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償いの婚約  作者: たたた、たん。
本編

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19/37

十九話

 

 ハルちゃんが帰ってきてから五日経った。始めは意気消沈として生気の無かったハルちゃんも三日もすれば元通り。


 ……みたいに振る舞っている。


 顔見知り位では、分からないような違和感。でも、僕や女将さん大将は、酷く気味が悪く感じられて。何度も何度も、辛かったら言ってくれと頼んでみても大丈夫だと言って聞いてくれない。頑なに、その心に入れてくれない。


 ……どうして大丈夫だと言えるのだろうか。

 その仮面のような笑顔でどうして大丈夫と言えるのか。


 精巧な人形のような整った顔立ちで、心にない笑顔を張り付けるハルちゃんは見とれるほど美しいが、そんな笑顔は見たくない。

 前みたいな、少し歪んだ精一杯の明るい君が見たい。笑顔の仮面を張り付けて、大丈夫だと言い張る君を見ていると僕の心も痛むのに。


 僕らの懇願を、親切を、想いを全てすっぱりと拒否して、ただ笑うハルちゃんはもしかしたら昔の如月美春に戻ってしまったのかもしれない。存在しない傷を隠す為の仮面を着けていた頃に。


 そんなことを思うと、また何故ハルちゃんは当時仮面をつけていたままだったのだろうかなんて当たり前な疑問が前を塞いだ。ハルちゃんの顔に傷はない。だから仮面なんてつける理由もなく、その仮面のせいで悪い噂を流されているのだからそれを取るのが普通だ。


 もしかしたら。


 僕は真実なんて知らない。だけど根拠のない自信はあるんだ。その答えに行き着く為の地図は彼女を見てきたこの目で作り上げた。

 もしかしたら如月美春は、仮面で自分の気持ちを隠していたのかもしれない。人を寄せ付けないために。


 今の僕らと同じだ。

 仮面があるから、それでハルちゃんが気持ちを隠しているから僕らは誰も近寄れない。寄り添ってあげられない。




 もし、僕があの時にもっと気の効いた事を言っておけばハルちゃんはこんな風にはならなかったのかもしれない。いや、僕ごときの存在がハルちゃんに影響を与えられるなんて烏滸がましいのかもしれないが。僕は、彼女が落ち込んでいたら隣で励ましてあげられる人になりたいし、それで彼女が元気になれるなら尚さら良い。







 あの日、僕は黙って傘を差すことしか出来なかった。降りしきる雨の中、僕とハルちゃんは何も話すことなく帰路を辿った。傘は一つ。


 相合い傘なんて、ロマンチックなものではなく。優しいハルちゃんは、何時もなら気付くであろう僕の濡れた右肩を気にもせず、ただ前を向いて歩いた。気まずさで何も言えない僕がハルちゃんの隣を歩く為の言い訳は、最早傘に入れてあげるくらい。それも、ハルちゃんはびしょ濡れで今更雨など凌ぐ必要も無かったのだから苦しい言い訳だ。


 僕は、何かを言いたくて。言えなくて。そして、何を言えばいいか分からなくなる。


 ハルちゃんが、僕の好きな人ではなく友人であったら。僕は、きっとうわべだけの綺麗事をつらつらと並べてハルちゃんを慰めてあげただろう。冷静に彼女を観察して、彼女が欲しいであろう言葉を何気なく告げる。


 そうすれば、大体の人は喜ぶし僕への好感度は上がる。


 だけど、それは僕の言葉ではないのだ。それは、相手が欲しい言葉で僕の考えた、僕の思う気持ちではない。それのどこに誠意があるのだろう。


 相手のことを本当に思うのなら、痛いことでも正直に告げ、相手に本当の自分を受け入れて貰うためには、つまらなくとも自分の考えを告げる必要があるのではないか。



 結局、僕には勇気がなかったのだ。ハルちゃんに嫌われる勇気が。つまらない奴だと思われる勇気が。









 ―――「木宮さん?」

「あ、ああ。なんだい?ハルちゃん」

「いえ、なんだか苦しそうな顔をしているから」

「ハルちゃんは」

「え?」

「……ハルちゃんは苦しくないかい?」

「何言ってるんですか。毎日、楽しいですよ」


 不自然に早く返されたその答えは、元から用意されてあったもののようだった。


 結局、僕は何も出来ない。このささやかな関係さえ壊れるのが怖くて前に進めない。いっそのこと、あのネックレスをたまたま拾ったのだとでも言って返してあげたら、少しでも元気になるだろうかと考えてみたりもしたが、そんな都合良く落とし物が見つかるのはあまりに不自然過ぎる。


