二十八話
「そんな不思議そうな顔しないでくれ」
尊氏様は声をあげて、可笑しそうに笑う。それは、声の通り晴れ晴れとしていて、私の大好きな強い瞳をしていた。
もしかして、断られて悲しませてしまうなんて自意識過剰だったかと恥ずかしくなる。
「そんな都合良く上手くいくだなんて最初から考えていなかったさ。もしかしたら顔も見たくないと言われるんじゃないかと、そう思ってた。でも、美春は私を好きだと言ってくれた。今はそれだけで充分だ。それだけでも、充分な成果だ」
「えっと……」
尊氏様が何を言いたいのかが分からない。
「実は、さっきも嬉しかったんだ。美春が私のために怒ってくれたこと」
少し照れたように言うその姿は新鮮で、今まで見たこもないものだった。それだけで、私の胸が高鳴り嬉しくなるし、さっきとは、尊氏様の頰に残る手形についての事だろう。一方的に好意を押し付けて嫌がられたとばかりに思っていた私は、その言葉にホッとした。そして、私の奇行に尊氏様が喜んでいたことが意外でならなかった。
「私は、美春を諦めない」
それはまるで騎士の誓いのようで、死ぬまで一生守り続ける決意だ。
もしかして、私以外愛さないでという願望が聞こえてしまったのかと思う。思い描いていた夢を超えた、私に甘過ぎる世界に今度こそ現実じゃないのではないかとさえ疑った。
現実を受け入れきれない私に、尊氏様は目元を優しく細めて言う。
「美春を愛し続けよう。美春のわがままのなり損ないも、不安も全部私が受け止める。美春がそんな私を受け入れるまで私は諦めない」
やめて欲しい。ただでさえ好きなのに、そんなこと言われたらすぐに絆されてしまう。私の決心は決壊寸前のダムのようなものなのに、尊氏様が想いを溢れさせるから。
尊氏様は、もっと理性的な人だった。何が、尊氏様を変えたのだろう。もしかしたら、私の狂気が尊氏様に伝染してしまったのかもしれない。
その仮定に私は悦びを感じる。罪悪感を感じるべきなのに、もし尊氏様が私を狂おしいほど愛してくれていたら、狂おしいほど尊氏様を愛している私と質量が噛み合う。
受け入れないくせに、堕ちて、堕ちて、と願う私は鬼以前に悪魔だ。
「何か言ってくれ。しつこいでも迷惑でも、何を言ってくれても構わない」
「迷惑なんてあり得ません。でも、尊氏様にそんなことを言ってもらえると衝動的に受け入れてしまいそうで」
そう言うと、尊氏様は嬉しそうに笑って腕を広げた。
「今すぐ飛び込んで来てもいいんだぞ?」
何それ、可愛い過ぎる。
今の私の心の内を表現するなら、ズキューンっといった感じ。昔の漫画だったら鼻血を出す場面だ。あのクールな尊氏様は何処へ行った。いや、今の尊氏様は魅力度五割増しだけど。
もう二度と見ることが出来ないかもしれないそれを、海馬に焼き付けようと私は尊氏様を凝視した。絶対に忘れない。どんなに辛いことがあってもこの記憶を思い出せば笑顔になれる自信がある。すると、顔をジロジロ見過ぎてしまったのだろうか。尊氏様は、少し気まずそうな顔をした。
「すまない。こんな時に調子に乗った」
「いえ、寧ろご褒美です」
「は?」
いけない。今は、真剣な場なのについ本音が漏れてしまった。しょうがない。どんなことがあっても、どんなに赦せなくなっても好きなことには変わらないのたから。
それにしても、尊氏様は変わったと思う。前は、こんな風に自分の想いを教えてくれることも笑うこともなかった。
でも、きっと私も変わった。自分を受け入れることで、考え過ぎることがなくなった。本音を言えるようになった気もする。
尊氏様は何もなかったように、ことのいきさつを話し始める。それは、私の知らない事ばかりで、私の信じていた物語の否定だった。
「最初は罪悪感から美春のことを意識し始めた。あの頃、美春はいつでも私に好意を伝えてくれて、それが嬉しくなったのはいつからか。私もその時、美春が好きだと伝えるべきだった。それでも、私の覚悟が足りなくて伝えられなかった。……美春がおかしな行動を取り始めた時、美春が陰で何かを言われていた時、美春があまりにも必死でそうあろうとしているから、どうすればいいか分からなくなってしまった」
「それは」
それは私がほっといてくれと、そう言ったから。尊氏様は悪くない。そう言おうとすると、尊氏様はそれを制してひとまず聞いてくれと話を続けた。
「私が不甲斐ないことに変わりはない。如月家の不正を暴く時も事前に美春に言うべきだった。例え家柄が無くなろうとも私の婚約者であることに変わりはないと。私はあの時から美春が好きなのだから」
私はあの時、そんなこと知らなくて。物語の通り、尊氏様は姉を好きで私は嫌われているのかと、それが世界の公然とした事実だと疑っていなかった。
「だけど、美春はいなくなってしまった。私が不甲斐ないがためか、それか家を潰した私が嫌になってしまったのかと思ったよ。だから、追うべきか迷って日和ってしまった。それからは、ただ周りに流された。それが幸せなんだと、そう言われるがままに。でも、どうしても美春が忘れられなくて。なにをしても美春だったら、と考えてしまう。美春が新しく好きな相手と過ごしているかと思うと嫉妬と後悔でどうしようもなく、歯がゆい日を過ごした。それが限界で婚約破棄したんだ。あとは、恐らく美春の想像通り、美春を探して説得して、私に振り向いて貰おうという作戦だな」
尊氏様がそんな風に思っているなんて、知らなかった。いや、決めつけてばかりで、現実も見ずに知ろうともしていなかったのだ。
私の献身は、12年は、意味のないもので反対に、尊氏様の邪魔をしていたことが分かる。
自分勝手な償いを極めていた私は、なんて愚かなんだろう。私は、あの時なんでその物語を疑わなかったのだろう。何故、私は人に頼らず自分の世界に困ってしまったのだろう。
きっと立ち直れないような真実。それでも、なんとか受け止めきれるのは、それでも尊氏様が私なんかのことを好きと言ってくれているからだ。現金な女だ。分かっている。だけど、愛しい人が自分を愛しいと言ってくれて、しかも愛し続けてくれるという事実に打ち勝つ真実はない。
でも、後悔はある。私がややこしくしたせいで尊氏様に迷惑をかけてしまった。
「そんなこと全然知らなくて」
「それは当然だ。言ってなかったから」
「私のせいで迷惑をかけて」
「迷惑なんて思ってない」
私の言葉に覆いかぶさるように投げかけられる言葉は全て私を擁護する言葉で。尊氏様は、それを真剣な顔で言うからきっと本当なんだって分かった。
尊氏様が、そう仰っているならうじうじはしていられない。自分のくだらない自己嫌悪で、もうこれ以上気を使われるのが申し訳ない。この件は一度横に置いておこう。
そして、尊氏様が仰ってくれたなら私だって話さなければならない。
「ありがとうございます。次は、私の話を聞いてください。私の記憶とくだらない償いを」
最近まで書いてた『俺の幼馴染がハレンチ過ぎる!』がギャグテイストなので気を抜くとギャグを書いてしまいます。おかしかったら仰って下さい。




