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再会-1-



 そこは、ただ光だけが射していた。

影もなく、ただ光だけに満たされている。

 「渡るだけでなかったら、気が狂いそうだ」

踏みしめる足が波紋を作りあたりを震わせるが、そこにあるのは音のない波。

声すらただ、波を作るだけだ。

真白の世界にただ一人。

 「………」

言葉にし掛けて、雷瀬は口を噤んだ。それを深く感じているのは、自分よりもハクだからだ。

 「今、行くから」

声が、柔らかな波紋を作る。

今はまだ会えないハクに、せめてこの波だけでも届けば良いのにと、心の端でふっと思う。

それが叶わないのを知りながら。

それでも、それを願ってしまう。



 ぼさっと縁側に座って、ハクは空を眺めていた。

 「ハク?」

不意の声に、ハクは驚いて視線を上げた。

 「灯花」

灯花の気配は読み辛いのだ。

 「そろそろ来るんだね。ハクの契約者が」

灯花はそう言って笑う。

それは何処までも優しげな声。本当に、ハクの契約者が来るのを喜んでいる。

しかし。

 「これで弥太郎と私の邪魔をするものはなくなるわね」

くくくっ。と意地悪く灯花は笑った。

何処まで本心なのか読み取れない灯花の言葉に、ハクは溜息を吐く。

 「参ったな。そこまで落胆?」

やはり、元気付けようとしていたのだと分かり、更にハクは溜息を吐く。

 「どうしよう。コセン。ヒスイ」

そう言って、灯花は背後を見る。

呼ばれたコセンとヒスイは、小首を傾げた。

 「放っておけばよろしいかと」

とは、ヒスイ。

 「構うだけ無駄無駄。

拗ねてる子猫は放っておきなって」

とは、コセン。

どちらも、すげなく言い切った。

 「うっせー」

ぷいっと視線を外して、いじけている風なハクに、今度は灯花が溜息を吐いた。

 「ハク。案ずるより産むが易しだよ」

灯花の言葉に、ハクは本の少しだけ背を揺らす。

言いたいことは分かっているのだ。

逢ってしまえば、たぶん、今考えていることも全部吹き飛んでしまう。

弥太郎に会う前なら、怖くなかった。

弥太郎に会って、自分は変わってしまった。

もしかしたら、もう、あの頃のように、自分は雷瀬を感じられないのかもしれない。

もしくは、弥太郎に対する思いがなくなってしまったり、代わってしまったりするのかもしれない。

それがただ怖かった。



 雷瀬が来ると分かり、弥太郎と離れて二年。

日に日に雷瀬の気配は強くなる。

そして。

 「来るっ」

雷瀬の気配が、今までの比ではない。

いても立ってもいられず、ハクは走った。

 「ハクっ」

すれ違いざまに灯花に呼び止められたが、止まることなんか出来ない。

そのハクの様相に、灯花はすぐに何が起こったのか悟った。

 「コセン。長老のところに。雷瀬様が渡ってこられると。

行くわよ。ヒスイ」

 「了解」

 「承知いたしました」

灯花はヒスイとともにハクを追う。

符を数枚取り出すと。

 「護法符。発っ」

その声とともに、符が光る。

雷瀬がやってくると分かっている斎場に、護法の結界が張られた。

 「あらかじめ仕掛けといてよかった」

ほっとした声を出し、灯花はひたすらハクの後を追う。

 「ハクは、突っ走るタイプであったようだの」

くすくすとヒスイは笑いながらそう言った。

普段は、必死に冷静を装うとしていたのを、ヒスイは分かっていたようだ。

 「うん。ここまでとは思わなかったけどね」

 「多少、無理をしておったのであろうよ」

契約者不在の長い時。しかも、それれこそが契約者の願い。

必死に強くあろうと、ずっと無理をしていたのだ。

同じ式神であるヒスイには、契約者がいない不安が良く分かる。あの喪失感の中、千年の時をハクは過ごしたのだ。

 「良かったの」

ぽつりと、ヒスイがもらす。

 「そうだね」


 斎場には、柱が立っていた。

あの時。千年の前のあの時に立った光の柱。雷瀬が通った光の道。

 「雷瀬」

光の中から、人の影が見えた。

苦しくて、苦しくて、息が出来ない。

ポッカリと開いていた場所に、すっぽりと収まる。

ずっと欲していたもの。

弥太郎の存在は、その穴に気が付かないように蓋をしてくれていただけだった。

気が付かない振りをするために弥太郎を好きになったわけではない。

弥太郎を好きになったから、蓋が出来て、しばらくこの喪失感から目を逸らす事が出来ただけだ。

 「雷、瀬」

懐かしい感覚が、身を浸す。

雷瀬の心が流れてくる。

あの、穏やかで優しくて、温かくて。

自分だけのただ一人。

 「雷瀬」

人陰が、ゆっくりと光の中から出てきた。

 「ハク」

にっこりと笑って出てきたのは、別れたあの時と変わらぬ雷瀬だ。

 「雷瀬」

 「ハク」

笑ったまま、雷瀬はハクの言葉に答える。

まだ実感が湧かなくて、ハクは、もう一度雷瀬の名を呼んだ。

 「雷瀬」

 「ハク」

あの時と変わらぬ声が自分を呼ぶ。

それが嬉しくて、ハクは馬鹿みたいに雷瀬の名を呼んだ。

 「雷瀬」

 「ハク」

 「雷瀬っ」

堪えていた涙が、とうとう溢れた。

言葉が切れたそのとき。

 「ただいま。ハク」

柔らかに雷瀬は笑う。

帰ってきた。

雷瀬が、ここに。

とうとうハクは、声を上げて泣いた。

 「待たせたね。ハク。

約束守ってくれてありがとう。僕も、守ったよ」

ハクはただ、雷瀬にすがって泣き続ける。

その姿を雷瀬はただ優しく見守っていた。

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