休戚-1-
本家では、灯花と紫水、またその式神たちが慌しく動いていた。
「ここで間違いないか、細心の注意を払って調べて頂戴」
携帯電話で指示を飛ばしながら、灯花は地図と資料の散らばった作業台でひっきりなしに何かを書き込んでいる。
先ほどから電話はけたたましく鳴り続けだ。その対応を灯花と紫水は式神たちにさせ、自分たちは、作業台と向き合っているというのが現状。
「くそっ。資料が足りん」
すでに書庫から禁書と呼ばれる類のものまで引っ張り出させて調べているのに、まだ十分ではない。
「雷瀬を弥太郎のところに置いといて良かったわ」
こんな状況を雷瀬が知ったら、自分が現場に行って、直接情況を見て判断すると言いかねない。
雷瀬は確かに良く出来た子供だが、圧倒的に経験が少ない。自分たちも決して多いと言うわけではないが、老齢な長たちの足元であがくくらいの経験は積んでいるつもりだ。
「本当にな」
紫水も灯花の考えているところを看破して、短く同意する。
とにかく資料が少ない。断定は出来ないが多分この場所は黒だろう。
そうは思うが。
「せめて弱点が分かるようなものがあればいいんだがな」
一体、自分達の先祖は何を遊んでいたんだと文句をつけたい。
この時代に封印が解けるのが最初から分かっているなら、もう少し調べて資料を残しておけと言うのだ。
「今でなければ良いって感じよね。ホントに」
いらついた灯花の声に、柔らかな笑い声が応える。
「人とはいつもそのようなものよの。灯花もそうであろう」
ころころと笑うヒスイに、灯花は返事が返せない。
「ホント、ヒスイって意地悪よね」
それはヒスイの言葉が本当だと物語っているに他ならない。確かに、身に降りかからないものには必死になれない。事実、千年前。雷瀬が居たはずの時代の頃の資料は凄まじいものがあった。しかし、百年経ち、二百年経ち。どんどんとそれは減っていく。
ハクが居たとしても、半信半疑になっていく。
それは仕方のないことなのだ。
「とりあえず、出来るだけやってから、雷瀬には知らせる。
それでいいよね。紫水」
「ああ」
紫水の同意を聞きながら、灯花は静かに思う。
本当は、これも外れていて欲しい。出来ることなら、凶神の封印自体が嘘であれば良いと。
そうすれば、誰も傷つかずに済むのだ。
そこまで考えて、どう賽が転がったとしても、今ここで傷つくものは一人居るのだと気が付いて、溜息を吐く。
結局、灯花のできることは、自分の能力をフルに使って、傷つくのは仕方ないとしても、皆が最後に笑える状況を作れるように尽力するだけだ。
「こうなったら、倒れるまでやってやるんだから」
不吉な言葉に、紫水の表情が曇るが、反論はしなかった。
「紫水。ガンバレ」
電話の合い間に響いたハリの声も、なんだか元気がない。
本当に最後は倒れているかもしれないなと、紫水は思いつつも、後方支援しかできはしないのだから、ここで力を出し惜しみする気もなく、淡い笑みを浮かべると、まだ取ってきていない資料をひっくり返すために書庫に向かうことにした。