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探査-2-

 数時間山を登っていくと、そろそろ灯花たちが指し示した封印と思しき場所である。

何かがいるという濃厚な気配はするが、それは凶神のものではない。

 「ハズレではあるみたいだけど、何かがいるのは確かだね」

符を数枚引き抜き、雷瀬は緊張した面持ちで、眼前を睨みすえた。

こちらの様子を伺っている気配がじりじりとする。

しっとりとする水の気配に、雷瀬はこれが水に属する妖かしだと当たりを付けた。

 「ハク」

言葉短かに雷瀬は注意を促すと、ゆっくりと歩みを進める。何時何が出てきても対処できるように、心を静め、神経をとがらせる。

じりじりとした一歩に、ハクが小さく息を飲んだ。

雷瀬と一緒に戦うのは初めてだ。

自分は果たして、上手く雷瀬の思うように動けるのだろうか。

そんな不安が一瞬心を占めた。

すると。

 「大丈夫。そうだろ、ハク」

見透かしたような雷瀬の言葉。

見えない何かに捕らえられかけた意識が、一気に解放される。

 「当たり前だ」

忘れていた感覚。

繋がっている以上、自分が雷瀬の思うとおりに動けないはずがないのだ。

 「一気に片つけるぞ。雷瀬」

 「無茶はしないようにね」

雷瀬はハクの行動を止めることはしなかった。ただ、無理はしては欲しくはないが、この程度の相手にハクがどれほど無理が出来るだろうと、苦笑を浮かべる。

格が違う。

離れていた千年。本当にハクは強くなったのだ。約束を守って。

 「行くぞ。雷瀬」

タンと、軽やかにハクが森を駆けた。すぐに視界は開け、目の前にはあまり大きくない池があった。何処となく淀んだ空気が辺りを埋め、本来であるなら、森と水の清浄な気配がするはずのそこを陰鬱にしていた。

 「ハクっ」

鋭い雷瀬の声に、ハクはすぐさまその場から飛びのく。

次の瞬間、池から飛び出してきたのは、蛟だった。

威嚇の声に、ハクは笑う。力量を見極めることも出来ず、のこのこと出で来る時点でたかが知れている。

凶悪な笑みを口元に浮かべ、ハクは蛟を屠ろうと腕を振り上げた。しかし、その腕は振り下ろされることはなく、変わりにゆっくりと振り向いた。

そこには、雷瀬がいた。ただ微笑んでそこに立っている。

ハクは、無言で雷瀬の隣まで下がると、もう一度蛟をよく見た。多分、自分のさっきの一撃で、この蛟は倒せただろう。うぬぼれでなく、ハクはそう判断した。しかし、その戦い方は、雷瀬がいなかったときの戦い方だ。

本来の契約者がいないために、ハクは、いつでも短期決戦で相手を討つことに努めていた。それは、後方支援の遅れもさることながら、相手の指示も得られず、また、自分の状態を正しく見極めてくれる相手がいないからだ。

けれども、今は違う。今この隣りには、雷瀬がいるのだ。

 「雷瀬。どうする」

焦る必要はない。雷瀬の指示を待てば良い。

 「まずは、池から出てもらおう」

 「そうだな」

雷瀬の言葉に、ハクは短く返事をすると、池に向き直った。池の淵には、悔しげに威嚇音を上げる蛟がいる。

捕らえられたはずの獲物に逃げられたといわんばかりの悔しげな声。けれども、それを間違いと知ったときには、蛟はこの世にはいまい。

 「ハク」

雷瀬の声に、ハクが静かに動いた。

滑るような足取りで、ハクは蛟に近づく。

一気に蛟の喉元まで迫ると、無造作に飛び上がると、回転し、地面に打ち付けるように蛟に蹴りを入れた。

地面に叩きつけられ、打ち付けられた蛟は、突然の衝撃に反撃も出来ぬまま、今度は首を掴まれ、池から引きずり出された。

 「雷瀬」

引っこ抜くように蛟を持ち上げ、ハクはそのまま宙に放る。完全に蛟の体が宙に浮くと、雷瀬はあらかじめ用意していた符を宙に放った。鋭く投げ出された符のほとんどは、一直線に蛟に向かった。

