにかかる。


『なっ...なんだコイツ!』


手裏剣は回転し続けたが次第に回転が止み、熊耳様は足元に叩きつける。


『ぐはっ!』


舗装されたコンクリートに叩きつけられて思わず変化が解け人間の姿に戻る。


『これでとどめ!』


さらに幣辛夷に向かって熊耳様のパンチが飛んでくる。


『どうせぬいぐるみのパンチなんか食らったって...っ!』


幣辛夷は余裕の表情を見せたが、ふと何かよぎったのか首を右へ動かしパンチを避ける。


『...マジかよ...』


動かす前にあった頭の位置を見るとコンクリートを破壊してクラックだらけになっていた。


幣辛夷は慌ててぬいぐるみの側から逃げ体制を立て直す。


『なんなんだよ!そのぬいぐるみはよぉ!』


『名前は熊耳様。』


『いや、名前っていうか...ぬいぐるみが何で動くとか...』


『自分で考えてみれば。』


綾音ちゃんの作ってくれた熊耳様が動く理由は私の新たに得ていた能力で、糸を使うことで軽い物を動かすことが出来るようになったので糸でできた熊耳様を操っている。


ちなみに熊耳様の手には小さくしておいたマチ針が多量に仕込まれていて硬い金属パンチを繰り出すことができる。


『くっ!原理は分からないけど、私じゃ対応できん。おい!茅野何やってんだよ!』


市野剛の方を向くと体全体に糸が絡まっている姿があった。


『ごめん、ごめん。また何度か罠に掛かってたから遅れちゃったよ。とりあえず交代しよう。』


市野剛が幣辛夷の前に出るとこちらへ突っ込んでくる。私はすかさず熊耳様でガード体制を取る。


『そんな熊で私の力を受けきれるかな。』


目の前まで近づいてくると力の込められた拳を振るう。熊耳様のガードする腕にHITすると衝撃の強さで地面を揺れる。そのまま何度も熊耳様へと拳が振るわれる。


『ふぅ、どう?私の力は...ってあれ?』


熊耳様は市野剛の力を受けきる。相手が動揺していると熊耳様は腕を引きフックを放つと市野剛の腹へと入る。


『うぶぅぅ!!』


めり込むほどのフックの強さにより市野剛を吹っ飛ばばし壁へと打ち付けられる。


『衝撃吸収の為に熊耳様の中にクッションを入れておいたんだよ。念のために熊耳様の糸を地面に貫通させて衝撃を逃すのもやっておいたし。綾音ちゃんから熊耳様をどういった使い方をすれば戦いに優位になるかをレクチャー受けているから完璧だね。』


グッタリと動けないでいると幣辛夷は市野剛の側に駆け寄る。


『茅野大丈夫か?』


『...ん、お腹は結構痛いし動きたくないな...力比べは得意だけど攻撃を受けるのはそこまで得意じゃないし...』


『そうか動けないか...じゃあ、動けるようにしてやるよ。』


幣辛夷は懐から何か取り出し市野剛の口へと放り込むと市野剛は軽々と起き上がる。しかし先程よりも表情に変化があり、体表の色素が褐色し、目つきが尖って白目を剥き、強く喰いしばっていてとても異様な雰囲気を放っている。