 情けない。

 この五日は、自分の情けなさに失望して落ち込んでばかりだ。

 そして、今日も侍従を待たせている大通りまでの帰り道を歩く僕の目に入るのは、ひび割れた石造りの歩道に、その間に生えたチンケな雑草ばかり。


 そんな僕の視線を上げたのは、目の前に立ちはだる少女の怒声だった。



「いい加減にしてよ!」

「……は?」



 そこそこ人のいる通りで、いきなり大声をあげるという暴挙を仕出かしたのは、ハルちゃんの友達で姫香という女の子。今までハルちゃんを介して、挨拶位しかしたことがなく顔見知り程度の関係だ。彼氏の武君とノロケは最近耳に入っていない。


 いきなりの怒声に呆けていた僕だが、この少女に怒られる事情はあったかだろうかと首を捻っても見付からない。すると、その少女は何も言わない僕にまた、ムカついたらしく今度はキッと睨みあげながら話始めた。



「あんた、それでも男ですか」

「いや、いまいち意味が分からないんだが」

「惚れた女が苦しんでんのに、何もしないなんて。それでも男かって聞いてるんですよ!!このヘタレ野郎!!」



 どうやらこの少女は、ハルちゃんについての事を話したいようだとやっと理解する。

 考えてみれば僕と少女の共通点と言えば、ハルちゃんの知人であることだけで、話題はそれしかないのだが、あまりにも唐突過ぎはしないか。

 そして、失礼だ。




「……確かに、僕は行動しあぐねているよ。でも、慎重になるのはしょうがないじゃないか。複雑な事情があるんだ。君にそんな事言われる筋合いはない」



 普段なら自分より若い女の子に、苛ついても態度に出すことはないが今回ばかりは苛立ちが声音にのってしまう。元から落ち込んでイライラしていた上に、悩んでいることで一方的に悪者扱いされているのが、自制出来ない程に腹立たしくなったからだ。僕だって、悩んで苦しんでいる。何の事情も知らないだろう少女に口出しされるなんて我慢ならなかった。



「そんなこと知ったこっちゃありませんよ!あんたとあたしの考えなんてどうだっていいんだ。……あたしは、ハルの事情なんて知らないしハルが抱える悩みなんてこれっぽっちも思い付かない。寧ろ、あんなに可愛くて何に悩むんだとさえ思ってる。だけどさ、何でもいいから力になりたいんだよ!!苦しくて苦しくてしょうがないのに、冷たい温度のない笑顔浮かべたハルを助けてあげたい。あんただってそうでしょ!?」

「そんな事当たり前だろう」

「じゃあ、なんで何もしないの!?」


 さっきも問われた質問。その答えは、言った筈でまたその答えを言えば良い。でも、何かが喉に引っ掛かって声がでない。


「……君みたいに、本能で生きているわけじゃない。僕は、ハルちゃんにとって」

「それは、逃げだ!」



「は?」



「惚れた女が苦しんでるだよ。それを助けないで何が男だ。別にいいんだよ。無様で情けなくても、それが原因で喧嘩しても。なにもしないより、まだましなんだよ。考えるな、感じろ。心の思うままに言えばいいじゃん。行動すればいいじゃん。なにもしないでうじうじする頭のいい奴じゃなくて、馬鹿らしいけど格好いい奴になりたいじゃん」

「……そんなの口で言うのは簡単だよ」

「だから、行動するんだ。惚れた女が苦しんでるのを助けたくて、難しいって分かってても魂の叫びに従うんだよ!!あんたが迷っているんだったらあたしが命令してあげる。ハルを助けて!」

「……だから、そんなの」

「うじうじすんな!!男だろ。今、何も出来なくて何が男だ。あたしは多分ハルに何もやってあげられない。おばさんだって珍しく、言い兼ねてるみたいだし。だったら、ハルに惚れてるあんたしかいないじゃん」

「そんなの暴論だ……」



 聞きながら、彼女の言っていることは滅茶苦茶だと感じた。なんの筋も通ってない。感情のまま動いて、その裏のことまで考えていない。

 これは、暴論だ。

 彼女が言っていることはおかしい。そして、きっと僕の方が正しい。


 その筈なのに。


 計画もなしに動いたって、後が大変だし。そもそもハルちゃんの事情を知らないからこそ彼女はこんなにも強気でいられるのだ。だいたい、必ずしも僕がハルちゃんを助けなければいけない決まりなんてないし、やっぱり彼女にそんな事言われる筋合いはない。


 そう、怒ってもいい筈だけど。



「君の言っていることはおかしい」

「それが何だって言うんだ。おかしいのと間違ってるは違うでしょ!それにあたしは馬鹿だから、どこが間違ってるのかも分かんない。でもね、この街の少年団隊長として色々な恋路にお節介かけて、最初はごねてた奴も結局はうまくいったて感謝してくれる。あたしは、恋する男供をたくさん見てきたんだ!!あんたの立場とか、年齢とかそんなもん知らないけど、あんたの目はそいつらとおんなじ目だよ。鼻水、」