 「火炎符、発」

その言葉と共に、炎が燃え上がった。

炎に巻かれ、のたうつ蛟から離れるように雷瀬は後方に退く。

その炎はさして蛟にとって脅威ではなかったらしく、炎を放った雷瀬を一飲みにしようと、その口を大きく開ける。

しかし、雷瀬は、口元に笑みを浮かべ、次の言葉を発していた。

 「結界符、発」

符が発動しなかったように見えた幾つかは、結界符だったのだ。

動きを封じられ、蛟は更に激しく身を捩り、咆哮をあげた。

 「散」

不意に雷瀬は結界を解く。

怒りに我を忘れた蛟は、それが何を意味するのかも考えず、目の前の雷瀬に向かって行った。

 「ばーか」

軽いハクの声が、頭上で響く。ハクの鋭い爪の一閃で、蛟の頭は地面に落ちた。

頭を落とされ、絶命した蛟の体は、理に従い水に還って行く。

じくじくと、大地に水が染みこんで行く様を見詰める雷瀬に、ハクはゆっくりと近づいた。

 「ありがとう。ハク」

不意の礼に、ハクはきょとんとして雷瀬を見た。礼を言われるような事を自分は何一つしていないはずだ。

 「なんだよ急に」

居心地の悪い礼の言葉に、ハクは眉間に皺を寄せた。

 「僕を信じてくれて」

微笑む雷瀬に、ハクはやっと何の事を言っているのかが分かった。あの時、蛟を倒さず戻ってきたことに対して雷瀬は礼を言っているのだ。

けれども、それは決して礼を言われるようなことではない。

逆に、咎められても可笑しくないはずなのだ。

 「礼を言うことじゃないだろ」

ばつが悪そうにするハクに、雷瀬は笑った。

 「ハク。千年の時は長いよ。けれども、それを悔いることも、哀しむこともない。

だって、それは僕らには必要なものだったんだから。

だからね、ハク。ゆっくりと思い出していこう。僕らは繋がっているんだって事」

その言葉に、ハクは泣きそうになる。

繋がりを感じるのは嬉しい。傍に入れることが嬉しい。けれども、空白の千年、雷瀬を感じることが出来なかった長い長い時。それがハクに雷瀬との繋がりを希薄なものに思わせる。

 「雷瀬」

ぎゅっとその背に抱きつく。

昔は、腰の辺りに抱きつくのがやっとだったのに、今では、頭一つ分ハクの方が高かった。

 「泣き虫だな。ハクは」

時間の止まっている雷瀬にしてみれば、別れ際の大泣き、再会での大泣き、そして、今。ハクは泣きっぱなしに見える。

 「ほら、そんなに泣かない。帰りに甘いもの買ってあげるから」

 「なんだよ。その子供をあやすような提案はっ」

ムッとして食って掛かるハクに、雷瀬は苦笑を浮かべる。

 「だってハク、甘いもの好きだったじゃないか。

転んで泣いてても、甘いもの食べるととたんに泣き止んでたし」

 「あっ。あれはまだ小さかったからだ」

千年前の子供の頃を引き合いに出されてはたまらないと、そう言うが、雷瀬にとってはついこの間の事なのだ。

 「もう、甘いもの嫌いになったの?」

千年の時の隔たりを今更思い出し、雷瀬はハクが甘いものが嫌いになったのだと、そう解釈する。

 「だから、基本的に式神は物を食わないんだって」

 「でも、ハク、食べるの好きだったろう。良いじゃないか、ハクは食べるのが好きでも。

全部の式神が同じわけじゃないんだし」

すでに甘いものを買って二人で食べようと算段しているらしい雷瀬に注意を促す。

 「だから今は時代も違うんだって」

自分が姿を現したまま入れる店などこの世には存在しない。

 「大丈夫だよ。ハクと一緒に食べる時は、人目を避ければ良いんだろう」

こうと決めたら梃子でも動かない。

雷瀬とはこういう人物であったと、ハクは改めて思い出した。

 「ハク、行こう」

自然差し伸べられる手を取って、ハクは雷瀬の横に並ぶ。

 「ココア飲もうココア。雷瀬、ココア飲んだことないだろう。

甘くて美味しいんだぞ」

ハクの言葉に、雷瀬は微笑を浮かべる。

ハクはやっぱりハクなのだと。

甘いものに目がなくて、泣き虫で。

こうやって、少しずつ自分たちは空白を埋めていくのだ。

離れてしまっていた千年と言う時の隔たりを。

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