三十二話
「いってきます!」
そうしてやって来た星誕祭の日。今日は、お店をお休みして大通りに出店を出す日だ。提供する品は、私の提案したりんご飴を真似たもので、フルーツに水飴をかけたものだ。
去年は、子供や女性に大人気で予定していたより早く完売してしまった。今年からは、早速りんご飴を真似した出店を見かけたが、うちの商品は去年のものに改造を加えている。味では絶対に負けないだろう。
「いってらっしゃい」
星誕祭がより熱を帯びるのは、陽が落ちる17時以降。待ち合わせは、お店の前に17時だから丁度良い頃合いだ。女将さんにお願いして店番の時間を早番にしてもらったから、これからは自由行動が出来る。協力的な女将さんは、最初大将より尊氏様のことを疑いの眼差しで見ていたが今は信用しているのだと思う。
待ち合わせ時間までにあと15分あるが、なんせ尊氏様は顔が良い。しかも、身なりも良いと来ているから一人だと色んな女性に声をかけられるのだ。
以前は、5分前に来ていた尊氏様だが私が待っている間に男性に声をかけられたのを見てからは、私より早く来るようになった。
「私の連れになんか用か」
あの時の尊氏様は、怒りのオーラがありありと出ていて、女性に声をかけただけに対しては異常過ぎる牽制だった。だが、それが嬉しい。普通に好きになってくれるのでも嬉しいのに、私と同じ重さで愛してくれる尊氏様はきっと私以外好きになれない。これほど、嬉しいことはないだろう。
もっと堕ちて。もっと堕ちて。
地獄の底から手招きする私に、尊氏様は従順に従ってくれる。その事実に幸福感を感じる私は、悪魔だが尊氏様も悪魔になってくれるなら悪魔でも構わない。
早足で店に向かえば、そこにはもう尊氏様がいる。高い服を着て浮かないように、身につけた一見安そうに見える服はシンプルが上に尊氏様を引き立てている。安い服でも一流モデルが着れば高級に見えるように、本当に安い服でもきっと尊氏様は似合ってしまうんだろう。
そんなだから、案の定、尊氏様は女性たちの注目の的で。少し走って、尊氏様の元へ向かう。
「お待たせしました」
「まだ五分前だ。気にするな」
私を見つけた瞬間、普段の冷たいとも言える表情が和らぎ微笑む。周りの女性たちから溜息が漏れた。それは、尊氏様の笑みを見たからか。尊氏様の隣に私が来たからか。
美人に生まれて良かったと今ほど思うことはない。私としては容姿をとやかく言う気は無いが、容姿で決めつけたりする人もいるのだ。私は、虫除けに丁度いい。
「すまない。祭のことはよく分からないんだ。今日は、美春が案内してくれるか」
「勿論です!私の計画としては、屋台を楽しんでから、広場をまわって、最後に野原で星を見ると言うのはどうですか?せっかくの星誕祭ですし、綺麗な星も見とかないと!尊氏様も見たと思いますけど、このお祭りは盛大でしょう?実は、すっごく楽しみにしてたんです」
「そうか。良かった」
尊氏様と一緒に行けるのが嬉しくて、気分が高揚している私に何故か尊氏様は嬉しそうに笑う。昔は滅多に笑わない人だったのに、今はしょっちゅう笑うのだから。余計に女性が寄ってくるんじゃないかって心配でならない。
「なんで笑ってるんですか?」
「いや、嬉しそうにしている美春が可愛くて。美春が嬉しいと私も嬉しくなる」
こんな甘い台詞も、昔は天変地異が起きても言わなそうだったのに。天然ジゴロみたいにすらすらと言ってしまう。
この変わりようだから私もずっと好きでいてくれると信じられたのだから感謝もしてる。だけど、心臓に悪い。尊氏様がさらりとそのようなことを言うたびに私の本来強いハートはキュンキュン脈打って、キープしておきたい笑顔がニヤニヤ歪んでしまうから嬉しい半分、困ってしまうのだ。