『えっ!なんなの!』


『これは亢進丸だ。含めば色んな身体能力の向上が得られる。少々中枢神経にも作用して機能が亢進しちまうから軽い興奮状態になっちまうけどこれで勝てる。暴れろ!茅野!』


『ゥゥゥ...ヴヴヴゥゥァアアア!!!』


市野剛は大きく雄叫びをあげると先程よりも早い速度で移動し、殴る格好で近寄ってきた。


『熊耳様お願い!』


先程同様に熊耳様をガード体制で待機させ、市野剛の力の入った拳がクッション入りの腕でガードし、衝撃を吸収して地面へと逃す。


『ヴヴヴヴァァァァァァァ!!!』


先程よりも強力な力であったため逃した衝撃で地面が崩れてしまう。不安定な足場により踏ん張りがきかず熊耳様は私の後方へ吹き飛されてしまった。


『熊耳様!』


思わず飛んでった熊耳様の方を向くと急に影がさす。顔を戻すと市野剛が腕を振り上げるところであった。


『!?』


市野剛は軸足をしっかりと置き腕を振り下ろす。その瞬間罠が発動し、既に絡まっていた糸にも絡みつき先程よりも強く縛り上げる。


『今のうちっ!』


一瞬動きが遅まったが縛り上げる力を上回る力を発揮され糸はブチブチと音を立てながら千切れる。拳が振り抜かれ私は後方へ大きく後方へ下がる。


『くっ!!...きっつ...』


一瞬の隙ができたタイミングでクッションを目の前に出して緩衝材のように拳の衝撃を軽減した。しかし圧倒的な力故に相殺できるほど吸収はできなかった。


『フゥゥゥアアアァァァァ!!!』


市野剛は再びこちらに向かってくる。私は迎撃の為マチ針を取り出し両手で持ち剣道の姿勢で構える。


どんどん近づいて来て私の間合いへと侵入して来た瞬間私は一瞬で相手との距離間を無くす。


『秘技縮地』


急に距離を詰められて市野剛は驚き動揺が隠せない表情になり、その隙にマチ針で素早い面を打つ。


『グギャャャャャ!!!』


突進の最中で唐突に顔面に攻撃を受け、足をくじいて倒れる。


『つっ君には劣るかもしれないけど私だって部活内ではトップクラス剣術使いだから強烈な一撃だと思うよ。それじゃもう一撃!』


私は追い討ちのように市野剛のお腹にマチ針を奥まで刺した。


『ヴヴゥゥゥゥ!......?』


『そのマチ針に殺傷の力はないけど、変わりにどんな硬い物にも刺さるし、刺されると私が許可しないと取ることはできないよ。体ごと地面に貫通まですれば絶対固定の拘束具になる。』


市野剛はマチ針を抜きに掛かるが自慢の力でもっても引き抜くことはできないでいた。


『この間に熊耳様をもう一度操作してあの人をやっつける。』


飛ばされた熊耳様を元へ近づき破損部分を確かめているとドスドスと音が聞こえ背後を振り返る。


『えっ?』


『ヴヴヴゥゥゥゥアアアァァァァ!!!』


大きな音を立てながら走って近づく市野剛の姿を確認した。


『どっ、どうして......はっ!!』


お腹には確かにマチ針は刺さったままであった。しかしその背中には刺さっていた地面ごと持ってこちらへ突進してきていた。


『まさかそういう脱出の仕方をされるのは思ってなかったな...こうなったらもっとマチ針をさしたり糸をもっと絡ませたりして確実に動きを止めるよ。できるか自信ないけど。』


【じゃあ今は休むといい♪】


目の前にチャットのような吹き出しが現れる。

横へ顔を向けると綾音が矢を構えている姿があった。


『助けに来てくれたのあや...』【それ以上は言っちゃ駄目だよw】


私はハッと気づき口に手を当てコクコクと頷く。


『おい茅野!その黒騎士こそ俺達の倒すターゲットだ!ちょっと止まれ!』


幣辛夷が声を張ると市野剛は動きを止め距離を取る。


『普通は人数が増える時は放送が入るはずなんだがいったいどうなってんだよ。』


【答える訳ないじゃないかwお馬鹿さんだなw】


その事に関しては綾音ちゃんが持っているどこでもドアノブの能力が関係している。使って入れば誰にも気づかれないでスペースに入ることができ、使って出れば行きたい場所に行きつつスペースが出ることができるからだ。って綾音ちゃんから聞いた。


というか綾音ちゃんバレないようにする為だからか、普段とキャラがおかしい。


『まぁ、どうでもいいや。黒騎士さんよ、あんたを抑えておけるような人材を複数行かせたはずなのに何でここにいるんだよ。』


【あぁ、確かに変な人達がたくさんいたね。けど全員返り討ちにしちゃった(笑)】


『はぁ?全員?10人ほど向かわせた筈だぞ。冗談が下手過ぎて笑えねぇぞ。』


【ん〜僕は冗談とかは好きだけど嘘を吐くのは好きじゃないんだよな〜】


『....ははは、マジかよ。あいつが特別視して幹部決めのターゲットにしていたのも頷けるわ。でもお前を倒す本命はコイツだ!茅野!おまけは後回しでターゲットをぶっ倒せ!』


