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償いの婚約  作者: たたた、たん。
如月真冬の独白
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一話

 




 しんしんと雪が降っている。季節は冬。


 私は王都を離れ、私を引き取ってくれた男爵家の屋敷で静かに過ごしている。

 東側に山脈地帯があるこの場所では、冬は豪雪地帯になるそうだ。窓の外では、庭師の少年が植物達に雪吊りを付けている。その光景を眺めていたら、窓に息が吹きかかり窓ガラスが曇った。


 王都を賑わせた美春と尊氏様の婚約騒動はやっと落ち着いた頃だろう。


 婚約破棄は私から申し出た。尊氏様から告げられていたらきっと立ち直れなかったし、最初に告げるのがどっちであれ、形式的には私から要求したようにしたのだと思う。そうすることで、私の次の婚約がしやすいように。尊氏様は、そういう人だ。冷たく見えて、気を許した人には心を尽くす。


 だからこそ、私は彼が欲しかった。


 私は、目に見えて落ち込んでいたのだろうか。顔には出さずに、男爵家の人々にも事情を告げず婚約破棄をしても、彼らは怒るどころか心配してくれた。引き取ってくれた人が、この人達でよかったと心から思う。


 好きな人に好きな人がいる、ということ。


 でも、彼は最初私のことが好きだったのだ。


 小さい頃、私達は相思相愛だった。彼は、口に出したことはないが、いつもつまらなそうな冷たい顔をしている彼が私の前では嬉しそうにはにかむ。それを見て、私がどれだけ嬉しかったか。

 妹が、美春が生まれてくる前まで私達の仲は順風満帆だったのに。


 幼心でも分かる、尊氏様の高潔さは美春をも魅了して、美春は私に会いに来た彼に付きまとった。私は美春のあまりの美しさに彼の興味が美春には移ってしまうのではないかと懸念したけど、美春は両親に似て生まれながらに傲慢だったため彼の美春への態度はなんとも冷ややかなものだった。

 そう思うと、私は両親に感謝した。生まれながらに体が弱かった私は両親の子供である前に乳母の子で、全てを彼女から学んだ。だからこそ、普通の、一般的な感性が身についたとも言える。両親の弱者を切り捨てる傲慢さが私を生んだのだ。


 彼が私の家に遊びにくるたびに、私達は美春から逃げ回った。美春は、異常に彼に執着し彼が自分以外の人と話すのを極端に嫌がる。最初は相手をしていた彼も嫌気がさし、冷たくなったというわけ。


 忘れもしないある日のことだ。


「あれ、美春はどうしたの?」

「撒いてきた」

「そう……」


 山の中の私達の秘密基地で、彼は面倒くさそうに言う。私はこの時、気付くべきだった。彼は、まだ私より2歳も幼い。山で小さい少女を置き去りにすると言うことの危険さを知らなかったのだ。だから、何処で撒いたとか、今はどうしているとかを気にせずに夢中でお喋りをしてしまう。


 屋敷に戻ってやっとことの重大さに気づく。美春がまだ屋敷に戻っていなかったのだ。急いで、乳母に確認するともう数時間は見てないといい、山の中で美春を置き去りにしたという彼の言葉で事態は大事になった。


「美春に何かあったらあなたのせいよ!! 」


 母が、身分のことを忘れて彼にキンキン声で怒鳴る。彼は、顔面蒼白で今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「お母様、尊氏様に怒鳴っても仕方ないわ」


 美春が心配だったのは本当だ。でも、それ以上に罪悪感で潰れそうになっている彼が心配だった。かく言う私も幼く山で置き去りにされる危険と恐怖をそこまで理解していなかったのだ。私は、美春に何事もないように祈る。美春のためにも、彼のためにも。


 それでも、現実は残酷だった。


 彼がいてもたってもいられず、美春を探しに行き帰ってきた時、美春はあちこちを怪我し、女性には致命的となり得る顔に傷を負っていたのだ。彼が泣いていたのを見るのは、これで最初で最後になる。


