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償いの婚約  作者: たたた、たん。
本編

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十一話

 


 その人は、いつもの微笑を携え馬車の前に立っていた。ご年配にも関わらず、背筋はピンとたっていて気品すら感じさせる彼は執事の見本だ。


「お久しぶりでございます。美春様。以前は仮面でご尊顔を拝見出来ませんでしたが、これは、これは。たいそうお綺麗なお顔をしていらっしゃる」


 相も変わらず、スローペースで話すご老体は尊氏様の専属の執事、孝太郎さんだ。尊氏様を産まれた頃から知っている彼は、尊氏様のことを知り尽くしていて、表に出ることはないが影で完璧なサポートをして見せる影の執事。


 私は、孝太郎さんが苦手だ。彼は、なかなかの曲者であるから。


「……何を言っているのかさっぱり分かりません」

「ほっほっほ。左様でございますか。それならば、それで宜しい。少し付き合ってもらいますよ」

「嫌です」


 有無を言わせない強引さ。酷く身勝手であるのに、いつも相手は彼の口車に屈し、手のひらで転がされるのだ。


「ふむ、それは困りますな。理由を伺っても?」

「……今、ちょうど買い出しの最中なんです」

「ええ、パセリと人参、それに巾着那須でしたね。ご安心下さい。(うち)の者に買い届けるよう言い聞かせてあります」

「!、何で、知って」

「他に理由はございますかな?」

「……これから仕事もあるんです」

「それも、家の者に美春様の代役をするよう言っておきました。配属されたものは、華族向けの高級ホテルで働いていたホールスタッフであります。貴女の抜けた穴は、完璧に塞がるでしょう。いや、それ以上のことをしてしまうかも。……ふむ、これは、失礼なことをいたしました。お詫び申し上げたいので、是非こちらの馬車にお乗りください」


 なんて勝手なことを。


「絶対に嫌です。孝太郎さんの言いなりになんてなりませんから」

「はて?何故、(わたくし)の名前をご存知でいらっしゃるのでしょうか?先ほどまで貴女は一応、如月美春ではない設定でいらしたと思っていたのですが。ええ、そこを深く掘り下げられるとお困りになってしまいますね。申し訳ありません。少し意地が悪過ぎてしまったようです」

「っ貴方は、一体何がしたいんですか」

「私は、ただ主に幸せになって貰いたいのですよ。そろそろ、人の目が気になって来た頃でありませんか?さあ、早くお乗りになって下さい」

「だから!」

「ええ、ええ。私貴女様に乗って頂けないと、困って誰かに相談してしまうかもしれません。つい、ポロっと。美春様が駄々をこねて困っているのですと」

「……それは脅しですか」

「いえいえ、そんな野蛮なことは致しません。ただハルと名乗られるお方の本名は如月美春と言うのですよ、と親切心で教えてさしあげるだけですよ」

「だから、それが脅しだと、」

「因みに、今現在は貴女の御名前を先方にお伝えしておりません。勿論、分からないようにカモフラージュもしてあります。ですが、困りましたね。あと五分経っても私から連絡がなければ、先の方々にご相談しなさいと言ってあるんです。……おお、失礼。あと四分でございました」

「……どうしても行かないと行けないんですね」

「それは、貴女様が決めることでございましょう。私は来て頂きたいのですが、貴女が断るのなら別にかまいませんよ」

「それで断ったら、私が如月美春だと言うのでしょう?」

「そうなりますね」

「私に選択肢なんてないじゃないですか」

「貴女がそう感じたならそうなのかもしれませんですな」


「……どこに行けばいいんですか」

「それは、着いてからのお楽しみであります」



 結局、この人の言いなりになってしまった。一見、優しそうなお爺さんなのに、中身は目的のためなら手段を選ばない怪物だ。


 ニコニコと完璧な仕草で、恭しく馬車のドアを開けた孝太郎さんを一瞥して私は慣れた足運びで馬車に乗った。この馬車は、二年前まで当たり前のように乗っていたものだ。外見に負けず、内装も豪華絢爛で椅子に座ると体が沈む。久し振りのその感覚に一瞬、戸惑いかけたがすぐに慣れた。


 二人乗りのこの馬車は、向かいにもうひとつ椅子がついていて、そこにはいつも尊氏様が座っていた。一言も話さずに、私の他愛ない話に時々頷く彼は、いつもつまらなそうだったけど、私は二人きりだったことが嬉しくて。今、思うと馬車の中が一番楽しかったのかもしれない。


 出ますよ、の声と共に馬車が動き出す。私は、どこに向かい何をさせられるんだろう。


 あの時は、貞操の危機とか、まさか尊氏様に出会ってしまうとか、その上私のことを探していたなんて回天同地なことを言うから動揺してしまったけど、落ち着いてきた今なら冷静に考えることが出来る。尊氏様が私のことを探していた理由は、姉との結婚に関連する事ではないか、と。


 よくよく考えてみればすぐに思い付くのに、尊氏様の様子がおかしかったから、姉と結婚する予定であったことを忘れていた。姉が、私に用があって、それを尊氏様が手伝っているのかもしれない。尊氏様には確実に嫌われていたけど、姉は私のことを嫌ってはいなかった。


