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僕のお嬢様はハードボイルド  作者: 中村 冬也
良き時も悪き時も
8/18

Part7

「ふーん?」


 僕は草津支部の玄関ロビーに設置されたソファに腰かけながら、手元にある二つのカードをしげしげと眺めていた。


 一つは『魔銃士』のライセンス。これで、森林管理センターの地下エレベーターから自由にこの草津支部へ自由に行き来できる上、『トワイライト』で『魔銃士』の仕事を受注できるようになった。


 そしてもう一つは、『A級ライセンス』。これは『魔銃士』のランクを示す証である。『A級ライセンス』は、単独で仕事を受注できる証である。


 本来、『魔銃士』は徒弟制度が採用された職業である。


 即ち、『魔銃士』として登録したばかりの新米は、最初の内はベテランの『魔銃士』に見習いとして付き添うのが習わしなのだ。


 専門の学校があればいいのだが、教える人間が少ない上に学ぶ人間も少ない。


 だが、教える者がいなければ、後続が続かない。


 命のやり取りをし、依頼人を守り抜く仕事だ。


 専門的な知識はもとより、実践での戦い方など、身に付けなければいけない事は山のようにある。


 見習いとして仕事をこなしていき、やがて独り立ちして、晴れて『A級ライセンス』という、単独で仕事をしてよいという証が発行されるのだ。


 僕の場合は吸血鬼という特性があった為、そういった面倒なプロセスをぶっ飛べた訳だ。


 こうして二枚のライセンスを眺めていると、『魔銃士』に成ったのだな、と思ってしまうのだが、未だに実感が湧かない。


 書類の手続きや法的なやり取りは、矢澤さんと細野さんがタッグを組んでやってくれたので、楽と言えば楽だったのが救いだった。


「お疲れさまです、昇君」


 と、矢澤さんが何処か弾んだ声で僕に話しかけて来た。


「いえ、こちらも手続きの補助をして頂いて、ありがとうございました」


 これは本当の事だ。


 実際問題、僕には何の実績もないのに『A級ライセンス』を発行してくれたのは、ひとえに矢澤さんの口添えと『神河家』が築いてきた実績があったからである。


「どういたしまして。それに、あなたのような大型新人をデビューに立ち会える機会に巡り合えて、私も嬉しいです」


 大げさだな、と思いつつも悪い気はしなかった。


「持ち上げすぎですよ、矢澤さん」


「そうですか? けど、貴方がすごい人間だって事は、私でも見て解りますよ?」


「見て解る?」


 奇妙な事を言う。

 

 健康状態を心配されかねない程の健康不良児を捕まえて、『すごい人間』という評価を下すのは訳が解らない。


「訳を教えましょうか?」


 ニッコリと笑顔を見せながら、矢澤さんはそう聞いてきた。

 まるで、悪戯仲間を勧誘する子供のようである。


「ええ」


「それでは、お教えしましょう」


 矢澤さんはもったいぶった口調でそう言うと、内緒話でもするかのように、僕の耳元へ唇を寄せた。


 そして、―—


「ここ、瘴気が漏れているんですよ」


 という、衝撃的な一言を伝えた。


「は、はぁっ!?」


「そこまで驚かなくても」


「大変な事じゃないですかっ」


「『トワイライト』に隣接していますからね。そこまで危険な濃度ではありませんよ。人によっては8時間以上いるだけで気分が悪くなるでしょうね」


「十分危険じゃないですか!?」


「おや、体に何が不具合でもありましたか?」


「……あれ?」


 矢澤さんの一言で、僕は我に返った。


 そう言えば、むしろ地上よりも体調が良い。


「むしろ地上の頃より好調ではありませんか?」


「え、ええ」


「恐らく、あなたの体は『吸血鬼』に近いのでしょう」


「それって、どういう意味です?」


「『瘴気』が人体に害をなさない、という事です」


「!?」


「私達、小人族も『トワイライト』の瘴気に耐えられないので地中で生活しています。それでも、私達の寿命はせいぜい50歳前後です」


 矢澤さんは何処か遠くを見るような視線をしながら、そう言った。


「ですが、吸血鬼族は『トワイライト』の瘴気を吸っても、まるで悪影響が生じません。―—そう、今の昇君のように」


「それが、『すごい人間』という理由ですか?」


「そうです。正直、うらやましいです。あなたは、あの幾億もの宝石の煌めきの中、悠然と立っていられるのでしょうから」


「『宝石獣』もいますから、悠然とは難しいですね」


「おや、謙遜ですか?」


「いえ、どちらかと言うと不安なんです。僕は父さんの『知識』は持っていても、『経験』はない。それは、掛け替えのないアドバンテージですが、同時にとんでもない危険を孕んでいます」