『ヴヴヴゥゥァアアア!!!』


【弓術!丑!】


再び突進を開始する市野剛に対して綾音は構えていた矢を放つ。市野剛は矢を撃ち落とすべく裏拳を放った。


『グググゥゥゥ......』


裏拳は矢にHITするが打ち落とされずに拮抗した状態になっていた。


『...なんで矢一本すら飛ばせない...』


【僕の放つ矢は特殊でね。この《丑》は闘牛のように力強く突き進み続けるんだけど今拮抗してるって事は同じくらいの力なのかなw】


綾音ちゃんは何も持っていない手から矢を出すと番えて狙いを定める。


【今の状況でこれはどう対応するかな?】


【弓術!辰!】


綾音は指を離し矢を飛ばす。


『やばい!茅野避けろ!』


幣辛夷は叫ぶが既に遅く、矢は市野剛の腹部にHITした。すると大きな爆発が起こり強い爆風が巻き起こった為皆顔を伏せる。暫くして風は止み煙も晴れると倒れている市野剛が現れる。


『お...おい!茅野!』


幣辛夷は側に駆け寄っていく。


【これも僕の弓術の一つで《辰》は先端が何かしらに接触して押し込まれる事により爆発が生じさせて相手を焼く。龍の放つ炎のようにね。】


『あんなに強い人をこうもあっさりと倒しちゃうなんて凄いね。』


『くそっ!もう茅野は使い物にならない。ここは撤退するしかない。』


幣辛夷は市野剛を見捨てて走り出した。綾音は矢を番え狙いを定める。


【逃すわけないだろう!】


幣辛夷の進行方向へ矢を放つが見切っていたのか突然止まり矢を自分の目の前で通過させてから再び駆け出す。


【奏、彼女は非常口を探すつもりだよ。逃しちゃダメ!】


『わ、分かった!じゃあ私を追ってきて。』


糸を伸縮させて素早く移動し一番近い位置にある非常口にすぐにたどり着いて入り口前で待機した。すると遅れて幣辛夷がやって来る。


『お前は非常口の場所を知っていたのかよ。でもお前のスキルなら私には通じないぜ。』


幣辛夷はこちらに向かって突っ込んで来る。


『やれるものならやってみれば!』


手の平から無数の糸を出して幣辛夷へと放つ。しかし幣辛夷は両腕を前に出し腕の形状を変化させ腕を刃物に変えると向かって来る糸を切り裂きながら突進を止めない。


『部分的にも変化できちゃうなんて聞いてないよ!』


思わぬ刃物の突進に私は非常口から離れてしまう。


『はっはっは!今回のことはを鉄血てっけつに報告しとくぜ!鉄血に頼んでチームを組み直してもらってまた報復しに戻ってきてやるよ!』


腕を元に戻し非常口へと駆け込む。


『っ!どうしてこれが!』


非常口へ入ろうとした直前で足元から糸が出てくる罠が発動し幣辛夷の足に絡みつく。


『始め君達から逃げたときに見つけたから一番最初にに仕掛けておいたんだよ。』


『まぁ、いいや俺は市野剛と違ってこんなもん効かないからよ!』


足先から膝にかけてまで短く鋭利な刃物複数枚出し糸を切断して行く。


『よしこれで...っっ』



【終わりだね。】



幣辛夷が脱出をする直前、脳天に矢が直撃し凄い力で殴られたかのように遠くへ吹き飛んでいった。


『間に合ったんだね。』


【奏があの女を先に追って足止めしてくれたおかげだよ。それに私が追いつくように順路になるよう糸まで伸ばしてくれたから助かったよ。ありがとう♪】


『それほどでもないよ♪』


褒められ思わず笑顔になる。


【じゃあ敵の安否を見ようか】


幣辛夷の元へ駆けつけると息を粗くしていた。

『はぁ、はぁ、うぅ...だりぃ...』


【君は目的があってこの子を襲ったのかい?】


『...ぃんや...そのちっこいのはおまけだよ。そいつを即倒してからアンタ、黒騎士を倒すのが元々行おうとしていた作戦だ...』


【えっ?僕?狙われるようなことしてないけどな?】


『アンタの強さにこっちは目を付けたんだ。俺達は組織内で競争していて強者であるアンタを倒したら組織内で有意な地位にしてやるって鉄血に言われたもんでな...』


【鉄血って言うのは上司?】


『まぁ、そんな感じか...ボスの直属の部下って感じかな。それより茅野はどうだったよ。強かったろう。』


【まぁ、体育会系の奏を追い詰めたのは評価してもいい。】


『そうだろうな。茅野は元々オリンピック候補の人間で将来は有望なトライアスロンの選手になれるやつだったからな。』


【その言い分だともうなる事ができないみたいな言い方だね。】


『そうだ。もう茅野は選手としては認めてくれない。何故なら俺があいつの選手生命を潰したんだからな。』


『貴方は里三ちゃんだけじゃなく仲間の市野剛って人にまで酷いことを!』


『あぁ...私は大変な事をやったって思っている。』


【なんでそんな事をしたんだ。】


『当時茅野はオリンピック選手の候補に選ばれて日々練習し、私はそのサポート役として勤めていた。どんどん良い記録を出す茅野のサポートできるのは嬉しかったし、少なからず茅野のファンもいた。そういう人達から贈り物などもいただいたりしていたから期待されているのが実感して誇らしかった。』