 愛しい人をとられて、両親からも冷たく扱われ、苦しいはずなのに私には努めて優しく接してくれた。かくいう、私も変な仮面をつけて、婚約者からは嫌われ、社交界での立場もなく、両親からは用済み扱いだったから、姉のあの憐れみの目も納得出来るのだが。私がどんなに傲慢に振る舞っても、姉は決して私のことを見捨てることはなかった。


 きっと、あの告発事件の時もなんだかんだ言って私を助ける策があったんじゃないかと思う。漫画の中では、本当に仲の悪い姉妹だったけど、現実ではギクシャクしていただけで仲が悪かったわけではないから。もしかしたらここが、本当のバグなのかもしれない。


 現実世界では、姉の同情が存在したから、尊氏様がそれに便乗してわざわざ「これから君の環境は大きく変わることになるだろう」と警告してきたんじゃないかと。


 それで姉は、結婚と言う謂わば門出に当たって、私のことが気がかりだったのではないか。だから、尊氏様を経由して私に会おうとしているのだ。だから、私は今ここにいる。


 それが、私の導きだした答えだった。




「なんだ、結局尊氏様が私を求めてきてくれた訳じゃないのか」



 勿論、自惚れた意味ではない。でも、何かしらの事情があって尊氏様が、姉ではなく尊氏様が私に会いに来てくれたのか、と期待してしまった。


 この分では、ただの思い過ごしだったみたいだ。


 今更、自分は如月美春じゃないと言い張ることは、最早無駄な足掻きにすぎないし、あの孝太郎さん相手では言い逃れも出来ない。


 しかし、姉とはどんな顔で会えばいいのだろう。恨んでいるわけではない。姉は何も悪いことはしていないし。けれど、確執があるのは確かだし、私としては姉に婚約者をとられた女だ。姉も多分気まずいだろうが、私だって気まずい。


 私は、姉におめでとうと言えるだろうか。素直に心から言うことは出来ない。それは、分かっているが、心がなくても口先だけでも尊氏様との結婚を祝福する言葉を吐き出せるのか。それが問題だ。尊氏様が姉が寄り添いながら晴れ着を来て、誓いをたてるその想像ですら胸が痛むのに。それを肯定する言葉を私は言えるのか。


 せめて、あの頃みたいに仮面があれば。









 考えても、言える気のしない私は、それを先延ばしすることにした。今、考えても言えないものは言えない。だが、姉を前にすれば気も変わるかも。

 取り敢えず、どうしようもないことはどうしようもない。特に、不安になることもなくそう思えた私は、あの家を出て、沢山の事を学んだんだと改めて感じた。


 次に考えること。それは、無事姉と話し合いを終え帰った後に、皆にどう説明するかだ。多分、あの大通りでこの馬車に乗るところを見られているから、噂は広まっているかも。というより、私の代役の人が行っているのなら、今やその話で持ちきりになっているはずだ。そして、女将さんは、激怒しているはず。


 帰ったら、根掘り葉掘り聞かれそうで、うんざりするがあの孝太郎さんだ。上手いことやって私を楽させてくれるだろう。……そうでなかったら困る。あの聡明な頭を存分に使って噂好きの彼らを落ち着かせる一手を打ってくれ、と期待するしかない。


 長い間、馬車に揺られ時刻はもう五時を過ぎていた。孝太郎さんにまだつかないのか、と何回尋ねても「あともう少しです」としか返ってこない。

 モヤモヤと考えていたから、カーテンを閉めたままで。誘拐?されたなら、まず始めに状況確認だろうに。自分では落ち着いていたつもりだったけど、やっぱりまだ緊張しているらしい。


 慌てて窓から外を見ると、市街を出て、華族街では少し辺境らへんの所にいた。そこは、華族の位でいっても下の方が住む、二等地だからやはり尊氏様の所でなく姉の男爵家の方に向かっているのだと分かる。ちょっぴり、ほっとした。

 

 馬車が止まったのは、もっと奥にある三等地番街。名のある商家位の大きさの家がポツンポツンと離れたところに建てられていて。目の前にある屋敷は、私が以前住んでい屋敷の三分の一にも満たないが、庭も整えられ趣味が良く、可愛らしく感じられた。


 富を見せ付けるような感じ悪い豪華さはなく、且つシンプル過ぎずにアンティークが飾ってある限り、家の持ち主の印象は良さそうに感じられた。噂によれば、姉を引き取り養子にしてくれた男爵家は、私のいた市街でも有名な人の良い華族だ。


 この可愛らしい屋敷を見る限り、その噂は嘘ではなさそう。こんな所に住めたなら、さぞ気持ちいいだろうと思う。

 それは、無駄に広かったあの家で嫌な思い出しかなかったからか、今の下宿している場所が六畳しかなく狭いからか。まあ、前者のせいであることは明らかである。


 兎に角、この屋敷は私の好みぴったりで素晴らしかった。


 ただ、案内された屋敷の中には使用人しかいないらしく、住居人の気配がない。まだ、外に出ているらしい。まるで華族の屋敷に初めて入った庶民のようにキョロキョロと辺りを見渡している私のために、孝太郎さんがわざとゆっくり歩いてくれていたのに気付いたのは、ゲストルームに入ってすぐのことだった。

 ひとまずここでお待ち下さい、と孝太郎さんは部屋を出ていく。



 漸く、完全な一人切りになれてふ、と息をつけた。

 そしてなんとなく、部屋を見回してみると。



「この部屋……」





加速していく美春と尊氏と木宮さんの勘違い。

真実を知っているのは……

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