十四話
「これからハル様に会っていただく人物は私の主、葉月尊氏様でございます。明日には絶対にお越しいただけるようにするのでここにいる期間はせいぜいあと三日というところでしょう」
「随分とあっさり言うんですね……てっきりもうちょっと焦らされるのかと思いました」
「いえ、流石に。これ以上はハル様が本当に怒ってしまいますから」
「……今までも怒っていましたが」
「でも、用件をなかったことにして帰ろうと思うほどの怒りでもなかったでしょう?」
いや、本当にイライラするんですけど。
というか、その話し合いは三日もかかるのか。
「あの櫻子をつけたのだし、癇癪をおこしても出ていくことはないだろうと思っていました」
「まさか……」
「いえ、櫻子はあれで素ですよ。大いに利用させてもらっていますが」
この爺。やっぱり、私の予想は外れてなかったじゃないか。
あんな人なかなかいないもの。
「私の姪っ子なのです。櫻子は」
「えっ!孝太郎さんみたいな怪物とファンシーな櫻子って血が繋がってるんですか。意外……いや、意外なのか。納得も出来そうな気が」
「酷い言い様ですな」
「弁明しますか?」
「いえ、大丈夫です。私はてっきり、明日どんな話をするのかについても聞かれると思っていたのですが何も聞かれないのですね」
「まあ、知りたいは知りたいですけど明日になれば分かるのでしょう?」
「はい。きっと」
「おはようございます。ハル様。やっと今日尊氏様と会えるのですね!!私、口が滑りそうでウズウズしていました」
「お、おはようございます。そ、そうですか。よく我慢出来ましたね」
二十以上も年下の人に、子供扱いされることについて何も思わないんだろうか。
思わず、いい子いい子と頭を撫でたくなるが騙させるな。この人は、孝太郎さんの姪っ子だ。例え、癒し系雰囲気でお花を飛ばしていようとも。くっ、駄目だ。癒されちゃ駄目だ。
「……無理だ。だって櫻子さん可愛い」
五十代でこの可愛さを誇る櫻子さんに、天然記念物の称号を与えたい。
「では、話の内容もお聞きになりましたか?ふふふ、尊氏様も好きな女性の為にポンコツになるものですよね」
「!?」
「だって、呼んでおきながらいざ会っ。もしかして、まだ内容までは」
「知りません」
「ああ、申し訳ありません!!ハル様。私の口が、口が調子にのってしまい」
「はい。分かりましたからちょっと考える時間を下さい」
「ハ、ハル様?」
今、櫻子さんは好きな人と口にしていなかったか?尊氏様の好きな人……ってやはり姉の事だし。やっぱり、姉との結婚関係の話だったか。
そうか。うん。そう、か。
昨日、色々なアドバイスを思い浮かべていて良かったなー。うん。
「……ハル様。死んだ魚の目をしています」
「そっとしといてください。複雑な乙女心がですね」
尊氏様は仕事を終えてからここに向かうとの事で、夕食時に用件を話すことになった。食べながら話す、というのも少しはしたないが、なるべく話しやすいようにとの孝太郎さんの配慮だ。
食べながらなら不自然な沈黙があっても耐えられそうだし、私にはとてもありがたい。
だって、やっぱり尊氏様に会うとなると緊張するもの。
どんな顔して会えばいいんだ、メイクに気合いをいれなくちゃとか、もう考えることが沢山ありすぎて困る。ここに来て、三日目で漸く誰と会うのか判明したわけだけど、知らなかった時の方がまだ気が楽だった気がする。
イライラは半端なくしていたけど。今は、ドキドキが酷すぎて心筋梗塞になりそうだ。
時計の針が普段の三倍程早く刻み、何度も時間よ止まれと唱えてみたが流れる時間は止まらなかった。当たり前だ。私がどうかしている。
「……久しぶりだな」
二回目の再会は、思っていたより呆気なかった。ロマンチックでも、劇的にでもなく憧れの俳優にチケットを貰って会いに行くような。二回目の再会とは、おかしな感じがするが地に足が着かなかった状態が尊氏様の顔を見たとたん、ストンと落ちたみたいな。
取り敢えず、過剰反応でもしていたのかもしれない。尊氏様は姉の伴侶となる人だ。
「……ええ、お久しぶりです」
つい、この前会いましたね、なんて言わない。それは尊氏様も分かっていて。私が如月美春でなかったらお久しぶりとは返さないはず、なんて重要なこと誰も言及しなかった。
意外と平気なものだったから、緊張せずに話せるかなと口を動かしたが声がでない。喉が自分のものでないみたいに、重くて動かせない。
