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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
9/18

Part8

 皆さん、ごきげんよう。

 エリーゼ=フランソワーズ=カルティエです。

 大樟学園にて高校二年生を嗜む、17歳です。


 私、今朝は学校に登校して、めまいを覚えました。

 何という事でしょう、昨日契約したばかりの神河君が休んでいます。

 ちびまる子ちゃんに出て来る藤木君のように不健康そうな彼です。


 まさか、風邪でしょうか?


「吉川さん」


 ここは、クラスメイトにして仕事仲間でもある、吉川さんに確認する事にしました。


「どうした、お嬢?」


 男性のような口調で私にそう応えてくれたのは、まぎれもなく女子生徒です。

 ショートカットの髪型に可愛らしい顔立ちをしている女の子なのですが、この口調が原因でクラスの男子からは男扱いされています。


 残念です。


 と、それは別件の話題でした。


「神河君がまだ出席していないようですけど、『ジークフリード商会』で何かあったのですか?」


「――いや、俺は何も聞いていないな」


「そうですわよね」


「まぁ、この時間まで昇が来なければ病欠だな。風邪か、もしくは貧血だろ」


「まぁ」


「昇って見た目通り、地上じゃ病弱だからな。ま、『トワイライト』に出ると別人になるから安心していいぞ」


 まるで見知ったかのような口調ですが、実際問題として見ているのです。


 何を見たのか、ですって?


 当然、『トワイライト』で活躍する神河君を、です。


 彼女がまだ小学生の頃、誤って『トワイライト』へと紛れ込んでしまう事故がありました。


 危うく死にかけの彼女を救ったのが、偶然拾った『魔銃』を武器に闘った、当時小学生の神河君だったのです。


その際、吉川さんは『魔銃士』としての能力を発揮した神河君を見たそうなのです。


 吉川さんの話だと、神河君当人は夢だと思って忘れてしまっているようですが、齢7歳の男の子が『宝石獣』を相手に見事に戦い抜いたのです。


 にわかに信じられない出来事ですが、これは『ジークフリード商会』の公式記録にも乗っている事実です。


 私も、それを知っているからこそ、実績のない彼と契約する事にしたのでした。


 が、思った以上に彼の健康状態は悪いようです。


「別人になると言っても、実際休んでいるじゃないですか」


「大丈夫だ、豹変するから」


「どう豹変するんですか?」


「健康不良児がタフガイになる」


 即答です。


「例えるなら?」


「本気になった冴羽 亮」


 即答です。


 ちびまる子ちゃんの藤木君から、かなりランクアップします。


 エクシーズモンスターもビックリなランク・アップ・マジックです。


 にわかに信じられませんが、見た本人が言うのですから本当なのでしょう。


 しかし、学校を休む程の体調不良ならば、学校帰りにお見舞いに行かなければいけません。

 

 やはりお土産は日本のMANGAが良いでしょう。


 気が滅入っている筈です。


 全てを笑いに吹き飛ばす、『ボボボーボ・ボーボボ』全巻にしましょう。


 私はそう決心すると、席に戻る事にしました。




 HRの時間、先生の報告事項から始まります。


 神河君は、家庭の都合でお休みとの事です。


 家庭の都合、という事は病欠ではないようです。


 どういう事なのでしょうか?



