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償いの婚約  作者: たたた、たん。
本編

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18/37

十八話

 



「はあ!?」

「ええ、ですから私がハル様の代わりに派遣されました、太郎です」

「いやいや、何言ってるんだ君は。ハルちゃんは何処に行った?」

「お答え出来ません」



 僕は相変わらずハルちゃんに、ネックレスを返すことなく日々を送っていた。大きな罪悪感に襲われるが、最近のハルちゃんを見ると様子は落ち着いてきたし、このままでも大丈夫なのではないかと安心してしまう。我ながら酷い人間だ。


 これで、ハルちゃんが僕の知らない誰かを想う姿を見ることがなくなり、僕にもチャンスが回ってくるんじゃないかと期待して。






「どういうことなんだ、これは……」



 そして、その日もハルちゃんの顔を見るため食堂に向かうとそこにいたのは知らない男だった。なんの特徴もない、けれど立派な給従の服を着た、空気のような存在感の男がハルちゃんの代わりにさっさと働いている。しかも、それに誰も何も言わない。


 風邪でも引いたのだろか、とよく話をする男にハルちゃんのことを尋ねると「太郎に聞け」と、それだけ返ってくる。


 仕方なく男にハルちゃんのことを聞くと、言われたのは意味不明な言葉で。だが、僕はすぐに悟った。これは彼の仕業だと。



「あのさ、皆騒いでいないようだけど、これは誘拐じゃないのか?まさか、あのハルちゃんが女将さんに何も言わず出ていく訳がない」

「いいえ、ハル様の了解は頂いております」

「だが、非常識だ」

「そもそもハル様がここにいたこと事態が非常識ではありませんか?木宮様はもうハル様の御正体を気付いておられるでしょう」

「……何を言っているのか分からないな」

「確か、ネックレスもお持ちになっているとか」

「……」

「ハル様にこの事はお話ししていませんし、するつもりもありませんのでご安心下さい」

「……、凄いな、葉月家は。そんな個人の些細な事情まで調べられるのか」


 名乗っていない筈なのに僕の名前を言い当て、明確に葉月家と指摘しても、男は変わらず微笑をうかべるのみ。その上、何故かあちら側は、ネックレスの件まで知っている。


 僕のその弱みと彼の悪びれていない様子は僕にとって分が悪かった。だいたい家の力関係的に僕が何を言っても相手されないだろう。名前を把握されている辺り、僕はマークされているようだし。



「それにしても、どうやってこの街の人を納得させたんだい?」



 今、僕が出来ることは冷静に男から情報を抜き出すだけだ。



「この街の方々は、理解のある人です。ハル様の粗方の御事情と数杯のアルコールで皆さん納得していただきました。勿論、それでも眉を潜めていた方もいらっしゃいましたが、この事がハル様の将来にどれ程重要なのかを丁寧にお伝えした所、納得して貰えました」



 確かに、この市街地に住む人々は、教育水準が低く単純であるため無償の好意を渡されるとコロリと態度を変えることが殆ど。そして、アルコールを奢って何かをさせるということは簡単な手段であり僕だって、情報収集の時はいつも使っている。


 今まで単純な市民に喜び、対価の前払いをしているからと悪びれていなかったが今回ばかりは苛ついてならない。自分の事を棚にあげているのが分かっているから、男に対して何も言えずそんな状況も不愉快で。


「……女将さんがそれで納得したとは思えないな」

「そうですね。確かに女将さんは終始不快感を示していましたが、ハル様の為だと最後は割りきっておられましたよ」

「ハルちゃんのため?違うだろ。これは、君達の主の為だ」



 決してハルちゃんは、葉月尊氏に用があるわけではないはず。かつて婚約者であったとしても、ハルちゃんの想い人は他にいて、ただ一方的に葉月尊氏がハルちゃんを好いているだけだ。


 ハルちゃんは、こんなこと望んでいない。


「それもありますね」


 君達の一方的な都合だとストレートに言っているのに、男は全く動揺することなくしれっとしている。反対に僕はイライラがつのっていき、つい余計な事を言ってしまった。


「悪気がないようだが、ハルちゃんには好きな人がいるんだ。もう、ずっと忘れなれない好きな人が」

「ええ、知っておりますよ」

「、それなら何故こんなことを!?あのネックレスの送り主に会うならともかく、葉月尊氏殿に会ってもハルちゃんにとって良いことは何一つないだろう」

「……あの、木宮様は勘違いして」


 初めて男の顔が怪訝そうに崩れたとき、女将さんが凄い形相で怒鳴りあげた。


「太郎!!いつまでサボるつもりだい!?さっさと働きな」

「申し訳ありません。……あの、ネックレスの」

「いや、いい。早く行きな」


 つい、ネックレスのことを話題に上げてしまったが、この事は僕にとって鬼門だ。負い目があり、揚げ足を取られたくない僕は何か言いたそうな男の口を止めさせ、席に座った。






 常連客から話を聞くに、ハルちゃんは一昨日の昼にいなくなり、それと同時に太郎がやって来たらしい。


「まあ、木宮君。そう、焦らずにね」

「何を言っているんですか。ハルちゃんのピンチなんですよ!皆さん、あんなにハルちゃんを可愛がっていたのに冷たくはありませんか」

「うーん。冷たいというか、これはハルちゃんの為に必要な事なんじゃないか?最初は、太郎をぼこぼこにしても問い詰めてやろうって雰囲気だったけど、太郎の言い分を聞いてくうちに、なぁ」

