破綻-1-(千年前)
「雷瀬。あれなんだ?」
ハクは、まだ子供ということもあって、片時もじっとしていなかった。
「あれは桜」
「さくら?」
「そう。春になると花が咲くんだ」
「今は?」
「秋だから咲かない」
「つまんねーな」
しかし、またすぐに興味を別のものに変え、同じような会話が繰り返される。
「よく飽きないね」
すでに三ヶ月。いい加減質問のネタも尽きてきそうなものだが、子供のハクは、長いことこうして動いている事が出来ないようで、一日二時間、こうやって庭の中を駆けずり回り、せわしなく質問を続けるのだ。
「だって、雷瀬のいる世界だろ。俺もっといっぱい知りたいんだ」
嬉しそうにそう言うハクに、結局雷瀬は付き合う。
いや、付き合いたいと思ってしまう。
「そう言えば、雷瀬、そろそろ誕生日とか言うのが来るのか?」
何処で聞いたのか、ハクはそう言った。
「そうだよ。後二日かな」
「桃花が楽しそうに話してたけど、誕生日ってなんだ?」
なんだか良く分からずに言っていたらしいハクに、雷瀬は苦笑しながら説明をする。
「誕生日って言うのは、人がこの世に生まれた日のことだよ」
「雷瀬が生まれた日ってことか。じゃあ、俺は、雷瀬の母さんに感謝するぞ」
当たり前のように、ハクはそう言って笑った。
「え?」
唐突な言葉に、雷瀬はビックリとしてハクを見る。
そんな雷瀬の姿に、ハクも不思議そうな顔をして、雷瀬を見た。
「だって、雷瀬の母さんが、雷瀬を生んでくれた日だろ?
雷瀬の母さんが雷瀬を生んでくれなきゃ、俺、雷瀬に逢えなかった。
だから、俺は雷瀬の母さんに感謝するぞ。雷瀬を生んでくれてありがとうって。
そう言う日じゃないのか?」
自分の解釈が間違っていたのかと、ハクは不安そうな顔をする。
「ううん。ハクの言うとおりだ。
母さんが僕を生んでくれなきゃ、僕はハクと出逢えなかった」
あんまりにも嬉しい言葉に、雷瀬は泣きそうな思いを味わう。
偶然は神の采配。
なら、自分は、この神の采配を誰よりも嬉しいと、そう思う。
「感謝する時には、贈り物を渡すんだよな。後二日って言ったらすげぇ時間ないな。
俺、雷瀬の母さんに何を上げよう」
そんなことを言い始めるハクに、雷瀬は柔らかく笑った。
「二人で一緒に考えれば、きっとすぐに決まるよ。ハク」
「そうだな」
にっとハクは笑う。
誕生日当日。
ハクはまだ動けないようで、くるりと丸まって寝ていた。
桃花や火椎はパタパタとせわしなく歩き回っている。
もっとも、まだ7つになったばかりの火椎は、桃花に振り回されているだけなのだが。それでもそれも楽しいらしく、きゃっきゃと楽しそうな声が響いてきていた。
「ハク。まだ起きないのか?」
むにゃむにゃと、まだ夢の中にいるらしいハクは、笑ったような顔をしながら寝ている。
その顔がとても穏やかで、雷瀬はやっぱり無理矢理起こすことは出来ない。
「早く起きないと、ご飯なくなるよ」
ボソッとそう呟くと。
「めしっ」
飛び起きた。
「式神ってご飯食べないと思ってたのにな」
現金なハクの態度に、雷瀬は苦笑を浮かべながらそう言った。
「うー。俺はまだ小さいから、上手く力を摂取できないんだ。だからしばらくは、食べないとダメなんだよ」
「そうだったんだ」
感心して雷瀬が言うと。
「セイがそう言ってた」
本人が知っていたわけではなかったらしい。
セイは、雨龍の式神だ。雨龍によく似て落ち着いた雰囲気で、博識だった。
「セイに聞いたの」
自分のことだというのに、本当に無知で、雷瀬は脱力をする。
「だって、俺なんも知らないからな」
しかし、ハクの方は知らないということを恥だとは一つも思っていないようで、逆にふんぞり返ってそう言った。
「まあいいや。ご飯食べにいこう。ハク」
「おう。今日は何かな」
パタパタと嬉しそうに尻尾を振って歩くハクに気が付かれないようにこっそりと雷瀬は笑った。
「兄様、おめでとうございます」
にっこりと微笑んで、桃花がそう言った。
「兄様、おめでとう」
続いて火椎がそう言う。
「今日は、雷瀬の為に桃花と火椎が作ってくれたのよ」
穏やかに笑って、晶杷が言った。
「ありがとう。桃花、火椎」
桃花と火椎に礼を言うと、雷瀬はハクと視線を合わせる。
「ありがとう。雷瀬の母さん」
「ありがとう。母さん」
ハクが取り出したのは、木の実や山にある色々な果物だった。
「僕ら二人で集めてきたんだ」
ねっとハクと雷瀬は笑う。
「でも、どうして母さんになの?」
晶杷の問いに、ハクが嬉しそうに笑うと。。
「誕生日って、雷瀬の母さんが雷瀬を生んでくれた日だろ。
雷瀬の母さんが雷瀬を生んでくれたから、俺、雷瀬に逢えた。
だから、ありがとうなんだ」
得意げにそう言い切った。
「そう言うこと」
そのハクの姿に、雷瀬は苦笑を浮かべつつ肯定する。
「二人とも、ありがとう」
二人の差し出した物を受け取りながら、晶杷がそう言うと、ハクは、照れくさげに笑っている。
「父さんもいられればよかったのにね」
いられない理由は分かっているけれど、家族が欠けているのは、少し淋しかった。
「そうね」
けれども、今年の誕生日は、一人増えている。
差し引きゼロというわけにはいかないが、ハクがいる事で、本の少しだけ淋しさは薄れていた。
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雷瀬の誕生日もなんとか無事に過ぎた。
そして今日も、ハクは相変わらず雷瀬を質問攻めにしていた。
「なんで空は色が変わるんだ?」
しかし、質問の質はどんどん変わっていっている。
「何で色が変わるかって。
うーん。お日様の所為かな。さすがにそこまでは僕も分からないな」
さすがに、雷瀬にもそんなことは分からない。雨龍なら、上手く説明をしてくれるのかもしれないが、雨龍は今、妖かしを退治に出てしまっている。
「雷瀬も知らない事があるんだな」
ハクのそんな言葉に、雷瀬は苦笑を浮かべた。
「僕の知らないことなんて、いっぱいあるよ。
ハクの質問に答えられたのは、それが僕の知っているものばかりだったからって言うだけだよ」
「俺は、雷瀬は何でも知ってるって思ってた」
今までの質問で、雷瀬が答えられないものなど何一つなかった。
だからハクは、雷瀬は何でも知っているのだと、そう思っていたのだ。
「本当は知らないことの方が多いよ。
だから、二人でもっと沢山の事を知っていこうね。ハク」
こともなげにそう言う雷瀬の言葉に、ハクはとても嬉しくなる。
何をするにも、二人なのだと、それがとても嬉しいのだ。
「ああ」
楽しげに話す二人。
けれども、終わりは確実に近づいていた。