【順風満帆な人生をだったみたいだね。】


『だったら何故...』


『ある日候補選手の検査をする日になり茅野は普通に検査を受けた。するとどうだろうか。検査の結果茅野は増強剤の類が検出されたんだ。』


『えっ!?』


【どういう事!?】


『基本的に食事は他の選手達と一緒の物を食べていたが他の選手は薬の反応は無かった。なら何が原因だったのか。私には心当たりが一つ浮かんだ。それは...ファンからの贈り物だった...』


『...』


『ファンからの贈り物を開けると手紙や手作りのお菓子が入っていたんだ。その時茅野が小腹が空いたと訴えてきたもんでそのお菓子を食べながら手紙を読んであげた。その数日後検査に引っ掛かり候補選手からの除外を言い渡され、選手とその関係者は無期限で出場停止とされ茅野も私もオリンピックへの参加は出来なくなってしまった。』


【仕込まれた贈り物だったのか。】


『それなら貴方は悪くないはず...なんで自分を責めているの。』


『そのお菓子を茅野に手渡したのは私なんだ。そういった贈り物は初めてだから浮かれていた...警戒もしないで茅野に見知らぬ人物の用意したものを食べさせてしまった。あんな事しなければ茅野は今頃.....ぐぅぅぅ...』


『.....』


幣辛夷の話を聞いて黙っていることしかできなかった。


【君達も辛い思い出があるようにこちらも色々抱えているものはあるんだ。申し訳無いけどこのままリタイアしてもらうよ。】


『私はもう諦めているよ。でも茅野は反対側の非常口に向かってるんじゃないか...』


【君がもう使い物にならないって言っていたじゃないか】


『あぁ、言ったよ...もう戦闘では使えないから...でも少しぐらいなら動けると思った。だからこうしてお前達を引き寄せたんじゃないか...本当は私も脱出して合流するつもりだったが......』


『じゃあ陽動されちゃったって事!?』


【しょうがない。奏急いで戻るよ。】


綾音ちゃんは私の背中を押してきて戻るように促してきた。


『えっ!でもあの人は...あっ...』


後ろを振り返り幣辛夷を見るとスペースが体を覆っていて転送が行われていた。


その光景を見て一瞬喜びを感じたが徐々に寂寥を覚え心にぽっかり穴が空くような感覚になった。



2人で市野剛が倒れている場所へと急いで駆けつけるとそこには市野剛の姿はない。すると綾音はE- bookを開いて溜息を一つ吐くとこちらにも見せてくる。


【もう非常口から出たみたいだね。もう2人分の名前しか載ってない】


自分達2人の名前と持っているE- bookだけが表示していて市野剛と幣辛夷の名前は既に消えていた。市野剛のいた位置から血痕の垂れた後があり、それを追って行くと私達見つけた非常口とは別の非常口が見つかり血痕はそれへと続いていた。


『逃げられちゃったみたいだね。』


【いつまでもここにいる必要はないから出るよ。】


2人でE- bookから脱出信号を出すと転送が始まり学校へと戻った。


『ふぅ、敵を逃してしまったけどとりあえず奏が無事で本当に良かったわ。』


『...うん、ありがとう...』


『元気がないみたいだけど大丈夫?』


『さっきの幣辛夷って人だけど私の友達であり、仲間だった人をリタイアさせられちゃったの。せっかくALTERを通じて再び仲良しになれたのに...凄く悔しくて...』


思わず涙が流れてしまう。


『そうだったの。なら仇を討つことができて少しは憂さが晴れたんじゃない?』


『確かに瞬間的に嬉しさがこみ上げてきたけどすぐに落ち着いて虚しい気持ちになったよ。仇を討ったところで友達は私の事を忘ちゃってるからもう仲良しには戻ることができないと思うと......』


