三十話
階段を降りてお店に行けば、さっきよりお客さんが増えていて賑わっている。そこには、もう木宮さんとガッキーの姿も無くなっていた。
「お、出てきたぞ!」
私たちが出てきたのに気付くと、お客さん達は一斉にこちらに視線を集中させて好奇心をむき出しにして。お客さんのより賑わっている真ん中の机を見てみるとそこには、木宮 対 謎のイケメンと書いてある紙が。細見青木翼を広げるその下には、20000と5000の数字が書かれている。
おじさん達は本当に賭けが好きだなぁ
木宮さんが賭け金的には勝っていることに複雑なものを感じつつ、首を突っ込むと面倒なので見なかったことにしたのだが、それを許すようなお客さんではなかった。
「ハルちゃん、どうなったよ?まさか、ぽっと出のイケメンに靡くなんてあるわけないよな!?」
この人は、多分木宮さんに賭けたんだろうなぁ。
必死な姿に、下世話なことをするから負けるんだよと憐れむ気持ちになる。私は、こんなことへっちゃらだが市街に慣れていない尊氏様は案の定、目を細めて眉間に皺を寄せている。
ここよりもっとおぞましい、でも表面上一見綺麗な世界で生きている尊氏様にこの人達を理解するのは難しいのだろう。私は、前世の記憶があるからなんとか適応出来たが、人間的に潔癖な尊氏様には難しいかもしれない。
「皆さんには、関係のないことです」
なるべく尊氏様に火の粉が舞い上がらないように冷たく言ってみたが、そのお客さんはいくら賭けたのかなかなか引かない。
「そう言うなよー。ハルちゃん。俺の金のためにも木宮君と付き合ってくれよぉ」
「……」
この人達に会話の種を与えるのも癪だ。どうしようかと思案していたら、店の奥でドンっと机を叩く音が聞こえた。驚いて反射的に見ると、女将さんが机に拳を置いているところで。
「私はさっき言ったはずだよ。いい加減にしなって。それが分からない大バカ者はさっさと出て行きな!」
その一括で静まった店内。さっきまで、私に詰め寄ってきたおじさんはそそくさと自分の席に戻って行った。
「すまない。私はそろそろ……」
尊氏様の時間も迫っていたので、この静けさに乗じて店を出る。どうやって帰るのかと聞いたら、大通りに馬車が来るのだそう。
「じゃあ、また来る」
そう言って、尊氏様は去って行った。
また来る、その言葉が嬉しい。これが最後ではないという約束。そんな約束なら何回でもしたい。
急いでいるのに颯爽と上品な姿を見送って私は来た道を戻ることにした。足は気を付けないとスキップしそうになり、口は勝手に尊氏様と踊った踊りの音楽を垂れ流す。
一応、夢じゃないかと両頰を思いっきり叩く。そうしたら、ジンジン痛くてホッとした。やっと夢から覚めて現実に戻った気分だ。
また来る、と。また来ると言っていたのだから、いつ会えるのだろうか。次が楽しみですならない。
お店に行けば、また注目されそうでどうしようかと迷っていたらガッキーが走ってこちらに向かって来る。そうだ。ガッキーにも話さなくてはならないことが沢山ある。
「ハル!おばさんには止められたけど、私はどうしても気になって、どうしようもなくて。木宮さんに聞いてみても、ハルに聞けって何も教えてくれないから。教えて!私、協力するから!」
社交界では、こんな話聴き流さなければならない。ガッキーに出会う前までは、協力するから、なんて信じられなかった。でも、今の私には信じられる。
「私も話したいことがあったの。でも、どうせなら女将さんと大将にも教えたいからお店が終わってからでいい?」
「うん!いいよ!」
ガッキーは、嬉しそうに笑う。このガッキーが、信じられないような顔で私を見るかもしれないと思うと少し怖い。でも、今ならなんでも出来そうな気がした。ガッキーならきっと大丈夫。もし信じてもらえなくても、世界でただひとりわかってくれる人がいるだけでこんなに心強い。
「でもさ、これだけは先に聞かせて?木宮さんとはどうなったの?」
何故かガッキーが木宮さんとの事について、興味津々で。そういえば、さっきも二人で話していたけどガッキーと木宮さんはいつのまに話すような仲になったのだろう、と一瞬疑問に思うがガッキーが緊張した面持ちで待っているので言葉を選んで答える事にした。