 僕はそう言いながら、先ほど矢澤さんから手渡された『魔銃』がしまわれたケースを手に取った。


「正直、『魔銃』を撃った記憶はあるのに、僕自身の体は撃った経験が無い。――僕はそれがとても不安なんです」


「なら、経験してみます?」


「え?」


「『魔銃』を撃つんですよ」


「この近くに射撃場があるんですか?」


「ええ。昇君さえよければ、今すぐにでも案内しますよ」


「では、今すぐに」


「はい。――それでは、車を取ってくるので、ここで待っていて下さい」


 そう答えると、矢澤さんは軽快な足取りで玄関ホールから立ち去ってしまった。


「しかし、随分と張り切っているな」


 ソファーに座りなおしながら、僕は彼女の背中を見送った。


「それはそうですよ。彼女、神河 渡の大ファンですからね」


 そう言ったのは、細野さんだ。


「そうなんですか?」


「この界隈なら、あの人の名前を知らない人はモグリですよ。依頼成功確率は通算で99%。宝石獣討伐数は推定7800体。内、エルダー種を5体討伐。『トワイライト』の貴族である『吸血鬼』の姫君と結婚したり。伝説を挙げればキリがありません」


「はぁ」


「実感が湧かないようですね」


「僕がやった事じゃありませんから。父さんの記憶も、便利な事は便利なんですけど、自分の中では他人の記憶ですからね」


 僕は曖昧に言葉を濁しながら、自分の中の感情をそう表現した。


 父さんの記憶。


 吸血鬼の力によって、自分の中に眠る父の記憶。


 この記憶に対する僕の認識は、他人の夢を見ているようだ、と表現するのがぴったりだ。


 それらを思い出す行為というのは、内容次第では自我が保てなくなるようになる。


 更に、思い出せる内容にも差が出るようだ。


 ポンポンと軽く思い出せるものもあれば、じっくりと深く考えないと思い出せないものがあったりと、基準は曖昧なので、この力も非情に使い辛い。


「フフっ、彼らしい。一応、僕と彼は年の離れた友人同士でしてね。昇君の後見人になったのも、彼との関係があったからですよ」


「え? ……、あー、そうみたいですね」


 僕は細野さんの言葉で、父さんの記憶を探った。


 どうやら本当のようだ。


「そうです。ま、そういう訳で色々と昇君を陰から支えて来たんですよ」


「それは、……ありがとうございます」


「礼には及びませんよ、昇君。それが私の仕事です。できれば、今日の出来事も君が成人を迎えてからする予定でしたが、カルティエ様からの要望が強く、断り切れませんでした。それに、遺言書の内容的にも断る事ができませんでしたしね」


「『吸血鬼』としての能力を自覚する事を、ですか?」


「ええ。今回の依頼、どうしても昇君の持つ神河 渡の実力が必要でしたから」


「ダイヤモンド・エルダー・ドラゴン、ですか?」


「ええ。報告が上がったのは先週。たまたま索敵を行っていた魔銃士が遠くから発見したそうです。体長は目測でおよそ50m。翼もあるので、飛行が可能。事の真偽を確認する為、数名の『A級ライセンス』持ちの魔銃士が派遣されました。結果は、――全員行方不明、との事です。生きたまま食べられたのでしょう」


 細野さんは神妙な口調で僕にそう伝えた。


 そう言われてみれば、草津支部の建物の中を行き来する人達の顔も、どこか緊張感を持っているみたい

である。


 エルダークラス。


 我が父ながら、よく倒せたものである。

 僕の中の記憶が無ければ、誇張だと思いかねない討伐実績である。


「――倒せる人は?」


「居ると言えば居ます。この日本には最強クラスの魔銃士が3人、――通称『三銃士』がいます。ですが、彼らは別の支部で他のエルダークラスを対処しています。持ち場を離れる訳にはいきません」


「打つ手なし、という事ですか?」


「いいえ」


「?」


「昇君が、もしかしたらこの『草津支部』の救世主になってくれるかもしれません」


「それって、父さんの記憶頼り、って事ですか?」


「ええ、そうです。だから、矢澤さんも昇君への期待の裏返しとして、張り切っているんじゃないですか?」


「成程」


 僕と細野さんが会話を終えた時、玄関口から矢澤さんが手を振りながらこっちへやって来た。

 どうやら車がやって来たようだ。



 矢澤さんの車は、スズキのハスラーだった。


 水色に塗られたボディに、バックミラーには小さなテディベアが吊るされている。


 細野さんは、「それじゃ私はこれで失礼しますよ」と言って別れてしまった。


 まぁ、普通の人でも草津支部の薄い瘴気でも体に毒だ。


「山田さん、辛かったら先に帰っても――」


「とんでもございません。執事たる者、主のすぐ傍で控えるのが鉄則でございます」


 と、答えた。


 山田さんの忠誠心は何処から湧いてくるのだろう?