「ハルちゃんが具体的に何をしているか分からなくて、騙されていたとしても。それでも、いいんですか?」

「そりゃぁ、良くないさ」



 常連客の男は、しかめっ面をしている。やや、不愉快そうにしているが僕にはそんな事どうでもよかった。

 軽く挨拶を済まして、食堂を出る。



 やはりここのお気楽な人は、話が通じない。僕だけが彼女の事情を知っていて、僕だけが彼女が迷惑している事を知っている。



 ハルちゃんは、あの時あの路地裏で、葉月尊氏を憎んでいるような発言をしていた。それは当然の事だ。如月美春だった当時、ハルちゃんは周りから相当蔑まれていたようで、葉月尊氏はそれを放置していたのだから。


 ということは、ハルちゃんは好きでない、寧ろ嫌いな相手に無理矢理迫られている事になる。

 連れていく時も強引なら、口説く時だって強引なはず。

 ハルちゃんの気持ちをこうも考えないなんて。



「最低な男だな、葉月尊氏」



 僕がなんとかして、助けないと。

 僕がハルちゃんを助けないと。



 なんの見返りもなしに、ただハルちゃんの為に。

 ハルちゃんを助けたい僕の為に。










 それから、僕はハルちゃんを助けるべく、すぐに情報を集めた。葉月尊氏の事を調べる為に、苦手だった葉月尊氏の叔母である葉月知枝(はつきともえ)とも情報を共有した。葉月知枝は元の恋人と別れた事実は知っていても新たに想い人が出来ていていることまでは知らなかったらしく、いたくおかんむりで。いくら親族でも、恋人のことにまで口を出されるなんて、と少し同情もしたが僕にとって葉月尊氏がどうなろうと関係なかった。


 情報が入ったのは、僕が動き出した次の日。すぐの事だった。それは、ハルちゃんがいなくなってから四日目で。あの葉月知枝方から情報が入ったのだ。

 そこで、ハルちゃんが華族街の三等地番街にいることが分かり、葉月知枝は既にそこに行ったことを知る。その情報を貰えたのはありがたいが、もしハルちゃんに会っていて酷く罵るような事をしていないか心配になった。あの様子では勘違いをしていそうで。


 詳しい住所を聞き出し救い出す算段をつけてから、馬車に乗り込みその屋敷に向かう。時刻は既に六時をまわり、辺りは段々と暗く、そして小雨が降りだしてきた。



 僕がハルちゃんを救い出せたら、ハルちゃんは僕を頼もしいと思ってくれるだろうか。僕を見て安堵の表情を浮かべてくれるだろうか。

 頭のなかは既に、救いだした後の事でいっぱいで。僕の意欲を増幅させる。



 早く、早く僕がハルちゃんを救いだしてあげないと。



 たまたま、情報が入った場所が貴族街の反対方向だったため馬車はまだ市街の大通りを走っている。普段は、安全の為にスピードを出さないよう言っていたがこの時ばかりは、馬に鞭を振るわせ急がせた。


「もっと急いでくれないか」


 馬車の前方についている小窓を開けて、従者にそう指示した僕はそのままなんとなく、横にある窓からじっくり外を眺めた。何故、そうしたのか分からない。もしかしたら焦る気持ちを抑えるために景色を見ようとしたのか。ただ、本当になんとなく、外を眺めようとした時、輝く銀糸が目の端を通りすぎた。


 ――――珍しい銀の髪を持った女性が傘もささず歩いていた。



 まさか。



 そんな都合のいい事が起こるはずがない。

 たまたま外を眺めたその時、丁度。ハルちゃんがそこにいるなんて、そんな。奇跡か運命でもなければあり得ない。



 僕は構わず従者に言った。


「馬車を止めてくれ」


 冷静な理性がそんな事あり得ないと告げている。だけど、僕の本能(ロマン)が彼女だと。あれは、彼女に違いない。今、僕が外を眺めたのは、神の御導きなのだと叫んでいた。きっと、世界が、神が、僕とハルちゃんが出会うことを望んでいる。


 胸は期待で高鳴り、馬車が止まり次第、従者に何も言わず外に飛び出した。手には傘を持って。だけど、邪魔だからさすこともせず、脚が彼女の方向めがけて走った。


 さっきまで小雨だった雨はいつの間にか、本降りになっていて。雨の滴で視界がぶれていたけど、近づく後ろ姿ではっきりと分かった。




 ハルちゃん。




 その時、僕は運命を感じた。肌にまとわりつく雨粒がまるで蒸発するかのように体は熱く、上がった口角は下がらない。


 だって嬉しいんだ。彼女の運命が僕みたいで。

 神の御導きによって僕とハルちゃんが今、出会うそれが偶然ではなく必然であることが。


 僕はハルちゃんの陥っている状況なんて、忘れてこの素晴らしき運命に感謝し、感動した。



 やっぱり僕なんだ。

 ハルちゃんを幸せにするのは、幸せに出来るのは僕なんだ。





「ハルちゃん!!」





 僕は興奮冷めやらぬその顔と表情で、彼女を呼んだ。

 ハルちゃんは、ゆっくりとこちらに振り向く。





「……木宮さん…………」





 ハルちゃんの悲痛な顔を見て、苦しそうな声を聞いて。












 僕は恥ずかしくなった。


 運命だ、と喜んでいた自分がいかに独りよがりで、みっともなかったか、まざまざと思い知った。









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