表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

時渡り-2-(千年前)


 澄んだ空が広がっていた。

暦の上ではまだ秋とは言え、時折吹く風は冷たいものがあった。

 雷瀬は禊を済ませ、白い装束を身につけていた。

 「兄様」

 「桃花」

いつもの覇気のない桃花を見て、雷瀬は苦しくなる。

その表情をさせているのは、間違いなく自分だからだ。

しかし、桃花は深呼吸を一つすると、にっこりと笑った。

 「兄様。桃花は、輪廻転生を信じておりますのよ。

だからきっと、千年後に、桃花はいると思うんですの。

ですから、いってらっしゃいませ、兄様。

覚えていなくとも、千年後にまた逢えますわ」

とても桃花らしい物言いに、雷瀬は苦笑を浮かべる。

 「そうだね。きっと、千年後に逢えるね」

これは一瞬の別れだと、桃花はそう言っているのだ。

 「でも、桃花は、ここでお別れです。

だって、時渡りの儀までは、我慢できそうにないですもの。

兄様には、笑顔の桃花を覚えていていただきたいから」

 「ありがとう。桃花。

千年後に逢おう」

 「はい」

しばしの名残を惜しんだ後、雷瀬はゆっくりと斎場へと向かった。

その背を桃花はただ見送る。

すっかりと姿が見えなくなると、堪えていた涙がぽつりと落ちた。

 「っう」

その場に崩れ落ちると、桃花は声を殺して泣いた。

雷瀬に声が届かないように。

苦しいのも、淋しいのも、同じなのだからと。





 斎場では、準備が整っていた。

注連縄が張られ、物々しい状況になっている。

時渡りの儀式は、禁呪に近い。

過去の改ざんは、許されないからだ。

時はいつでも一方方向にしか流れない。

それを覆す事は、許されないのだ。

故に、千年後に一度渡れば、二度と雷瀬はここに帰ってくることはない。

 斎場に上がる前に、雷瀬は短刀を取り出すと、ざっくりと自らの髪を切り落とした。

 「雷瀬っ」

 「ハク」

ハクは、儀式の邪魔をしないように、前日から繋がれていた。

きちんと説明もしたし、納得もしたが、許せないというのだ。

その言葉が嬉しくはあったが、儀式の邪魔をされては困る。

 「くそっ。離せよっ。離せっっ。

辛いとこ全部雷瀬に押し付けやがってっ。

お前らが渡れば良いじゃないかっっ。

なんで雷瀬なんだよっ」

心の奥底を隠せないのだなと、雷瀬は苦笑した。

 「僕の代わりに怒るなよ。ハク」

こんな時だというのに、嬉しくてしようがない。

ハクがいるから、千年後にも渡れるのだ。

 「雷瀬も雷瀬だっ。

なんで自分で志願なんかすんだよっ」

 「僕が決めたんだ。父さんが守った世界を僕も守りたい。

ただそれだけなんだよ」

偽りはない。

言葉にも思いにも。

けれども、ハクが言うように、どうして自分でなければならないのだと、そう言いたい自分も確かにいるのだ。

 「わかんねーよっ」

 「ごめんな。ハク。

ハクには、力をつけてもらわなくちゃならない。凶神を倒すための力を。

だから、ハクは連れて行けないんだ」

 「くそっ。あやまんなよっ。

謝られたら、許さなきゃなんないだろっ」

離れたくない。

一緒にいたい。

自分にとっては一瞬でも、ハクにとっては千年。

そんな長い時間、離れていると思うと、辛かった。

 「ごめん。ハク」

 「くそっ。待っててやる。千年後、絶対に待ってるからなっ。

絶対に来いよっ」

 「うん。

ハクは、千年の時を刻み。僕は千年の空白を渡る」

 「ああ。忘れんなよ」

 「それはこっちに台詞だよ。

千年の後に逢おう。

千年の空白の後に」

そして、雷瀬は、晶杷へと向かう。

 「これを」

自分と思って欲しいのか、それとも、死んだものとして、これで墓を立てて欲しいのか、雷瀬にはどちらなのか分からなかった。

ただ、自分の一部をここに止めたかった。

 「行きなさい。雷瀬。

この決断をしたあなたを私は誇りに思うわ」

 「母さん。ハクを。

ハクを頼みます」

晶杷は、雷瀬の差し出した髪を受け取りながら、しっかりと頷いた。

 「火椎。母さんと桃花を頼んだよ」

 「はい。兄様」

微笑む火椎に雷瀬は笑み返す。

短い別れを済ませ、雷瀬は斎場へと向かった。

 「いってきます」

微笑を浮かべて、雷瀬は光の柱に進んでいく。

あそこを渡れば、もう雷瀬には逢えない。

 「待ってる。待ってるからな。雷瀬」

また逢える。それを信じて、ハクは叫んだ。

 「うん。ハク」

白く姿が滲んでいく。

雷瀬が消える。

 「雷瀬っ。雷瀬ーっっ」

血を吐くようなハクの叫びが、あたりを震わせる。

契約者が消えた。

死んだわけではないのに、雷瀬が感じられない。

ここにはいない。

もう、雷瀬はいないのだ。

 「うわーっっ」

失ったわけではないのに、消失間が胸を占める。

ハクの叫び声だけが、斎場に響いていた。

何よりも物悲しい、叫びだけが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