 昼休み。


 食堂にて一緒にランチを食べながら、吉川さんに聞いてみました。


「すまん、俺には解らん」


 返って来た答えはこんなものです。


「神河家っていうのは『魔銃士』の名家っていう奴だ」


「それは存じております」


「神河家って奇妙な家系でな。どういう訳か、必ず男の子が生まれて、例外なく長身。ついでにいうと好戦的な面がある」


「長身なのはともかく、好戦的という表現は彼には似合いませんわね」


「まあな。――だが、あいつが普通の神河家と違う所がある」


「半分吸血鬼、という事ですわよね」


「そこだ。『トワイライト』の貴族のお姫様が、昇の母親だ。しかも吸血鬼。アイツら、昇の両親が結婚する際は大変だったそうだぜ?」


「そうなんですか?」


「あくまでも噂だけどよ、『草津支部』を壊滅させる、って脅したぐらいだそうだ」


「まぁ」


「昇ももしかしたら吸血鬼サイドからの圧力があったのかもな。あくまでも憶測だけどよ」


「ふむ」


 にわかにキナ臭くなってきました。


 『魔銃士』の登録なんて、魔法の素養と保護者の許可が下りれば五歳児でも登録が可能なものです。


 もし、吉川さんの言う圧力説が正しければ、彼が『魔銃士』としての登録ができないという事になります。


 最悪、私の依頼もご破算です。


 別の魔銃士を用意した方がいいかもしれません。


「おいおい、お嬢。そんなに難しい顔すんなって」


「吉川さん」


「まだ決まった訳でもないだろ。今日の放課後あたり、『ジークフリード商会』に問い合わせたらどうだ?」


「そうですわね」


「ああ。憶測で動いたってろくな結果にならねぇんだからよ。――それに、一番悪いのは依頼主に対して連絡を怠る昇本人だ。プロ意識ってもの見せてやれよ、お嬢」

 