「こ、こらーー!!!!おま、お前何やってんだ。す、すいません。木宮さん。すぐ、やめさせぐほっ!?」



 驚き慌てながら走ってくる青年、少女の彼氏である武君は彼女を後ろから羽交い締めにしたがあっさり放されて、鳩尾に一発拳を貰った。



「うるさい!!取り敢えず、さっさとハルを助けなさいよ。上手くいかなかったら私のせいにしていいから、私の命令だったからって逃げていいから!」



 後ろで身悶えている彼氏なんてなかったことにして、必死に言葉を紡ぐ彼女の瞳は気付けば潤んでいた。さっきまで、僕への怒りで、闘争心で爛々と輝いていた光は消え去って、そこにあるのは小さな不安。


 そうだ。彼女だって、ハルちゃんが心配なんだ。僕が知っていたより彼女とハルちゃんはもっと親しいのだろう。彼女は、ただ友人を案じているのだ。




 だけど、自分では役に立てないと分かっているから彼女は何も出来ない。だから、何か出来そうで何もしない僕に叱咤するのだ。怒りを添えて。




「惚れた女の為にがむしゃらに、か」

「そうよ、考える前に即行動!! 」

「……僕には理解出来ない。全く性にも合わない」



 だけど、だけど何だか魅力的な提案な気がした。


 思いもよらない所から、自分では考えもつかない。……考える時点でこの少女の言うこととは相反してしまうけど。棚からぼた餅のような。

 この苦しい状況を打破する希望に見えた。


 納得もしてないし、非論理的で僕には合わない。でも、何故か説得力があった。



「でも、君が正しいのかもしれない」



 僕が僕を一新させて、不甲斐ない自分をうち壊す。それもいいのかもしれないと素直に思った。


 勿論、こんなこと以外じゃ感情に任せて行動、なんて危険なことはしないが、僕たちの間にあるのは世界に無数にある恋愛の一つ。そんなちっぽけなことで、今こそ感情を表に出す絶好の機会なことに違いはない。こんな時だからこそ、自分のポリシーを崩すべきなのしれない。


「ぶつかってみるよ、ハルちゃんと。逃げないで、真っ正面から……その代わり、失敗したら慰めてくれよ」


 これくらいの泣き言許して欲しい。

 僕は、すねながらも晴れ晴れとしたよく分からない顔をしていたらしいが少女は、ドンと手のひらを胸に叩き付けて元気良く言った。



「任せといて!」

「……ありがとう」



 彼女は、僕よりずっと(おとこ)らしい。

 これから来る苦難への現実逃避からか、未だ後ろでお腹をさすっている彼氏に同情の気持ちをはせ、来た道へ走り出した。


 明日から、なんて駄目だ。この決心が揺らいでしまう。

 今、胸が高鳴るこの時にハルちゃんへ話を取り付けないと。逃げられないように僕を追い詰めておかないと。



 滅多に走らない僕が全力疾走しているからだろうか、顔見知りの人々は僕をぎょっとしながら見てくる。それでも、僕は恥なんか忘れてハルちゃんのもとへ走った。



 真正面からぶつかるなんて、さっきまで恐怖でしかなかったのに僕の心は期待で溢れていた。







 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「おい、姫香!!おま、何やってんだよ!」

「何って背中押したのよ」

「いやいや、木宮さんに対してあの態度は駄目だろ!!」

「でも、感謝されたし結果オーライじゃん」

「そういう問題じゃないから!! いくら木宮さんが優しくてもな、もうやめろよ絶対に。あと、少年団隊長ってなんだ。少年団って」

「ふっ、それを聞いてしまったのね……。少年団とはこの街の平和を守る秘密結社よ!!ふふふ、秘密裏にこの街に蔓延る悪を何回倒したことかっ!時に敵のアジトに殴り込み、スパイを派遣したり、草原を馬で駆け抜けたり、皆で温泉を堀当てて入ってみたり」

「いや、初耳なんだけど絶対に危ない奴だよな!?おい、何そんな危ない組織に入っちゃってるの?やめなさい!女の子なんだから。……ちょっと、待て!?温泉ってお前、男と入ったのか!?」

「流石に入らないわよ。私も皆と入りたかったのに、無理矢理一人で入らせれた。あと、少年団を立ち上げたのは私よ。最初は、八人しかいなかったのに気付けば八十人!!皆、私を団長、団長って慕ってくれるわ。まだ、六歳の樹なんて将来は私みたいな格好いい男になりたいって言ってくれて」

「おま、何やってんの!?本当に何やってんの!街の平和は俺ら衛兵が守るから止めなさい!!」

「嫌よ」

「止めなさい!!」

「嫌」

「止めるの!!」

「いーや!」

「いい加減にしなさい!!いくら強くてもお前は女の子だろ!心配なんだよ」

「……女の子?」

「そう、俺の惚れた女の子。……姫香だって守られる対象だってことを忘れるなよ」

「……私のことを女の子扱いする奴なんて武くらいよ。馬鹿」

「姫香……」

「努力する。ほら、早く戻りましょ」

「ったく、この件はまた今度話すからな」

「気が向いたらね!! 」



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