「では、行こうか」
「はい」
そう言って、屋台がずらりと並んでいる通りに来てから気付く。尊氏様は、潔癖症みたいなところが屋台の食べ物は食べられないのでは。
「どうした?」
「いえ、尊氏様は屋台の食べ物は大丈夫なんですか」
「大丈夫」
どうやら完全な潔癖症ではないらしい。
「何か気になるものがあったら言ってくださいね!」
「ああ」
「あ、ポテトチップス!あれ、美味しいんですよ!じゃがいもを薄く切って揚げたものなんですけど」
「食べたいのか?」
「でも、カロリーが凄いんですよね」
「かろりー?」
この世界に、カロリーという指標はない。ただ、油を使った料理は太りやすいと知られていて、炭水化物が太りやすいなどの事実も知られていなかった。
「えっと、食べ物のエネルギーの指標です。大きければ大きいほど太ってしまうんです」
「なるほど。だが、美春は痩せているから少しくらいふくよかになっても良いと思うぞ」
「駄目です!甘やかさないで下さい」
尊氏様の隣にいるには、スタイルも完璧でないと。他の女性に隙を見せないようにしないと私が心配でならない。
そんな風に話しながら、賑わっている道を歩き、時々氷菓子などを食べながら広場へ向かう。広場では、歳関係なく男女が着飾って踊っていた。音楽は、有志で集まった腕利き達がテンポの良い音楽を演奏し、場は賑やかに満ちている。去年は、ここでガッキーとたけ君が踊っていたのを見ていたのだが、今年は尊氏様と踊れるだろうか。
多分、私が踊りたそうにうずうずしていたんだと思う。
尊氏様が私の手を取って、ちゅっと手の甲にキスをする。
「私と踊ってくれないか。美春」
キスをされた衝撃と普段見られない尊氏様の上目遣いと憧れのシーンに鼻血が出るかと思った。これが前世で言っていた萌えか。格好いいと可愛いが究極融合した、世界を救うと言われる萌えというやつか。
「よ、喜んで!」
あまりに嬉しすぎて少しどもってしまったが、尊氏様は気にすることなく私を広場の中央、男女が踊っている場所へエスコートしてくれる。私の手を引いて人の分け目を進む姿と盛り上がる音楽、騒がしい人々。恋愛映画の中にいるようだった。もしかして、私の覚えている前世の記憶が間違っていて、この現実が本当の物語なんじゃないかと、そう錯覚するくらいに忘れられない光景。
踊るのは久しぶりだ。尊氏様もこんなどんちゃん騒ぎで、こんな陽気な音楽で踊ったことはないと思う。だから、周りの人のステップに適当に合わせてくるくる廻った。私の腰を支えて至近距離にいる尊氏様に、普段なら緊張するがこの時ばかりは、雰囲気に流されて楽しくいられる。
「尊氏様!」
「なんだ?」
「楽しいです!」
「私もだ」
二人で楽しいねって笑いあいながら踊る日が来ると、きっと神様だって想像していなかった。
時間なんて忘れて、目の前の尊氏様で世界をいっぱいにする。時間なんて忘れて、踊った。
「びっくりしました……」
どれだけ踊ったのか分からない。音楽が終曲に入り、尾を引くように静かに終わった途端、私達を包んだのは沢山の歓声で。
いつのまにか、一緒に踊っていた人達が脇に避け私と尊氏様を眺めているのだ。
「美春が綺麗だから見惚れていたんだ」
「いえ、尊氏様が素敵で息を飲んでいたんです」
「じゃあ、私達が良い踊りが出来ていたんだろう。踊りに関しては、基礎が大切だからな」
「そうですね」
いきなりの歓声に、自分達がどれだけ二人の世界に入り込んでいたのかを実感して、そして、それをじっくり見られていたことも恥ずかしくなり、私は尊氏様の手を引いて慌てて逃げ出し、野原へ続く道に出た。