「ええと、木宮さんとは今後とも同じようにお友達だよ」
「えっ……」
ガッキーは、あからさまにショックを受けて、表情を固まらせた。分かってはいたが、やっぱり木宮さんを応援していたガッキーは、その表情のまま、「なんっ」と放ちかかった言葉を急停止して、おし黙る。
「……ハルが決めたことだもんね。うん。そっか。じゃあ、木宮さんには傷心パーティー開いてあげないと」
「いやぁ、私が言うのもなんだけど、しない方が良いと思うよ」
「え、なんで!?」
だって、ガッキーズバズバ言うから、木宮さん困っちゃうんじゃないかと。でも、今、私が言わなくても女将さんが言ってくれるだろう。
面倒なことは人に任せて、今は幸福感を噛み締めていたい。
それからは、ガッキーの家にお邪魔し、私に色々聞きたくてうずうずしているガッキーと星誕祭時に着る服を作った。材料は二人分あっても遠慮していた私だが、星誕祭にもし、万が一、万が一にでも尊氏様が来てくれるかもしれないと張り切ってしまう。ガッキーは、散々渋っていたのに今更張り切るのは何故だと疑問符を浮かべていたが、あとで説明すると乗り切る。昔は、この生地よりもっと良いものを使って、綺麗で豪華な服を毎日ように着ていた。でも、心は虚しいままで。
市街に来てからは、着飾る必要がなく面倒とさえ思っていたけど、今日からは違う。尊氏様が私を好きと言ってくれて、しかも諦めないと、また来る、と言ってくれたのだ。いつ来てもらってもいいようにお洒落をしておかなくては。
自分がその告白を断ったことは忘れて、だからこそ、気軽に尊氏様の妄想を楽しめた。
「たける、綺麗って言ってくれるかな?」
「言ってくれるよ!たけ君なら!」
そんな事を話しながら、「美春、綺麗だ」と笑う尊氏様の妄想をすると興奮しすぎて、脚がバタバタと暴れ出す。
ありえない。ありえない。でも、万が一!!
どちらかというと、私はネガティブな性格だけど今だけはポジティブ馬鹿になっていたと後になって気付く私だった。
そんな事をしているとあっという間に夜になって、ガッキーや女将さん達に私の事情を話す時が来た。やっぱり緊張する。それでも、なるべく分かりやすくゆっくり説明したら、女将さんと大将は思案顔、ガッキーは驚いた顔で黙る。
これで、信じてもらえなかったら諦めてここを出て行こうと思う。私の話が信じられなければ私は頭のおかしな女にしか見えない。そんな女と一緒に居たくないだろうから。次に働くあてはまだないけどこの三人ならきっと大丈夫な気がした。
「……俺に難しいことは、分からなねぇ。でも、ハルが悩んできたことは分かった」
「うん。私も」
「苦労したんだねぇ」
三人とも前世がどうとかは触れず、これまでの人生を評価してくれた。
それだけでも、期待以上だ。どんなに良い人でも、そういう摩訶不思議な話を忌み嫌う人もいるから。
「自業自得が大きいんですけどね」
「そんなことないよ!それにしても、あのイケメンが元婚約者とは……じゃあ、間男はどちらかというと木宮さんで、その婚約者もハルも両想いならどちらにしろ駄目だったじゃん」
ストレートに言うガッキーに、木宮さんがガッキーに訳を説明しなかった理由が明確になった。
「でも、両想いなら早く付き合っちゃえばいいのに!」
ガッキーが不思議そうに最もな事を言う。たしかに、他人が両想いで付き合っていなかったら私だってそう思っていたと思う。でも、まだ不安な気持ちは変わらないのだ。
「そんなわけにもいかないだろう。だって、その婚約者だって、姉妹間で婚約者を何回か入れ替えたわけだろう?これは、聞こえ悪い」
そう。私も興奮が落ち着いたところで気付いたのだが、婚約者を姉妹間でコロコロ変えるのは尊氏様のイメージを悪くしてしまう。最終的に、婚約する相手が世間で良いイメージの姉ならまだしも、悪いイメージしかない妹ならそれこそ尊氏様の評判はガタ落ちするだろう。
私はその事を考えただけでまた、不安になる。やっぱり受け入れなくて良かった。
私がほっとしているのを横目に、ガッキーはそんな事気にしたって始まらないと喚く。きっと尊氏様もそう言うのだろうと思うが、私は尊氏様が人に悪く思われるのがこの世で一番赦せないのだ。
あと少しで本編終わりです。