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七話

 




「ありがとう。じゃ、ちょっと待ってて」


 たけ君に、昨日の路地裏にまで着いてきてもらい、ネックレスを探していたがなかなか見つからない。薄暗いことはわかっていたので、ランプを持ち出して地面を照らしながら探していてたのだが見つからない。

 見つからない。

 見当たらない。

 どこにもない。

 初めは、立て膝で探していたそれも、時間が経つうち、不安が募るうち、地面に這いつくばっていて。服の汚れなど目に入らない、もし、見つからなかったらどうしよう、と怖くて。胃から込み上げる吐き気で気持ち悪くなって。それでも、必死に探しているのに見つからない。それなのに、見つからない。


「ハル、ほんとにここに落としたのか?」


 すぐに終わるから手伝んなくていいと、立って待っていたたけ君も途中から参戦してくれる。


「うん。確かにここだと思う」


 たけ君は、決して諦めろ、なんて言わずに付き合ってくれた。もう、探してから30分は経っている。


 ……ないのかもしれない。


 この路地裏に入る直前触った覚えがあるから、確かにここに落としたはずなのだ。ここにないのなら誰かに拾われた、のか。半ば、茫然と俯く私に、たけ君は声をかけられずにいる。


「……でも、これが神の御導きなのかも、ね」


 陳腐で、おあつらえ向きの台詞をはいて。諦めない、諦めたくない自分を蓋に閉じ込める。これは、世界を征す神の定めた事なのだと。神のせいでネックレスが何処かへ言ってしまったのだと。


 神の御導き、なんて使いふるされた言葉。諦めの悪い人間が、神様なんて仰々しい偶像を自分勝手に使って自分の責任ではないと我が儘を叫んでいるだけだ。その行き場のない苦しみや哀しみ、後悔を、自分では到底敵わない誰か()へのせいにして、怒りに変えて。

 誰かのせいにしないと、感情のやり場がない。だから、都合の良い神にそれを吐き捨てるのだ。


 今まで、どんなことがあろうともこの台詞を言ったことはなかった。自分の行動の責任は、自分で取らなくては。用意された破滅の道をただ転がり落ちるのではなく、自ら走りきってやると、そう決意して私は今、ここにいるのに。


 そして、もう走りきってゴールに着いていると思っていたのに、ここはまだ途中だった。通ってきた道は、暗く霧がかっていて一歩先も見えはしない。いつ、終わるのかも分からない。

 それでも、もう終わっているだろうと。

 そう、思っていたのに。


 まだ、私は道を転がっていたのか。

 そうやって、ささやかな、小さな私の宝物でさえ奪っていくのか。


 奪った神を憎み、そして自分の不運を恨む。


「ハル……」

「うん、……大丈夫。私は大丈夫」


 だいじょうぶ。


 そう、自分に言い聞かせて。ついでにたけ君への返事を返す。

 たかが、ネックレス。たかが、私の持つ唯一の宝。


 我慢して我慢して、やっと怒りを嚥下する。失ったものは、仕方ない。今まで沢山失ったじゃないか。

 それが、自分の意思によるものかそうでないものかの違い。


 どうやっても無理なことは、受け入れなくてはならない。世界の理不尽さは、受け入れなくては。


「いちおう役所の落とし物科にも連絡いれとこう」

「うん……そ、だね」


 落とし物科なんて、あってないようなものだ。ここでは、拾った者がその物の所有者に入れ替わる。それに、例外はなく最早常識だ。たけ君もそれを分かって、気休めで言ってくれているのだろう。


 あれは、大切な大切な物だった。





 ーーーー「このネックレスは、あの子の……」







「ただいま戻りました」

「おかえり……ってハル! 酷い顔してるわよ、あんた」

「あはは、やっぱりそうですか。えっと、運動して顔色でも戻そうかな」

「……ふぅ、まったく。じゃ、筋肉つけな。その細腕じゃ頼りにならないからね」

「はは、前よりは力持ちになったんですけどね」


 女将さんと比べれば、誰だって細腕になるんじゃ、とは言わなかった。女将さんは怒ると本当に怖いし。

 お店が開くまで、私に出来ることはないし運動する前に自室に戻ろうとしたら、大将にまかないのおにぎりを渡された。今日はいらない、と言っておいたのに有無を言わさず渡されて、有無も言わず仕事に戻っていく不器用さは、流石大将と言ったところ。


 やっとまともに笑えそうになって、それでも次の瞬間には苦しくなる。


「癖はどうにもならない、か……」


 諦めるのならこれも、治さないと。やる度に傷ついていたらどうにもならない。

 いつの間にか下を向いていた自分を無理矢理上を向かせる。


 苦しくて立ち止まっても無理なものは無理。帰ってこないものは帰ってこないのだから。


「あ、木宮さん」

「……ひさしぶりだね、ハルちゃん」


 五時になってすぐ、訪れたのは木宮さんだった。仕事が忙しかった後、彼はいつも少し窶れていたが今回も相変わらずなようだ。ただ、今回はいつもよりげっそりしてるし、笑顔も虚ろげ。私にあったなにかのように、木宮さんにもなにかがあったのだろうか……


「疲れているように見えますが、大丈夫ですか?」

「ああ、うん。ちょっと、ね」

「無理はしないでくださいね」

「……」


 話してみても、木宮さんは少し変だ。よそよそしいし、何か戸惑っているように見える。

 もしかして、私は何かしてしまったのだろうか。


「あの、私何かしましたか?その、木宮さんの……」

「いや」


 寂しくなって、落ち込むと木宮さんは慌てて。


「ハルちゃんは悪くないよ。僕が悪い。真実は自分が今まで一番見て来たのに、僕は情けないな……」


 急に私の無罪を強く主張し、何故か落ち込み始めるから今度は私が慌ててフォローした。なんだ、どうした、木宮さん!?疲れすぎておかしくなっちゃっているのかもしれない。


「えっと、取り敢えずお疲れさまでした。ご注文は?」

「ああ、うん……、あのさ僕は、」

「はい?」

「いや、なんでもない……」


 結局、木宮さんはお決まりの定食を頼んだが、言いかけた言葉を続けることはなかった。











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