流れ涙は止まらずむしろ勢いを増す。すると綾音はハンカチを出し涙を拭う。


『確かに今はALTERの影響で記憶が消えてしまっているから関係を戻せないかもしれないわ。でも貴方はまだやり直すチャンスを...ReStartができる可能性を持っているのよ。だからやり直しをする際にまたその子と仲良くすればいいのよ。だから今は前を向くことだけを考えなさい。そうじゃないとこの戦いをやっていけないわ。』


涙が止むと頭を撫でてくれた。


『...そうだね、そう思うとこれからも頑張ろうって気持ちになってくるよ。ありがと綾音ちゃん。』


気持ちを入れ替えるため大きく深呼吸をする。するとふと、疑問がよぎった。


『そういえばタイミング良かったけどどうして学校に戻ってきたの?』


『さっきも話したあいつらの怪しい仲間の話を盗み聞きしたところこの地域のALTERプレイヤー達を狩る作戦が開始しているっていうから最初に1人になる貴方の元に来たのよ。』


『そうなんだ...ってそうだ!なら次にピンチなのはつっ君ってことになっちゃうよ!助けに行かなきゃ!』


『彼のことだから心配は無いと思うけど向かってみましょうか。でも校門は監視カメラで見られているから抜け道を使って出るわよ。』


『抜け道?』


部室棟に向かい学校全体を覆うフェンスへ近づき綾音ちゃんは支柱辺りをペタペタ触り始めた。


『えっと確かこの辺に...あった。』


支柱の一部が外れると鍵穴が現れる。さらにポケットから鍵を取り出しガチャリと音がなる。鍵穴のある作中が奥へと動かせるようになり開閉が自由になった。


『えっ!なにそれ!私知らないよ!』


『これは非公式の抜け道よ。歴代の先輩方がこっそり作っていたみたいで鍵も限られた個数しか無くて複製ができないそうよ。一部の生徒にしか知られていないから他言は禁止ね。』


『分かった。それじゃあ急ごう!』


校内から出て津倉家方面へと駆け出そうとした。


『お前達無事だったか!』


『あっ!つっ君!』


声のする方を向き土筆の姿をとらえるとそのまま駆け出し突進付きで抱きついていく。


『ふっ!合う時はお決まりだな。』


『あれ?神ちゃんもいるの?』


『何故永神君がここに?』


『僕もALTERのプレイヤーなんだよ。さっき変な人達と戦ってたんだけど土筆に助けてもらったんだ。』


『えっ!神ちゃんもなの!?』


『なるほど。それで津倉君と永神君が一緒にいるのね。』


『さすが越矢子さん。受け入れが早いね。』


『それよりここにいるって事は抜け道から出てきたんだろ?敵がいるのか。』


『確かに敵が来て私はやられそうになったけど綾音ちゃんが助けに来てくれて敵2人を倒してくれたから大丈夫だよ!』


『正直越矢子がここにいる事自体不思議でしょうがないんだが。』


『帰る途中で敵から情報を得たから奏が心配になって学校に来たのよ。そして追い詰めたはいいけど結局1人逃してしまったわ。』


『なるほど。そうなると後は織部と亀梨の方にその敵が向かって行く可能性もあるな。』


『私の予想だとあの市野剛って人は指示待ちする人だと思うから次の作戦を知るまで行動しないと思うけど。』


『とりあえずは2人の元に急ぐぞ。敵はここにいる俺達に敵を差し向けて来たって事はあいつらにも準備しているはずだ。』


こうして4人が集まり織部と亀梨の元へ駆け出した。










E-bookまとめ


名前 越矢子綾音 E- book: ロビンフッド

スキル 義賊の英雄 Level6

ロビンフッドの持つ身体能力を付与される

長弓のスキルが扱える。レベル変動で弓術が追加される。


使用道具

隠蔽の鎧、どこでもドアノブ、長弓


弓術 《丑》《辰》



名前 幣辛夷装飾 E- book: 化けくらべ

スキル 静物変化 Level4

静物に姿を変えることができ、レベルの上昇でより繊細な物へ変化できる。



名前 市野剛茅野 E-book 金太郎

スキル 豪腕の絡繰 Level:3

強力な力強さをえる。レベルの上昇で得る力も変動する。


使用道具

亢進丸 身体能力の向上が得られる。その代わりに興奮状態で知性が低下する。

元々は市野剛専用アイテム(毎回幣辛夷に預けている)




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