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有縁-1-

 探索の方法が絞られたことによって、雷瀬から、今までのような焦りが消えていた。

焦らないように、落ち着いて一つ一つをこなす。その大切さを知っている雷瀬の行動は決して無謀なものはない。

むしろ、その年齢にしては落ち着きすぎなほどであった。

けれども、灯花は、何となくではあるが、その行動が微妙であるということに気がついてしまったのだ。

もしも、この感覚が間違っていないのだとしたら、早急に手を打った方が良い。

その時が来てからでは遅いのだ。

だから、灯花は、帰ってきた雷瀬を捕まえて、世間話を装いこう言った。

 「雷瀬は、凶神を倒した後、どうするの?」

何気ない灯花の一言に、雷瀬は言葉を失う。

言われるまで、雷瀬はそのことを考えもしていなかった自分に気が付く。

ただ、凶神を倒す。そして、雨龍の成したかった事を自分が変わりに成すのだと、それだけしか考えていなかった。

だから、灯花の問いは、雷瀬を簡単に凍りつかせた。

凶神を倒した後も、自分には人生があるのだということ。

凶神を倒せば終わりではないのだということ。

自分はもう、後戻りの出来ない未来に来てしまった。だから、雷瀬には、その後のこの孤独な世界での先が待っているのだ。

 「それ、は」

顔色を失くす雷瀬に、灯花は困ったような顔をする。

なんとなく、そうなのではとは思っていたのだが、その予感は外れるどころか見事に的中していたようだ。

良くも悪くも責任感が強い雷瀬は、紫水によく似ている。目的を達成するために尽力する。それこそ自らの人生全てを賭けるほどに。

けれども、本来は、目的を達成した後が問題なのだ。成し得た後、戦は終わらすだけではない。その後の復興を伴ってこそ、本当の終わりと言える。それは、雷瀬のこの凶神討伐にも言えた。

倒し、全てが終わって後、自分はどうするのか。雷瀬はそれを欠片も考えていない。だから灯花は心配だったのだ。

もし、雷瀬が本当に紫水と似た性格だった場合、事態は紫水より悪い。

なぜなら、雷瀬にはハク以外にこの世に止める絆がないのだ。

そんな状態で目的を達成してしまったら、生きることすら出来なくなってしまうかもしれない。それを感じて、灯花は不安を募らせていたのだ。

なんと解けば良いのだろうかと、灯花は考える。

どんなに言葉を連ねたところで、通じないことは通じない。

雷瀬の態度を見るに、それが大変なことだと気がついてはいるようだが、大切なことだと分かっているかどうかまではわからない。

雷瀬はもっと、周りと絆を繋ぐべきなのだ。

けれども、本家にいる限りはそれは望めないかもしれない。

なんともいえないジレンマに、灯花は言葉を半ば失い、それでも何かを言わなければと、無理やり口を開いた。

 「あのね」

しかし、灯花の決心を砕くようなのんびりとした声が不意に響いた。

 「あれ。何してるの?」

振り向くとそこには、いつものようにほやんと笑っている弥太郎がいた。

 「弥太郎」

 「ヤターっっ」

期せずして、灯花とハクの声が重なる。。

ハクは灯花の考えていることが分かっていたので、姿を現さなかったのだ。それは、ハクも同時に心配していた事柄だからだ。

雷瀬には、幸せになってもらいたい。その幸せは、凶神を倒した後に続いていなければならないのだ。

とは言え、弥太郎が来たとなれば別である。

姿を現したかと思えば、ハクは即座に弥太郎に抱きつこうとする。

それを絶妙のタイミングで、弥彦と灯花が武力で邪魔をした。

弥彦は足でハクの顔面を。

灯花は拳骨でハクの後頭部を。

挟まれたハクは、「むぎゅ」と、情けない声を上げた。

 「ハク」

さすがに酷い状態に、雷瀬は心配そうに声をかけたが。

 「相変わらず、父さんと灯花ちゃんは息が合うね」

ほやんとしたままそう言う弥太郎に、雷瀬は、自分がいなかったときの当たり前の風景だったのだということが分かる。

相変わらず手荒いと雷瀬は内心汗をかくが、弥太郎の態度に、それほど心配をすることもないのだとほっともする。

 「で、灯花ちゃん。雷瀬君と何を話してたの?」

にっこりと笑って、弥太郎は話を戻した。

弥太郎にしては、いささか強引な感じもするが、それほど雷瀬は弥太郎のことを知っているわけではない。

ハクから話は聞くが、そのほとんどは、なんと言うか、惚気としか言いようのないようなものが多いため、話半分以下くらいで聞いていたし。灯花に関しても、過分に欲目が入っているので、話は半分くらいで聞いておいたほうが弥太郎像が歪まないだろうと思っていたからだ。

