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時渡り-1-(千年前)



 長が死亡したと言うのは、すぐに長老たちに伝わった。

 「凶神を封じるために、一柱に」

涙を堪え、男はそれだけを伝えた。

 「そうか。雨龍は、一柱となったか」

長老たちの言葉は、簡単なものだった。

 「長老。分かっておられたのですか?」

雨龍の死すらも、視野に入れていたのかと、男は長老たちを見た。

 「雨龍自身が言っておった。

最悪自分が封じねばならんだろうとな」

 「長は、分かっていらっしゃったんですか」

男の言葉に、長老たちは答えなかった。

 「お前たちも疲れているのであろう。ゆっくりと休め」

長老の言葉に、男は、ゆっくりと頭を下げ、その場を退室した。

 「罪なことをするな。雨龍よ。

さあ、我らは準備をせねばならんな。時渡りの準備を」

すっと立ち上がると、長老たちは、部屋の更に奥へと姿を消した。



****************************************



 雨龍の死は、すぐに雷瀬の知るところとなった。

 「雷瀬」

ハクは、苦しそうに雷瀬を見ていた。

式神と契約者は、感情をある種共有している。

雷瀬の悲しみを、ハクは感じているのだ。

 「ごめん。ハク。ごめん」

雷瀬は、ハクの体をぎゅっと抱きしめた。

 「なんで謝るんだ? つらいの雷瀬なのに」

 「僕の悲しみをハクも感じてるから」

こんな悲しみの感情をハクは知らないはず。

けれども、雷瀬はそれをとめることは出来ない。こんな苦しくて、悲しい想いを自分以外にも味あわせているのも辛かった。

 「違うぞ。俺は、雷瀬が悲しいのが辛いんだ。俺、何も出来ないから。

セイみたいに大きかったら、きっと、雷瀬の苦しいの、楽に出来るのに」

ぽんぽんと雷瀬の頭をなでながら、ハクはそう言った。

 「ハク」

何時の間に、ハクはこんな風に考えるようになっていたんだろうかと、雷瀬はぼんやりと思った。

ハクは、この短い間に凄い速さで色々なことを吸収しているのだ。

 「ごめんな。雷瀬」

 「そんなことないよ。ハクがいてくれて、本当に良かった」

もっと、自分も大人にならなければならない。

もっと。

 「もう少しだけまってて。ハク」

 「うん」


 自分はもう子供ではいられない。

次期長は、雷瀬に決まっている。

しかし、雷瀬は雨龍の言葉を思い出していた。

何故雨竜が一柱の封印の話をしたのか。

何故、千年後と言ったのか。

 「父さん」

雨龍は全てを知っていた。

いや、あらゆる最悪の状況を想定していた。

そして、その予想は、外れなかった。

瞳を閉じて、一呼吸。

目を開けた雷瀬の表情は、何かを決意したものだった。



****************************************



 長老に呼ばれ、雷瀬は気詰まりのするような沈黙の中、座っていた。

 「雷瀬」

長老の一人が口を開いた。

 「雨龍の事は、残念であったが、我らは哀しんでもおられぬ。

次期長は、お主だ。雷瀬よ」

淡々とした長老の言葉に、雷瀬は、ゆっくりと頭を振った。

 「残念ですが、僕はそれを受ける事が出来ません。

父の意志を継ぎ、僕は、千年後に渡ります。どうか時渡りの儀を」

全てを決意した瞳が、長老たちを見る。

それを見れば、多少の言葉で意志が揺らがないことなど分かってはいた。しかし、長老たちは、雷瀬こそを時期長にと考えていたのだ。

 「時渡りには、火椎を向かわせる。

まだ、年幼い方が順応も出来よう」

 「確かに、そう言う考え方もあります。

けれども、千年後に渡るのでしたら、今の時期を逃してはならないでしょう。

辿り着く時代が早すぎても、遅すぎてもいけない。

今、時渡りをすれば、ズレは数年ですみます」

頑として譲らない雷瀬の言葉に、長老たちは、それでも、言葉をつないだ。

 「数年のズレであれば、まだ平気であろう。

我らは、長はお前しかおらぬと考えているのだ」

雷瀬の潜在能力は、火椎など足元にも及ばない。

そう考えるなら、ここに置いておきたいと思うのが、心情であろう。

 「僕は、ハクが僕の式神になったのは、神の采配だと思っているんですよ。

まだハクは幼い。それは、これからいくらでも延びるということ。そして、千年後に凶神の事を伝える事ができる唯一の存在。

だから、千年後に渡るのは、僕なんですよ」

雷瀬は、微笑すら浮かべてそう言った。

千年後に渡ればもう二度と戻って来れない。

それは、死に別れるのと同じ事。

 「雷瀬」

 「僕が決めたんです。

父さんが死んで、時渡りの準備はされていたんでしょう。

僕は、行かないで後悔するより、行って後悔したい。

ハクをよろしくお願いします」

深々と頭を下げ、雷瀬はそう言った。

何よりの心残りは、ハクだから。

家族と別れるのは辛いけれども、はくにはもっと辛いことを強いる。

 「分かった。

時渡りは、3日後だ」

 「ありがとうございます」


 自分で決めたこととは言え、雷瀬はこれを家族に伝えるのが心苦しかった。

けれども、先送りにもできはしない。

 「母さん」

 「良い天気ね。雷瀬」

秋晴れの空を眺め、晶杷がそう言った。

 「僕」

言葉が上手く出ない。

何を言って良いのか分からない。

 「いってらっしゃい。雷瀬。

それがあなた自身の答えなら、私は止めはしないわ」

 「母さん」

すっと、雷瀬の体を抱きしめると、晶杷はこっそりと雷瀬に囁く。

 「でも、今は、泣いても良いのよ。

本当は、私も、雷瀬に時渡りなんてさせたくないもの」

ぎゅっと雷瀬は晶杷に抱きつくと、声を殺して肩を震わせる。

 「皆と別れたくないけど、でも、僕が行かなくちゃならないんだ」

 「ええ」

晶杷は、それとなく雨龍に言われていたのだ。

もし、自分が帰らなかったら、その時は、雷瀬もまた、晶杷の元からいなくなるかもしれないと。

悪いことは、当り易い。

それは、大局を読むときに、最悪の状態というのが一番読みやすいからだ。

今回は、その中でも一番最悪な状況だった。

雨龍に言われ、覚悟はしていたものの、辛くないわけではない。

誰も知り合いのいない場所にただ一人。渡っていかなければならないのだから。

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