召喚(千年前)
方陣が描かれ、その中央に雷瀬は立っていた。
式神の召喚の儀式が始まるのだ。
目を瞑り、胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸をする。
手順は覚えている。
まずは意識を集中する。
ゆっくりと気を落ち着けて、感覚を広げながら、高く一点を目指す。
触手のように伸ばされた感覚が、何かを掴む。
それが、雷瀬が契約できる式神だ。
そのイメージを的確に掴んだら、今度は、召喚と契約の言葉を唱える。
その言葉に従い召喚できれば、契約は成立。
晴れて自分の式神が出来るのだ。
「大丈夫。落ち着け」
自分で自分に言い聞かせる。
早くこの日が来いと待ち望んでいたはずなのに。
いざその日がやってくると、逃げ出したいほどの緊張に苛まれる。
「雷瀬殿」
声がかけられ、儀式の始まりを告げられた。
「はい」
雷瀬は、もう一度深呼吸をすると、ゆっくりと上を向いた。
感覚を広げ、ゆっくりと登るように上を目指す。
まるで水の中を泳ぐようなゆっくりとした動きに、雷瀬は少し焦った。
しかし、慌てたところでどうなるわけでもない。
焦って集中が乱れれば、儀式自体が失敗する。
もう一度、雷瀬は自分に落ち着けと言い聞かせる。
のろのろとゆっくり延びていく感覚に、雷瀬は集中する。
そして、遅いのではないと、そう悟る。
探しているのだ。
自分の式神を。
ただ一人を。
「来い。ここに。
僕だけのただ一人」
不意に、視界に白が走る。
同時に、それが自分の式神なのだと分かる。
その白をぐっと掴み、雷瀬は契約の言葉を唱えた。
「我、汝が名を持って汝を召喚す。
我と我名と我血と我肉を持って、汝と契約す。
我名は雷瀬。
汝が名、ハク」
全ての言葉を唱えた瞬間。
雷瀬の脳裏は真っ白に埋め尽くされた。
そして、何かが雷瀬に向かって一直線に降って来る。
その圧力が風となり、雷瀬の体を激しく揺らした。
「くっ」
初めての衝撃に、雷瀬は召喚契約が成功したのか失敗したのかすら分からない。
「……せ」
声が聞こえた。
「雷……」
はっとして、雷瀬は目を開けた。
「雷瀬」
真っ白な獣。
白虎が雷瀬の名を呼ぶと、嬉しそうに抱きついてきた。
「ハク?」
「そうだぞ。お前がハクって名付けた」
きゃらきゃらと嬉しそうに笑うハクは、雷瀬が知っている式神とは程遠い感じがした。
何より、幼いのだ。
自分より低い背丈。落ち着きのない子供のような性格。
雷瀬は、ただビックリとした顔のまま、しばらくハクを眺めていた。
しかし。
「ハク。僕の式神」
嬉しそうに懐くハクの温もりに、雷瀬はぽつりとそう呟いた。
「そうだぞ。俺は雷瀬の式神だ。
ずっと、ずっと一緒にいるんだ」
誇らしげに、ハクはそう言う。
その言葉に、雷瀬はほんのりと胸が温かくなった。
それが式神との信頼の絆。
ハクは雷瀬を、雷瀬はハクを、何よりも大切で、何よりも必要だと思っている証。
「うん。ずっと一緒だよ。ハク」
「おう」
そんな二人のやり取りを、大人たちは呆然と見ていた。
「まさか、子供の式神とは」
「子供の式神など聞いた事もないぞ」
「何ゆえ子供なのだ」
「しかし、契約は成された」
ざわつく長老たち。
そんな中、雨龍だけが悲しそうな顔をして、二人を見ていた。
「雷瀬」
子供であるということは、雷瀬の力がまだ安定していないということも一つの要因なのであろう。
式神が弱ければ、雷瀬の力を受け止め切れない。
雷瀬はまだまだ延びる。
そう言うことだ。
そしてもう一つ。
その可能性に思い至り、雨龍は二人の姿をただ喜んでみることは出来なかったのだ。
時が来たら、雷瀬は気が付くだろう。
そして、選択するのだろう。
「すまない。雷瀬」
それは避けられない別れ。
無常な時間は、ただ一方へと進むだけであった。