だから、雷瀬の持っている弥太郎のイメージは、数度逢った事がある以上のものはなかった。

けれども、自分が培っていたイメージと少々ずれるのは確かで、雷瀬は、本の少しいぶかしみつつ、弥太郎を見る。

そんな雷瀬の視線に気がついたのか、弥太郎はにっこりと笑った。しかし、直ぐに視線を灯花に戻す。

質問の答えを弥太郎の無言の視線で促され、灯花は言葉を捜し、迷いあぐねる。

 「えっと」

果たして、自分の持っていた感想を言葉にしていいのか。灯花はまずそれを悩んだ。

話してまずいことではないが、本人を前にして言えるものではない。

ひとしきり悩んだ後、灯花は言わないことを選ぶ。

 「凶神を倒した後、どうしようかって話をね」

無難な台詞を引き出して、灯花はそう言った。

 「そっか。本家にいるのも、堅苦しいよね。

長様や長老様たちは、なんだか腫れ物にでも触るような感じだし。

雷瀬君は、過去から来たってだけで普通の子なのにね」

灯花の言葉に、弥太郎はほやんとした笑みを浮かべながら、そんなことを言う。

雷瀬の実力を知ってもなお「普通の子」と言える弥太郎を灯花は欲目抜きで凄いと思った。

雷瀬の力は、灯花でも怖いと思うくらい強いものだった。けれども、それを使っている雷瀬は、確かに弥太郎が言うように、少しばかり責任感の強すぎるきらいのある、普通の子なのだ。

 「そうだね」

当たり前だが、それをさらりと言えるのが凄いのだと、灯花は思う。もっとも、紫水に言わせれば、「何も考えていないからだ」と言うことになるのだろうが。

 「そうだ。なんだったらうちにおいでよ。

綾女さんも一人は寂しいだろうし、家族は多い方がいいしね」

 「バカハクも漏れなく付いてくると、うるさくて敵わないとか言いそうだぞ」

雷瀬がくれば、ハクもくる。当たり前の構図に、尽かさず弥彦が突っ込むが。

 「うん。ハクもいて、にぎやかできっと楽しいよ」

邪気なく、弥太郎は笑う。

何を言ったところで、弥太郎には無理だと感じた弥彦は、早々に溜息を吐いて、降参をする。

実際、弥彦は、雷瀬がくることは、反対ではないのだ。いや、むしろ本家においておくのなら、その方が良いとさえ思う。

なんと言っても次期長は紫水だ。

このまま雷瀬がここにいれば、まるで生き神でも扱うように祭り上げられ、長かそれこそ本当に生き神にされそうだ。

 「そうか。ここを拠点にする必要はないものね。だって、私が道を開けばいいだけだし」

灯花の言葉に、弥太郎は嬉しそうに笑う。

 「じゃあ、俺たちと一緒に帰っても平気なんだね」

弥太郎の言葉に驚いたのは雷瀬だ。

自分抜きで進んでいく展開に、雷瀬は心底焦る。

本家は良い。ここはきちんと自分が来る事を知っていて準備をしていたところだ。だから、多少不満が残ろうとも、ここにいるのが正解だと雷瀬は思っている。故に、弥太郎の言葉を退けようと、言葉を発する。

 「ちょっ。ちょっと待って下さい」

しかし、こんな好機をハクが見逃すはずがない。

断ろうとしていた雷瀬の目に映ったのは、とっても期待に満ち溢れたハクの顔。そんな顔を見てしまって、雷瀬が断れるはずがない。

千年を一人きりで待たしてしまった自分の片割れ。幸せにしてあげたいと思っているのは、ハクだけではなく、雷瀬も一緒なのだ。

 「あ。いや、その。お邪魔しては、迷惑なんじゃ」

無理だろうと薄々感じつつ、雷瀬は何とかそれだけを口にした。

人が誰にも無理をかけずに生きる事などできないのだとは分かっているが、その無理をかける相手は、極力少ないに越したことはない。

けれども、案の定と言うか。

 「大丈夫だと思うよ。心配なら、綾女さんにも訊いてみる?」

柔らかに微笑む弥太郎を見れば、雷瀬の負けは火を見るより明らかだった。

それでも、一応と、確認を取ってもらう。

で。

 「えっ。雷瀬君って、この間話していた子でしょう。

そりゃあもう、大歓迎に決まっているじゃない」

と、それはそれは逃げ場のない歓迎っぷりであった。

そして雷瀬は、自分の運命を克明に悟り、大仰に溜息を吐いたのだった。

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