 ここまでよくしてくれるのはありがたいやら、気が引けるやらだ。

 

 そんな訳で、矢澤さんのハスラーには、僕と山田さんが乗り込んだ。


「じゃ、行きましょうか」


 と、矢澤さん。


「ええ、お願いします」


 静かなエンジン音を響かせて、矢澤さんが運転するハスラーはアスファルトで舗装された道路を駆け始めた。




 僕と矢澤さん、山田さんは目当ての射撃場にやって来た。

 草津支部から5ブロック程離れた建物だった。


 前面がガラス張りの、3階建てのビルである。


「こっちです」


 矢澤さんが先導し、地下へ向かう。


「あれ? 地下にあるんですか?」


「ええ。騒音の問題もありますからね」


 僕が違和感を抱いているのを察してくれたのか、矢澤さんがそう教えてくれた。


「矢澤さんは、ここによく来るんですか?」


「いいえ。そもそも、『ジークフリード商会』の人間には、あまりここに行く機会がありませんから。――あ、ここの射撃場が空いているみたいですね」


 矢澤さんはそう言うと、通路の奥に設置された部屋の扉を開けた。


 そこはかなりの奥行きのある細長い部屋だった。

 

 サッカーグラウンド並の奥行がある。


「幅は3m、奥行きは100mです。100mは、『魔銃』として必要最低限の射程距離ですので、この長さになっています」


 人工芝生の床を歩きながら、矢澤さんがそう説明してくれた。


「ターゲットは、狙いやすいサファイア・クロコダイルにしましょう。――あ、ここのパネルでターゲットとなる鉄板を決定したら、奥の方へ設置されます」


 矢澤さんの言葉に応えるように、部屋の奥にワニの形をした巨大な鉄板が天井から降りて来た。


 全高が3m位ある非情に大きなワニである。


 成程、パネルにはサファイア・クロコダイルと表示されている。


 サファイア・クロコダイルは大型だが、基本的に水辺にしか出没しない『宝石獣』である。


 噛みつきの力は『宝石獣』の中でも屈指の実力だが、丘に上がれば緩慢さの目立つただの的である。


「昇様、どうぞ」


 山田さんが、僕に『魔銃』を手渡す。


「既にシルバーバレットは装填済みです。ご堪能下さいませ」


「ありがとう、山田さん」


 僕はそう答えると、父さんの記憶の通りに魔法のプロセスを発動させて、――引き金を引いた。


 ダーン!


「いったあああぁぁぁっ!!」


 ゴトンと音を立てて『魔銃』ホワイト・ペガサスが人工芝生の上に落ちるのと、僕が右手を押さえながら蹲ったのは同時だった。


「の、昇様!?」


 山田さんが慌てて僕に駆け寄って来た。


 対する僕はそれどころじゃない。

 

 痛い!

 

 滅茶苦茶、痛い!!


 生前の父さんと同じように構えて、魔法を発動させて発射したのに、このザマである。


「もしかして、反動で手を痛めたのではありませんか?」


 矢澤さんが何処か慌てたような口調でそう言った。


「反動?」


 僕は恐る恐る、痛む自分の右手を見た。


 まさしく、僕の右手は小刻みに震えていた。矢澤さんの見立ては正しかった。僕の右手は反動の衝撃に耐えきれず、痛みを伴いながら震えていたのだ。


 これでは暫く、文字も書けそうにない。


「銃を初めて撃ったら、こうなりますよ。それも44マグナムなんて威力重視の拳銃を撃ったのならなおさらです」


「成程ね。……くぅー、流石に油断していたよ。……相応の反動があるべきだと想定しておくんだった」


 矢澤さんの冷静な意見に答えつつ、僕は震える右手をさすりながら立ち上がった。


「昇様、すぐに湿布をご用意いたします。こちらでお待ちください」


 山田さんは少し慌てた口調でそう言うと、脱兎の勢いで部屋から出て行ってしまった。

 何もそんなに慌てなくてもいいと思うんだけどな。


「昇君、大丈夫ですか? 何か必要なものがあったら何でも手配しますよ?」


「ん? 今、何でも手配するって言いました?」


「ええ。お菓子からシルバーバレットまで、何でも手配しますよ?」


「では、草津支部のホテルを一室、予約しておいてください」


「あら、昇君ったら大胆」


「いえ、仕事の当日までにここで特訓するので、寝食ができる場所を確保したいのです」


「そういう事でしたか。――では、用意してきますので、私はこれで失礼しますね」


 矢澤さんは少しだけはにかんだ笑顔を浮かべた後、射撃場を後にした。


 僕は震える右手をさすりながら、天井から吊るされたモニターに視線を向けた。


 モニターには、「HIT」の文字が。


 そして、サファイア・クロコダイルの眉間には、大きな風穴が空いていた。


 どうやら、前途はそれ程多難ではさそうである。

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