「僕のせいで……僕のせいで……」


 泣きながら自分の罪を悔やむ彼に私の両親は容赦なく、責め立てる。一番先にするべきは美春の心配だろうに。


 この時までは、私は純粋に美春の心配をしていたのだ。少し邪魔だとは思っていたものの、憎いわけでもなく、血の繋がった妹だ。可愛くないわけもない。基本的に、彼がいないとき以外はそこまで仲が悪かったわけではなく普通の姉妹関係だったとも言える。


 私は美春も彼も等しく愛していたーー


 そのつもりだったが、実際は違ったのかもしれない。わがままな美春は両親に愛され私は愛されない。そんな中、唯一私が持っている私を好いてくれる美しい少年。彼は、全てを持っている美春に眼中もくれず私を一途に見てくれる。きっと、私の気持ちのベクトルは美春より彼の方が大きかった。だから、私はあれからあんなことをしてしまったのだ。


「責任を取ってあなたには美春の婚約者となってもらうわ!顔に大きな傷が出来たのよ!? 誰も引き取ってなんかくれないに決まってる!」


 彼は、俯いてその言葉を全て受け入れていた。美春と彼が可哀想だった。大きな傷を持ってしまった美春。そのために償いの婚約を強いられる彼。憐憫を向けながらも心の奥底で思う。唯一持っていた私の宝物を奪われる、美春ばかりずるいと。本当は、そんなこと思っちゃいけない。美春ばっかりなんて、あの子は怪我をして今は高熱で苦しんでいる。こんな風に思っちゃいけない。分かっていても、やめられなかった。


 二日後、美春が目覚め彼との婚約が決まった。美春は、どう思うのだろうか。あの子のことだから、責任を取って当然と思うか、彼と婚約出来て喜ぶのだろうか。どちらにしても、私はそれを素直に受け止められはしないと思っていたのに。


「尊氏様は、無理して私に付き合わなくていいんです」


 美春は、あの我が儘とも言える無邪気さをどこかに落としたかのように静まった。屋敷に来た彼を自分に縛り付けることがなくなり大人しくもなる。でも、それが彼にとってより罪悪感がのしかかることになるとは気づかなかったのかは分からない。最初は、罪悪感を助長させるためにわざとやっているのかもしれないと思ったが、恐らく違う。


 その頃には、もうあの仮面をつけていたがそれでも分かった。あの眼は……なんといったらいいか分からない。私には、あれを表現する力なんてない。だけど、これだけは分かる。彼を好きな気持ちは、きっとあの頃から変わらず、寧ろ強くなっていると。美春は、静かな激情を彼に飛ばしていた。私は、彼がそれに囚われないように必死に庇う。


 なるべく彼を美春に合わせないようにしたし、話していたら邪魔もした。美春にも、これ以上おかしくなって欲しくなかった。


 それに例え、婚約者の立場を美春に取られても彼の心だけは取られたくない。一つくらい、本当に欲しいものを手に入れたかった。


 仮面を被った美春は、ひたすら彼に尽くし言う。尊氏様が全てなんですと。普通の人が言ったら薄っぺらい白けるような台詞。だけど、あの子には説得力があった。彼のために嫌いな勉学に励み、彼のために我が儘も言わない。彼が嫌がることはしないし、顔の傷ができて誰とも結婚できないかもしれないからか、本当に美春は彼がいなくては死んでしまいそうだった。それほどまでに、美春の全ては彼のものに変わったのだ。


 私だって彼が好きだ。でも、あの子には敵わない。だからと言って引き下がれない。


 あの子の瞳は、磁石のように彼を惹きつけた。彼と話していて、徐々に彼の心があの子に向いていくのが分かる。怖くて怖くてたまらなかった。だから、決めた。


 なら、この婚約自体を無くしてしまおう。


「尊氏様、協力してください。私の両親はーー」


 尊氏様は、気高く公平な人だ。だから、私の誘いに乗ると分かっていた。


 そう。世で言う私の聡明さと潔白さは、その私の欲からくる副産物に過ぎないのだ。





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