 さすが吉川さん。


 醤油ラーメンをズルズルと音を立てて食べる姿に、貫録すら覚える落ち着きようです。


 私も不安に思うのを辞めましょう。


 放課後まで待って、矢澤さんに確認を入れます。



 放課後。


 私は早速、『ジークフリード商会』の矢澤さんに電話をかけました。


 数コールの後、


『はい、矢澤です』


 と、返答がありました。


 射撃場にでもいるのか、遠くから銃声らしき音が連続して聞こえます。


「エリーゼです。今、お時間はよろしいでしょうか?」


『ええ、どうぞ』


「神河君が学校に来ていません。何かご存じですか?」


『あれ? 昇君、エリーゼさんに何も伝えていなかったのですか?』


「どういう事です?」


『昇君、今、射撃場で特訓しているんですよ』


 矢澤さんのその返答を証明するかのように、再び大きな銃声が聞こえてきました。


「特訓? 彼はベテランの筈ですよね?」


『正確に言うと、違います』


 私の持論を、矢澤さんはバッサリと切った。


『彼は『魔銃』の扱い方を知っていますし、『宝石獣』の知識も豊富です』


「ベテランではありませんか」


『しかし、彼は『神河 昇』であって、『神河 渡』ではありません』


「つまり?」


『肉体は普通の男子高校生、という事です。『魔銃』を数発も撃てば、手が痺れて文字も書けなくなってしまう程に』


「な、何ですって!?」


 私は愕然としました。


 吉川さんの言うタフガイになるなんて、嘘っぱちです。


 銃の反動で手が痺れる『魔銃士』を雇っても、待ってる未来は『宝石獣』の餌になるしかありません。


『不安ですか?』


 と矢澤さんが落ち着いた声で尋ねた。


「当然です。これでは別の『魔銃士』を雇った方がいいではありませんか」


『そうでもありませんよ。――よければ、今から『草津支部』の射撃場にお越しください。特訓の成果が表れ始めています』


 自信満々の声で、矢澤さんはそう言いました。



 そこまでおっしゃるのでしたら、拝見しましょう。


 私は草津支部にある射撃場までやって来ました。


 吉川さんも誘ってみましたけど、別件の用事があるとの事でした。


 個人的な感想ですが、彼女は神河君に『魔銃士』をやっている事を知られたくないようです。


 隠していても、神河君も『魔銃士』になったのですから、いずれ知られてしまうと思うのですが、そこは乙女のこだわりなのでしょう。


 さて、『草津支部』の建物から数ブロック離れたビルに到着しました。


 3階建ての鉄筋コンクリートのビルで、大通りに面した所は全面ガラス張りにした立派な建物です。


 ここが『魔銃士』達の射撃場です。


「さて、矢澤さんはどちらでしょうか?」


 と、独り言を口にしつつ、私はホールの中を進みます。


 勝手知った何とやら。


 実は私、吉川さんとの付き合いで何度か此処に御邪魔した事があるのです。


 そういう訳で、さっそく地下へ向かいます。


 地表に出ているのは、実は全て休憩室などのリラクゼーション関連の部屋になっていて、主な射撃場は地下に造られているのです。


 さて、と。


 階段を下りていくと聞こえてきました。


 派手な銃声です。


 そりゃもう、ハリウッド映画の銃撃戦を思い浮かべてしまうかのような大音量です。


「エリーゼさーん、こっちでーす!」


 ある一室の前で、小柄な女性が手を振りながら私を呼び止めました。


 矢澤さんです。


「神河君は?」


「こちらです」


 矢澤さんはそう言って、奥の部屋を示してくれました。


 扉を抜けると、――居ました、神河君です。


 鋼鉄の壁に挟まれた、細長い部屋の手前付近でレッドブルを飲みながら休憩しています。


 まるで一仕事を終えた雰囲気を放っていて、何故か無性に腹が立ちます。


 人口芝生の床をズンズンと歩きながら、彼の目の前に立ちました。


 スラリと伸びた長身に、生糸のように艶のある黒髪を持った男の子。


 昨日は顔色が心配になるくらいに白かったのに、今日は幾分血色がよくなっています。


 健康体になった神河君の顔を見て、やはり彼が『吸血鬼』である事を確信しました。


 裾の長い黒革のウェスタンコートに、青いジーンズを身に纏う姿も何処か様になっているのが更に苛立ちに拍車をかけてきます。


「どうした、お嬢?」


 と、神河君。


 ん?

 何だか口調が昨日の神河君と一致しません。


「今日、学校を休みましたね? その理由を伺いに来ました」


「理由? お嬢の依頼内容は『トワイライト』の護衛の筈だぞ? どうして俺が欠席した理由を説明する必要があるんだ?」


 さも不思議そうな口調で、神河君はそう言いました。


 ぐうの音も出ない正論です。


 確かに、私と彼の契約内容は『トワイライト』での護衛であって、学校に出席しなければいけない理由なんてこれっぽっちもありません。


「学校には病欠じゃなくて、家庭の事情、って説明したんだから健康状態が原因で休んだ訳ではない、って解る筈だよな」


 これが理攻め、というヤツでしょうか。


 が、ここで引いては私に一般常識が欠けているようで癪です。


 言い返してやりましょう。


「あなたが『魔銃士』としての登録に問題があったのかと心配したからです。少なくとも、依頼主に対して説明すべきです。仕事に参加できなくなったら、困るのは依頼主である私ですよ?」


「それもそうか。――それは済まない。次は報連相を徹底する」


 焦った様子もなく自然体の口調で、神河君は私に詫びを入れ、頭を下げました。


 逆にそういった対応を取られると、私がどう対応していいのか困ってしまいます。


 ここは、話題を変えましょう。


「それで、学校を休んでまで特訓していると伺いましたが?」


「あぁ、思いのほか、反動がきつくてな」


 軽く苦笑を浮かべつつ、彼は腰のホルスターに収められた『魔銃』を指さしました。


 やはり、『魔銃』の反動を御しきれていないようです。


「コイツの使い方は熟知しているんだが、どうも筋力が軟弱でな」


 私は眩暈に襲われました。


 最悪です。


 『魔銃』の反動を御しきれない『魔銃士』なんて、『斬魄刀』を持たない『死神』と一緒です。


「――ま、今の命中精度はこれくらいだ」


 ダーン!


 唐突に、神河君は腰のホルスターから『魔銃』を引き抜き、部屋の奥に設置されたトカゲの形をした鉄板に向けて、引き金を引きました。

 天井の電光掲示板が、命中を示す『HIT』のマーク。

 そして、肝心の弾はどこに命中したのか。

 私は素早く鉄板に視線を向けます。

 命中痕は狙い違わずトカゲの眉間の部分に風穴が空いていました。


「なっ!?」


 私は驚きました。

 鉄板までの距離は、100m。

 ちなみに、通常の拳銃の射程距離は約20m。


 当然ながら、普通の拳銃では命中以前に届きすらしない距離なのです。


 これを命中させたという事は、『魔銃』としての『魔法』の機能と『銃』の機能を掌握した事になります。


「お嬢、見ての通りだ」


 反動で手を痛めた右手を左手でさすりながら、神河君がそう言いました。


 反動で手が痺れているのでしょう。


 素人が22口径の拳銃を撃っても手が痺れるのに、彼は44口径のマグナム弾を使用するリボルバー拳銃を使っているのです。


 むしろ反動を抑え込んだ上で命中させた才能が空恐ろしくなります。


「――で、どうする? 解約するかい?」


「まさか。その命中精度を持っているのなら、安心して案内役を任せられます」


「契約継続だな。有り難い」


 昨日の神河君とは似ても似つかない獰猛な笑みを浮かべながら、彼は私に右手を差し出します。


「それでは、当日を楽しみにしていますわ」


 私も右手を差し出し、神河君と握手しながらそう言いました。

 グローブに包まれた彼の右手は、反動で震えていませんでした。

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