焦って、やっと自分が息を吸い込んでいないことに気付いた。吐き出す空気がなければ声はでない。大きく息を吸って、やっと体の強ばりがとれる。
「食事をしながら話そう」
一回目の再会と違って理性の光る瞳に、理知的な表情。あの時は、暗くて良く見えなかったが今日はしっかりと見ることが出来た。でもやっぱり、二年前より少し痩せて弱っている。
それに尊氏様も堂々たる態度はしているが、節々に緊張を感じる。
尊氏様も緊張しているのか、そう思えば少し楽になれた。
それにしても、これから姉の事を話すのだろうか。黙々と前菜を食べて無言の尊氏様に気まずく思って、咄嗟に口を開いた。
「尊氏様」
「美春」
そしたら、ちょうど尊氏様も目線をあげて話しかけてくるものだから。
「あ、どうぞ」
迷わず先を譲ったら尊氏様は、姿勢を改めて私を真っ直ぐ見た。
「この間は、悪かった」
「えっ!」
「反省している。美春、いや今はハルだったか。私は、あれからずっと謝りたくて。……その、どうだった。あの部屋は」
「ゲストルームのことですか?私が以前使っていた部屋そっくりでした。あの、まさか尊氏様が用意してくださったんですか」
「ああ。……私はお前を、ハルを喜ばせるにはどうすればいいか分からなかった。お前は二年前と随分変わったし、前みたいなやり方しか思い付かなかったんだ。それで、今日はこれを……」
尊氏様の言葉と共に孝太郎さんが隣に来て、綺麗に包装された箱を渡してきた。
「そんな、私受け取れません」
「……迷惑だったか」
「いえ、そういうことじゃなくて」
確かに私は、プレゼントを贈られたら機嫌を良くしていた。嬉しいのは本当だけど、実は物より尊氏様から貰える言葉の方がずっとずっと嬉しかった。
私は、ここでも間違っていたらしい。
私は自分のことを伝える努力を怠っていたのだ。女性に物をあげておだてる、というのは少し乱雑だが、二年前私はずっとそれを望んで何より嬉しがった。私を喜ばす方法を知らないのは、尊氏様だけの怠惰ではなく、私の怠惰でもあるのだ。
「私は物を貰うより貴方からの言葉が欲しいです。今まで、酷い態度をとってしまい、そして勝手に逃げだしてごめんなさい」
私は、尊氏様みたいに真っ直ぐ目を見て謝れなかった。
「……私も美春のことを考えていなかった。美春は、私がそんな冷たい人間だったから、そうせざるを得なかったんだろう。本当に謝るべきは私だったんだ。すまなかった」
優しく気遣うようなその声音に胸が、キュンと痛んだ。違うのだ。私が悪いのに、そんな。
「美春は、……ハルは愚かな私を赦してくれるだろうか」
そんな落ち込んだ、悩ましい声で言わないで。答えなんて決まっているのに声が出なくなる。
謝らなくていいです、とは言わない。実際、本当に謝ってもらわなくてもいいのだが今、それを言ってしまえば拒絶になる。尊氏様の謝りたいという想いを受け取らない、というポーズに見える可能性だってある。
すべきことは、ただそれを受け入れることなのだ。
「赦します。私は尊氏様の全てを赦します」
せめて、これは目を見て言わなければいけない。合わせられなかった視線を漸く合わせられたのに、私はすぐ目線を落とした。
「ありがとう。ハル」
顔が熱い。尊氏様の優しい笑顔で、最後の日もこの前も見ることの出来なかった愛しい笑顔で顔を火傷したんだ。きっと。
尊氏様の笑顔は、きっと熱線で兵器なんだ。だから、しょうがない。しょうがないのだ。
その笑顔で、嬉しくて切なくて愛しくて、のぼせてしまうようになるのはそのせい。きっと、そのせい。
全身が心臓みたいにドクドク言っているのは、そのせいなのだ。
「ハル?」
「いえ、……えっとその久しぶりに尊氏様の笑顔が見れて嬉しい、です」
「……そうか」
恥ずかしくて、つい誤魔化そうとしたが、そう言えばさっき伝える勇気の必要性を感じたばっかだ。勇気、勇気と心の中で唱えながら言ってみたら尊氏様がびっくりするくらい照れた。
はあ!?何だ、コレは。
なんとなく漂う甘い雰囲気はなんだ!?
ちょっと尊氏様もキャラ変わりすぎじゃありません!?やめてください。惚れてしまいます。あ、いやもう惚れてるんだけど。
取り敢えず、やめろ。この雰囲気やめてくれ。いたたまれない。尊氏様は姉と結婚するのだ。
なんだ。結婚間近になると男は可愛くなるものなのか!?
取り敢えず止めて。尊氏様は、優しく笑うのやめて。
おい、コラ!!ブラックモンスター何朗らかに笑っていやがる。今こそ出番でしょ。勘違いかもしれないけど、自分の主人が嫁(予定)以外の女と仲良くしてるよ!!
早く止めてよ。